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葛西佑也

選出作品 (投稿日時順 / 全35作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海辺の地図

  葛西佑也

未完成の地図
適当にぽつんと
現在地を記して
空きビンにつめた

知らなかった
地図の海
地図の空
見えない国境線

海辺には
知らない国の文字が
刻まれていて
波が打ち寄せるたび
一文字
また一文字と
きえてゆく
僕の名前

地図に無い国に忘れてしまった名前
読むことのできない名前

今更しょうがないと
いつもと同じように
水平線が明るめば
忘れてしまっている



名前の無い地図を見つけて
ぼくは海辺の地図と名づけてみた
うっすらと書かれた記しが
ぼくの海辺を思い出にした。


羊膜内外

  葛西佑也

羊水 に 浸されていた
へその
   緒
つながれていた
束縛

母体から
出てくる
小さな人

子ども(創造物)じゃない
無力も無邪気も
勘違いだった

朝焼けの土手
    草の上
     孵化寸前
卵膜の裂け目
もれる 羊水

無意識に知っていた
(羊水 が 海水)
塩分が
濃ければ
分娩は
容易に
   なる

  小さな人
  海の民 から
  陸の民 に
       なった
  モノのこと

陸に
打ち上げられた
クジラ
潮吹きでもって
       証明される
海の民
  捕鯨は禁止 されて
           いる

海水が
   恋しいモノ は
いつまでたっても
大きい人 にはなれ
         ない
そう、潮吹き で
        もって

だが、
小さい人 も
大きい人 も
陸の民
   (ではないか)

ならば
いちばん近い
存在
  虫
孵化
  された
     小さな人
やがて
   なる
     大きな人

潮吹きは
    もう
できない
    もう
恋しくはないか
 海水。


 My music

  葛西佑也

十字路を抜けると
三日月がありました
その周りを
星たちが輝いていたので
光で眩暈がしたのです

その光はハリウッドからか
ロンドンからか
パリからか
分かりませんでしたが
世界中からなのかもしれない
そんな気がしたのです

別にぼくへ注がれる光ではないと
分かっているつもだったのに
なぜか高鳴る鼓動

静かにバイオリンを弾く少女が
月の中にいるような気がして
その少女の髪から
微かに地球の匂いがするのです

少女の髪の匂いを
ずっと忘れないでいたいと
思ったのです

こんな感覚が
みんな羨ましいのかもしれない
そんなことも思ったのです

バイオリンの音は
不思議と響きませんでしたけど
ぼくのヒステリックグラマーが
月の光で少しかっこよく見えまして
それだけで幸せだったのです。


落下する、衝動

  葛西佑也

空気が抜けてしまって
フニャフニャの
タイヤ
自転車は思うように進まず
空だけが移動していく
ぼくは
取り残されて
夕日は
水平線に足を入れはじめた
秋は落下の季節だった

焦りを感じ始めると
向かい風が
妙に強く感じられた
幸いこの日は
雨ではなかったけれど
世界はどうしても
ぼくという存在を
認めてはくれない
世界に逆行していると
気が付いたときにだけ
ブレーキを握る

今か今かと
紅葉を
待ちわびているのは
何もない日常に色を
添えて欲しいという
ほんのわずかな
わがままで
移り行く日々は
季節感を感じさせはしない
雨に濡れたブレザーの
独特なにおいにも
季節感はなかった

雨が降ったときのために
自転車に挿してある
ビニール傘は
柄が錆びはじめて
穴が開きそうだった
通いなれた道は
いつになく
無味乾燥で
目を離している隙に
全て
落下していく

夢を
追いかけていたこと
本気で
恋をしたこと
孤独を
さみしいと
感じられたこと

すべてはほんの一瞬で
それも気が付かないうちに
日常に
溶け込んでいく

外れてしまった
天気予報を
恨みながら
穴の開いた
ビニール傘を
気休めにさして
落下してくる雨と
一緒に
あらゆる衝動が
落下していく


ヌード

  葛西佑也

少女は風呂上り なのか
水分を含んだ髪が
少しだけ
艶っぽい
裸という服を纏い
すべてを
曝け出す ような
目線 ぼくを射抜く

体中の産毛が
逆立ち
それはこの空間で
(共鳴)

