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yuko - 2012年分

選出作品 (投稿日時順 / 全3作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


石榴

  yuko

 真夜中の底に座ったまま、やわらかい悲鳴が澱になって、沈ん
でくるのを見ていた。張られて赤く染まった頬を覆っていた長い
髪が、絡まり合いながら水面に浮かぼうとしている。「あなたが
思うより傷つきやすいんですわたしの、肌は」午前零時、壁掛け
時計の人形たちが一斉に踊りだして、わたしは電子レンジのダイ
ヤルを回し、眠りにつく。あなたは、時間通りに帰ってきたこと
がない。

 真四角な部屋の隅で、ゆっくりと服を脱いで。すかすかのクロ
ーゼットに、ふたつ並んだ外套。降り続ける雨の音。「人間と人
間が交わって人間が生まれます」あなたが吊り下げた、糸はまな
ざしに変わり、わたしと、わたしの境目が、くっきりと切り分け
られて。細胞のひとつひとつが名付けなおされるとき、わたしは
ひどくあやふやな生き物でした。流れ出る血の沈黙を呑み込んで、
平板化する部屋のなか、つくりものの心臓が分裂し、肥大してい
く。幾重にも織り上げられたまなざしと、太い血管に突き抜かれ
た位相。

 与えられた名前を胸に貼り付けて、右手も左手も差し出したの
は、あなたが好きだったからではなくて、わたしを否定するあな
たが嫌いだったから。金属の嵌めこまれた指の関節が、やわらか
く腐っていくのを、ただじっと見ていた。「あなたは弱いからな
にも聞かなくていい」背中の曲線に沿って、走る電流。リビング
に散乱する硝子の欠片を、ひとつひとつ摘まんで、子宮の壁に埋
め込んでいく。星が降ってくるみたいな、真夜中。最果てから打
ち寄せる暗やみの音が、首筋まで浸していく。

 「ねえ、」妊娠したんですと、言わなければ良かった?衛星に
はこうふくが淀んでいて、だからあんなふうに霞がかって見える
んだ。手を繋いで歩いた、ぬかるんだ道の片隅で、頭上から降っ
てくるあなたの声は、まるでひかりみたいで逃げられない。唇を
固く結んで、黙って小さく頭を振ったわたしは、「ひとりきりで
守ればよかった!」「だれを?」まるで嘘みたいな!「わたしを
?」「生まれたかった、」わたしの、腹には石が詰まって
居て
ずっしりと重い
のです。ぱっくりと開ききって、平面化したわたしの躰を、通り
すぎていく人の群れ。目の前の世界が泡でいっぱいになっていく
ので、(見えない!)必死に洗うあなたに「生まれてほしかった
?」だれも望まないだれにも望まれない未分化のせいめいの美し
い瞳を、わたしは舐めとって(赤く錆びついて、)酸性雨に打た
れている。「ねえ、」「生まれなかった、」わたしは(あなたは
、)どこから生まれてきたのだろう。なにもかもがやさしい真夜
中の底辺で、金色に光る砂を浚った。

 桜の芽吹く音を背に、山の中へ降りて行ったあなたの斜め後ろ
を連いていったわたしの足音はすこしずつ薄くなり、滝壺に落ち
て死んでしまった携帯電話の目がこちらを向いて震えたのを、覚
えています。ぷちぷちと音をたてて弾けながら虹彩みたいに広が
っていった世界の揺らぎを毒殺する(あなたの汚れた口元を拭う
)そうして何も生まれないわたしのなかはひどく静かでした、ま
るで光の届かない深い海みたいに。


水晶

  yuko

さて、正面には
丸い机
中央の
銀皿にもられた
艶やかな葡萄と
止まったままの砂時計
どこからか
聞こえてくる通奏低音が
生きものたちの
瞼に影を落として、

りりり、と
電話がなって
振り返る
ここは人形の家で
(影のない、)
電話線の向こう側から
話しかけてくる誰か?(知らない)
誰もいない
食卓で音をたてる金属
うす暗い、
玄関から
蛇が入ってくる、
(床が落ちる、)


「父親と母親は双子で、
「地球儀を模る番い
「虹色の鱗粉を撒き散らす毒蛾
「産卵する、
「定点観測隊
「なにひとつ微分なんてしない、


歌う
唇を連れ去ったのは
ある
ひとりの幽霊
赤い
夕暮れを啜って
死んだ青魚、
テーブルクロスを引き抜いて、
君は
世界の
球形をけして
許さないといって
、消えた

屹立する電波塔
都市の抜け殻を
支える
平面
(ほどけて、)
しゅるしゅると
伸びていく尾を
呑み込む!


「生まれたときの記憶がない、
「転移した眼は見えない
「吃音
「色相環を指して、
「水面に飛び込んでいく
「離陸した心臓


窓際に
垂直に射しこむ影
泡立つ檸檬の午睡
視界の外れ
円卓が
ふくらんで
くらく、
同調していく旋律
(揺らいだ、)
休符
を求めては
絡まり合う足、
(電波!)

手を伸ばし
皮ごと
口に放り込んだ葡萄が
ぷちん
とはじけて、
食卓に並んだ
人形たちはみな
ぽかんと口を開けている
(逃げ出した、
(色とりどりの、
(たましい。
ひかりを追いかけて
伸びる蔦が
(帰って、
いつしか脊髄まで覆っていく
(おいで!

目の端を通りすぎる
彗星を追いかけて
気が
付けば葡萄畑の真ん中で
(燃えてる?
その
ひと粒ひと粒が
浮遊する
(ゆうれい、)
君のなみだで、
見えない、
なにもかもが
見えない
眼球に舌を這わせ
(しょっぱい、)
広がり続ける
きみの暗闇を舐めとって、
(だれ?)
(ぼくは、)
球体のなかに閉じ込められた。
(ゆうれい、)
なにもない!
朝、
(ぼくたちは、)
世界を
つつむやわらかな

どこにもたどりつかない光
(さよなら、)


冬の虹

  yuko

海沿いを走っていく列車、
やわらかい
頬骨をこすりつけて
栗鼠たちは火花の散る
なだらかな
夕暮れの背骨を齧ってしまう

今、とっぷりと
沈んでいくんだよ
あたたかなものたちが、
人差し指の先に
浮かぶ列島のみどりが、
虹彩に定着して
迷い子のちきゅうは
冬の軌道から逸れていく

降りしきる雪のつばさは
春の拍動をやさしむために。
あるいは、
軋むレールの冷たさで
水底に
骨の王国が建てられるように

また、
生まれてくるんだね
かるい水茎を
束ねて
あなたの背より高い
チェロの音が流れ出してる

文学極道

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