#目次

最新情報


ヌンチャク - 2014年分

選出作品 (投稿日時順 / 全5作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


日曜日の談話室

  ヌンチャク

日曜日の談話室は
見舞いに来た家族と
車椅子に乗せられた患者で賑わっていた

その前を通り過ぎ
真っ白い病室に入るなり妻は
寝ているお義母さんの耳元に話しかけた
ぼんやりした目でお義母さんは
差し歯の抜け落ちた上顎が気になるのだろうか
しきりにもごもごと口を動かしていた

しばらくして下の子が暇になり外へ出たいと言うので
私は手をひいて屋上へ連れていき
一緒に道路や家や車を眺めた
取って付けたような真新しい住宅地のすぐ裏に昔からの墓地があって
私が死者ならこんな造成気にいらないな
うるさくて眠れやしないなどと思ったりした

談話室へ戻り窓際に腰をおろす
傍らで息子はすぐに眠ってしまった
病室にも談話室にも
春と間違うような
暖かな陽射しが差し込んでいた
カーテンを閉めていても
うなじが熱く焼かれるのだった

私と同世代くらいの夫婦が
母親らしき人を車椅子に乗せてやってきた
写真やら映像やらを見せて
とめどなく話しかける
これ誰かわかるか
来年は一緒に行こな
今日はあたたかいな
外の景色見よか
ちょっと動かすで
見えるか
痛い?
痛ないな
大丈夫やな

脳外科病棟では
返事をできる人のほうが少ない
私はぼんやりと一方的な親子の会話を聞きながら
詩を書くことの無意味さを思った
壁に貼られた「禁煙」という赤い文字を見ていた

息子を長椅子に寝かせたまま病室へ戻る
どうやらお義母さんも眠ってしまったようだった
ほんま今日はいい天気やもんな
起こしたら悪いからそろそろ行こか
うん

寝ている息子を抱き上げると
欠伸をしながら目を覚ました
パパ抱っこしたろか?
ヒトリデアルクネン
じゃあ靴はき

病院を出るといつもほっとする
それが不謹慎なのかどうか私にはわからない
先の見えない道の途中で
まだ道が確かに伸びているという安堵感
もしかしたらこの調子でという淡い期待
そういうものに寄りすがりながら私たちは
少しずつ少しずつ造成していく
切り崩し平らにならし踏み固めていく
生ぬるい私たちの日々を

そのすぐ隣にある
死をいつか迎え入れる朝のために

今はただ
早く本当の春になって
もう一度皆でお花見がしたい
そんなことを思った


雪駄解禁

  ヌンチャク

なまあったかい春の夕暮れ
ジャージに雪駄をつっかけて

みいとさっくん引き連れて
お散歩がてらコンビニでお買いもの

パパはビール(パパおさけのみすぎ!)(ノミスギ!)
みいはメロンソーダさっくんはジャガビー

チキンを5つ買って(パパ2つやで)(ずるっ!)
ママの待つおうちまで競争(ヨーイドン!)

雪駄ペタペタ(パパはやくー!)(パパハヤクー!)
みいとさっくんはやいはやい

知らないおばあちゃんにコンニチハして
散歩中のワンワンにバイバイして

葉桜みたいに眩しい後ろ姿の
伸びてく影を踏んでみる(次さっくん鬼ー)


ちいさいオジサン

  ヌンチャク

こんにちは
って顔のぞきこんだらおばあちゃんが
ベッドに変な男いてるって言う
変な男?どこに?
薄っぺらい楊貴妃のミイラみたいな肩と背中を
一回五千円やで(※)ってマッサージしながら話きく
ゆうべな
ちっちゃい男が枕元からな
布団の中に入ってきてな
やらしいことばっかしてくんねん

そこそこ
ええわー
気持ちええわー
ほんでな
やらしいことばっかしてきてな
やめてって言うてんのにな
一晩中ずっとやで
はよ出て行きって
私だいぶ怒ったってんけどな
なかなか出て行かへんねん
あんたからも怒ったってや
うんうん
おばあちゃんそれひょっとして
ちいさいオジサン(※)ちゃうの
しゃくゆみこ(※)が見たっていうやつ
いけのめだかちゃうで
妖精やで妖精
妖精がちょっとイタズラしに来ただけや
妖精反省どないせい言うて
病床妄想どないしょう言うて
すごいやんおばあちゃん
ついに見えへんもんが見えるようになったんや
なあなあどんな顔やった?
ジャージ着てんのん?
今度ちいさいオジサン出たら教えてや
僕も見たいから
おばあちゃんは
鼻からチューブを入れられて
もうレモンをがりりと噛むことも出来へんし(※)
みぞれを欲しがることもない(※)
私もうあかんねん
長ないねん(※)
何がや
点滴にビール入れたろか
おばあちゃん好きやったやろ金麦
看護師さんには内緒やで
前歯の抜け落ちた口をカパッと開けて
ニカッと笑ったおばあちゃん
昔は西萩小町(※)て呼ばれてたて
自分でよう言うてはったけど
今じゃだんれい(※)って言うより
ほんこん(※)に似てる