昔魚だったときの記憶と
今人間になった瞬間とが
彼女の中で渦を巻き
この特別な場所から
生臭さは もう なくなり
(つつある)

頭の片隅でしてはいけない
と思いながら また別の部分 
で少女を汚していく
気が付けばそこは
井戸であった

かすかな光さへも
射してはこない
この場所は
案外明るかった
(水が滴っている)

少女は
裸である ということの
意味を知らず
(これからも知らずに)
見られるということで
怯えている

ぼくは ただ
優しい観察者(芸術家)
の まま
水が枯れる までは


バレンタインのこと

  葛西 佑也


*お弁当のこと

今日もお弁当を 自分で
作ったってことを
フタをあけて初めて気づく
しょっぱいってこと、は
しあわせなんだと
自分に言い聞かせて
きんぴらごぼうを咀嚼、する
いつかの 女の味
に 似てるんだね これ



*屋上のこと

あたしのこと すーき?
それはもう聞き飽きた、と
思いつつも
舌を絡めてやる
お昼の歯磨きをしていないことを
思い出して 一瞬引き戻されるけど
すぐに忘れてしまう
そういうのもいいじゃんって
思う なんか自然体で


*昨晩のこと

台所で母さんが泣いてい、た
理由 は 分からないけれど
あの涙もしょっぱい だろうから、
きっと、しあわせなんだろうと
思うことにして
きっと明日は お弁当がないだろうから
自分で作るべき日なんだなって
自分に言い聞かせ て
あー ねむーい って一言


*先生のこと

せんせい ぼくは まだ
子どもなんです どうしよもなく
どーしよーもなく 子ども
だから、せんせいに色々
聞かなくちゃいけない
しゃっぱいのこととか
一瞬についてのこととか
気づくってどういう意味なのかとか
せんせいが生きていてくれたら
ぼくはしあわせなのに


*砂のこと

ゆめ、で なんども
なんども 砂漠が やってくる
そんなものは望んじゃいないんだけど
もしかしたら、砂が恋しいのかもしれない
ちいさいころ たくさん
砂遊びをして、しまったから
安部公房の「砂の女」が、
頭をよぎって
女はかなしいのかなって


*告白のこと

ラブレターがたまらなく、好きなんだ
おくるのも もらうのも
書きながら、読みながら
どきどきするんだ
伝えたいんだ しあわせだよ
しあわせ
きっと 愛しているんだと思う
だから、バレンタインを前にして、
すべて おわりにしたいんだ

って思う


抱擁

  葛西 佑也

青い絵が
こちらをじっと見ていた
むしゃくしゃしたので
白い絵の具で、
ラクガキをしてやった。

その絵が、今
美術館 に 飾られている
有名な画家が
描いたものらしい。

螺旋階段をあがっていくと
吹き抜けの天井から、
まっすぐに ひたすらに
光が差し込んでくる、
手を差しのべようとして、
さらわれそうになる 自分を
寸でのところで引き止める

存在を忘れられた友人が、
不意に何かを
告げようとしたのが
分かったので
「絵?」、と、
聞き返す
返事はなかった
空気は塩分を
含んでいる
呼吸をする度に
しょっぱいので。

友人は
羽、に夢中になっていた
湖に降り立つ天使の
跳ね飛ぶ飛沫が
シミのように見える
中年女性の多くが悩む
それに似ている
絵もまた
老化しているのか
そうだろうか

