#目次

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2006年06月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


うたかた/通勤風景に

  苺森


出勤時刻 PM 6:0 0

薄曇る腕時計の差し迫る秒針
 騒がしくて聞こえない
雨降り私はまだ黄昏の
ざらついた街のあおい肌を滑り落ちる水滴

高々と脳天突っぱねたシルバーメタリックの電気笛
急かされるまま特急電車へ滑り込む勢いで時計仕掛けの日々から飛び降りた
ガード下通路をいつもよりゆっくり歩く今日だ
抜けると天窓がステンドグラスのコンコース
見慣れたそこがいつもより小さく見えるこの不思議

ムーヴィングウォークを外れて歩く恋人達が遥か天空に浮いて見えたのは幻覚じゃない
弾き出された睦まじい老夫婦と並ぶようにして列車また列車へと
数えきれぬ真空をうつろいゆく二つの影が消え入りそうに揺らいだ瞬間、
不意に眩んでうねった地面
“あと5メートル”の地点で抜き去った光、
譲り渡された波間をくぐる私の、流れるスピードの枯渇した若さの彼方


ふと 濡れた緑の匂い、夜風が芽吹きを知らせる

無になる、街、時間も誰も皆忘れた
錯綜する記憶も
 ああ、どれだかもう思い出せない
危うい耳の奥でくぐもるトランジスタ
でたらめと喧騒に掻き消されてまた忘れたんだ

 錯覚に違いない


退勤時刻 AM 3:0 0

澄みきった空気はしっとりと肌へ落ちる、木々の毛穴から私の幹奥深くへと浸透する
土の鼓動が聞こえる、遠く、脈打つ球根は子宮のリズムを覚え
啜り泣く風は淑やかで、騒がしい、近い、

 心臓がいる

急ぎ足で通りへ出てタクシーを拾う
閑々と蒼ざめた街、トラックと信号のネオンが呼吸のように明滅する
シャッターで重く閉ざし沈黙するビル
過ぎゆく車のヘッドライトは冷たく尖る、群青に走る一筋の銀
真空を伸びやかに突き抜ける金属音の眼差し
私はひとり安腕時計の風防のなか、追いつけずにまだ五月雨の

走りだせばすぐに高速へと入る、すれば眠りへ落ちる、いつも通りに
巡り巡る世も時も人も、回り回ってはめくるめく日々だ

それでも月はいつも通りに裏切る
三日月は黄色く可愛いバナナになれば冷たい銀鉤にもなる
満月は時に迫り来るほどに大きい、空を埋め尽くし今にも落ちてきそうに
またそれは時に赤く、生々しく、怒り狂った炎を彷彿とさせ目を合わせていられなくなる
内から食い破ってきそうな空恐ろしさに逃げ出したくなる
プラスチックの空をめくればそこにいる
キリキリと私を腸ごと巻き上げていきそうなゼンマイが
けれどもどれもが優しかった
すぐそこに、草木の息づきと月の表情だけが生きて
それは何より温かく、優しく、私より私らしく怖かった


雲隠れの高速を降りる頃には
運転手が呼ぶ
 「迎えが来てますよ」
明るんだ空では舌っ足らずの鳥が囀る

 奴はいた

息を潜める私に軽く手を上げ合図を送ると
駆け寄ってくるや否や待ち構えていたかのように両腕を広げた
一切抱かれるままになる
冷たいアスファルト弾く大きな朝、その揺るぎない愛に

もう一度帰りたかった
私は帰りたかった


私の人生とは夜中の国道だ
ムーヴィングウォークを渡る間に終わる
刹那にも無限にも似た、

まだ冷めやらぬ若い熱病の夢見の


 最中、


心の庭

  ミドリ



街を見下ろせる ガラス越しの喫茶店で
小さな椅子に腰をかけ
ふたりはよくそこで コーヒーを飲んでから仕事へいく
まだあどけない少女だった頃から
彼女を僕は知っていて

なんの変哲もない会話の中に
ふたりだけの小さな
緑に満ちた楽園があり
なにかしたことで笑いあったり
ちょっとした仕草を触れ合わすだけで
心のヒールに届くような
感情が生まれてくる

その滾々と湧き出る泉の中で
ふたりはコーヒーカップと 言葉のつぶてで過ごし
「時間だね」
そう言って 腕時計と互いの目を見つめ合わせて
店の扉を後にする

彼女が結婚したのは僕の知らない男で
とても背の高い
陽に焼けた青年だった

知らせをもらったとき
ふたりだけのあの小さな庭はもう
この世には存在しないのだと僕は悟り
でもそれは とても綺麗な顔をもった
世界から配達された手紙のような気がして

鉄の錠前のしっかり掛かったあの小さな庭を
僕は胸の中に閉じ込める 
きっとどこかしらに いつもそんな場所がたくさんあり
必ず交代で人たちは其処へやってくるのだろう

