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苺森 - 2006年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


灰桜

  苺森


ぽつり ぽつり、アスファルト叩く雨
最後に笑ったのはいつだろう


お茶をするなら桜の下
紙コップに浮かんだ花びら
ゆらゆら、と
永遠に解けない夢の様
おまじないかけて

絵空を泳ぐわたし
仄めく青の
絡まり滑る、遠い呼吸

包んだ掌のなか滲んでゆく桜色
淡いぬくもり、ひらり
ほわり、
芳しい波に乗る若いたましい


魚だった

わたしのコップに落った花びら
汚いと泣いた
はらはら、涙の鱗、
幼い瞼に弾かれて
飲み干しなさいと母が云うのに
解かれた魚になり、
花びらは綺麗になる子だけに落ってくるのだと
お前は選ばれた子なのだと謳う、謳う、
柔肌撫で上げる風―母は謳う風だった

春、春の瞬きに踊る
こころ踊る
黒髪の海 さんざめき

仰いだグレイに抜ける春
きらきら昇るプリズムに似て
透けてゆくあの日―少女だった

雨だった


きれいでなど

月日は流れ散りゆく桜も煙草の灰
白々、くすんで見えた四月の公園
木々の向こうの暗き横顔
乱立するホームレスのビニールテント

まだ憂えて 春待つ魚

誰とも笑えなかった
何もが
きれいでなんかなかった
きれいでなんかなかった


呑まれないでどうか

この街、巡る季節
わたしでまた泳げるといい


やわらかに 軽やかに
時の波を
ひらひら、ゆらり 舞い踊り
悪戯な春風のなか
洗われるような花吹雪
新芽の芳り 青々と

泣いてないで

ぱらぱら、鱗を落としながら
薄らぐ記憶の表皮を 空
泡沫、沈む、夢剥がれる音


いつも雨だった
わたし


きれい

きれい、笑えるといい
こんな こんな
何をも

笑ってしまえたら
もう笑ってしまえたら


Hyper Slum

  苺森


オーライ、面倒なことになってきた
無頼なライヴで fly,
訝しいフライデーにレッツゴー破天荒

ブッダ ブードゥー 縋って坊主
輝かしい過去ばかりぶら下げて dope
殴るど真ん中 星が飛ぶ
歯茎を隠せ
オレンジの宙で覚醒ダンス


申し分ないほどの自由の日々
まだ願いは尽きることなく
手のひらかざして空を掴んだ
奪えはしない太陽
弾き潰されるのはおまえだ ye


どうぞ、

ありがとうと泣いて
さようならと笑え


煩い生、精の神が売るソウルはsin
情景、心の臓のシンジケート join
ジンバック番狂わせの人生そのまま、3,2,1,,,
ゼロで寝ゲロって逃げろってニグロ
土曜の晩には揃いの合図でブッ飛ぶ ニトロ
冴えない面子でいつも通りのtripper
吹き溜まりで引きこもりが弾き語りでニートロック

黙れ ヘイメン、背面飛び
蹴り上げた勢いで跳ねっ返れ ループ・ザ・ループ
多少の粗は体よく塗り固めてハイファイ,fine
引きずって腹這い、今日もアップandダウンで瀕死

私と私とは裏側までも明日
脳天召しませ キャンディシスター
いつしかシャバダバ、どしゃぶりランデヴー
どう転がろうが知れてんだってばロリポップ
程度の問題だったりして全部似たり寄ったりニッポン人
行き当たりばったりハッタリばっかり、ギリギリでいつも生きていたいから青酸カリお守り、
爺は芝刈り、服部薪割り、日帰り西日暮里、マハリタマタハリペスギマリ

出動ピーポー!救えないアリス
下衆って people
ナンセンスな真実こそ美


凍てつく月ごと抱き締めて
溶かしてダーリン、なまぬるい夢のなか
何を忘れてみても束の間
叶いやしない、叶いやしない
フォーリンフォーリンドリーミン
嫌いじゃないと言ってプリーズ 隣人

都合のいい、むずかしい世界よ
あたしにはあたしにはどこだって何だって
それでも、

いつだって馬鹿みたいな日々が、ありえない展開が、
ややこしい奴が、日々みたいな馬鹿が、気狂ったラヴが
面倒臭いむさ苦しいすべてが好きよ 好き


floo-floo,flow,fall down

あくまで似合いの宇宙へ
schwaa a


銀と赤

  苺森


天窓から睨む月の鋭い眼光
コンクリートの醒めた肌
薄明かりの白粉叩く鏡の前
流動体のゆらゆらする夢を頬張れば
牙を剥いた苛立ち、
硝子が口の中で鈍く鳴って
水銀の粒が唇を零れ落ちる、美しく

