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soft_machine - 2007年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


八月二十六日 八女

  soft_machine

全て乾いて
回り続けた
車窓に滲んだレールの錆が
鵲の群尾に一つ文字を願い 回る
回って、それは
草みどり 瓦屋根
白熱灯と傘 老女の舌先
流れてゆくのは
車窓に滲んだレールの錆が

県道三○一号線の朱に解ける午後
欄干をはだかの少年がバランスよく渡る
矢部川の支流に飛び下り
透明な太陽が飛沫を上げ
耳納連山の痩躯を揺する
棚田の幾つかは人手なく涸れて
コブラの飛行演習だけが盛んで
発電所はいつの間にか送水管を無くし
遠く街の方から巨大な煤煙が見ていた
レーダーサイトに反射して
あなたは それが美しいと言って泣く

問い掛ける
回り続けて
何かの沈黙に
竹を割ってゆく
熱風に静かな墨を滲ませ
問われたそれに
ひやっとして
あなたは それが美しいと言って泣く

裸布、筆痕、蕎麦の匂
山猫、産婆、黒雲の精
眼底に熱写された童唄の世界
枯れ果てた因習に耳を澄ますと
全て乾いて
剥き出しにされたそれ
私は神社の外で玉虫が割れて
ダムは日々懐をヘドロが膨らませていた
あなたは底々の家が魚に住まれ
水は足を膝まで歪ませ
凌霄花が道に垂れ
背中は鳴き続け
土葬の賑わいの裏で訪問者が
立ち尽くし帰れないでいる
深い谺に侵されてゆく廃屋
届かないもの
夏は今年も本当の姿を見せぬまま
空は真空で敷かなく蒼でない
通り雨が土間を這うそれが
白い筋が闇に浮ぶそれ
骨を濡らし始める
遠ざかるもの

豚舎の娘が宿題の絵日記を抱え込んだまま
明日を考えることもなく活かされ 許され
仔牛は干草の重さで 諸事の芯を嘗め取り
命の短さを嵌めあい 眺め尾を振る
饒舌で無血な
陰りない陽光
赤子の夢見
線虫の蠕動
へそのおに静かに湛える
爛れたアスファルトに砂を敷く

全て乾いて
回り続けた
車窓を震わす孤りきりの汽笛
マンホールに僅かな塵が降り 回る
回って、それは
団扇風 蚊屋遊び 梟の密会
山火事 腐った畳 蛍の葱灯
歪んでゆくのは
あなた 遠く手招く遥かな海






  鵲=かささぎ
  朱=あけ
  解ける=とける
  矢部=やべ
  耳納=みのう
  凌霄花=のうぜんかずら
  諸事=もろごと
  無血=むけつ
  蠕動=ぜんどう
  葱灯=ねぎあかり


断想 十二

  soft_machine


断想 十二


こどもの頃棄てたはずの手が
壁の中で指をならしている

むかし山の小川に浮かべた舟が
朝のトイレの水面をはしっている

出会った人も別れた日々を憶えずにはいられない日々
雀たちの六月が、アルコオルと骸骨の中でざわめくと

眠っていたことに
雨音で気がつく

 *

黒猫が何かを狙う夜の仕草が
籠のむこうの見えない何かに
背中を丸めて準備する
病院の鉄柵にからまり
鉄線の静かな発情に沿って
東に流れる霧雨の音で

 *

小蝿の前足はうつくしい…男より
ハンバーガーよりずっと内緒話で
乾いてゆくレタスの組成
挟みこんだ…プレパラート
はさみこんで
悦ぶよりもずっと大きな器官で

いつまでもこの温もりを噛み砕いている
てのひらのジャンクフードに染色体
ケチャップが拭いきれない唇の女
そしていっぱいのビール
これらはどれくらいの憂鬱を詰め込んだものか
教育科学番組がさわぐ
世界はひとつの生命帯だ

 *

空腹で忙しかった放課後のこと
雨が森の奥の人気ない神社に少年達を誘い込み
繰り返される禁じられた遊び

単眼と複眼に思想はない
砂を浴びせかけられる蟻をする
蟻は人を憎むことも憐れむことも知らされないまま
紙切れのようになってゆく

通り過ぎたことに振り向くことは
足をふみならして帰り道をゆけば
ことばもない空に似合いの
墓石に刻みこむをする遥か

 *

冷たい風の和音
耳をすまし混ざる銭湯の湯
女に握られた櫂でゆられる気泡をながめ

川岸 電線
あちらとこちら

蝶々 遊々
いきつもどりつ

鏝絵師が虎を
細視し彩帯し

脱獄犯は古里に
再会し最限る

 *

労働が塗るのは空
雲でいっぱいの夢
風の中は
晩酌の肴
鰯のすり潰された
それはきらりきらり
影が砂底に届かなく腐り
生命のスープに溶けてゆく

 *

本当の歌を謡いながら家の鍵を探しても間に合わない
瓦礫の前で積み重なった懐かしさ
酔っぱらいの千鳥足

輝きのみに生活を忘れるならば
幸せの裡に今日の悩みをばらまけた
クレーンの旋回に触れた初雪のように

けれど濡れているアスファルトの下で
土は乾いている
内側からひからびてゆく屍体のように

 *

ぐらうんどにとんぼをかけるあのこは
ぼくのものでも
きみのものでも
だれのものでもないことば
しらずしらずのいのりとねがい

さらりいまんになれなくて
そういってわらってこっぷをつつんだ
おじさんはさけくさいこまをぱちりとならした
みすみすかくをとられるみちが
さんてさきにあるのもきづかず

