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2006年11月分

月間優良作品 (投稿日時順)

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* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ポーたちの湖

  ミドリ


「ここらで動かなくちゃいけないね」

ポーはセバスじいちゃんのコップに
ポットの紅茶を
なみなみと注ぎながら言った

ふたりの乗った
ボートが沈みそうに たゆたっている
湖岸に繋がれた クジラたちの群れ

冷え切った湖の
ピンっと張りつめた静けさの中
ポーは じいちゃんの目を
じっと見つめていた

この湖畔にたつ街が
やがて暗闇に覆われると
ポーとセバスじいちゃんは
ボートを湖岸から離し
クジラたちの群れを誘導した

まるで怪物の中の
胃袋の中みたいだ

櫂を握り
ふたりは真っ暗な湖の
真ん中を 
力強く突っ切った

「クジラたちは 見える?」

ポーはセバスじいちゃんに訊いた

「あぁ ちゃんと後ろに居るよ」

街の人たちに
気づかれちゃいけない

舳先を跨いで
ポーは海に流れ着く 方向を探った
バランスを崩しそうになる

「ボートが熱くなってる!」
「なんだって?」

ポーはセバスじいちゃんに尋ね返した

「ボートがまるで生き物みたいに
 熱を持ってるんだ!」
「そんなバカな!」

バリバリという音と共に
ボートがムクムクと
怪物の毛に覆われていくのがわかる
ふたりの握った櫂は 手と足になり
舳先には吐息のように 白いものがくぐもって見える

「バフン」っと一発
ボートがくしゃみをした
ふたりは怪物の背の中で ひっくり返った

「バカな!」と ポーは言った

ボートは舳先で呼吸をし
櫂はその怪物の手足となり
体をのたうたせ自由に湖を泳ぎだしている

「ぼくらを案内してくれるらしい!」

目を大きく見開いたポーは
大きな声で叫んだ
セバスじいちゃんは腰を抜かし
ひっくり返ってしまった

首と顔をもったボートが
ポーの方へクルリと目を向けて
キュッとウインクしてみせた

怪物は大きな背中で ぐぃぐぃと
ポーとセバスじいちゃんを乗せ
クジラたちを引っ張っていく

薄暗がりの
湖畔の街を背にして
その小さな頭を前方に
くぃっと折り曲げ

一掻きごとに
クジラたちを率いて
怪物は 海を目指した


Nuits sans nuit

  ikaika

告発された、私の世界が、
ゆっくり夜に飲み込まれる、
瞳の奥で水平線が反転し、
真昼が醜く嘔吐する、
超えようとする昔日の石段の陽光が、
額から滑り落ちて、
握られた私の冷えた微熱、

夜なき夜を巡る、
子午線が海面から、消えてなくなる、
そして、蒸発した、
という始まりから、
流れ出た、貴方の唇から、流れ出た、
貴方、という呼称の中に、
纏められぬまま纏められた、
幼き乳房、の沸き立つ、
平野上で、
私は、G線上を歩く、
刻まれたステップの内に、宿った、

戸口は閉められ、
告発された、
夜の闇の中で、
告発された私の世界が、
落日を経験しないまま、
断崖から見下ろす、少年の怒りに満ちた眼に、
一瞬の雷光、
手は離された、
繋がれることなく、
ただ、汗は握られていた、
貴方の、いや、私の冷めた微熱を宿した額から流れ出た汗が、
唯一握られていた、
そして、青ざめた、
一気に青ざめた世界が、
告発によって
晒された、


すべてが醜く青ざめていた中で、
線は途切れた
開かれてしまった平野を目の前にした、
挨拶が燦燦とうんざりするほど降り注いでいた、


世界を救え、正義よ(Mr.チャボ、勝利の方程式)

  Canopus(角田寿星)


