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作品 - 20050830_599_462p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


セントロの南

  コントラ

キャップを目深にかぶった
ガム売りの男
木蔭で涼んでいる
セントロの公園 午後2時

胸元まで開いたシャツに
滲む汗

半島には川がない
ライムホワイトの大地は
地上にふる雨を
ゆっくりと濾過し
地下の空洞に
巨大な水甕をつくっている

古代マヤ人には聖なる泉と呼ばれた
その水甕は今日も
水をはねて遊ぶ子供を見まもる
慎ましやかな
若い母親たちで
にぎわっていた

Ciudad Blancaの日曜日
市庁舎のまえの仮設ステージの
上では 花柄の刺繍の入った
白い衣装の女たちが
耳がわれるような音量の
メロディに合わせて
眠くなるようなダンスを
踊る

彼女は言っていた
中南米は暴力と犯罪の温床だけれど
この土地はずっと平和
きっと神様がまもってくれている
んだと思う

月曜日
図書館で読む本をカバンにつめて
朝、市場の南側でバスを降りた
まっすぐに伸びる60番通りからは
オールド・プラザのアーチが半分だけ見えて
いつも道に迷わずにすんだ

朝日を受けて空を刺す
カテドラル

石畳の中心地区はさいきん
政府当局の意気込みで
スパニッシュ・コロニアル調に
化粧直しした

その通りに面した
大きな羽根扇風機が回る店で
僕は友達に絵葉書を書いた

6月は雨が降らなかった
乾期の巨大な太陽は夕方
教育学部の正門でバスを待つ
僕の目の前を
見たこともない色に反転させた

帰り道
身動きのとれない
バスや
乗り合いタクシーの列
そのすき間を縫って
放縦にひろがってゆく
ラッシュの人波

排気ガスで壁が黒くなった
通りで
ビンの底に映ったような
洋服屋や新聞屋台のかすんだ
光を抜けながら

さきを急ぐ彼女の横顔に僕は
東洋的な沈着さをみた

学生証があるから大丈夫
と言う彼女の後ろにかくれ
お金を払わずに
街の南にくだるバスに乗った
午前0時

一街区おりるごとに
外の闇は濃さを増し
目だって増えた
道路の継ぎ目や水溜りが
つぎつぎと
バスの車輪を呼び止める

セントロの南
シャッターを下ろした
トルティヤ工場

一列につづく街灯のオレンジ色の光は
半裸のままで空き箱をかこむ
肌の黒い男たちを
ときどき
しずかに浮かび上がらせる

彼女のお母さんは
サンフランシスコ教会の
ちかく
マヤの男たちが
闇にまぎれて泥酔する
街外れのタコス屋で
働いていた

鈍く光る
路上のフォルクスワーゲン
セメントづくりの
低い家並みがつづく路地で

ときおり
エアコン付きの長距離バスが
排気ガスの匂いだけを置いて
遠くに旅立っていった

あぶり焼きの肉からしたたる
脂の熱量が、一日の疲れに盲目な
癒しをあたえている
小さなタコス屋のテーブルで
彼女から
いちばん長いスペイン語の単語を
教わった

メリダ・ユカタン

老婆もヘアピンで蝶をとめる
あか抜けた自然
岩盤の下の水甕にいだかれた
この街で

ひとびとは
脂肪を蓄えるのに余念がない

そして今日も
トラックでやってきたマヤの男たちは
長距離ターミナルのまえで
木箱にならべたガムを売る
40ペソの日当のために

* 注
1.セントロ=街の中心部、ダウンタウン。中南米の都市は碁盤の目のところが多く、たいていその真ん中にカテドラル、市庁舎、広場などがあつまっていて、その一帯をセントロと呼ぶ
2. Ciudad Blanca=直訳で「白い街」、「白亜の街」くらいか。観光プロモーションの文脈で、この街はこう呼ばれることもあるが、地元のひとはあまり使わない表現

文学極道

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