ビルとビルの隙間に
霞んで埋もれそうになっていても
人はそこに足を踏み入れずにはいられない
そんなポケットの深いところにぎゅっと心を突っ込んで

今日も雑踏の中の見知らぬ顔たちの
肩の間をすり抜けながら
人は道すがら帰るべきその庭へと 靴底を踏みしめていく


シルビア

  コントラ



シルビアは恋人の兄のマルコスに「デブだ」とからかわれても、なにも
言い返さなかった。雨上がりの日曜日。リビングには湿った風が吹いて
いて、テーブルの上では処方薬の袋がかすかに音をたてている。門の前
に車がとまり、礼服を着たシルビアの家族が午前のミサから帰ってくる。
彼らは部屋に入って着替えを済ませると、すぐにまた車に乗ってでかけ
てゆく。シルビアの家族は、小さな弟たちもふくめ、みんな太っている。
国境を越えて輸送される赤や黄色の炭酸水は、この国の神話のプログラ
ムを見えないところで書き換えている。

パウンドケーキのような熱帯林の中央基線が交わるあたりには、巨大な
ショッピングコンプレックスが午後の陽を浴びて白く光っている。シル
ビアによれば、ここのフードコートで売られているピザやフライドチキ
ンは、母がつくったものとは違う味がする。しゅわしゅわと口のなかで
溶け、まるで宇宙食を食べているような感じなのだ。シャーベットのよ
うな冷気が充填されたフロアを出ると、シルビアの家族は地平線が見え
るハイウェイに車を入れる。後部座席では、シルビアが物憂げな表情で
窓ガラスに額をあてている。いつからか、彼女の視界には光る綿のよう
なものがちらつくようになった。

ドラム缶で燃える丸焼きのチキンが黒い煙を空にたなびかせている、環
状道路の交差点。信号待ちで車が止まると、安物のキャップをかぶった
物売りたちが寄ってきて、小さな押し花やボトル詰めの炭酸水を売り歩
く。汗ばむ褐色の腕に握られた炭酸水がきらきらと熱を放射するのを見
まもるシルビア。排気ガスで黒く汚れた壁と、炎天下に立ちつくす売り
子たちの姿が無声映画のカットのように映り、アクセルを踏み込むと視
界から消える。ドライバーの目線をはばむ鋼鉄の防音壁の外に広がる原
生林のむこうには、板きれやダンボールで風をしのぐバラックの群がゆ
るやかな丘の中腹まで続いている。

あれは小さなころ、縫いぐるみを抱いて祖母の家に遊びにいったときの
ことだ。眠たい目をこすりながら飛行機がこの街に着陸してゆくとき、
砂粒のような電灯の群がこの丘のうえまで這い上がっているのを見て、
シルビアはベッドカバーに落ちた宝石のように、それらを手にとること
ができるような気がしていた。いま、そこから数百メートルも離れてい
ない、なめらかに舗装されたハイウェイを、日本製のセダンは滑ってゆ
く。道が緩やかにカーブしていくと、フライドチキンの広告塔が回転し
ているのが視界の隅にはいり、そのむこうには広く青ざめた空が緑の地
平線をすりきりの地点で飲みこんでいる。


Last Modified 2005/06/06


冬の夜、僕は悲しくて

  ロン毛パーマ

冬の夜、僕は悲しくて、
ひとり、港の桟橋で、
黒く、ゆらゆら揺れている海と、
そこに写った月の姿を眺めていた。

海上を漂い流れている
つるんとした
大きな物体が、あった。

月明かりに照らされた
その物体は、
仰向けに漂う全裸の中年男性、
僕の高校時代の恩師。
十年ぶりの
再会だった。

海上を漂う一糸纏わぬ五十男は、
見下ろす僕の、顔を見つめて、こう言った。
「勉強は、しよるのか?」
僕は何も言わなかった。

僕が泣いていることに気付いた先生は、
静かに僕にこう言った。
「園芸部に入らんか?」
僕は涙を拭いた。

少し波が強くなって、
先生は何度も桟橋の岸に体を強く打ち付けて、
その度に、上を向いたり、下を向いたりした。
上を向いたり、下を向いたりしながら、
てらてらと濡れ、輝く、その顔は、
笑っているのか、泣いているのか、
僕には分からなかった。
僕はタバコに火をつけた。
足下で先生が、
「こら、お前、タバコ!」
と言った。

僕は夜空を見上げて、
思いっきりタバコの煙を吸い込んだ。
そして、
それぞれの事情を想った。

「ごめんね」と言って、
電車の中に消えた彼女の事情、
その時僕らの横を通りすぎて行った
汚い身なりのおじさんの事情、
あの時、あの場所にいた何百人もの人間
それぞれの事情、
そして、
僕の足下をゆらゆら漂っている、
つるんとした大きな物体、
その、事情。

夜明けまで、そこにいても良かった。
けれどそうはしなかった。
一応、まだ僕にも、やるべきことが残されている。
そう思う事にした。少なくとも
部屋に溜まったゴミを出さなきゃならない。