※ 「あんた高いわー」
  「もうだいぶツケたまってんでもうすぐ家建つわ」

※ 尼崎のゆるキャラはちっちゃいおっさん

※ 「しゃくやでしゃく、ちゃうちゃうおばあちゃん言うてんのそれかつらじゃくじゃくやから」

※ ちえこのパクリ

※ としこのパクリ

※ 「足やろ知ってる」

※ じゃりン子チエのパクリ

※ まわりゃんせの人

※ サンコンとは別人




「あの人なんで亡くならはったん?」
「誰?」
「亡くなったんやろあの人」
「誰のこと?」
「ヌンチャクさんや」
「おるやんここに」
「ヌンチャクさん!」
「‥‥僕まだ生きてますけど」


詩忘遊戯

  ヌンチャク

己で己に敗けるのは、
男子として最も恥ずべき事である。
一度敗け、二度敗け、
やっぱり三度目も敗けたのである。
自分を信じる事も許す事も出来なくなったら、
もはや廃業するしかあるまい。
男は思った。
男はポエムを書いていた。
嫁と子供にも秘密であった。
ポエムなど、
いい年をした分別のある大人の男の書くものではない。
恥ずかしいものだ。
そうは思っても、書かずにはいられなかった。
沸き立つ血が、捌け口を求めていた。
時折ふと我に返り、
男は、無性に腹立たしくなるのだった。
ポエムなどを書いている自分自身に対してである。
そうして突然、
いてもたってもいられなくなり、
すべてを削除するのである。
これで三度目。
男はもう、自身の意思を信じない。
所詮おれの覚悟など、
この程度のものなのだ。
詩を失い、
ポッカリ胸に穴が開いたよう、
だとは思わなかった。
人間なんてものは皆、
初めから埋められない闇を抱えて、
生まれてきたんじゃなかったのか。
おれの闇には詩が似合う。
ただそれだけの事だ。
けれどもすべてを忘れよう。
昨日は家族で公園に行った。
GWの公園は多くの家族連れで賑わっている。
さあ、メシやメシや。
芝生の一角にミッフィーのレジャーシートを広げ、
男は大きなお握りを頬張る。
娘は早く遊びたくてウズウズしている。
パパ、ナワトビシヨー。
娘に引っ張られるままに、
男はごはん粒のついた指を舐め舐め、
人混みのグラウンドにメシアのごとく悠然と降り立つ。
缶ビールで赤らんだ顔の男は、
二重飛びが二十五回も飛べた自分にうっとりする。
どうだ、と思って振り向くと、
娘はもう遠くまで行っている。
わっちゃー。
男は慌てて追いかける。
危ないから、一人でどっか行ったらあかん!
子供思いの、良いパパなのである。
つまらないポエムさえ書かなければ。
おれがくだらないネットポエマーだからと言って、
娘が苛められたら嫌だな。
有象無象の烏合の衆の一人のくせに、
男は、いつか自分が詩で身を立てた時の、
無用で無意味な心配をしていたのだった。
(男にとって詩で身を立てるとは、
中也賞をもらうことでも文学史に名を刻むことでもない。
ロト6で一攫千金、
仕事を辞めポエムサイトで詩三昧、
無頼派気取りでPCM、
それが男の考える至福のポエムライフだった)
だがしかしそんな杞憂ともこれでおさらば、
父として、いつまでもネットに個人情報をさらけ出しておくわけにはいかん。
調子にのって子供の『携帯写真+詩』まで投稿しちゃった。
あぶないあぶない。
いざ、削除。いざ、退会。
本当に削除してもよろしいですか?
これで、いいのだ。
芸術よりも、子供のしあわせ。
許せ太宰、やはりポエムより桃缶だ。
ザ・小市民。
詩を捨てよ、街へ出よう。
藍沢、ポエムやめるってよ。
さらば、薔薇色のラヴァーソウル。