ぼくは正義の味方だから
曲がりなりにも
今日できることは
今日やっておこう

向かいの大家さん宅に新聞を借りに行く

朝ごはんは?すませてきました

いつもの嘘をついて
縁側に腰かけ新聞を読ませてもらう
最近は兇悪な事件が多くて胸が痛むわね
奥さんが世間話の代わりに切り出してくる
お茶を一服
いただく

ぼくの目の届かない世界のあちこちで
ぼくの手が届かない 心の奥深くで
あらゆるものが壊れていく
音がきこえる
ぼくは地方版の下のほうに目を通して
フラワー団が線路に置きソテツをしてないか とか
高圧線にツタを絡ませて町内を停電させてないか
駅前通りをいちめんのスイカ畑に変えてないか
ひとつひとつ確かめていく
記事はないね
ちいさなためいきをひとつはく

この世界の
あらゆることを見渡したり
許したりすることのできる誰かが 存在するとして
そいつは昨日の日記帳に
いったいどんなことを書いてるんだろう

ぼくは正義の味方だから
曲がりなりにも
ぼくができることは
とりあえずやっておこう

いつもどうもすみません
いえいえおかまいもしませんで
大家さん夫婦に いとまを告げる

こっそり門前の掃除をすませておく


土のみかん

  ふう

ぽとり。と夢がかすんで
涙と一緒にふくらんで割れてしまえば
かもめだって傷つくでしょう
億年かけてかたまった土のかたまりを
アメリカ人はa stoneと言うのかしら?
そいつをピッカピカのスニーカーで踏んづけたのは
上ばかり見ていたからじゃないですか

夏の空はあまあい柑橘のかおり
つまりは一面の水たまりに浮かぶみかん
そいつを左手でむんずと掴んで
ミルクとかきまぜながらわたしは
その時にはあなたの網膜に囲まれていたので
あまり使われない思い出の奥底に沈めて
ドリンクバーのおかわりをしました

一人より少しだけ狭い部屋で
もう出来上がっている朝食の匂いと
添い寝したりだとか
キスして
朝のBGMにしてみたり
そういうことを探していたわたしと
カフェインを求めていたあなたと

ところで。
わたしの手が指紋よりも
しわが深く深く刻まれるであろう頃に
それらはわたしがふと見た夕日のように
失くした積木のひとつとなって
しまった場所など忘れてしまうのですか

目の前に
目の前にはただ
あのときと、一寸変わらない夏の空
つまりは一面の水たまりに浮かぶみかん
わたしはそいつをむんずと掴んで
ぬれた地面とかきまぜてわたしは
その上を通るあなたを
傷つけてしまうでしょう

だからわたしは
あなたが地雷を踏んでしまわないことを

祈っているのです。


燃料切れ

  みつとみ

 ひとりでどのくらい走ったのだろうか。アクセルを踏み続け、狼と平行して草原を突き抜けた。車体に草や砂利があたった。街の明かりは遠く、荒れた地の草は時に刃物となって、金属をも切り裂く。途中、音がしたので、岩でタンクが裂けたのかもしれない。やがて車は動かなくなり、メーターは0を示した。ガソリンが切れた車から、しずかにかげる地平を見ていた。斜め下方、日が暮れかかっている。ハンドルの汗ばんだ手をはなし、眼鏡のフレームを上げる。指ひとつ分、見える光景が上下する。

 ジャケットの襟を立てて、ガラス一枚に冷え始めた空気が隔たられている。地平、風で草むらが波打っている。なびく草の先。遠くこの平野は、海につながっている。焼けた西の空から、風が吹きつづけている。
 かすかに蒸発したガソリンと古いシートの匂いしかしない。わたしのまわり、ガラス窓から顔をだすのは狼の目と鼻。一頭、また一頭とわたしの車を囲む。獣の灰色がかった銀の毛が風になびく。窓ガラス一枚、車体の金属一枚で、わたしは隔てられている。狼、この地では滅びたはずの種族。