僕は再び海を見た。
先生は少し沖の方に流されていた。
たくさんの小さな魚たちが、
先生の体毛をついばんでいた。
黒く光る海を漂いながら先生は
なにか鼻歌を唄っていた。
どこかで聞き覚えのある歌だった。

僕は家に帰り、
散らかったゴミをまとめて玄関に置いた。
明日の朝九時までに出さなきゃならない。

明け方、僕はベッドに入った。
ほんの数回、このベッドで彼女と
体を暖めあったこと、思い出していた。
そして、眠った。
眠る直前、先生の歌っていた鼻歌が
母校の校歌だったことを思い出して、
少し、むかついた。


  まーろっく


 刑務所の高いコンクリート塀に沿った道は、わたしの古びた
夢にまだ続いている。全てが鉛色だった。梅雨空も、長い塀も、
砂利道も。わたしは憂鬱な学生鞄をさげ永久にその道を歩き続
けているのかもしれない。
 道の片側は畑で、所外作業の模範囚たちがやはり鉛色の囚人
服を着て働いている。畑の中には養豚舎があり、荷台に柵をし
たトラックが豚を運び出すために時折り横付けされていた。そ
して、今しも一頭の豚が荷台に引きずりあげられようとしてい
るのだった。
 豚だって死ぬことは分かっているんだ。とわたしは思う。豚
は動物でさえない。より多くの肉を得るためだけにある家畜だ。
豚の精神など許しがたい。しかしどんなに人間が愚鈍さのなか
に豚を落とし込んでも暗愚な脳に光が射す時がある。
 豚は力いっぱい抗う。肢を踏ん張り、荷台に載せられまいと
して。腹には引き縄が巻かれ、四つの肢は男らにとりつかれて
いる。豚はなかば横倒しになり、身をよじっては荷台のあおり
板にからだを打ちつける。
 300キロ近くもありそうな大きな白い豚の肌は紅潮してい
る。あからさまに血の色を放ち、鉛色の空と、塀と、砂利道と、
おなじく鉛色の囚人とわたしを罵り叫ぶ。豚の甲高い鳴き声だ
けが刑務所の塀に響き、豚の波打つ腹の上だけに陽が落ちてい
る。そうして豚は運命の台に載る。
 一仕事終えた囚人のひとりがわたしに白い歯を見せて笑った。
やあ、こいつもこの世の見納めってやつさ。 労働の充足感と
家畜への嗜虐が彼を少し陽気にさせていた。
 豚はまだいくぶん興奮していたが、四つの肢を板張りの荷台
に落ち着けると精神は肉のなかで眠り込むようだった。豚の目
はうつろに鉛色の空をうつしていた。だらしなく涎が垂れてい
た。
 不意に刑務所の塀のなかから、駆け足の掛け声がたちのぼっ
た。大勢の男たちの声は広がることもなく、垂直に空にのぼっ
ていった。重い足取りで、それでも一日が回転しはじめた。
 


バスケット・ダイアリー

  一条

夜が明けると、犬が放り込まれた。
顔馴染みのじいさんとばあさんが3人くらいいたが、結局どうしようもなかった。
女はレジ打ちの仕事をやっとこさみつけ、今日から、レジを打っている。
女がレジを打つ仕草というのは、なかなか魅力的だ。
男だったら果たしてどうだろうか、と男は説明している、
その傍では、何も起こりえない。

そしてどこへ行くのにも、
だいたい徒歩15分くらいだということに気付いてしまった時、
マンションのチラシなんかに掲載されている「徒歩10分以内」とかいう情報は
つまり、ほとんど意味がないということを知るべきだった。
実際計測してみると、徒歩12分を過ぎたあたりから、
だいたい3分後には目的地に到着してしまう。
だから男は、仲間には何も話さないことにした。

それから、ずいぶんと前に放り込まれた犬の何匹かが吼え始め、
それを駆除するために業者が駆けつけた。通報したのは、
犬とは利害関係を持たないマンションの住人だった。
そして右側のエレベーターが故障した。それは偶然だったが、その時すでに
左側のエレベーターは故障していた。ポストに投函されたマンションのチラシは
今日も新しい情報を提供しなかった。ずいぶんとひどい話だ。

犬は殺されないでいた。最近は殺すより殺さない方が面白いんです、
と業者の男。ついでにエレベータを直してくれませんか、と
犬とは利害関係を持たないマンションの住人が哀願した。
夜が明ける前に修理しておきます、と言って、男はいなくなった。
その傍で説明している男が、もう何年も仕事を探し続けているがみつからない。
商品の価値が値札に書いていると思っているタイプの男だから
仕方がないのかもしれない。今日も一日何も起こらなかった。

ポストに投函されたバイト募集のチラシを見て
もう何十年も働いてはいないけどレジ打ちくらいなら、
と女は軽い気分で応募した。面接で渡されたアンケート用紙のアピール欄には
ああ、すごく楽しいはずよ、レジを打って、打って、打って!
と書いてみた。夜が明ける前、目をこすりながら、
女は今度こそ採用されるかもしれないと思った。