舌がざらざらする
僕は 塩を感じる
そこではじめて、
ここが円形の建物だと
知覚する
友人はまた
存在を忘れられている


青い絵を舐めていく、
額も含めて 隅々 丁寧に、
しょっぱくないよ しょっ
ぱくない。
なんで

衝撃のあまり、
身動きが出来ない
それでいて 
体中の繊細な部分の
震えは止まらない。
存在を消した友人が
後ろから、僕を
抱きしめている。


あるいは、朝日か、チョコレートか。

  葛西佑也

寝起きは、不機嫌
な ぼくなので、
世界の終わりの
ような顔をして、
何もかも、どうでも
よくなっている。

なので、

ぎゅ ぎゅっと 後ろ
から だ きしめて、
さらりと キスして
とろーり とろーり
チョコレートみたいに
しちゃって(ください)。


「ぼくは、この願望が
ずっとずっと ふへんてきなもの』
だって。」

中央が程よく、へこんだ
まくらに、顔面をうずめて
ぺろぺろっていやらしく、
味わうチョコレートの
鉄っぽさで、ぼくは
ぼくは いかれてしまうの。


ぎぶみぃちょこれいと/

/ぎぶみぃちょこれいと

ぎぶみぃちょっこれいと/

少しさび気味の、
金属片からは、血の味
がしています。
ここが戦場ではない!」
とでも言うのですか。

朝が、もうそこまで
迫っている。
ことに、車輪の音で
気が付いて、
ふっと我にかえっ
てしまった。
口の周辺は、
チョコレートで
べっとべとで。

ぺろり ぺろり
ぐるり っと
何周も何周も、
このぼくの、ぼくの
舌で口の周辺を
なめまわしてやったら、
何かがとろけだして
朝なんてものは、
忘れてしまった。


第二次性徴

  佐仲

私は昨日生れたばかりなのに、今日もまた生
れなくては。清流のせせらぎが、私を運んで、
気がつけば汚穢な海。思い出しました。やっ
と。私はあなたにしずめられたんだ。お母さ
ん。

目覚めると、さわやかな草原で純美なうさぎ
をレイプしていた。今まで味わったことのな
い、欲求。知らない。知らなかったの。こん
なの。オオカミたちは狙っている。私の、私
のうさぎをレイプしようと。おまえらなんか
には絶対わたさないぞ! ケダモノたちめ!

お母さんは、どうして、私が生れたのに気づ
いてくれなかったの。たしかに、これ以上は
ないというくらいに簡単に生れてきた。まる
で卵みたい。だけど、あんまりだよ。ひどい!
うさぎの純白の毛が血塗られてゆ、く。ああ
ああ ああ/


肌を焦がす陽射し
肌をなでるやわらかい風
肌を触れ合ういくつもの家族が
小高い丘のキャンプ場
垂直に下げられた無数の釣竿
眩しさにしかめ面の
あどけない子どもたちよ 
君たちは殺される
最愛の人に
水面に映るの
私の顔に
うきしずみ/


私は昨日生れたばかりなのに、今日もまた生
れなくては。うさぎの血走った目を覚えてい
る。私は自分がいつどこで生れたのか、分か
らないけれど。ケダモノじゃあない、ケダモ
ノなんかじゃ。緩やかに流れる清流が、今日
も私を追い詰めている。生れなくては。


偏愛主義

  佐仲佑也

難解な数式を愛する友達が、

   好きで解いてるんじゃないんです。
   数式なんて、理不尽なんです。
   やらされているんです/強制。」


と、ぼくに言うので、/


キョーセー キョーセー キョーセー 
と復唱してみても、彼の言いたい事    
なんて、分かりっこなかった。
彼って、昔っから変っていたの。
そうなの?/かもね


彼の部屋の中 虫かごが、

   蛾だか蝶だかわかんないやつが、無数
   の やつが うじゃうじゃ うじゃうじゃ 
   が 近親相姦?/そうかな        


彼は
  お母さんが好きです。
  お父さんが嫌いです。
  数式は強制です。  
  虫は抑制です。」      


ねぇ、こぼれてる液が、 乾燥しているの  昆虫。 彼は華麗な手さばき
で、展翅/展脚していく昆虫の 動き/うめき。離して!ぼくの手を、それっ
てキョーセーってやつ?/そう。


崩れないように そっと、触れて羽 に撫でて 怖がらなくていいの。彼が殺
した?家族を? しょーがいないよ。どんまい。虫は逃げないよ それもキョ
ーセー ほんとう? コレが昆虫標本ってやつ
   
   また解かなければならないのですか。
   数式を。               
   標本の羽に触れるように、丁寧に。
   数式を。
   答えなんて要りません。
   とにかく解かせて欲しいんです。
   数式を。
   ああ 開かれていく 羽が脚が
   もう限界です。
   虫は抑制です。」


彼が殺した。家族を。どうやって? しーらない。ぼくが後ろから抱きしめた
彼を これでまた とじられたの。これもキョーセー?怖がらなくていいの、
ぎゅっとぎゅっと抱擁してあげるから彼を。