 一頭、また一頭、増えてくる。うろつく。七頭はいる。ときおり光る眼。
 ダッシュボードを開ける。なにか役にたつものはないか。車のマニュアル本、車検証、ジッポのライター、ティッシュ。地図。足下の赤い発煙筒。ナイフはない。しかたなく閉める。
 もう一度、アクセルを踏むが、車は動かない。拳でクラクションを叩く。その音に、染まる雲は裂けていく。

 日が暮れた。風が車の窓にあたる。いつしかハンドルをつかむ手は乾いていた。狼らは見えない。力なくエンジンのキーをとめ、また回す。なにも変わらない。シートにもたれる。身体が重い。顔をあげて、前方を凝視する。気分が悪くなって、手で口をふさぐ。指があごの輪郭をつかむ。寒い。暗い地平には限りがなく、そして夜は続く。
 窓から見える影の大地と、紺色の空とに挟まれ、わたしは眠りにつこうとしている。

(この地にひとり取り残されてしまった)


住宅計画

  コントラ

[この街をいだく海流の下では、いくつもの金属片が、かさなりあって音をたてていた。その音は谷間を貫く巨大な高架の防音壁にあたり、また海に帰ってゆく。夕方、銀色に光る通勤電車が長いトンネルを抜けてこの街に着き、無人のプラットホームに停車する。白くかわいた新造住宅街の部屋の奥で、街の住人はもう何年も眠りつづけている]

男はもう10年も、午後の日がさす部屋で暮らしていた。夕方4時になると、団地のスクールバスの音で目を覚ます。ベッドから起き上がると彼はコンピュータの電源を入れる。ファンの音がやみ、黒いスクリーンに文字が入力されるのを見つめる。遠くの部屋でなにかが壁にあたる。コップの水面が少し揺れる。インターネット掲示板にはたくさんの書きこみがあった。男は頬をゆるめたり顔をしかめたりしながらキーボードを叩いている。紙パックのコーヒーを飲み終え、握りつぶすと午後5時だった。キーをポケットにいれ、階段をくだる。原付自転車が団地の平坦な区画を出て坂道をのぼってゆく。男はフルフェイスに風を受けながら、口のなかが乾いているのを感じていた。

街の南にある埠頭は風が強かった。フルフェイスを脱ぎ、岸壁の上に置いた。コンクリートの灰色が街と海のあいだに真っ直ぐな線をひいている。遠くで作業服の男たちがいくつものパーセルをコンテナに積みかえている。長方形のものから小さな円筒形まで、荷物にはたくさんの種類があった。水平線の、貨物船が停まっているあたりから、金属のぶつかり合う音が断続的に聞こえている。海の底では金属片が重なりあって音をたてているのだ、とむかし図書館で借りた本で読んだことがある。キーをまわして原付自転車を発進させる。カーブした坂の下の、薄く靄がかかったあたりに、新造団地の群が見えている。灰色がかったスクリーンのなかで、A号棟の丸い非常灯が赤い焦点をにじませている。

[街の南にある埠頭では、作業服の男たちがいくつものパーセルをコンテナに積みかえていった。ラベルは擦り切れていて読めなかったが、荷物の中身にはたくさんの種類があった。たとえば、両親の帰らない部屋で泣いている女の子の手に抱かれた人形。壊滅した首都の市場で水たまりに落ちたサンダルや、遠い砂漠の採油場で、鉄製の梯子を動いてゆく蟻のような人影。岸壁では金属片のかさなる音が潮をふくんだ空気をふるわせている]

男の家族がこの街に引っ越したとき、彼は幼稚園に入る年だった。白くまっさらな部屋にいくつものダンボールが運び込まれ、父は日なたのベランダでタバコを吸っている。窓の下には小さな時計塔がたっていて、そのむこうには同じ形の建物が海のようにどこまでもつづいていた。ある秋の夕方、母は不機嫌で、幼稚園のスクールバスを降りたあと、団地の部屋につくまで一言も口をきこうとしなかった。重いスチールの扉を閉めると、母は、粘りつくような視線で彼を見た。次の瞬間、買ったばかりの立体模型がキッチンテーブルの上からすべり落ち、灰色のビルディングや、ガソリンスタンドの看板がフローリングの床に飛び散っていた。彼の網膜にはいくつものカレイドスコープが増殖し、そのひとつひとつには綿密な住宅計画のパターンが転写されていた。