もう何十年も男は説明している。いつ殺されても平気のはずだった。
しかし、最近は殺すより殺さない方が面白い。
レジを打つ女は、次から次へと新しくなったが、
だいたい苦情なんてものは年に数回程度しかないのだ。
マンションのポストには新しいチラシが投函されつづけた。
迷子の犬を探しています、
それは飼い主にとってのみ切実なものだった。

新しいマンションがどしどしと建設中である。
それは、ほとんどが徒歩10分以内の距離に集合していた。
男には、もう、そういうことのすべてに説明が必要だとは思えなかった。
しかし、世の中には、説明を必要とする人たちが
一定の確率でいることも既に知っていた。
今日はレジ打ちの女が欠勤だ。
きっと女は戻ってこないだろう。

つまり、こういうことだ。
ほとんどのことは、値札に書かれている。心配するな。


扉を叩く ゆっこの恋 (プリントアウト用パート2)

  ミドリ

荒っぽく玄関の扉を叩く
それは「事件」のはじまりだ

ゆっこの ブロンドに染めた髪も 胸のタトゥーも
アレストブレッヂのアパートメントも
日常的に吸引しているマリファナも
この街にある炭鉱用の
掘削用のタワーの残骸も
真冬にはマイナス30℃までに下がる
それはこの街に閉じ込められた
とても小さな物語だ

ダウンタウンから3キロほど離れた
農家の納屋で
日ごと行われるパーティーも
ほとんど家に寄り付くこともない
十代のジャンキーたちの溜まり場だ

最近 生まれてはじめて
ウェートレスのバイトをはじめたゆっこも
その溜まり場の一人だ

このパーティーに集まってくる 女の子たちの間でも
とびきり綺麗なゆっこが恋をした相手は
ピンドンバックとあだ名される
ボクシングをやってる
男の子だった

ゆっこは彼に
バーボンをラッパ飲みしながら訊いてみた
「人を殴って なにが楽しいの?」

赤い髪のピンドンバックは
マリファナを咥えながら
「本能だよ」と
軽く 弾けるように腰を回しながら
優しい笑顔でそう言った

「今度の試合 観に行ってもいい?」
ピンドンバックはそれには直接答えず
シュッ シュッと シャドーを何度も繰り返しながら

「テレビでも観ていてくれや」
知り合いが来ると手元が狂っちまう
リングの中央には神がいるんだ」

フォーリー フォーリーと
彼は笑いながらワン・ツーを突き出し
こうやって神と交信するんだとキュッととウインクしてみせた

サイドステップと
ウィービングで相手のパンチをかわす
まるでバイブルを読んでいるみたいに
ひどく 気持ちが揺さぶられるんだ
でさ
この時だって瞬間に
相手の死角に飛び込むんだよ

じっと息を殺して
マットに這いつくばった 相手の肢体を見下ろし
なにが勝敗を決めたかなんて
殴り倒した野郎の血の付いた
横っ面を見ていたって俺にもわからない

だからいつも
そいつを悟られぬよう
俺はコーナーポストに静かに戻るだけ

そんな話を聞いていると
ゆっこなんだか
胸が苦しくなって
涙が止まんなかった

扉が叩かれたのは
それは夜中の3時半
アパートに戻ったゆっこがベットの中で
キッチンをぼんやりと横目で見ている時

扉の前にピンドンバックが立っていて
照れながら彼はこう言った
「心の支えが欲しい
なんだかさ
あれからとても気になって
魂や精神を永遠に支えてくれる
バネのような支柱が欲しいんだ」

ゆっこは寝癖にパジャマのまま
ツカツカと枕をぎゅっと掴んで
彼の顔を目がけて思い切り投げつけた

「この野郎!ドラックの やりすぎなんだよ!」
 


死なない

  最果タヒ

わたしは
傘でしたが

あめふり、始まった瞬間に窓から捨てられてしまいました。そこが部屋であ
るから、かれらはかわらない日々を過ごしている。傘がないからえいえんに
迎えはない。

あめはえいえんに止まらず、そうね、火事もだから起きない。かれらはけっ
して外を見ない。暖炉があたたかい。草花をそだてていて、きちんと水をや
っている。わたしの腿がとてもいたいです、骨が折れてしまった。

けっしてなににも不自由がないように
外などでなくてもいいように
あなたたちはひとでなくなる
食料も
文学も
あなたたちは自分でうみおとしていく

用事
などないように、かれらは動物園を創立してわたしのとなりをトラや白鳥が
流れていきました。それから、果樹園がつくられ、いつも果糖のにおいがし
ていました。捨てられる話はいつでも仮定でしたが、わたし聞いていたはず
なのです。でもあめふりのなかだなんて、一度も想像できなかった。

