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月屋

選出作品 (投稿日時順 / 全6作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


春と夏

  月屋

葉脈をちぎると太陽がこぼれる。
夏が破壊されていく。
凍っていくアイスクリームと、
小さくなる海。

満月が見えない雨の夜。
靄がかかる自転車には蛹ができていて、
春生まれの君が、
聴力を失っていくようだ。
「夏は嫌い」
そう口にしていた君。
先日海に行ったって聞きました。

君は知らない。
水平線はもう、
海水で出来ていないこと。
君は知らない。
瑠璃鶲はもう、
地面に降り立たないこと。

ちぎれて残るのは、爪の温度だけ。


蝉と秋

  月屋





うるさい蝉が唐突に落ちていくことを夏の終わりだねと笑ってしまう君は夏を知らない。入道雲が膨らむと海水の塩分濃度が下がって、文鳥は眠りにつく。うるさい雨はただの通り雨だったけどそれを秋が来るねと喜ぶ君は冬を知らない。あ。そっか、君は何も知らなくて、だから巡っていく季節に春夏秋冬なんてつけない。ただ気温と空だけを気にしてたまに衣替えをする。
主婦湿疹で荒れた指が痺れる。蝉がコンクリートで騒いで飛び去っていく。皮膚がまた剥がれて、ぴりぴりと痛む。錆びたかんかんに雨水が溜まっているから蹴っ飛ばす。あ、ちょっと遠くに行っちゃった。エレキをうるさく鳴らしながら君が夏の終わりを嘆いている。そんな気がするよこのコード進行は。
夜はだいぶ秋だったりしますね。秋は好きです。私が生まれた季節なので特別です。と、純粋な子が微笑むのを同じく秋生まれの私は幸せでなによりと思っていた。夏が好きな私は夏に生まれるべきだったのだろうかと勝手に考えてしまう。夏が終わっていくことは別に悲しくなく、それはただ来年も生きているというだけの自信だった。まぁ、蝉は来年もうるさければいいと思う。いつまでも夏の虫として生きてほしい。


  月屋

窓ガラスが砕け散って、頬に痛みを感じながら、ひび割れた世界を見ている。夢。

嵐の前日らしいよく晴れた土曜日。脛骨と腓骨にぶら下がるふくらはぎと落ちそうな靴を空ごしに見ていた。皮膚が日に光って、肉が食べたいとか考える。

風は、まだ夏なのに。あなたは。

粉々に散っている蝉の羽の筋があまりにも綺麗な夕方に、手の小指の血まみれのささくれを引きちぎって、鏡が割れたらいいのになぁと、祈りながら爪を切る。

あなたは、そうね。一つだけ伝えるわ。

昔の記憶は全部、眼鏡の中だろうから、ひびが入ったら困るなぁ。なんてね。ぐつぐつうるさいお湯にそうめんをばらっと入れる。
あなたの顔が思い出せないけれど私、最後に言ったことは覚えているのよね。

秋まで待ってなんて、もう言わないから、あなたのいいところを伝えたいと思うわ。あとね、一つ、お願いがあるの。先にそれを言うわね。
お願いよ。どうか、頬に、

そうめんが茹で上がったから、出来合いのかき揚げを乗せる。嵐が去ったら秋が来るんだろうか。熱湯がはねる。頬に痛みを感じる。私の血液は美しいだろうか。鏡を見たって分からないんだよな。あれ、光しか映さないんだから。
ちょっとそうめん茹ですぎたな。私の家の食卓には、ほとんど会話がなくてテレビ頼り。特別崩壊しているわけでもなく、食事中は話をしないというのが暗黙のルールというか美しさとしているだけ。
窓ガラスが砕け散ってもいいようにカーテンを画鋲で留めておく。せめても。暖かい明かりは部屋の温度を上げるから、今日は早めに目を閉じる。眠れないけれど。


カランコエ

  月屋

海を歩いていく映画の主人公。
波が左右に広がって、天使が翼を伸ばしてゆくようだ。美しすぎる映画のエンドソング。を、電車の中でループしている。あの主人公の横顔が美しくて、つい乗客の横顔をそっと見てしまう。ついでに景色を眺めながら、眠気を帯びていく睫毛。いま林檎が落ちて潰れたら、あっという間に眠ってしまうだろう。
白衣のボタンを一つかけ忘れてしまって、また睡眠不足に気付く時、灰色を感じる。翡翠が砕けたらここは美しくなるだろうか。そんなことになったら燃え尽きて無くなるんだろうけれど。
私の一咫くらいの長さで通り過ぎていく群青が眦を掠める時、きっと美しい声をしている君。セーラー服の襟は炎を纏いながら、私の首へと広がっていく。唇の端から血が流れてほしいと考えながら、君の優しい親友になる。
君は優しいから、私も優しくなるよ。指の爪から蝶が飛び立つような、そんな暖かさを持ちながら君は大人になっていくんだろう。私は、燃えるように大人になりたいと願っている。
どうか、幸せな人生でいてね。いつまでも君の親友です。


十六歳

  月屋

満月の夜は溶けていくのよミニトマト。
君のピアスホールが燃えていくのよオリオン。
指先から雪が香る。揺れる夜に、造花についた水滴がとてつもない美しさをもって死んでいった。無音の、無音の、無音の、無音の。深夜二時。優しい愛は要らないと櫛を机に投げる。柔らかい毛布に暖かい皮膚。ブルーライトです。耳鳴り。
まわり続けるレコードに祈ることはもう何も無いからバウムクーヘンを正しく食べる。アールグレイからオレンジが香った。ヌーヴェルヴァーグの映画から美しいピアノが聴こえる。いままで生きていたことが信じられないなぁ。私に心臓があることはフィクションみたいね。地球上、十六年間の歴史に千年後も残っちゃうような素晴らしい出来事はあったんだろうか。いやいや千年後はここに地球は無いわね。私が生まれて二年程はたくさんの写真があります。それから今まで全くないので本当にはもう幽霊になったんじゃないかなと思っているんです。いや、写真なんてなくとも生きていることに変わりないと言うんでしょう。言ってくれ。生きているわ。私。きっとね。


十七歳

  月屋

指先から血液。
優しい星あかりが燃え尽きる頃、春が来るんだって。冬の雲は柔らかい土になってあなたを育てる。私の瞳の奥の視覚野を突き抜けた先にはきっと天使がいて、つまりは私、天国に行けるんだって思っています。
指先から淡雪。
紅葉が地面に落ちる前に崩れていくのを太陽に透かして見ていた。からから回る風車の持ち主はきっともう成人している。どこかで鈴がはねている。帰ってこないね。甘いサイダーの美しい泡の音を聞きながら頬を冷やして、あなたを待っていた夏がもう懐かしい。私のブレザーの襟が風に煽られている。
赤い頬の、青い睫毛の、その行く末は過去だけ。今が美しくなるためのおまじないのような祈りのようなただの未熟。何も無い、春を待っている。終わらない、冬を願っている。暖かな光を、握りしめていたかった。

文学極道

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