[団地の窓から見える時計塔が午後4時を指すと、スクールバスが到着して園児たちが母親と手をつなぎ、家に帰ってゆく。そのなかに30年前の男の姿があった。黄色い帽子をかぶり、母親の手をにぎりながらA号棟の暗いエントランスに吸いこまれてゆく。窓に灯が点ると、空が暗くなりはじめる。新造住宅地の日々は、油膜のはったアルミホイルやレンジでミルクが温まる匂いが、薄闇で目をとじる人々の呼吸を明け方までつつみこんでいる]

男はキーボードを叩いていた。掲示板を開いてメッセージが入力されるのを見つめる。口の渇きはとまらない。コップの水を口にふくむ。青い光を発するブラウン管。画面のあちこちに表示された住宅計画。メカニカルに増えてゆくフロアプランを遠くまで歩いた。A号棟からB号棟へ。同じ形の建物がつづく。男は街を見下ろす坂の上にいた。踏切、信号機、ガソリンスタンド。港湾、貨物船、コンテナ倉庫。街の上空には薄い雲がかぶさっている。その雲のしたでは、いくつもの透きとおった人影が蒸留されているのが見える。次の瞬間、男は午後の日が射す部屋にいた。右手に感触があり、見ると原付自転車の鍵をにぎっていた。顔をあげると、テーブルの上には旧式のデジタル時計がのっていて、時刻は午後4時を過ぎていた。

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パス:bungaku

『住宅計画』 2006/8


捨て野

  軽谷佑子

王は野原の王
歩き続けたので
野原も際限なく続いた

刈りとった束を
引きずって歩く
あんまり引きずるので ああ
とても重い音がする

麦わらのようにギシギシ、
切りわらのようにギシギシ、

むすめたちは旅の中
先頭は動物の群れ
しんがりは生きていない
たくさんのものたち

野原はいちめんの実り
上着にも下着にも
べっとりと残滓がつく

噛みくだいても
麦わらのようにギシギシ、
腕が何本も
からだから生えてくる
切りわらのようにギシギシ、
噛みくだいても

王は野原の王
いつも誰か一緒にいて
嬉しかった
嬉しかった

川をまたぎ越す
動物の背にはみな
むすめたちが乗って

実りが道を汚す
しんがりのまた後について
麦わらのようにギシギシ、
触らないまま
切りわらのようにギシギシ、


青い壁 6

  tomo


 
 思えることが存在できることではない
 わたしの乳房が空とふれあっているのは
 それは。思えることだからではない
 くだけ散った感情が錘鉛をゆらすのは
 ありもしない感覚が狂おしくさわぐからだ
 すずめがなんひき鳴いていても
 わたしがいきているあかしにはならないだろう、


No Title

  浅井康浩

ゆるしあうりゆうはきっとわからないままだから、きゅっとなるむねのあたりからあふれ
だしてしまうかなしみにいつだってわたしはみたされてしまう、うしなってしまう。せめ
て、いだきあえたときくらい、ねむれるほどに、雪のかおりとなりますように。




もうすこしすればそこからあふれだすせつないみずにとけこんでしまう午後なのに
すっきりするほど泣いたからもうなにものこってやしなかったなんて、あなたがせなかを
むけたとしても告げただろうそんなつよがりがどこかでわたしをさびしくさせてしまうな
ら、はだけさせてあげるためのボタンをどうかうけとってくださいとためらったままのわ
たしには、やっぱりだれかのやわらかなてのひらがひつようであったりするのかもしれな
い。




あなたはもうふりかえることさえしないだろう。それなのに、いつものようにゆびさきへ
とひろがってゆく静脈にやさしさはあふれはじめて、みずうみに似てゆくあなたがこわい。




