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fiorina - 2008年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  fiorina


【PARIS】



中世クリュニュー美術館で
膝小僧を抱いて床に座り
女性館員の説明を聞いている小学生の一群れがあった


 質問はありませんか?


促されて少年が金色の頭を傾けて何かを問うと
めがねの奥から女性館員が静かに答える
少年の甲高い声が中世をゆく
わたしは彼らに背を向け 羨望のパリを旅する
そして問い続ける
旅の間中わたしを幸福にし不安にしている美について


美術館の外で 明るい光を浴びるともう少年は問わない
彼が見たものを
けれど 夕暮れのまちまちで 公園で
無言の解答が彼を包む
郊外で 一つの庭や窓で 木洩れ日で
・・・・音楽で
駈けてくる少女の髪飾りの軽やかさで
レースのカーテンがやさしい重みで訪れを待つ部屋の
密やかさで

     
彼に囁く


 「美は怖るべきものの始めにほかならぬ」*


彼はゆっくりと目覚める
膝小僧を抱いて考える
ここに自分が付け加えることのできるものの
あまりに小さいこと
愛するほか 何も残されていないことを


彼は愛する
この人生を


いつかもっとも小さな断片が
苦悩と甘美さにまみれた彼の生涯として
少年の日に見た一角獣の不思議さで
街の尖塔にそっと付け加えられる日を


夢見る

        *註リルケ「ドゥイノの悲歌」から




【青い村の物語】


スイスとフランスの国境に
名の知れぬ青い花が咲き乱れる村がある
それはどの国にも属していない
わたしの村だからである


わたしが村長であることは誰も知らない
わたしが囚人であることは誰も知らない


「すべてのソリューション(解決)を美を持ってせよ」
これが村のただひとつの法律である


そこでは一日のうち3時間だけ人々が働く
労働人口の90パーセントは庭師
彼らは村内を遠慮がちにめぐり
家人とともに
花の手入れをし
樹の下で
たとえば新しく村に建つ家の
窓の形について議論する
窓辺にどの木を植えると
木洩れ日が最も美しいかについて


ある日
青い花の散る一本の小径を
郵便配達の自転車が一冊の本を積んでやってくる
すべてのソリューションを正義をもってした人の
わたしがそれを読み解くには
一生を2回生きねばならない
そんな本を
作者はわたし以外の人々のために
それを書いたのである


かつてわたしは
ベートーベンの恋人を羨望した
あえない時間に
音楽という贈り物を受け取り続ける幸運を


あるいは
辞書を編纂する言語学者の愛人であったら
と願ったことがあった
未知の言葉に遭遇するたび
辞書のページに彼が現れて
生真面目に講義をする


今わたしは
音楽よりも辞書よりも
幸福な待ち時間を受け取った


わたしの村では
みんな何かしらそのようなものを持っていて
待っている時間は決して腐らない
誰も忘れようとしなくていいのだ


いつか
わたしの愛する正義が深い疲労を感じるとき
この村に
わたしを訪れることがあるだろうか
村の入り口で車を乗り捨て
郵便配達に案内されて


その日のためにわたしは探す
千一夜の女のように 明日に命をつなぐうたを


いや彼はわたしを忘れ
一通の訃報だけが届くだろう
そして
村に青い花が咲き乱れる次の季節のために
わたしは明日生きることを欲するのだ


失語

  fiorina


どんな言葉にも
哀願のような声がか細い手を伸ばしてくるから
私は青草の一つさえ
手折ることをあきらめる


もうひとりの私が
切り通しの道を空にむかって歩く頃
読みかけの本のページで
きみが不幸になっていく
何世紀も前の私を救おうとして

文学極道

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