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三角みづ紀

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


羊は眠れない

  三角みづ紀

僕、花柄だったら良かった


夜風にカーテンが揺れない
重い荷物が
揺れることを許さないの
重い荷物、
それはまなざしであったり
記憶であったり
結局は
僕の痛みすべてで
朦朧と
メリーゴーランドはまわるのでした


壁をつたって
天井を這って
にせものの僕がやってくるよ
たくさんやってくるよ
そうして
真綿がじりじり、と
首を締めてくるから
吐き気をもよおすのでした


たすけてたすけて
限界なんだよ
世界があふれてる
たすけてたすけ、て
毛布を頭までかぶれば
またひとつ世界が増える
にんげんって悪趣味だ
僕、花柄だったら良かった


部屋が僕でいっぱいになる
喉からも僕が手を伸ばして
伸ばせば
いつのまにかまぎれこんでしまったのです


僕は何人いますか?
ひとり
ひとり
かぞえていけば
かたっぱしから羊になった
たすけてたすけ、て
そう云ったのは
羊たちだった
朝までには
朝までには僕たち
世界を全部消してしまうから
ゆるしてゆるして
そして沈黙
涙で海を
つくるのでした


世界をちゃんと壊してね
なくしてしまってね
せめて引き出しをちゃんと閉めてね
夜風にカーテンが揺れない
病んでいく暗闇
ゆるしてね
僕が花柄だったら良かったのにね


あまのがわ

  三角みづ紀


わたしには
世界が足りないと
示された午後
錠剤が友達でした
お母さん、
それが毒だと
あなたは何故云えるのか


おいてかれたくないんだ
って
呟いたサカイメのひと
わたしも
って
云えなかったのは
別の船を選択していたから
お母さん、
あなたは
何色の船に乗るのか


お母さん、
あなたが隠した
ヒントはいまでも
島に埋まっている
ことを
知っていますか
あなたの娘は
インクに血液を
忍ばせている
わたしの意志ではない
血がそうさせるのだ


お母さん、
わたしはもう
果ての果てまできてしまって
あなたの織りかけの布だけが
到達しているのだと
おもう


わたしには世界が足りない
世界が足りないことを
産まれながらに知った
わたしには
錠剤が必要で
それが毒だと
手足ができるより先に
知ってはいたのだ


Dという前提

  三角みづ紀

じんるいはみなひっこしをしてください


ふいにラジオから流れてきた声
母は
食器を新聞紙でくるみはじめる
姉は
要らない洋服を袋に入れる
姉は
忘れていた写真をゴミ箱に入れる
わたしは慌てて
宝石箱をあける
父だけが
所在なさげに
釣り糸を庭にたらす


宝石箱のなかには
将来もらう結婚指輪や
蛙のブローチや
たくさんのロザリオ
そのなかでみつけてしまった
Dという刻印


じんるいはいっこくもはやくひっこしをしてください


墓場に置き去りにした
友達のことを考える
落とし穴に落ちたら
棺桶の遺体と入れ替わるのだ
そんなことを考えてしまい
気付く
置き去りにされたのは
わたし


はやくはやくはやくはやくひっこしをしてくださいはやくはやくはやくはやくひっこしを


ラジオが息絶えた
街には引っ越し先を探す
ひとのむれ
父だけが所在なさげに
アスファルトに倒れている少女の
ぽっかりあいたくちに
釣り糸をたらす
お父さん
それ、わたしなのよ


Dという刻印をもらってしまった
わたしは
それがほんとうのわたしの名であるのか
できそこないの印であるのか
頭を抱えて
釣り糸をくわえている
「わたし」の面影がぞろぞろ釣れる
そうしてからっぽになる


いきつくさきは墓場である
みんなてをつないでねむる
わたしはぽっかりと口をあけて
Dそのものになっている


懐妊主義

  三角みづ紀

あなたが席をはずしたすきに
アルバムをすべて燃した
昨日の時点で
わたしはころしすぎた
声色を変えるだけで
違ういきものになるのだった


日々
孕む
産みたくない時は
絶対に産まない
産みたくなったら
孕む前に
産んでしまうから
原型をとどめる
すべもなかった


喋る前に潰して
食べる前に捨てて
する前にいって
また
孕む前に産んだ
仕組んだのはわたし


きりすててきたひとびとを
いちいちわるものにして
でないと
わたし
いきもできなかった


この部屋には墓石が多過ぎる


雑なスピードで産んだ
味のない林檎が産まれた
ふたくちたべてやめた


きょうもころしすぎる
あなたがせきをはずすのを
いまかいまかとまちながら


残酷のひと

  三角みづ紀

透明な硝子でできた様々な形の花瓶を気違いみたいに
並べて
それぞれに千日紅を三本ずつ
飾ってみたい
なんて思うのです
いじらしく
控えめに
凜としている
千日紅のような
にんげんになりたいのでした


抗うつ剤が倍になった
飲まないけど


あの子がくれたメール
千日紅のように
あまりにも凜としているから
心臓が
くしゃり
と音をたてます


眼球から
きれいに剥がれ落ちたもの
儀式をしましょう
体の芯から冷えていくような
そんな儀式を


可愛いあの子の柔らかな言葉がわたしを紡いでいきます
気がつけば脇の下に潜り込んでいるのです
あの子には
わたしとはまるで違う血液が流れているのだけれど
いつか
わたしの本当の子供みたいに
それすら同じになるでしょう


枕元で鳥獣戯画の動物たちが踊っている、ミシンがやたらと音をたてるのだ、焦りを噛み砕いた、いかようにもなってしまう朧気な生活、処分した処方箋たち、あまりにも濃い写真たち、眠ることのできない事実、満月が恐怖、いやらしいもの、いやらしくないもの、枕元で鳥獣戯画の動物たちが踊っている、おかあさんなぜわたしをうんだの
なぜわたしをうんだの?


いま血が流れました
早川さんの
いい娘だね

繰り返し聴きます
際限なくあの子のことを連想しました
あの子はとても千日紅だから
まさに
奇跡のひと


あの子を壊しているのは
きっとわたし
そのことに気づいた夜
なんて取り返しのつかないことをしてしまったのでしょう

鳥肌がたちました


夏至の祭り
てのひらがやたらと遠い
水面に浮かぶのは
海豚の玩具と愛くるしいあの子
抱きしめてもいいでしょうか
涙は
赤裸々に流れるから
海水みたいな味がするのです
気づいていたんですね


わたしが毒
わたしが薬
宝物はあの子
空はいつ見ても空である事実に驚愕しました
知っていたんですね


わたしは懲りずに生きています
千日紅のようなあの子のために
生きるのです
いつまでも生きていますからね
千日紅のようになりたくて
生きるのを止められないんです
止められないんですよ

文学極道

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