どこまでもしろいメンソレータムを塗ってあげるね。きっと、抱いたらすぐにしみこんで
くるあなたの傷のぬくもりが(いたい)。きっと、そんな場所にながいあいだいたふたり
だから、きっと、わたくしの体温はあなたのやさしさなんかに取り囲まれて、どうしよう
もなく、あい、とか、いろんなものにからまってしまう、そうしたきもちすべてがあなた
というものをどこまでもとうめいにしていってしまうから

そうやって、ささやかにみとどけてあげてほしいの。
かつてはそこにあってきらめいていた、いまはうしなわれてゆくものとして消えかかって
しまったすり傷までも、きみに。

あなたがやわらかなてのひらでひっかいてくれたきずあとは、どうかなくなりませんよう
に。なめらかだったまっさらであった、いままさになくなってしまってゆくわたくしとの
へだたりが、どこまでもいたみのなかでキラキラとしていますように。


コルクの海

  砂木







おでかけじゃないさ
ココの 塩ぬるい空き海に 

連れて来た手に
ちゅー返り
波にサスラワレタ

ひとつ
瓶が 

帰れないで いるはずで

沈みながら 砂粒に
ならずに 

その 浮かばないイレモノに守っていた
水源が 飲み干されて 

二度と目に触れない場所へ
うずめられても

ズイブン のんびりしてるように
みえるかい
これでも

迎えにいく所
今度は 何を閉じ込めてやろうか 

ねえ


黄色いハサミ

  出縄由貴

人間と人間がいて
黄色いハサミがあれば
血は流れるでしょう

人間と人間と人間がいて
黄色いハサミかフォークがあれば
血は流れるでしょう

人間と人間と人間と人間がいて
黄色いハサミやフォークや鋸があれば
血は流れるでしょう

人間と人間と人間と人間と
人間と人間と人間と人間がいて
黄色いハサミとフォークと鋸と
画鋲とナイフと待ち針と金属バットがあれば
そりゃあ血は流れるでしょう

人間と人間と人間と人間と人間と人間と
人間と人間と人間と人間と人間と人間と
人間と人間と人間と人間と人間と人間と
人間と人間と人間と人間と人間と人間と
人間と人間と人間と人間と人間と人間と
人間と人間と人間と人間と人間と人間がいて
黄色いハサミもフォークも鋸も
画鋲もナイフも待ち針も金属バットも
金槌も包丁も鉄パイプもホチキスも
皮剥き機も剃刀もマシンガンも爪切りも
爪楊枝も菜箸も斧もペンチもドライバーも
チェーンソーも地雷も戦車もスコップも
秒針も長針も短針も日本刀も手裏剣も
シャープペンシルも万年筆も
文鎮もアンテナも竹箒も歯ブラシも
ビール瓶の破片も折れた椅子の脚も
壊された傘の骨まであれば
そりゃもう血は流れるでしょう

生理がはじまります
子どもはうみたくありません


青い壁 7

  tomo

ジス イズ ア ペンというほど
ペンは具象的ではないから
わたしはこわばった抽象性を明らかにつかみだす
パトスを持とうと思った
地平線をはるかに越えたところにある
星の青白さのことを
なすび色のグラスに注いだココアのことを
人知れずタンポンにふさがれている空洞のことを
わたしは葛のうらふく秋風のもとに晒した


中心には風がない

  klo

星に駆けあがろうとするスカーフ
壊されたばかりで
まだレンガが燃えているのに
喉の禿げあがった鳥たちが舞い降りてくる
足跡はまだ温かい

ぼくは猫の腹を流れる川に耳をつけた

切れていく雨音、
倒れたドア
ぼくは目を閉じた
ぼくは目の奥に奪われていく

電柱には虫の影がぼろぼろになってくっついていた
七色の瞬きは死んだ人を流して
最後には空にぽんぽん投げ出してしまう
ぼくの舌は
喉にからまって煙をあげた
空が、
ぼくの肺で羽根が裏返る
草の恵みを
光が、焼き払ってしまう