あなたたちはひとでなくなる
わたしはそこまできらわれましたか
あなたたちはひとでなくなる
つねに
まちがいをうたがっています


 *


つねに
わたしの目は曇っています
植物だと思っていたそれぞれが、とても羽をむすばれた白鳥の、あのほそい
くびに似ていました。いままで、きちんとみてこなかったわたしは、すべて
の植物たちをまず疑わなければならなくなった。けれどそのぶん、わたしは、
傘を開くことをおそれなくなった。うそを、おそれなくなった。

わたしは傘ですか花ですか白鳥ですか
こどもが
うめますか うめないん、ですか
こどもがうめる、としたら
こどもがうまれるんです
もうすぐ、うまれるんです妊娠したんです
わたし、
妊娠して、
祝ってください
祝ってください窓からでもいいから開けて、こちらを、
みてください、妊娠したんですよ、わたしは妊娠したんですあなたたちの、
あなたたちのかぞくを
う、

うむんですよ。


 *


あなたたちはひとでなしだ

言って
汗をかいた
涙がでた
ぜんぶ
あめにはまじらなかった
あなたたちはひとでなしだ
言うと、わたしは地球の自転からきりはなされるだろう、きりはなされてわ
たしは部屋の扉がわたしから通り過ぎていく姿、通り過ぎるあのドアを見る
ことになるだろう、そこから、わたしは聞く、あかんぼうの泣き声/、がひ
びいて、それからこもって、わたしはいつのまにかこどもをうんでいたきっ
とおんなのこでかわいい、わたしはいつのまにかうんでいたきっとおんなの
こで/
わたしがいないと死んでしまいます、


(いっ 回転できるまでずっとおびえているでしょう、けれどきっと、ふた
たび会えばその子はそだっていて、わたしのこどもではなかったとわたしは
安堵するのでしょう)

ひろわれて
かのじょにさされたい
赤いかわからないけれどもともとかわいくもない傘です
さされたい
さしてください
さしてあめをよけてください
そしてもしかのじょが傘なら、(知りたいことが、)捨てられていますか、
いませんか、

きっと
捨てられています・・
かぞく ですから


グッドモーニング・キッズ

  ケムリ

閉め切った窓に真っ白な鳥が降りてきて、ぼくは格子の向こう
の空を見た。向こう側にあるから、四つ羽根はひとつ、ふたつと
くちばしを囁き、曇り空に溶け込むアッシュの羽根をはためかせ
真四角を放物線で切り取っていく。重い連なりのかさなる空のせ
いで、今日も電線は撓んだままぼくを笑う。

 空飛ぶ畸形が、群れの中へと重なっていき、ぼくの大事な椅子
は今日も背もたれが取れたままで、錆びた刃でスライスされたひ
かりを受け止めながら、いつもと変わらない曖昧な影で部屋を二
つに区切っている。ほこりたちの揺らめきが煩くて、クリーム色
のカーテンを重ねたのに、影はいつだって連なり過ぎる。

 フィラメントの揺らめく轍を切り裂いていく白い群れが、撓ん
だ電線を軽々と越えていく朝に、真っ白の十字を掲げた幼稚園に
小さな靴が集まる時間に、ぼくは耳を塞いだまま四つ羽根を追っ
ている。気化するたましいは、部屋を巡る嘘つきたちに笑われて
しまう。部屋の隅で、誰かがおはようを叫び続け、郵便受けから
はいつもゆびさきが覗いている。

 四隅には、四人が腰掛けている。四つ羽根は今、国境を越える
旅客機を包み込んで。コクピッドでまどろむ機長に、飲みすぎた
ワインに眠る人達に、置き去りにされて低い声で笑う金星に、ぼ
くはまだ耳を塞ぎ続ける。音割れしたヘッドフォンが部屋の隅で
くさっている、四人目の足に重なって。まだ、空は空のままで、
断ち切られている。

 切り裂かれた子ども達の賛美歌が、ぼくの耳たぶを引っ張って
ぼくはまだ両耳を塞いだまま遠ざかる四つ羽根達を追いかけてい
る。格子に断ち切られて、電線に切り裂かれて、一糸乱れぬさよ
ならの群れが、遠い機体を包み込んでいく。ぼくは耳を塞ぎ続け
る、誰かこの僅かなひかりを汲み取ってくれないか。その小さな
手で、その柔らかな足先で。

 痛みを知らない耳たぶの丘を越えて、滑らかな網膜の泉に連な
って、柔らかな髪の隙間に遊びながら、遠ざかっていく。ビルの
屋上から飛び立っていく柔らかなあなたが聞こえてくる、断ち切
られた空から、切り裂かれたひかりから。格子の向こう側にある
から美しいものもあるよ。朝日に焼かれて生まれて来た鳥もいる。

 清冽な十字を鮮やかに嗤い、屹立する高みよりもずっと先に、
きっと優しい歌はある。それは歩くひとの靴紐に、眠るひとのこ
めかみに、歌うひとの唇が分かたれる激しさに、四つ羽根達の向
う先に、重い雲が解き放たれた彼方に、こめかみに触れた冷たい
指先に。

