弓なりの夜、
もう少しで底に達する
シャツが
膨らみながら拗れて
海岸へ帰ろうとしている
最新情報
かとり - 2015年分
選出作品 (投稿日時順 / 全4作)
- [優] 水槽の埋立地 (2015-02)
- [優] 闇のノエマ (2015-07)
- [佳] absolution (2015-10)
- [優] 眼のある風景 (2015-12)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
闇のノエマ
野垂れ死ね
そう言い放ったあと
まっすぐに覗きあった
あなたは出ていった
夕闇に鳥の影が滑り
テーブルの上にはカード立て
肖像画にマジックインキで
悪戯書きがなされている
残された煙草がくゆる
この火は紀元前の野に焚かれ
天体が凍てつく夜にも
絶えず木切れが投げ込まれている
/
運び出される幻想曲
泥の匂が運びこまれると
風に乗って散り散りになりながら
虫たちの声の隙間で
それぞれの手が
おずおずと闇合に浸され
指先の溶けて滴る
音がする
まだ
何も
残らなくてよかった
空が息を落とすと
移動しているかたつむり
あなたは稜線となって
とっぷりと暮れなずむ
/
長く影を拾う
壁紙に刺さった画鋲にまつわるエピックだ
天井の隅まで
熱く火照った手足は伸び
視られている
その寂寥がつぎつぎ
飛び出して駆けてゆくと
影の踊る
流星の時間
遠く
描線のひとつひとつに
柱が立つ
/
塔の
冷たさ 静かに
そう
演奏する
低い 声が
半分開いた
滑り出し窓に
吸い込まれ
逆巻き
うねり
落ち
浸透する
溜の
乾燥する
明るさに
どこにもいきたくない
言葉が言葉を変えてゆく
/
沈黙が
拍子を打ってあなたは眠りにつく
眠りが
拍子を打ってあなたたちを刻む
あなたは誰で
そして何故
寝がえって枕に聞くと
身体は冷えきっているというのに
夢は毋になる
クラスで11人目のスターリンへ
あなたが誤って埋められた首だとしても
髭も髑髏も
黒々としている
スクリーンを手に口をつぐんだまま
明けていく夜がいくつ並んでも
始めから永遠にあなたはかわいい
/
愛をこめて
震える顔が
こぼれ
落ちて
着床する
腐葉土の硬さに
落ち込む低さ
世界は放射状
泡だった緑の肌に
集まった
誰のものだかしれない
涙の膜に
包み込まれた
ことを知らない
視界の端っこで
光が茹だる
/
ここから
蒸発する目鼻は
半減し
半減して
繰り上がる
横顔を同期する
かつてあなたを
目にしたことがありました
めくばせは
昼も夜も 零さないように
広く高くと 底面積を持ち上げて
そのまま遠く
重なった
どきどきとする 鼓動の在処が
関係のない 別のお話
顔たちは 石の
根を伸ばし
葉を増やして
やがて色づくことでしょう
/
ざわめく 文法のほとり
木々が揺れ 砂利が動く
こわばった苔が
胞子を放ち
旋回する鳥が
滑り去って見えなくなる
降り はじめる気配に
集まったのか 集められたのか
細波に蛙が飛び込む
/
不思議な指
ここにない指を数えて
一本
一本と
数えるたびに
一つづつ
新しく
腕を
伸ばして
触れようとする
そのようにして
造形している
/
髪に
頬に
額に
耳に
触れ
横顔を
はたく
首を
絞める
よろしければ共に 首を
絞め合ってみてください
/
あなたへ
あなたは
石になりました
おおきな 蛇の顔と
眼を合わせたなら石化する
そういう決まりだったから
石になった あなたは もう ここから 抜け出すことはできない
この 根本から 間違えた 物語のなかに
もしも 私が存在するのだとしたら
/
重なるほどに
関係のない
重なりを
束ねて
約束で
覆う
弓なりの夜
海岸が
追いかけてくるから
さよならを言うことができる
/