   お母さん僕の子を妊娠してください。
   お父さん僕を自由にしてください。
   早くしないと、虫たちの羽が脚が
   くしゃくしゃになってしま、う。
   そんなつもりはなかったんです。
   教えてください。
   ブランウン管って強制なんですか。」


彼は殺した
家族を


コンプレックス

  葛西佑也

あなたの名前をつぶやいていた。私は錆びた車椅子から立ち上がって、一人で歩き出せる。/ようになっていた?愛だとかは、どうでもいい。「愛って隣人愛?」東北地方の小さな街で生れた。真冬の、窓の外の、ように白い肌の赤ん坊の私。抱き上げる腕にいつも噛み付いていた。/その時は、世界は平和だったのですネ。雪解け水で錆びたんですよ、この車椅子。酷いでしょう。ええ、酷い。車輪は踏み潰している。毛布(あなたの名前が刺繍してあるやつ)を。


クラスのみんなに嘘をついている。「どうして?」って、私のために。真実は名前と身長だけ。(友達が欲しかったんだ。)うそつき。教室の隅っこで、独りぼっちで本を読んでいる。読書は独りぼっちでするものだから、それで、問題はないでしょう。時間が過ぎるのは、案外、早かったし。本当は、車椅子なんかなくたって、歩けるのだ。弱気でつぶやく相手は教室の隅の壁。誰も私を認めてはくれない。/うそつき は なかよし。友達なんていらないよ。なかよし は うそつき。埋まらない空白には辛めのガムを押し込んでおく。たまに、車輪は踏み潰してしまうガム(味がまだ残っているやつ)を。


ゆーうつ。気に入らないものは、すべて轢き殺す(習性)。ばれてしまった嘘と、崩れた人間関係は修正が効かないなんて、もっと早く教えてくれたらよかったのに。いじわる。いじわるは嫌いだ。私は寂しくてしょうがないだけだったのに。あなたの名前なんてどうでもよかった。愛は隣人愛。私はみんな家族だと思っていたのに。ネ。世界は真冬には戻れない(毛布はもう必要ないのですね。)。それが摂理というものだ。教わらなくたって、そのくらいは分かる。私は今日も、錆びた車椅子の車輪の音で、何度も目覚めているのです。


地球儀はまわらない

  葛西佑也

眠っているんですか?/てないですね。
あなたはそのお気に入りの、カーテン、レース
のやつのほつれを直そうと、必死になって毎晩。
ぼくは嫌なんだ/よ! ほつれてあいた穴を覗
けば、世界があるんだから!ねえ、やめよう。
それで、何にも気にせずに、深い眠りにつきま
しょうよ。こっちに来て。
(世界が見えていたっていいじゃん)

レースを縫い合わせる、あなたの、手、柔らか
そうでした。とても。ぼくはぽっかりあいた穴
から向う側を覗くことで、あなたの手を見る事
ができた/んです。
それが、世界でした。

/だから、ぼくは世界を愛している!/んです。
だから、掴みかけた空がラクガキだとわかって
も手をおろすことができなかった。
(ぼくがほしい/かったのは、死臭がしみつい
た手、です/した。毎日、ぼくたちのため、料
理をして、死臭がしみついたその手!/でした。)

あなたが世界を嫌うのは、ぼくの掴みかけた空
が青すぎるからなの?/ですか。(非現実的だ
ったのかしら?/ね)もう、がんばらないで。
あなたは、編み物だって縫い物だって苦手なん
ですから。/ね。

ラクガキをした人は、世界を見たことがありま
せん。/あるはずがないの、です。だけど、空
が青いということ、雲が白いということを知っ
ている/ました。(地球儀では空のことなんて
わかるはずないのに/どうして? 不思議。)

ラクガキは気が付けば部屋にあったんです。ぼ
くの部屋を訪れたたくさんの人々が置いていっ
て(くれた/の?です。)ラクガキのこと、本
当ですからね。

私/ぼくはあなたに言えないことがたくさんあ
るけれど、紛れもなくあなたから生まれたんだ。
信じて! たとえ、本当のぼくを知ってしまっ
たとしても、何も言わずに抱きしめて!/せめ
て。 ぼくがこの手をおろせるように。