 ひかりは降り注ぐ、断ち切られ、切り裂かれ、羽根を纏い広が
りながら、それでもぼくらのもとへ。耳を澄まして、両手広げて
ほら、もう朝でしかない。


helpless

  一条



あたし、淀川大橋のど真ん中で
helplessって3回叫んでから
ヘルス嬢になってん

お店で、イチ子という名前もらって
みんなにイチ子ちゃんと呼ばれて
おまえ、いつまでも新人という設定って
店長に言われてん

新人のイチ子です、って言うてから
おしぼりでお客さんをきれいにしてあげて
おっぱいもんでいいよって
言うのが、あたしの仕事

あたしを指名してくれるお客さんもおって
うれしくて
サービスしすぎて
店長におなかどつかれるねん

この前、お客さんに
おまえ、十三ミュージックの踊り子さんやらへんかって
誘われたけど
あたしのこと求めてくれるのは
えげつない世界の人ばっかりやね

しんどくなって、あたし、田舎に帰りたくなるときあるけど
妹もよそで頑張ってるよって
かーさんが電話で言うてたから
あたしも頑張る

新人のイチ子です
おっぱいもんでください

真夏の淀川は、犬がしょっちゅう流れてんねんけど
あたし、犬もよう助けん女やもんなあ

あたしのおっぱいなら 好きなだけもんでいいよ


指鳴り

  riala

指を、
落とした
遮断したとき
たぶん、亡霊で
雨をさまよってる
昨日の夜の裂けたところから
ほとばしる過去の遮断機をくぐって
滑車を引っこ抜いて
風みたいにして、来たんだ
虚無
でも、動悸はする


咲いたものと
咲き終わったもの
咲きはじめたのと
あったの、それとか
全部なぎ倒して(しまったの)
ふるえる葉先、地面に織り込まれた
緑のありか
花は、飛びました。


雨が地に吸い込まれ
霧になって
街をむさぼる
家並みはまるく削がれ
屋根は色を飛ばした
用水路に潜んだ六月は
指先のような細いものから
流れていった
鉄柱は剥がれ、銀色にしなり
滑車だけが回った
目まぐるしく 

剥がれた
銀のひとひらのように
どこにいても、ここにいる気がしない


回る回る 滑車
からからからからからからから、目まぐるしく


あるいは、朝日か、チョコレートか。

  葛西佑也

寝起きは、不機嫌
な ぼくなので、
世界の終わりの
ような顔をして、
何もかも、どうでも
よくなっている。

なので、

ぎゅ ぎゅっと 後ろ
から だ きしめて、
さらりと キスして
とろーり とろーり
チョコレートみたいに
しちゃって(ください)。


「ぼくは、この願望が
ずっとずっと ふへんてきなもの』
だって。」

中央が程よく、へこんだ
まくらに、顔面をうずめて
ぺろぺろっていやらしく、
味わうチョコレートの
鉄っぽさで、ぼくは
ぼくは いかれてしまうの。


ぎぶみぃちょこれいと/

/ぎぶみぃちょこれいと

ぎぶみぃちょっこれいと/

少しさび気味の、
金属片からは、血の味
がしています。
ここが戦場ではない!」
とでも言うのですか。

朝が、もうそこまで
迫っている。
ことに、車輪の音で
気が付いて、
ふっと我にかえっ
てしまった。
口の周辺は、
チョコレートで
べっとべとで。

ぺろり ぺろり
ぐるり っと
何周も何周も、
このぼくの、ぼくの
舌で口の周辺を
なめまわしてやったら、
何かがとろけだして
朝なんてものは、
忘れてしまった。


たべもの

  りす

ベイビーは寒天のなりすまし
プルプルふるえながら
五月のベランダに這い出して
毛布の毛羽立ちをつまんで 
ホイップのようにツンと立つ
空を見上げる
くしゃみでそう、くしゅん
春風にのって綿毛の精神で飛ばされて
鯉のぼりをくぐって 戦闘を組織する
血は流れなかったよ
ベランダの洗濯物に憑依してお茶の間へ
テレビの中は自然体な戦場で
兵隊は整列してテレビを見ている
ベイビーは整列して母を見ている
おかーさん、
エプロンに透明な血が、
大丈夫、
角砂糖なめて、生き残ろう


井戸の中で破裂した爆弾の話
知らない生き物がうようよ出てきて
眼鏡をはずせば たべもの に見えた
とりあえず捕まえてリアカーにのせて
姉さんが手拭いで首を絞めて殺めて
縁側にぶらさげて乾かして
ご飯にのせて食べたり
おつゆにして飲んだり
着物と交換したりして 一家団欒
たべもの とっても おいしかったよ
またいつか井戸に
爆弾が落ちるといいね


わしゃわしゃ
沢山のベイビー
わしゃわしゃ
沢山のおかーさん
わしゃわしゃ
ああ、こぼしちゃった
キッチンペーパーがベイビーを吸って
おかーさんがベイビーを流しで絞って
低温殺菌だから 死なない
燃やせないイノチに分類されます

