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GROWW

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


港景

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海沿いの廃食堂の
ガラス張りの生け簀に枯葉が浮いている
埠頭にぶちまけられた鳥の糞を飛びこえると
湾岸道路のカーブが
かすかな陽光を集約して
空白をつくりだす
そして浮きブイの向こうに点滅する鉄塔があらわれ
霧雨とともに無音ですり減る長靴の底
冷たい風が感傷をそぎ落とし
貨物船が港の前景を白い航跡で切り取っていく


区画

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記憶の通路から
水銀でかたちづくられた馬が飛びだし
漁港近くのバイパス道路を走る

立体駐車場を吹き抜けるぬるい風
遠くのサイレンがカーブミラーに映る地面をすべり
陽光が路地に隠された廃屋と茂みを浮きだたせる

ブロック塀のひびは古くからの系譜のように上下にひろがり
無人のスケートボードが街角を曲がる
出会い頭の空に浮かぶのは夕日だったか
それとも豪雨の青い光だったか


便箋と海

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コンクリート敷きの中庭に、海を葬った。
スコール直後の透きとおった日陰、
ホウオウボクの花びらを散らし、小指くらいの珊瑚のかけらを並べ、
水で書いたでたらめな文字で飾りたて、
イモガイの貝殻を目印とした
即席のお墓
の前を這うアフリカマイマイの跡
を撫でる風が、ブロック塀越しの目線のさきに、
海を蘇らせた。


部屋から漏れるローカルCM、冷蔵庫のモーター音、再放送ドラマのセリフなどは
漆喰とベンガラに縁どられた空に広がっては消え、
シダの葉に垂れ下がる水滴に映るのは、
緑の丘が並ぶ半島と、藍と白の貨物船のある海。
その風景をプロペラ機の影がかすめ、
やがて海鳥の舞う岸壁のへりが、太陽を食いつぶすと、
夜空の途方もない高さが
海を吸い尽くし、
星はプラスチックの破片と混じり合い、
月の生き物は廃油の虹模様に酔っている。


LEMON BEACH

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展望台の銀の手すりに、街中の花々を円筒形に閉じ込める。冷気と霧のなかに点在する欠陥高層集合住宅を互いに繋ぐ、距離という距離を冬の空に張る弦に作りかえる。ラブホテルと高架橋が重なって見える横断歩道の真ん中に立ち止まり、遠景の山脈に在るはずのない氷河を見つけ出す。老いも若きも集団で死にゆく天体へとジョギングするついでに、電波塔のふもとで風を選び取る。そうすれば百貨店のアドバルーンは焼け跡の立木のように動かず、時の流れもそれに倣うだろうから。結果の総和として凪ぐ海岸、レモン・ビーチ(skrt skrt)


冬の劇場 (2020 リライト版)

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夜明けが追いかけてくる、
終幕ののちに──

冬の叫びが劇場を駆け巡り、
顔のない俳優がコートを羽織る。
しおれた花束が客席を賑やかし、
スポットライトの熱は、とうに冷めきった。

「真実も、嘘も、大げさな戯曲も、
長ったらしい独白も、もうたくさん。」
老女優は煙草を吸いながら、そう嘯く。
煙は暁に染まり、
赤い絨毯の上に、灰が白く光っている。

緞帳は確かに愛を孕んでいた。
しかし、書割の世界は全て凍ってしまった。
月が沈み、星々の葬列を見送ったあと、
冷たい太陽の下で、我ら観客は漂う、
孤独の遠い海を。

──台詞を奪われ、魂を忘れ、形もない「主役」に、
神々を見いだすものなど、もはや誰もいないのだ。


In The Night

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誰しもがこの夜の擬人化を試みては、くだらない形容動詞を当てはめようとする。しかしながら、大都市の電光の飛沫や、文明の寿命よりも永い距離といった事物に阻まれて、誰ひとりあの夜空の冷たい地肌に触れることはできない。せめてもの悪あがきにと、人工衛星で真鍮色の傷をつけてみても、無声映画のコマ送りより速く消えてしまうし、星雲の群れが放つ光子の波の、億年単位のディレイは、いかなる天啓や隠喩も含まずに気層の裡で揺らいでいるだけだ。そんな徒労にも似た茫漠さを忘れたくて、風俗街を満たす有象無象の情報に気を紛らわせたり、交差点の大型ビジョンに映る美男美女を連れ合いにする妄想に酔い痴れたりした日々もあった。が、それでもやっぱり、結局のところ俺は、俺達の頭上を覆うあの深淵の、無限の拒絶に未だ恋い焦がれていて(と同時に怖れてもいて)、缶酎ハイを片手に灯の絶えた飲み屋街の路地をほっつき歩き、雑居ビルの稜線でもって矩形に切り取られた夜空を左手で掴もうとしては、バランスを崩して左足をドブに突っ込んだりするのだ。

文学極道

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