目覚めると、穴の塞がれたレースのカーテンに
気づき/ました。ぼくは、そこにある不器用さ
をほどいて、もう一度穴をあけようとしている
/いました。

ぼくを、恨まないでね。
もうすぐなんだ!/です。
もうすぐ。
世界。


明日も、雨なのですか

  葛西佑也

            私は傘になりたい。
父は雨が降っても、傘をささずに、ずぶ濡れに
なって歩いて行ける。濡れた衣類の重量なんて
気にしないし、他の人も自分と同じだと思って
い、る。(自殺願望のことだって。)

父も私も自殺率の高い地方の出身だ。冬には街
の人みんな、うつ病になる。(酒でも飲まなきゃ
やってらんないよ!)父が豆腐の入った皿を割
り、脳みそのように飛び散る豆腐の残骸/踏み
潰しながら、私は私の食事をしていた。

  、グチャリ (そばでは母が殴ら
  れていた)私の空間からは遠いと
  ころ、電話の音はサイレンに聞こ
  えた。


/何かを救いだと感じる、病んでいる。(止ん
でいる? 救いは救急車でしょう?)私は父か
ら生まれたんだ。分娩台の上、前かがみになる
父から、卵のように。この豊かな国に生み落と
された


  、のです。私たちは生まれたとき
  から、絶望する術、を、持ってい
  る。(個人個人で違うやつを。私
  にとっては父。)幼い頃、大好き
  だった父の背中を見ないで育った。
 (見ないで育ったから、大好きだっ
  た? 尊敬しています、お父さん。)
  虚像の背中だけで、十分だったん
  だ、私には。


生まれたときから、ずっと、弟は父の背中ばかり
見て育った。だから、弟は 雨降り、傘をささな
い。ずぶ濡れの衣類の重量も(自殺願望のことも)
気にせずに。/私は傘になりたい。穴があいてな
くて、向こう側のはっきり見えるビニール傘に。
(できれば、柄が錆びていないとうれしい。)
            「雨は当分止みません
             よ。傘を買ったほう
             がいいでしょうね。」
             と、傘もささず、ず
             ぶ濡れで歩くみすぼ
             らしい親子に言いま
             す。


/私の向こう側の空間では、豆腐の残骸が家族た
ちの足でさらに激しく踏み潰されている。必死に
父をなだめる幼い弟の鳴き声(サイレン?)/私
にとっては、電話も愛しき弟の悲痛な叫びも似た
ようなものです。

外では、雨が ぽつり ぽつり と、降り始め。
(やがてすべてを流しさっていくであろう雨)明
日は土砂降りですか。天気予報が気になります。
私には家族の中で、明日の天気を聞ける人がいな
いのです。「明日、雨みたいだよ。傘を持ってい
くといいよ。」と、私のほうから言うばかりで 

。(私たちは家族ですか?)
自分で割った皿と豆腐の残骸を片付ける
父と、
ひたすら発狂しつづける
弟と、
何か秘めたように黙ったままの
母と、
/私の食事を続ける
 私と、/
みんな孤独だった。

そこにあるのは私の知らない家族でした。十数年
過ごしてきて、初めてその存在に気づいたのです。
しかし、紛れもなく私の家族。/私は、このとき、
初めて生まれたのです、この世界に。(望んでも
いないし、望まれてもいない。)

    /明日も、雨です
    か?みんな。私は
    みんなが大好きだ。
    みんなの家族で幸
    せだよ。母よ 父
    よ 弟よ/私は私
    の食事を終えて、
    ごちそうさま の
    代わりに言います
            


。/          私は傘になりたい。


このみちが一瞬でみちていたなら

  葛西佑也

その日だけはなぜか、いつも通いなれた道が、遠い昔、記憶の片隅にある道と重なっていた。その道は、いつどこで、ぼくが通過したものなのかは全く分からなかった。今、ぼくが歩いているのは、巨大な四車線バイパスの上。連続する自動車の風景は、やがてぼくたちから、愛する人の顔までも奪っていくのだろう。天気は快晴だと言うのに、上空を走る高速道路のせいで陽は射して来ない。隣には母子が手を繋いで信号待ちをしている。母子の視線は、ただ一直線に信号だけに向けられ、これから訪れるほんの一瞬のためだけに、時間が過ぎていく。信号が変ったからと言って、何かが始まるわけでも、また、何かが終るわけでもなかった。