だれもしらないきおくのにっき
ひらかれずよまれず
もやされるためだけにあるもじがささやく
きまってまよなか
みてはならないゆめのあと

 *

モウクタバッテイイカイ
ナレタウソハコレイジョウツケナイ
コドクナフリモ
ワラウエンギモ
シズカニホウムリサッテ

モウユメダケノゾンデモイイカイ
ジョウダンニナサレ
ヒゲキニミナサレ
キドアイラクハコレイジョウフカノウ
ダレニモハダカヲミセハシナイ

ナゼッテウチュウノハテニトドクノハ
ヒトノカゲキノカゲツキノカゲ
ウミニアルノハナミバカリ
ナミガナミトカサナリアッテ
トビラノムコウデマッテイル

 *

教会が見える喫茶店の窓の隅で
珈琲を眺め飲むこともせず
自分の死に方を悩む男

惨く
しかし痛みなく
どうせなら美しい方法を

思いついた
それはカップの死臭に
微笑みながら唇を触れた

 *

昨日釣りそこねた魚が
今どの辺りを泳いでいるのか
もう誰かに釣り上げられてしまったのか
それとも火山島に背を向け腮をひそめ
仄暗く浮かびあがる海嶺まで‥‥
思いを語りに沈んでゆくのか

台所で刺身とバッハが重なって見える
換気扇の中のジェット機は
午後をゆっくりと這って
‥‥茫洋と舞う
ひかりを浴びた塵も私かに
黒髪に降り震えている

たったそれだけのもので
逃れられない生と死の密想に気づく
優しい言葉は諦めたことへの言い訳だろうか‥‥

 *

それでも飽きることなくカーテンが翻る
吊るされた緑が水を失う時と睦む遍在を綴りなさいと
街角の迷路に変容する為に痴れなくてはなりませんと
銀のポットと金の皿と石膏にされた少女の上で

北向きの一枚の画に最後の筆を加える
いなくなったはずの男
腹を縫われ鼻に綿を詰められ紅をひかれ
十字架の前に現れ‥‥ひとつ心臓を響かせ

片羽根のニケがおろおろと首を探す
それから病葉がくるくると落ちてくる
すると蛇口からひと雫こぼれるあなたとのこと‥‥


しいっ‥‥‥ほら、

雨が‥‥‥

なんて‥‥‥

甘美な幻‥‥‥


枯れた花を存分に抱いて
私はもう眠ってしまったが‥‥‥

‥‥‥雨はどこへゆく
豪奢な夕暮れを雨が降りゆく


乾いてゆく風があった

  soft_machine


乾いてゆく風があった
薄れてゆく光もあった
綺麗にされた夏だった

目の前に拡がる
どこか懐かしい景色
なぜかふるい歌を思い出し
海に腕をさし入れる
かなしみが群れているのは
きっとあの雲を抜けたあたりで
のこされた魂も
そのすこし上あたりに舞っていて
よろこびがうまれたのもあのあたり

動きはじめた手足があった
赤ん坊を抱きかかえる友に
父親の顔というものを
はじめて見た気がした
世界を積み上げてゆく
欺かないことば
あまい息が陽に焼けてよりにおう
寝床にほおづえをついて見ている
ぼくのこのいくぶん打ち疲れた
心臓の音が聴こえているかい

波打つ草原をはしり
泡立つ都会でおよぐ
そこに生きる人達の
きっとくる明日を信じていたいから
空を眺めていると
ふと願わずにいられない
いつの日かこんなぼくを
感傷が成長してゆく輪にするだろう
それも罪から研ぎ出された
九月の影にうかされただけの
忘却に過ぎないものだとしても

静かに樹皮が冷えていった
穏やかに砂漠が拡がっていった
そして秋は今年つばさがなお空高い


包まれて

  soft_machine

水はグラスに包まれ
グラスは両手に包まれ
あなたを包むのは誰ですか
水が包むのは、何

泣いているのは
瞳だけ幼い老人
その掌に
日溜まりのような優しいぬくみ
あなたの額に新しい水を注いで
泣いている
枯れながらも匂いをなくさない花を

あなたはふと考えこんで

それから、また忘れて
あした窓からくる朝のひかりが
その眉に美しい橋を掛けるだろう

 お前、もう枯れるね
 水は汚れ
 花器にも拒まれ
 お前、死んでしまうんだよ

 とてもきれいだ
 あと少し
 夕日でかがやいた姿を
 描かせてくれ

傾いた虹の
開け放ったその窓に舞い込んだ
ペイントナイフにとどまって

人は花に包まれ
花は世界に包まれ
遠くにあるのは、海
あなたが駆けてゆく海

文学極道

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