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葛西佑也 - 2012年分

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


約束

  葛西佑也

ぼくたちは夕暮れに会うことにしている
空気がちょうど冷え始めて
息遣いの変わる頃
あの角度で日が射してきて
お互いの表情を背景に滲ませる
反転する。

君の顔はもうなかった
溶け出している
飲みかけのペットボトルのお茶の中
赤茶けた光が乱反射して
五本しかない指を飲み込んでいく
もう片方の五本しかない指で
体の半分の方に手を伸ばそうとする
それはからだのはんぶんであって
具体的などこなのかは
ぼくたちには分かるすべも無く
五本しかない指をお互いのからだを
まさぐるためだけに用いている
いつだったか
それを無駄なことだと言った人は
今は老人ホームで暮らしているそうだ
きっとヒゲを生やして
錆びたような肌色に違いない
いや 違いなかったのだ
それでいて 彼には爪を噛む癖があったのだ
唇から溢れ出しているのは
色の出来すぎた紅茶みたいな
水飴状のやつだった

ぼくたちはよくからだを分解しあって遊んでいた
白檀の香りのする匂い袋がいつも胸ポケットにあって
「好きな香りなんだ、嗅ぐ?」といつも君は聞いてきた
それから気がつくとぼくたちは分解をしあった
そこからはあくまで機械的に 規則的に
そして 反射的に
分解しあった
それから一瞬目の前が赤く染まる
それから一瞬目の前が白濁する
天を仰ぎ見ているだけのぼくに対して
君は その鋭い目でこちらを睨みつけていた
(それは昔飼っていた愛犬の
 亡くなる前日に一瞬見せた
 あの目であった
 黒目を限りなく小さくして
 その周囲を限りなく白濁させた
 模型のような)

君は弟を一緒に分解しようと言って
ぼくらはそれ以来 夕暮れに会うことをやめた
今では 五本だけの指をすっかりうしなって
にんげんに触れることができなくなってしまった
失った指の先は土色になっていた
それは今 あの人がくわえている指だ
それは今 あの人がしゃぶっている指だ
それは今 紛れも無くぼくの指だ


