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鈴屋 - 2012年分

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


あなたが散歩する

  鈴屋


日は明るくとも
空は寒い
住宅がならぶ静かな町の

箱の一つ一つに人はひそみ
日溜りの猫の視線にねぶられ
沈丁花の香が生垣をめぐってくる道は
おとなしかった少女のころ
かよったような

二月
いきさつに追われ
あなたはあなたを少々失って
風邪薬に似た
微量の不幸を味わっている

吸殻やほこり玉
舗道に落ちているのは
きたないものばかりだから
有刺線にからむピンクのリボンを
救いあげようとして
手指がない

メタセコイアの梢のあたり
銀ねずのだんだら雲に
あなたの瞳は嵌めこまれ
見つめているのは
公園の広場を横切っていくあなたの背中

唇をなくしたので
鼻唄にしますか?
鼻をなくしたので
そら唄にしますか?
聴いているのははるかな高みの雲の耳

いましがた
あなたは歯医者の角を曲がっていった
最後に残された片方の足の
スニーカーの靴裏が消えない

つづら模様と白い砂つぶが
からの心に
克明すぎて消えない


道のはた拾遺 8.

  鈴屋


8.死んでいる男


野づらの一本道を歩いている
雲は低く、雨は
降るとみえて降らない

行く手の道のわき
枯れた草地になにか横たわっている
近づくにつれ
男が仰向けに倒れているのだとわかる

寝ているのかとおもいつつ
見下ろす
素足の片足を溝の水に浸けている
顔から首にかけて
皮膚は艶を失い土気色

反応など期待したわけではないが
頬骨のあたりを靴先で小突いてみる
首は揺れない、固まっている

「死んでいる」 と
私ではなく、男がいう

シャツがはだけ、凹んだ腹が晒されている
草と地を圧している相応の重量、死んだ肉体
顔を見る
赤黒い口腔、乾いた目玉、濁った瞳孔
まじまじ見詰める
死が関係を単純にする

ヒクヒクと笑いがこみ上げてくる
なにが可笑しいのか
笑いながら自分を怪しむ
十五秒ほどつづいたとおもう
あまりに広い空と地の狭間では
笑いは孤独にすぎ、すぐ醒める

耳朶に風が絡んでいるのがかすかにわかる
ひとしきり雲の動きを眺める

「はやく行け」 と
男がいう
「ひとり死んでいたい」 と
男がいう

踵をかえし、先をいそぐ
雨の最初の一粒が
私の額にあたる
最初の一粒は彼にもある


春の花木によせて・三篇

  鈴屋


天と地の はざまを ぼたん雪は舞いおり ハクレ
ンは 百花を くうに浮かべる 花は雪に 雪は花
にまぎれ 世事におわれ 樹のもとを いそぐ あ
なたの 目にとまらずとも この一日の ひととき
世は ただしく うつくしく

 +
     
ソメイヨシノのにぎにぎしさに こころふたぎ の
がれきた 町のはずれ おりしも オオシマザクラ
一樹 小雨につつまれ あなたは 傘をおさめ 首
をぬらして あおぐ 花よ 花よ 生きてあればこ
そ このさき ついさき 死の なつかしさ

 +

街には だれもいなくて清潔 並木のハナミズキは
ピンクと白 どこまでも 咲きそろい 観るものが
いなければ さらに あかるく はなやぎ 舗石の
すきまにツバナはたわむれ つばめ一閃 ビルの壁
に 窓のかたちをかりて 笑うのは だれ


梅雨時

  鈴屋

日毎、わたしが生きている街はとても親切
わたしの死のありもしない謂れを探る
 
傷を歌う本を読み
紙とインクの海岸線を燃やして 
センタクバサミの辻褄に暮らす梅雨のさ中
紫陽花の青は定まらず
薔薇は不完全に美しく
窓のアリアはとてもたいくつ
ビタミンを五粒のもう、ミネラルを噛み砕こう
肉と骨ではなく、眼差しのさびれに抗うため
          
雨雲が退いて
昼下がりの街は日差しと蒸気につつまれる
つかの間の青空をチガヤの綿毛がさわさわ渡り
生乾きのアスファルトからは、いい匂いがたちのぼる
わたしの手のひらで死んだ燕のなんという軽さ、明るさ