沈黙の日々は流れ、
雨は降り、風は雲を押し流し、色を変え、
見上げた空をまたひとつ、
虚ろな季節が通り過ぎた。
なんにもない、
なんにもない、
なんにもないからしあわせだ。
男はいつしかそんな歌のようなものを口ずさむのが癖になっていた。
ある夜、
団地の四畳半で電気も付けずに男は一人、
CDラジカセを前にぼんやりしていた。
嫁の自慢の嫁入り道具、電動コブラトップ。
oasisのDon't look back in angerを聴こうと思い、
ボタンを押したがカバーが開かない。
イラッとして力まかせに、
無理矢理こじ開けたらギミック部分がポッキリ折れてはずれてしまった。
カバーを握りしめて佇む男。
台所からは嫁が皿を洗う音が聞こえる。
どうする、おれ。
ポエムどころじゃねえ、
おれにはリアルがどうにもならんのだ。
なんにもない、
なんにもない、
なんにもないからしわよせだ。
ふと足下を見ると、
『燃えよドラゴン』のDVDが落ちている。
男はかつて、
ブルース・リーのポエムを書いた事があった。
反響はまったくと言っていいほどなかったが、
それでも男は満足していた。
世の中には、拳でしか語れない美があるのだ。
(ちなみに男はブルースの熱心なファンではない)
“ I said emotional content , not anger ! ”
ブルースは言った。
“ Don't think ! Feeeel !!!! ”
ブルースは言った。
かつて朔太郎が吠えた前橋の青い月に、
香港島でブルースがそっと人差し指を伸ばす。
それは怒りじゃ、ダメなんだ、と。
そうだ、おれはもうおれにすら敗けたのだ。
今さら恥ずかしがる事は何もない。
感じるままに、書けばいい。
ドス黒く澱み腐っていた血が、
獲物を見つけたウワバミのように静かに、
張り詰めた力を制御しながらゆっくりと流れ始めた。
ドクン。
心臓が、耳元で鳴る。
焼酎ロックをちびりと舐めて、
男は再び、立ち上がる決心をした。
と、その前に腕立て十回。
“ What's your style ? ”
“ My style ?
You can call it the art of fighting without fighting . ”
いそいそとスマホを取りだし、
胸を震わせ、アカウントを再取得する。
自虐とナルシスを鎖で繋ぐ、
我が名は、ヌンチャク。
何度でも削除して、
何度でも晒してやろう。
勢いまかせに振り回し、
自らの股間に当てて悶える姿を。
立ち上がれ、おれ、
ネットだろうとリアルだろうと、
人生なんて、何度でも、
いつからでも、やり直せる。
力強い足取りで、
台所へと続く襖を静かに開ける。
眩しい光がゆっくりとおれを包む。
(背後からのカメラアングル、スローモーション
BGMにDon't look back in anger のピアノイントロが流れ始める)



「‥‥あのー、すみません、ラジカセ壊れました‥‥」


じゃりン子チエのテツ最強詩人説

  ヌンチャク

リスペクトする詩人は誰や言うたら
有無を言わさずテツをすすめる
パッと見はどちらか言うと
『ウチは日本一不幸な少女やねん』が口癖の
チエちゃんのほうがポエマーぽく見えるかしらんけど
なんやかや言うてもチエちゃんは
家族思いのやさしい子やから
一分間の深イイ話は書けても
詩は書けん
良くてポエムや
『明日は明日の太陽がピカピカやねん!』
こんな感じ
僕は喧嘩と博打に明け暮れる
テツの詩が読みたい
こないだ帰りの電車の中で
JAの帽子かぶった酔っ払いのジジイと
ガイジのニイチャンが喧嘩しとった
ブタブタブタブタブタッ!!
ニイチャンはなんやわからん奇声を発して
激怒したJAが怒鳴り付けた
おまえ日本人ちゃうやろ!
日本語喋れ!!
ここは日本やぞ!
日本の法律で裁いたるど!
刑務所ぶち込んだるど!!
どっちの意見が正しくてどっちから喧嘩売ったんか
事情は知らん
せやけどテツならそこで迷わず
やかましいんじゃボケェ言うとったはずや
言えるかおまえそんなん
誰かて面倒なことには巻き込まれたない
家族持ちならなおさらや
子供に恥じない生き方しよう思て
結局それをうまいこと言い訳にして
いろんなことを見て見ぬふりしながらすまし顔で
波風立てず日々を送っとる
その程度のちんまい男が
ほっこりしたポエム書いて誉められて
何が詩じゃ
何が文学じゃケッタクソ悪い
ちんまい男のちんまいポエム
略してちんポじゃこんなものは
『オゴれる者久しからず
行く川の流れはたえずして
ええカッコしてる奴は皆地獄行き』
ちんちんぶらぶらソーセージ
その背中誰に見せんねん
『今夜、きみ、
快速急行に乗って
流星を正面から
顔に刺青できるか、きみは!』
て吉増に言われても
そんなん出来るのタイソンだけや
ネットポエマーにそんな覚悟も度胸もあるわけないやろ
威勢がいいのは文字の上だけ
生活に首根っこひっつかまれて
キャンタマ縮みあがっとるわ
せやけどテツなら
テツなら血走った目で歯ァ剥き出して
真っ先に拳骨でカタつけとる
おバァにシバかれても
ヨシ江に逃げられても
今日もチエちゃんにホルモン焼かせて
カルメラどついてミツルを脅す
言いたいことを言い
やりたいようにやる
シッピンクッピン『ポリコが来たらはいビスコ!』
なにがじぇーえーや
おどれが日本語喋らんかい
『人生は一日一日が完結編なんじゃ』
詩と拳はよう似とる
僕はテツの詩になりたい

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.