急に雨が降り出して
おかーさんはブツブツ言いながら
五月のベランダに走り出して
洗濯物をフランスパンのように抱く
空を見上げる
するすると鯉のぼりが降りて
ベイビーがベランダに整列して敬礼する
おかーさんがフランスパンを構えて
鯉のぼりの口に砲撃する
やっぱり 血は流れなかったよ


ニナ

  樫やすお

わたしには子供の頃にニナという
アメリカ人とニホン人のハーフの友人がいました
目の色はつやのない青灰色に曇っていて
虹彩の形が黒くくっきりとしていました

ある日ふたりでシーソー遊びをしていると
日が暮れて
公園の木の上にはたくさんのカラスが舞い戻ってきました
自転車に乗ったひとが大勢やってきて
彼らはわたしたちをじろじろと見つめて
肩で息をしていました

ガラスに夜のにおいが沁み込んでいました
わたしたちの手は
鋭いガラスの破片を握り締めていました
わたしたちはただ茫然と
たくさんのひとの前に立ち尽くしていました

「帰ろうっ」とニナが言いました
すると
大勢のひとの胸が突然戦慄きはじめて
わたしたちを捕まえて
殺そうと、
機会を窺っていました
さらに多くの自転車が
3本しかない公園の電灯に照らされながら
わたしたちの前に停まりました

ニナの顔が水中でのように青白く膨らんで
脱脂綿に血が滲んでゆくように
わたしたちの視界からぼやけてゆきました
「やめてぇ!」とわたしは叫び声を上げました

誰かの首筋に鎖が耀いていました
ニナはその鎖を手繰り寄せるとそのひとに
そっと微笑みかけました
ニナはまるで天使のようでした
やがて彼女は目を瞑ると
アスファルトの暗い淵へと
静かな灰となって消えてゆきました


アメリカ

  Nizzzy



女の張り出した局部に
  かすかに息をする収容所
 (その傍らを行進する、マーチングバンド)
  朝霜のきしめく草原を
  足の先爪で渡っていく(蹄の残るブルーグラスを踏みしめて)

近似円の奥にベゴニアを咲かす
  (51州の、吼える星座)
   ピアノ線を巡らせる
   この指(コットンを摘む、黒人のしわがれた声)

花々が、
  テキサスを射精に処す

アメリカの記憶が成層圏で
  散乱する。(鎮まれと、双角の鹿が)

衛星間にもたらされた
 花々の冠
 “アタラクシア”と呼ばれた、下方へと
 投げ込まれた、エンパイヤ
 ステート・ビルディング

現像された西部劇の夕刻
  (鋳造された、アーモンドの茂みで)
   大通りの檻に入れられた
   陰月に祈る民(アメリカン・スピリッツの煙を吐き出して)

エミリー・ディキンソンの性が十字架に、釘刺す喜び

アメリカの記憶が成層圏で
  産卵する。(留まれ、と白色の烏が)

花々の輪姦を
  アメリカが絨毯爆撃する

焼け野原、
 兵士の死体に、六芒星を曝して
アメリカ
よ、
お前の唇を、噛みあげる

ヴェガスの砂塵、
 コスモ・「フィロソフィア」
形而上学的アメリカ
よ、
お前の胎盤を、握りしめる

エドガー・アラン・ポーの性がアメリカに、複数受精する

同方円のさなかに
  しとねこんでいく足音
 (ディキシー、デルタ、三角の耕地へと)
  マイアミのラジオが流す
  女の賛美歌(八百万の、民族が祈っていた丘で)

あぁ、「ここ」は有色の荒野だ
    ミシシッピの川の、船べりの秋だ
    
さぶらおう、
    散弾銃をブルーズに施そう
   (スー族の戦いの歌が、誇らす)
    ブラック・アイド、スーザン
    女のくびれの、花束
    細める臍帯(どの鯨の骨も、すでに篝火へと)
アメリカ


泣き叫べ
 フリーダム
 
混血の、(雷が、先住民の血管へ駆け込んでいく)
  リンカーネイション

アメリカの記憶が成層圏で、
  南北に散逸する。(沈まれ、と赤毛の馬が)
  赤蜻蛉の群れが、
  概念の上を、飛んでいく

ミシシッピの川の、船べりの秋に
     氾濫したニュー・オリンズの、川岸で
     テネシー・ワルツを、踊っている


黒猫

  まーろっく

黒い仔猫には少年がとじこめられている
ぺちゃんこの鼻や、くりくりとした群青の瞳が
「おっちゃん、あのな…」と話しかけてくるのだ
だからぼくは怪しいおっちゃんになって
おまえの手を引いて歩く
甘いお菓子や風船でなだめながら

路面電車の停留所でおまえはかあさんを探す
それはぼくの女房だったかもしれない
けれどいつまでたっても電車は
おまえのかあさんを運んでこない
時折パンタグラフに雨雲をひっかけてくる電車を
おまえはうっすらと涙をためて見るだろう