ひとりごと、星屑、断片。

  葛西佑也

道徳と損得勘定は別だと誰かが言った。
人の痛みや人の屈辱によって快楽を得るということほど、自らの弱さを物語るものはないだろう。暴力性や猟奇性を一面的に見て、それを異常であるとして片付けるのであれば、愚かであるとしか言いようがない。そこにある我々の弱さを見つめることの価値を考えなければならない。痛みの意味もそこにある。ぼくらの日常言語を軽く見てはならない ぼくらの日常は立派に詩になりうる あの時のキスも あの時一緒に過ごした夜も どんな文学より どんな詩より どんな演劇よりも 詩的であった だから、わたしは君との時間を文学と名付けた 読書にも勝る喜びを知った そうして宇宙が形成された 昔話細長い指でピアノを弾いていた 時期に指は切断された 夕暮れの影によって 冬の寒い日であった 次の日は演奏会だというので遅くまで練習をしていた あたたかな毛布にくるまれながら 目には涙を浮かべていた 影とわたしが同化していくのをかすかに感じた 飲み物が喉を通らない そういう瞬間がやまない雨も あけない夜も ないという けれども こころのなかであれば 実はやまない雨も あけない夜も 存在してしまうという不幸を君はしらない ほんとうに雨がやまないのだ 夜もあけることがないのだ わたしはどうしたらよいのだ わたしにやまない雨もあけない夜もないといえるのか伝わらないと悩んでいるのか それはおかしいではないか そもそも伝わらないのだ だからこそ言葉があるのだ 言葉は伝えるための道具であったかもしれないが 伝わることを保証するものではないなんて簡単なことも君にはわからないのか 大切なのは記号なんかじゃないんだ もっと大切なものを知ろう手をつなぐことの本当の意味さえも分からずに 接吻をする罪深きものたちには 愛のないセックスなど理解できるはずがない 夢の中でぼくたちは麻薬吸っているようなものなのだ それは夢想ではない しかし、現実でもない 水に手を入れて引き上げたとき 指と指の間をすり抜けていく水気  湿り気空白を埋めるために頑張っているという勘違いをもうやめよう 空白を埋めるために空白を作り続けるその愚かな君の頭を ぶちぬいてやろう 口をあけてあの人の性器でもくわえていればいい 悟りは実はそういう時に訪れるものなんだ 君はなにもわかっちゃいなかった 神秘のことも含めて 失うのは君だ毛布に埋もれた あの人を感じるのだ そこにこそある種の神秘があった 聖地とは実は君たちのこころにあるんだ 人の数ほど聖地があるとかそんな嘘をつくつもりで言ってるんじゃない 湿ったこの毛布が聖地になる可能性を だれもが認識しておくべきだと言ってるんだ 雨の日のすこし湿ったあの香りが/宇宙とは宇宙観のことだ 実際にその構造がどうなっているかなど私には興味がない 宇宙観を用意せよ そしてそれに自信/自身を合わせていくのだ それが可能か否かで 私たちが救われるか否かが決まるのだ 宇宙観を想定できないところには 救いは無いのだ 救われたいと願うだけではいけないのだ 男はクラミジアだといった そんなことはどうでもよかったのだ それよりもその足の指がさみしそうだったことに その声がしゃがれそうだったことに ああ、君にはそんなこともわからなかったのか 絶望とはその先にある真実のもう一歩手前の 物語の序章のようなものだというのに 君は恋をしなさい「ここは盛り場だ」「君の舌を切り落とそう」「今日は何をして遊ぼうか」群衆の声が切り落とされてバラ売りにされているようだ 銃刀法違反で同級生は捕まった 世界の終わる日にだ それは予言で言われるようなものではなく ほんとうにぼくにはそう感じられたのでそう言った コンドームを買おうよ、うああああ、男も女も死んでいく。形のあるものはいつか滅びるなどと言う。形のないものだって滅びゆくのだ。滅びないのは本当の意味で存在しないものだけだ。けれども、そんなものが存在するのかどうなのか、あるとしてもどんな意味があるのか。つまり、滅びないものに意味などないのだ。差し伸べた手をつかむ勇気が必要であった。救いとは時に残酷だ。差し伸べられた手をつかむ勇気、それをする体力さえもないときにそれは絶望よりもさらに残酷な絶望になる。本当に追い詰められた、本当の意味で追い詰められた人にしかわからない。私はきっと差し伸べられた手の指を順番に噛み/髪ちぎるだろう。女は死んだ。私の笑顔をだれも理解できないのよといいながら笑顔で死んだ。芸術家の卵であった。それからその死体はそのまま路上で放置されて芸術作品になった。彼女の乳首を切り取ってもって帰ってきた。左側だけ。それは不思議と腐ってはいない。けれども彼女は魂までも腐ってしまった。さあ、お迎え、男だって女だって星の数ほどいるだろう。股間だって星の数ほどあるだろう。それは実は嘘だ。だって星の数のほうがはるかに多いのだから。それはいいとして、たしかに比喩的ではあっても星の数ほど男女がいるとして、それでも恵まれた出会いがないなんて、なんの慰めにもならないではないか。むしろ絶望なのかしらんらんらん。損得勘定なんてやめてしまえと君は言ったが、その君の損得勘定をやめようという判断は損得勘定ではないのか。君が悪いことだと信じていることの大半は人間の根本的な側面ではないか。そういう君こそが損得勘定をする人間の模範ではないか。君のように模範的な人間こそがぼくにとっては羨ましいのだ。空間という言葉は便利だ そこには距離があるのだろう 暗闇、視覚が殺される事をまだ知らないやつらの戯れ言さ。空間という言葉によって君たちは本質を隠そうとする なんとか空間という言い回しを万能だと勘違いしている そう言うと、君たちはぼくの言う本質とは何かと反論するのだろう しかし、それ自体が愚問である そのような反論には本質などないのだ 中身のなさを隠したいだけだだから今日という日があるんだ 家という残酷な場所で今日という日を迎えるのだ ぼくたちが開放されることはない 世界は広いようで狭く 複雑なようで単純で あらゆるものをこんがらせるのが得意なぼくたちの独壇場なのだ そうやって一人よがりな舞台をいつまで続ける気なのか 絶望に似ているよ!!泣き叫べATMの前で 膝を折っている女は負傷している 不意に名前をよんだが誰も気がつきはしない きっと数年前に忘れてしまったのだ 燃えているのはいつかの家であった 思い出の中で焼失している 失われるのはいつだって思い出の中だ 現実には何も失われないし変わりもしない 発見とはそれだけで神秘だとあなたが言った 半分は嘘であったが 半分は真実であった 神秘とはそれ自体がまやかしのようなもので 私を騙す無数のペテン師たちが みたこともない動物の話で場を盛り上げる 切り取られてしまった君の歯茎は どこかの美術館に展示されているという そんな噂を聞くたった一人生まれでた 生まれでなかった無数の者たちの分ま/でも、宇宙の法則には従わず、宵の約束は破られて 闇に葬られたのは事実ではなく 語られることのない仮定であり過程であった 指先で確認できることの少なさと言葉で表現することの限界に打ちひしがれてただ見つけることしかできない

文学極道

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