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sample - 2011年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


眼球を刳り貫き放り投げるバイト

  sample

僕の右手はいつも深爪で
それはバイトの関係上しようがない事で
いつもクッキーの缶の口に貼られた
シールを剥がすのに苦労したり
痒いところに手を伸ばしても
いまいち、こう、快感がなく
ついつい手元にあるペーパーナイフで
ポリポリやるんだけど
たまに、力加減を誤って
痛い目を見たりするんだな。

そもそも僕のバイトってのは
ちょっと特殊で
言ったら、まぁ、夜の仕事なんだけど
僕も一応、学生ですから
昼は真面目に大学の授業受けて
放課後はそれなりにバイトでもして
クラスメイトに飲みに誘われでもしたら
ほどほどに付き合える程度のお金は
持ち合わせていたいなっていつも思ってるから
原付に乗って大久保の雑居ビルの地下にある
ハプニングバーって言って
おかまや露出狂、SMマニアなど
世間的には変態って呼ばれる人たち相手に
酒を出す店に行き
週に二回
多い日でも三回かな
そこの小さなステージの上で
眼球を刳り貫き放り投げるバイトをしています。

詳しく説明すると
そのハプニングバーは夜の十二時を回ると
一時間に一回、いろんな見世物をするわけ
その中の一つとしてあるのが
投げ眼球ショー。
ひとりの人間が舞台に上がり
眼球を一つ刳り貫き
壁に向かって放り投げては拾い
また放り投げる
ただそれだけの奇妙なショーなんだ。
そんな薄気味悪くて、とち狂った見世物を
だれが好き好んで見るのかって思うだろうけど
世の中には、なんでもかんでも
見れるものは見てやろうっていう
灰汁の強い性的嗜好を持つ人が
たくさんいるんです。

投げ眼球。って言う見世物に
歴史なんてあるはずもなく
人口も世界でおよそ十二人
って言われているぐらいのものだから
規則さえなく
そのショーの形態は人それぞれで
この店には僕のほかに
二人の眼球放りがいるんだけど
その内のひとりは昔、
脱サラして小さな劇団に入った末に
たまたま団員に誘われて飲みに来た
この小さなハプニングバーで見た
投げ眼球ショーに魅了されて
翌日の朝には劇団を辞めて
その夜には投げてたっていう
相当な変人で
彼はローマの貴族が着るような
金属製の鎧に森高千里とか
獅子舞にピンク・フロイドとか
衣装とBGMの不和と衝突にポリシーを持った
いちばん集客力のある中年親父なんだ。
噂によると彼の投げる右目は義眼で
いくつもステージ用の眼球を持っているらしい。

もう一人は僕とそれほど年の変わらない
学生の女の子で
彼女のスタイルってのがとても硬派で
音楽は鳴らさずに
その日着てきたTシャツやなんかのまま
ひたすら壁に刳り貫いた眼球を
投げては拾うっていう
スタンダードなもので
彼女の見た目を例えるなら
休み時間に教室の隅でひたすら
少女マンガを描いているような
ちょっと根暗っぽくて、髪に艶のない
垢ぬけない子なんだけど
放り投げた右目を追う左目の眼光の鋭さと
刳り貫かれた右目の空洞の深いコントラストに
妙に惹かれるものがあって
その子が出勤の日は
自分のステージが終わった後も舞台袖に残って
彼女の投げる姿だけは
必ず見てから帰るようにしている。
最近見たステージは二週間前の金曜日で
その日も彼女は
特別なパフォーマンスをすることもなく
いつもどおり数回投げた後
舞台を降りようとしたときに
外国人の客がブラボー!
とかなんとか言ってから
彼女に近寄ってチップにと
一万円札を渡そうとしたとき
何も言わず無表情のまま
眼球を握っていない方の手で
一万円を受け取っていたのを見たときは
ははっ、そこはしっかりしてるんだな。って
初めて彼女の素を見たような気がした。


今夜もあと少しで
僕の眼球投げの出番だ。
それまでの間バーカウンターに座り
爪をやすりで研ぎながら
指をアルコール消毒し
右目を蒸しタオルに包んで温める
こうしておくと少し眼球の弾力がアップして
刳り貫きやすく壁からの跳ね返りも良くなるので
いつも念入りに温めているのだ。
スキンヘッドのバーテンダーの男が僕に話しかける。
「今日は何投?」
僕は答える。
「十二。自己ベスト更新するよ。」
「そうか、がんばれよ。」
「うん。まかして
今日はすごいの見せたげるから。」

まばらな拍手の中、僕の名が呼ばれた。


冬にうまれて

  sample

襟を立てて
子宮に還りたいと
手折られる関節
いつか窓から
来訪した譜を
爪弾いた
罪人を、外套に
収容する

風力発電所が
洋上に向ける
鋭い、まなざし
交差点に
突き刺さる人々
黒い装いを好み
うしろ髪の
波間に
共鳴する音叉

犬のように
歯牙を持つ鳥が
落葉樹をゆらし
季語をかじっている
綿いっぱいの
食べこぼしが
くちばしを持つ
犬の前足に
降り積もる

マッチ箱の村は
少女の
手の平の上で
焼き払われて
しまったのですね
オオカミの正体は
暖炉の
火影、でした

夜にかけて
寒さは強まるでしょう
輸入煙草に火を灯し
口元をおさえた指先
白い壁のむこう
冬の朝に
僕はうまれた
ふいに転げた
咳払いのように

文学極道

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