いちばん骨が
白くなる時間に
待っててって
苦しそうにつぶやいて
もういちど眠りにつく
21世紀の唇に
雨蛙はとまり
濡れ膨れた瞼で見あげている
ピアノの屋根へ
鳴声は吊られ
透明な
足跡を残して
野に
貼付いたまま
ゆっくりと傾いていく
absolution
石灰質の呼吸がひび割れる黄ばんだカーテンと液晶スクリーンのあいだ
彗星について行ってしまったアラームの落としたパンくずを探していた
降り注ぐマヨネーズの空模様が白黒と瞬かせていた静物の気分が悪くなって
肌の柔らかさに突き落としてしまうまでおびただしさは街路を不安にさせていたけれど
手を繋いで歩いてゆこうとしていたふたりそれぞれ微笑していて寂しそうではなかった
食器を手に階段を降りていった影を見送って煙草に火をつけ
後ろめたさに耳を澄ませながら空に向けて吹きかけていた息は
これまでに綴った言葉を流してしまうための嘘だったのだと思う
残された文字が階下で蛇口を開けたのは金木犀の歌う歴史の陰の出来事
お湯が注がれる振動にすべて過ちをまぎれこませた羽化の上映会に
追いかけてきたのか共鳴しているのかアラームは鳴り響く
眼のある風景
本をたたんでは、ペンにキャップをつけた。はさみをひらいては、つけねで指のあいだをぐりぐりとした。靴下をつかんでは、投げた。たばこに火をつけた。そしてたばこの火は消される。紫から黄色へ、黄色から青へ、藍そして緑、緑から赤へ、くぐもった、昼下がりのまぶしさの、まぶしさのなかの色彩が、展開していった。きれぎれの眠りがまた、つぎの眠りへと移ろう。落ちる、というよりも引き裂かれるように、誘われ、壁に背をあずける。眠りが、裂かれてできた破け目は、瞳の形をしている。瞳から、小蟹の群が這い出、行列がフロアを渡ろうとしている。
小高い丘の白い岩場はただ2人のためだけにある。朽ちた鉄柵をくぐり、茂みをかきわけ、摩耗し苔むしたコンクリートブロックを足がかりによじ登り、2人は岩場にやってきて腰を下ろした。半透明の蟹が一匹足を止めてじっと見ている。2人は平らな岩にお菓子の小袋を並べて語らっている。空には一切の雲がなく、見晴るかす彼方は海だ。見晴るかす彼方は海だと、あなたはそう思った。しかし実は、違う。それは水平線ではなく屋根。小さな家々が彼方まで、徹底的に並んでいた。東の空の片隅は昏く、霞の内部には黒い筋が見える。塔?いや、あれは竜巻。天から空が、地上に流入し、とめどなく拡散している。「あっ」と声が上がる。花が現れ、即座に立ち枯れ、丘が暗転し、竜巻は過ぎ去っている。丘には影がひとつ。2人のうちどちらか一方が、がもうひとりを突き落としたのだ、と蟹の眼は証言する。罪深いものが突き落とされ、罪深いものがまた突き落としたのだと。しかし、とあなたはおだやかに否定する。夢はおだやかに否定される。そのつぎの場面では、2人それぞれに微笑しながら腰をあげ、ずぼんを払った。蟹は岩場の陰へと滑りこんだ。あなたはそれ以上の光景を追うことに興味を失い、私は罪悪感をともなって目覚める。起こり得たことの全ては裂け目の闇に突き落とされたのだ。そして、と目覚めた私は続けるだろう。小高い丘の白い岩場はただ2人だけのためにあった。
アラームが鳴る
私は薄目を開ける
少し眠りたかったけど
眠れなくてもかまわなかった
カーテンのない
西向きの窓から落ちた
四辺形の光に
足をひたして
続けて数を数えた
水の音が大きくなり
光に焼かれた踝の
微細な痛みがともる
宙空を上方へくいくいと
移動する埃に
焦点が合わされることについて考えるが
答えは出ない
服を脱ぐ
開き戸を開けると
蒸気が部屋に流れ込み発光する
光には光が
音には音が紛れこむ
私はユニットバスを一瞥する
そして新しい服に着替え
靴を履いたら
たぶんもう
戻ってはこない