/シャッターが閉じられた商店街のある街。雪は風流だなどと言って強がることはだれもしない街。ぼくが生まれた街。ぼくたちは毎日それなりに幸せに暮らしていた。一家の主が不在であることの不安や、さみしさなどは口にしたことも、感じたこともなかった。保育園に最後まで取り残された日も、母がやってくる一瞬を疑うことなどなかった。だから、いつまでもいつまでも、ひとり楽しそうに積み木を積み上げ続けていた。積み木はいつか、一瞬のうちに崩れてしまうことを知っていたはずなのに。

古ぼけた積み木 
塗料は剥がれ落ち 
たくさんの子どもたちの 
歯形と一緒に 
愛しているものや
愛してくれるものが
くっきりと刻まれていたり
染みこんでいたりする/

信号が変ると、ぼくたちの風景が徐々に色づいていく。それまでは目にも止めていなかった。道端の雑草が風になびいている姿に今更気がつく。気がついた途端に、後ろからやってきた誰かに雑草が踏み潰される。愛する人の顔も思い出せなくなる。あの時は二四時間忘れたこともなかった顔。/子どもたちは、大人になるために、手を繋ぐ。一度繋いだ手は絶対に離してはいけない。離した瞬間から、ぼくたちはもう、永遠に大人にはなれない。何度抱きしめても、何度抱きしめても、後悔は拭えない。/母子は人ごみに紛れて、ぼくの視界からは消えてしまった。これでよかったのだと、なぜか安堵する。記憶の片隅、ある道は思い出せないが、ぼくはその道でずっと追いかけていた。訪れることのない一瞬。幼い頃の父との思い出。弟が簡単に手に入れたもの。一度繋いだ手は絶対に離してはいけない?


/ぼくたちごく自然に
抱き締め合っている
あなたはぼくを愛しているし
ぼくもあなたを愛しているんだ
あなたの代わりに
買い与えられた
ものたち全部
明日には捨てに行こう
ゴミ捨て場まで
そんなに遠くないけれど
手を繋いでいこう
あなたの手はやっぱり
暖かくって大きいのかな
それから それから 

/それから、夢が覚めるとやっぱりいつもひとりだった。ぼくには何かが欠けているってずっと思ってきた。欠けているものが何なのか、知っていたけれど知らないふり。ぼくは強がりだから。でも、ほんとうは、手を繋いで欲しい、抱き締めて欲しい。ちょっと恥ずかしそうに、「あいしてるよ、あいしてるよ」って言って欲しい。ぼくはいつまでも、その一瞬をこの道の上で待っている。


ホスピタル

  葛西佑也

「あいしてるよ、
 あいしてるよ、
 (読みかけの
 本、数ページ
 滲んだなみだ
 ぐらいに。)
 ほら。」

世界は、残酷だね。

もし、私が凍結された、子ども(お父さんの)だったら、
私の言葉 全て医療行為のおかげ/なのですか? (医
療行為は無意味の中に意味を発見することだった。/の
ですね。)いつも私には無関心そうなあなた、大きな背
中、何か刻ませて、ください。(それは、医療行為では
ありませんよ。/ネ)

お父さんと同じ
洋服
来た男に、
「あなたはお仕事する格好じゃあない。」

言わなければなりません/でした。
(私は、
 それが間違いだって
 知っていた/のに。)
お父さん、
お父さん、
今日も
ご苦労さま

ビール持ってくるからね
お父さん。

あなたは
いっつも寂しがりや
で、
弟を腕の中で
ぎゅっ
ぎゅっ と
することで
満たされていましたね
(ふたり、そっくりだ。)

真っ暗な夜なんて、私は知らなかったけれど、あなたは
きっと知っている。/にちがいない。世界の全てを敵に
まわしたかのようなまなざしあなたに向けて/あなたは、
もう、そこにはいなかった。私は遠い冬の日、生まれた
日、あの日からずっと本州最北端のまちで凍結されたま
まなのです。/か?

あの病院には
今も
転がっている
私の無意味
これからの人生

医療ミス
として
歩んでゆく
/のは
嫌なんだ!/です
だから、
意味を欲した/のかも

(医療行為は病院で受けるものです/か?)