見上げる駅舎はわたしの教会?
厳粛に佇むエスカレーター、懺悔のプラットホーム
電車にのると現世が漂流していく
傷を歌う本を拾い読みしながら、世界を滑っていけば
車窓から望むなにもかもはちゃちな小道具にすぎない
海よ、地動説のはかない海よ
陸地は女神の排泄の痕跡 
文明は地球の黴
オーロラはだれの睡眠?
日も月も惑星も糸で吊られた発光パネル

わたしが
どこかをさまよっている
彼はいう
「逃奔の果て、山は霧雨に濡れ、枇杷の実が灯る。紫煙を吐く寸暇、眼差しは無為に親しむ」
部屋の窓を開け放つ、レースのカーテンの裾がおどる
コーヒーを淹れる
なにによらずタバコは悪い習慣
壁にかかる、わたしが描いた川の絵は
逆さにすると川が空になる、名画だ


青空

  鈴屋


あなたが町のマーケットで買い物を済ませて、自転車で畑中の四つ辻まで戻ってきたころには、曇り空の底も丘をつつむ森も暗さを増して、もう夕方とよんでもよい時刻にさしかかったのだと知れる。

道の端に停めた自転車をおりて、フレアスカートの裾を整えてから胸の前で腕を組んで、風を受けてきたせいで冷たくなった半袖の二の腕を交互に摩ってみる。それから籠の中のペットボトルの水をひと口ふた口含んで、これから上っていかなければならないなだらかな坂道を視線でたどっていく。道がカーブして見えなくなっても半ば木立に埋もれた電柱の列がその在り処を示している。そのさき丘の中腹にあなたの住まいが見える。茶色い屋根と灰色の壁、ひとり住まいのあなたの帰りを待つ二つの窓。

自転車のかたわらに佇んだままあなたの視線はさらに昇っていく。獣の背のような丘の稜線、だんだら雲が空いっぱいに隙なく詰めこまれ、いや、そうではなかった、思いがけなく一ヶ所、布地を裂いたように雲が割れ青空が覗いていた。横長の平行四辺形の澄み切った青空。瞳から体のすみずみまで浸みこんでくる青空。見詰めつづけるあなたの唇がわずかに開いたのは、声というにはおぼつかない呟きのせいかもしれない。
「なにかすてきな意味を誘っているの?」と。
唇の両端がわずかに伸びたのは、それは微笑のせいかもしれない。
「そうね、あと二日三日、生きていてもいいよ」と。

そう遠くない自分の住まいを目指してふたたびペダルを踏みはじめる。もう少しすればあの二つの窓に明かりが灯るだろう、とあなたはかんがえる。ハンドルの前の籠には野菜や調味料といっしょに一枚の動物の肉が入っている。もう少しすれば、ガスコンロに乗せたフライパンの上で一枚の肉が焼けるだろう、とあなたはかんがえる。肉から滲み出た油が肉の縁にまとわりついてピチピチと黄金色の小粒の粒になって小気味よく撥ねていることも。


秋にめぐらす 三編

  鈴屋

道に立木の影はやつれる 野づらの菊花は しろじろと霜に臥
す 民族が曲がり来たった いく千年 土壁の 蜘蛛の眼は寄
りつつあり ヤモリの眼は離れつつあり山里に 最後の人々の
記憶が生きのびていく耳鳴りの 森に隠れた少女よ 死臭まと
わる処女よ 振り向きざま 「ほら」と笑んでは とりどり宝石
と見紛う臓腑を きらきら散らかす秋の長夜

 +
  
ネコジャラシが風を 批判している坂の上の 生ハム色の雲の
舌がねぶる窓辺で 夕空見つめ涙ぐむ 少女よ 神を「神様」
と呼んではいけない 神は命名を忌む せめても「嗚呼」と小
さく喉を震わせなさい あなたは見つける 立ち去った神の 
もはや 消えのこる白衣 あなたはいつだって 運命のように
遅れ わたしはといえば 町はずれの変電所を見学し 落葉ふ
みしめ舗石に歩をたがえ 勝手口から 蛇口に至る技術的な秋

 +

秋 少女の古典的な靴音 駅 町 道 辿る 孤独な母国語 
少女が日暮れの街角で 死のお菓子を街頭販売する 紅いリボ
ンと微笑をそえて 行きかう民族に 売る 星空のもと お歯
黒のような家並みの 乏しい窓明かりを横目に わたしは帰る
帰る? いずくへ? 死のお菓子を一口 口に含めば 冷たい
甘みが溶けだし薄荷が すうすう わたしを捨てて 身体がか
ってに先を行く 

文学極道

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