ときには砂のように
ときには水のように
若いリズムを刻みながら踊る踊る、

掌の上を踊る


まるでそれは生きていた


砕けた破片
噛み締めたら流れだした


美しく銀と赤


黒い涙、マスカラの睫毛でぱちんと弾けば
夜の孤独に滲みゆく
奥で潰れた声の破片が
舌の上
もつれあい転がる銀、銀、銀の

滑る滑る、
赤を

赤の


零さないで

乾いた
砂のように

こころは死んでいた
張り付いたいのち
内を剥がれ落ちるそれは
干涸びて


ふざけた血が 嗤う
ああ、

もう崩折れそうに
祈り疲れた
ねえ、なんて痛わしい空
なんて怠い未来


石女と体温計


うたかた/通勤風景に

  苺森


出勤時刻 PM 6:0 0

薄曇る腕時計の差し迫る秒針
 騒がしくて聞こえない
雨降り私はまだ黄昏の
ざらついた街のあおい肌を滑り落ちる水滴

高々と脳天突っぱねたシルバーメタリックの電気笛
急かされるまま特急電車へ滑り込む勢いで時計仕掛けの日々から飛び降りた
ガード下通路をいつもよりゆっくり歩く今日だ
抜けると天窓がステンドグラスのコンコース
見慣れたそこがいつもより小さく見えるこの不思議

ムーヴィングウォークを外れて歩く恋人達が遥か天空に浮いて見えたのは幻覚じゃない
弾き出された睦まじい老夫婦と並ぶようにして列車また列車へと
数えきれぬ真空をうつろいゆく二つの影が消え入りそうに揺らいだ瞬間、
不意に眩んでうねった地面
“あと5メートル”の地点で抜き去った光、
譲り渡された波間をくぐる私の、流れるスピードの枯渇した若さの彼方


ふと 濡れた緑の匂い、夜風が芽吹きを知らせる

無になる、街、時間も誰も皆忘れた
錯綜する記憶も
 ああ、どれだかもう思い出せない
危うい耳の奥でくぐもるトランジスタ
でたらめと喧騒に掻き消されてまた忘れたんだ

 錯覚に違いない


退勤時刻 AM 3:0 0

澄みきった空気はしっとりと肌へ落ちる、木々の毛穴から私の幹奥深くへと浸透する
土の鼓動が聞こえる、遠く、脈打つ球根は子宮のリズムを覚え
啜り泣く風は淑やかで、騒がしい、近い、

 心臓がいる

急ぎ足で通りへ出てタクシーを拾う
閑々と蒼ざめた街、トラックと信号のネオンが呼吸のように明滅する
シャッターで重く閉ざし沈黙するビル
過ぎゆく車のヘッドライトは冷たく尖る、群青に走る一筋の銀
真空を伸びやかに突き抜ける金属音の眼差し
私はひとり安腕時計の風防のなか、追いつけずにまだ五月雨の

走りだせばすぐに高速へと入る、すれば眠りへ落ちる、いつも通りに
巡り巡る世も時も人も、回り回ってはめくるめく日々だ

それでも月はいつも通りに裏切る
三日月は黄色く可愛いバナナになれば冷たい銀鉤にもなる
満月は時に迫り来るほどに大きい、空を埋め尽くし今にも落ちてきそうに
またそれは時に赤く、生々しく、怒り狂った炎を彷彿とさせ目を合わせていられなくなる
内から食い破ってきそうな空恐ろしさに逃げ出したくなる
プラスチックの空をめくればそこにいる
キリキリと私を腸ごと巻き上げていきそうなゼンマイが
けれどもどれもが優しかった
すぐそこに、草木の息づきと月の表情だけが生きて
それは何より温かく、優しく、私より私らしく怖かった


雲隠れの高速を降りる頃には
運転手が呼ぶ
 「迎えが来てますよ」
明るんだ空では舌っ足らずの鳥が囀る

 奴はいた

息を潜める私に軽く手を上げ合図を送ると
駆け寄ってくるや否や待ち構えていたかのように両腕を広げた
一切抱かれるままになる
冷たいアスファルト弾く大きな朝、その揺るぎない愛に

もう一度帰りたかった
私は帰りたかった


私の人生とは夜中の国道だ
ムーヴィングウォークを渡る間に終わる
刹那にも無限にも似た、

まだ冷めやらぬ若い熱病の夢見の


 最中、


蜃気楼

  苺森


あなたが遠くなるから、電話機をクッションに縫い込んだ
その夜、レコードをかけたまま眠ったらしい
寒気がして体がぶるると震え、針飛びするように目覚めた深夜
悪い夢でも見たのかパジャマは寝汗でぐっしょり濡れていた
着替えを済ませ洗面台で顔を洗っていると鏡のなか、肉体がボクを嘲笑うので
慌てて自転車で近所の電話ボックスへと駆けていく途中、それはボクを襲った