私は私を
偽ることで
(凍結されたまま、
 なんですよ。 と)
あなたの息子で
ありえるのです
/でした。
だから、
理不尽に殴られたって
凍結してしまったんです。/よ

お父さん、私はきっと偽り続けなければならない。あ
なたの前で。私、(私は遥か昔、もうとっくに、あな
たの望まない形で、医療行為を受けていたんだ。/で
す。あなたは、きらい?)

それでも
あいしています
お父さん
だから、
あなたの背中
いつか
刻ませてください
ありがとう
ありがとう
「ぼくは
 医療ミスなんかじゃ
 ない!/よ」

世界はやっぱり
残酷だ/ネ


きみが生まれるずっと前から、ぼくはその国境線を知っていた

  葛西佑也

セイヘロートゥー。。。セイヘロートゥー。。。片言の英語で、伝わるかどうかも分からない相手に、何か伝えようとする。伝言は、頼んだ時点で、効果を発する、セイヘロートゥーいつかの親友/セイ、いつかの帰り道、何だかよく分からないけれど美しいものたちでみちている(気がする/した、昔母親だった女が捨てられた小犬に母乳を与えていた。ふるえる小犬の口まわりがみるみるうちに濃い白に染められていった!/のでした、それは、きんじょ の はたけ こううんき の 
けた たましい こうかおん(と一緒に、ぼくの頭から離れてはくれない、れない、られない、れ、ない、いい。目の前は真っ赤になった! 小犬、小犬が勢いあまって、強く噛み付きすぎた、せんけつ。いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?いたい?/あのひとは無痛病だった/かもしれない。ぼくは、あなたの側にいたい、いたい!

病院のベッドの上、という自由のために、いつかの親友が死んでいった。あの日。前日は雨でしたから、踏み出す地面踏み出す地面、水分が水分が水分が、あふれ あふ
 あふれ 過ぎていた。
   じめじめ じめじめ じめじめ/ん
   そこからたくさんの生物たちが、
   (うまれて)
  のどが渇いているのか、
 捨てられた小犬は夢中で、水たまり
に顔を突っ込む。きりのいいところで、水分補給はやめにして、「きみは そうぞうにんしん で うまれた子さ きみは そうぞうにんしん で うまれた子さ きみは そうぞう そうぞう、そう」と、小犬がつぶやいた。そうぞうにんしん そうぞうにんしん そうぞうにんしん? そうぞう/力豊かな小犬を、いつかの親友にも、見せてあげたかった/な、いてる? にんしんせんを指でなぞっていった先には、いつもいつかの親友、そうきみがいたんだ。ぼくはきみと一緒に毎日のように渋谷で遊んだし、原宿で買い物もしたし、同じ女に恋もしたし、近所の公園(通称三角公園)で暴走バイクが通過するのを見届けたりもしたし、したし、したし、したし、した、し? きみは、地理が大好きだったから、学校で配られた地図帳に、少しの迷いも無く、国境を書き入れて、これがにんしんせんだと教えてくれた。/から、毎日まいにち、指でなぞってたから、にんしんせんが薄くなったのかもしれない。 ごくまれに国境が書き換えられ                           
てしまうと、
   ぼくたちは もう一度 うまれる        
    というのも
   きみが 教えてくれたことで、
で、
 病院のベッドの上で、きみは、もういちど、もういちど、もういち、、何度もつぶやきながら、人さし指で真っ白いシーツの、
あっちをこすったり 
こっちをこすったり
          何度もいったりきたりさせていた。やがて、それは、にんしんせん、まだ開かれていないにんしんせんになって、そこからうまれた。

ある朝、小犬はぐったりしていて、口からは真っ白いのが逆流していた。全く動かなくなった小犬を抱き上げて、あったかい、あったかい、あったかい! ぼ、ぼ、ぼにゅう が まだ あったかいよ! ぼくたちは、想像する。もういちど、うまれてくる日。/は、小犬かもしれない、異性かもしれない、外国人かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、かもしれない、
/? 、小犬の死骸に、母乳をあたえる、昔母親だった女

/に
「セイヘロートゥー
いつかの親友
  /セイ、
ほら、こぼれた母乳があたらしい白地図を描き出しているよ。もういちど、もういちど、もういちどだけ、いっしょに指を動かして、国境を描こう?
セイヘロー セイへロートゥー 
           いつかの親友
             /セイ、


実験的舞踊(1)「神話〜my・thol・o・gy〜」

  葛西佑也

人身事故で
大幅に遅れた
電車の到着
ぼくたちは明日
生まれたらよかった
性器がぬれ始める前に
それは宗教的に
間違えでしたか
ねぇ?