残された街を
ぼくは揺れて
噛み切られた水平線の焦げたところから
まだ生きていないぼくを見つけた
風の重力と、
ハガキを燃やして
黒点が
細胞に紛れ込んでくる

ガードレールの下には川が流れた
ぼくはすでに
ぼくはロープを食べてしまった
ぼくには髭が生えてくる
ぼくは鉄の肺を手に入れて
夕日を浴びていた
まだレンガが燃えている
ぼくは
街の名前を、思い出そうとする
ぼくは
誰かの足跡を見つけた


愛だろっ 愛かも?

  ミドリ


街中の子どもたちが
寝静まる夜半
夫婦は夜の営みをしていた

「アンっ トム!」と
妻が嗚咽をもらすと

夫は 俺はトムじゃない タケシだ!

「トムじゃないのね もっとも・・」と妻がいい
てんぱったタケシの腰の動きが
いや増して激しくなると

今度は「ボビー!」っと
妻は夫の背中に爪を立て
強く抱いて悦楽する

アホか!俺はボビーじゃない ミノルだ!

「ボビーじゃないのね ミノルなのね」っと
妻はまた冷静にいい
ミノルの舌の動きが
パチョんこにテクニカルになると

「あァ そこよホセ!」っと
妻は胸を反らせながら声を張り上げた

ボケっ!俺はホセじゃない ワタルだ!
頭にきたワタルが
激しく強くそして美しく 
妻の唇に舌を絡ませ 胸を揉むと

「クリストファー・・」と喉の奥を
しめつけるようにして
妻は背中をのけぞらせる

とうとう夫は怒り出した

「お前はガイジンばっかりかい?」

そこ 突っ込むとこなの?っと
妻がケロッとした顔でいうと
夫は
すまない 穴の位置を一個間違えてた
「すまない・・」

そういって夫は
ベットの上で正座をして
妻の目を見つめた

「トム」って
妻が小さく唇を尖らせながらいうと

「キャサリン」って
夫が囁きかえす

夜中の3時半
セミダブルのピンクのベット上に
ふたりは寄り添って

またたった一つの愛を
奪い合うようにして
ふたりはひとつになった


祭りにて(ひかり)

  Toat

大通りをちらかす街灯が
踏み沈められた雪の道に
青白い絨毯をうすく敷いて
茶色い靴に包まれたぼくのあしは
どうやらわずかに浮いている様だ
光の花粉がふれあう音は
雪原に凪ぐレースのカーテンを被せて
遠くの針葉樹の群生が
底黒い澱にひたひたし
星をあるいは堰き止めている
ずっとむこうでは
祭りが行われているが
音が鳴っていたとしても
ぼくは静寂を聴くことにどうしても心奪われていて
気づかないだろう
きょうは新月なので
大通りはしずかに思索を失して
沼にしずんだまままばたきせず
時間がわからなくなる
時計の金具のつめたさが
うでをささやきで掻きわけると
キシツク腕を溶解する血液が
心臓のたたく肋骨をさわさら撫で
目の前にあらわれた手首には
線を交わした文字盤が
ほそい指針の影をふるわせていた
ぼくは祭りの露店が並ぶ区画へ
歩いていったが
靴音を落とした


会場となる通りの両脇には
露店や露天商が並んでいて
街の人々は今夜は寒さを努めて無視して
祭りを楽しむ
ぼくは酒を売っている露店に立ち寄る
棚に並んでいる
いろの息づく酒瓶の
クレヨンのようなひかりの列が
網膜にながれる絵をかいて
あかるい虚像を白くした
店主に云って
山羊のミルクで出来た温かいお酒をもらう
コップを両手で挟むと
ひとくち飲み下す
そうやって熱を感じながら
ひろい通りを歩いた
さまざまないろのひかりが咲いては散り
劇場のようだ
立ち止まり
ぐるりとまわりを見る
人々の口もとは
笑っていた
彼らは
みな盲だった

文学極道

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