立体がたちまち平面化し、やがて呑み込まれた地面もろとも崩れ去る、
(この幸せな感じ――ああ、それだけでもう何もいらない)


父さん母さん 揺らがないで
手を離さないで お願い

時計の針が車輪のスピードでぐるぐるし、
このまま いつまで回りどこまで行けルかな
ぐしゃりと潰れ墜ちた先で
それでもまだぢりぢりと啼いているのがボクですか


 るるる、るるる、


からっぽでなンにもないからなかに容れルものをさがしています、
(どうかボクを夢中にさせて!)
ほら、もう あなたでいっぱいにしたらボクはボクでいられるの母さん
そういうのお好きではなかったですか父さん

 繋がラないよ

父さんとボクがさかさまで、母さんが殴られて、かばったらボクの鼓膜が破れた
いつだってすべてを求めては すべてを奪われ、
そうやて生きてンのが好きなのではなかったのボクら
繋がらないね、ダイヤルが壊れているんだ ぐるぐるしてもどらない
ずっと奥で耳鳴りがしてやまない、うるさい、
(戻ラない!)思い出せない、、ちが、違う、ないているのは――聞こえない


なにも 何もいらない!


ごめんなさい、ごめンなさい、もう気持ち悪いこと言わない
筆箱にナイフを突っ刺したのは睡眠不足のせいです
ロッカーを間違えたのは熱帯夜のせいです
もう交番でお家聞いたりもしない、忘れたのはボクです
死ねばいいなんて言ってやらない、泣いてなんてやらない

そう、あれはとても暑い日だった
とおく伸びる断末魔のような耳鳴りが、からっぽの真空を抜けて
ボクは無我夢中で父の首を絞めた
流れていた曲は、あの日と同じ“ミッドナイト・サマー・ドリーム”で
気がついたらボクはあの日の父と同じ歳になっていて
レコードの溝を辿るよう、からから からからと ただ回って
そのうちに 生きてンだろうかも みんな 忘れたのです

 つぅんと真っ白――、


道端の空蝉、自転車でひいたら ぢりと鳴いた
タイヤを食いちぎりそうな大きな声で

ボクは死んだのです
そうやてボクは 死んだのです


へブン

  苺森


赤錆にこんがり焼かれた玄関扉のポストでむせかえる夕刊
押し寄せる感傷が、パキパキと付け爪や錠剤シートを踏みつけながら廊下を徘徊する
新聞を取り出し口からごそっと抜き、そこから僅かに突いた引き締まる外気に窒息する俺
煙草を吸おうとライターを手にするも、空気はすぐにも引火しそうなアルコール濃度
うなだれる陽に染まるカーテンを伸びをしながら捲りあげる
その向こうに見るガレッジには拉げた影を落とす自転車
ひからびた空ろなオレンジを仰いでいる自転車は俺と同じ顔だ
力任せに扉のチェーンを引きちぎれど走れやしない、やはり俺にはまだ足りない
そいつで継ぎ足すには、明日をまるごとくるむには足りないのだ

テレビ画面に写し出された白昼、こびりついた景色から剥がれ落ちる輪郭、どこにもいけない熱、フラッシュバック、なまぬるい酔い、
でたらめだらけで でたらめだらけで――床に転がった酒瓶やビデオ、食べ残しのジャンクフード、体液の染んだティッシュ、手足やネジも
酷使したためビデオからべろりと飛び出たテープは、俺のだらしないハラワタそっくりだ
夕暮れは中がひどく渇いて痒い、蠢く毛穴、肌をぱっくり開けば這い出てきたのはシリカゲル

やがて記憶の処理を始める、部屋中の一切のプラグを引っこ抜き、黄ばんだ過去を束ねるための紐をつくる
そうして幾つもの夜明けが過ぎていった、無限に続くテープ上をいつまでもループして 夜毎、
明け暮れた―どうにかなりそうで 死にたくなるほど―、流転、
使えない本能、またひとつ積んで 酸っぱいコーヒー啜ったなら、朝は晴天

ああ あいつを見つけた、疲れた冬空の下、顔色の悪い廃品回収車
待っていた、まるごと持っていってくれ!

何もが似ていて、いつもどこか似ていて可笑しい
会社へ行く時間だとお前を急かしにくる朝までが
しみったれた古新聞を漁り始める

おお ろくでなし天国

文学極道

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