真っ赤な影を引きずって歩くぼくは
どうせ白い目で見られているのに決まっている
ふるさとの人々に忘れられた人間はそんなもんだ
しかしなんという懐かしい街角だろう
虫かごや風鈴も雑貨屋の軒先にまだ揺れている

ぼくは街を歩きながら何度も確かめる
黒い柔毛が密生したおまえの小さな手が
柔らかい子供の手になりかわっていないかと
だがおまえはやはりしっぽを振りたてて
ちょこちょことぼくについて歩く

ぼくらはゆるい上り坂の頂上に向かって歩くのだ
ぼくが歩いてきたすべての路地を見せるために
そこでぼくはおまえに話すつもりだ
ひとりきりだが歩くだけはずいぶん歩いたと

太陽はもう輪郭さえなくなっている
箱庭のような田舎町には灯がともり始めている
けれどぼくはなぜかあきらめきれなくて
真っ赤な羊水を浴びた少年を
おまえの黒い毛皮から引きずり出そうとする
ぼくの子供がこのまま猫になってしまうのが
ただ恐ろしくて


1982

  コントラ

冬の日の夕方、街外れにある高架鉄道の駅の暗く湿ったエントランス
を、僕は母に手を引かれて降りていった。東京オリンピックの年に開
通した半地下のプラットホームは、長いトンネルにはさまれていて、
新造電車の灯火が闇の奥に点ると発車案内のランプが赤く点滅した。
微風のなかに、僕は飛沫をふくんだコンクリートの匂いをかいだ。耳
の底で轟音がふくらんで、トンネルから顔を出したオレンジの車両と
窓ガラスの光の列が僕の視界をフラッシュしていった。

冬枯れの武蔵野から、競馬場のある駅で電車を乗りかえて、母は工場
町にある祖母の家に僕を連れて行った。電車はジャンパーを着た男や
厚化粧の女たちで混んでいた。銀色の手すりをにぎっていた、汗ばむ
手のひらに残る苦い鉄の匂い。くぐもったガラス窓に映る田畑や農家
は、私鉄のデパートやマンションに変わり、路地やフェンスや煤けた
鉄工場の塀がつづく。母は私鉄線の乗りかえ駅にある洋菓子屋でシュ
ークリームを3つ買った。白い紙で組んだ箱。夕方の人のまばらな商
店街には丸い蛍光灯が数珠のように点っていて、買い物を乗せた自転
車の細いシルエットが角を曲がって消えてゆく。タバコの自販機が白
い光を地面に投げる、潮が引いた浜辺のように静かな道で、母の背中
は通りの奥に小さくなっていた。

祖母の家は郵便ポストの角を曲がった公園の奥の、松の木が生えてい
る小さな水槽のなかにあった。石油ストーブの上では餅がふくらんで
いて、僕は竜宮城のような水の泡がはじけてゆく水面に耳を澄ませた。
母が話す声も、祖母が応じる声も僕にはよく聞きとれない。母がいつ
もと違う表情で僕に笑い、引き戸の奥に姿を隠した。車庫のトタン屋
根の上には鈍色の空が斜めに見える。となりの民家では嫁に行かない
三姉妹が買い物かごをさげて空へ泳いでゆく。庭の植木鉢も地中に棲
むクモも、水のなかで息をしている。

丸テーブルの蜜柑がサッシから差す日を浴びている/ 午後の、静まりか
えった二階家/ 機械油の匂いが染みた路地や電線がはしる町/ 祖母は奥
の衣装ダンスのなかで眠りつづけている/ 引出しには工場に勤めていた
ころの帳簿が入っていて、そこにはボールペンの文字で日付が書きこ
んである

学習机の世界地図にはうっすらと埃が積もっている。春のよく晴れた
日に、ミツバチが飛ぶ公園で2人の子供がブランコを漕いでいた。 赤
レンガの渡り廊下には青空がこぼれ、靴音が深くこだました。校庭で
子供たちは凧のように空へ泳いでゆく。祖母の衣装ダンスは僕の部屋
になり、僕はこの街で小学校の一年生になった。


いそがないと

  ちゃーむ

どうしよう いそがないと
あしたがあさってとくっついちゃう いそがないと
ぼくのさいぼうのひとつびとつが
おそらのほしのかがやきが りんごのみのあかるさが
じょうぞうされちゃうよ いそがないと
うみのなかで さかながたばこをすっちゃうよ
どうしよう
どうしよう いそがないと
ともだちみんな きらいになりそう
おかあさんもおとうさんもみんなみんな いそがないと
ふかいふかいたにまから
せまいせまいかたすみから たゆとうかげろうのむれが
ながれる いのちのかぜ? いそがないと
ぼくのあしがとまっちゃうよ
いそがないと
いそがないと
ぼくはきっと きょうにもどってこれなくなっちゃう いそがないと
ちぎれたきみがむかえにきちゃう
どうしよう いそがないと

文学極道

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