考えよう 気がつけば、一つ前の駅で降りてしまったから、これから死のうと思った。その前に絵本を描きたいと唐突に思い始めて、ルーズリーフを取り出した。適当に線を描きこんでいく きんちょう で 手が震えた。思いのほか、美しいギザギザがあらわれたので、カミナリに関するお話にしようと思います。考えよう? 一生に一度だけ、ほんきで線という線すべてへの悪意に満ちていた日、その瞬間、きみは何かつぶやいた。考えてしまったら負けなのだと、ぼくたちはただ、あの人を愛した、見返りなんていらない。

カミナリ
空間は繋がる
ことはない
赤ん坊がふたり
土手の上
自らがうまれた理由
について語り合う
(指と指で触れ合う)
前日は雨でしたから、
泥濘
足をとられ
身動きはできない

数百年昔に、この土地を耕したであろう農夫は、傷だらけの拳を天に向って突き上げて、
「お花畑はどこですか? ワタクシにも神話を教えてくださいな。 ワタクシは空腹なのですよ。」と叫んだので、次の日はやはり雨なのでした。

赤ん坊が積み上げた、世界の誕生にいたるプロセスはすべて流されてしまったから、ぼくたちはカミナリを知らないし、知る術も持たない。赤ん坊を抱くこともなく、神話から削除された たくさんの母親たちは、それが世界からの虐待だと知ることもなく、見てくればかりが鮮やかな花々の命を奪い、いつかは枯れてしまうアクセサリーを量産した。彼女たちは、自分たちが奴隷であるということさえも知らないで。

(ぼくたちは、それを生産性のある自慰だと信じてやまなかった。そのために眠ることさえもできないから、呪われているのか?)

どのような形でも
語られることのない
階段をのぼりはじめた
目的地へ辿りつくまでの
間に向き合うであろう
たくさんの生命は
カミナリによって
失われました
ぼくたちは明日また
生まれるの
でしょう


交差点では、飲酒運転男が罪のない子どもたちの人生を奪いました。それは嵐の日でした。形を留めていない子どもたちのからだは、ちに染められて、そのすぐ傍では、無数のアルミ缶が転がっていたのだろうか。昨夜の性交は決して、その子どもたちのためではなかったのだけれど。男の酔いは覚めることもなく、明日からは労働者として、子どもたちのいない世界へと帰っていくのですか。彼はカミナリのお話を知るはずもなかった。つづりはわかっていても、発音することのできない言葉を、いくつもの言葉たちを、駅のホームに落書きした。湿気を含んだ、チョークの粉は幸せの象徴ではなかったのですか。

神話は
ある日
知らず知らずのうちに
創り出された
それでもカミナリを
知る人はいない
(彼らは神話から
 削除されました)

世界でももっとも有名な神話の中のひとつでした。たしか、雨は止んではいませんでしたが、快速電車が、だれかのビニール傘を八つ裂きにした光景をぼくは忘れない。だから、思い出す必要もありません。生きるための方法など、なにひとつありませんでした。奴隷であることを認めること、認められること、それだけは忘れてはいけないことでした。

一家はみんな死んだので、あそこは空き地になった。だから、もうだれも住んだりしないでしょう?(生命は芽生えません、ね。)それが、カミナリの神話だった。カミナリの神話にはカミナリが一切出てこないらしいのだけれど、それは、思い出さなくてもいいからで、ちょうど快速電車のように。ぼくたちは、明日も生きているから。となりには愛する人がいて、それだけでじゅうぶんでした。ぼくたちはだれも神話を知らない。

* 掲載にあたり、原題の丸数字を「(1)」に置き換えました


きみは国境線という概念をもたずに、それをこえていった

  K,y

りん(RIN/凛?)とした手つきでアルファベットを並べるきみの、て、に、あわく(淡く?)、て、を、重ねるううううううう、う、
う。 きみの質問にひたすら、否(INA)とだけ答える。いたるとところが戦場であり、戦場では、ぼくときみとの距離は、実際以上に遠くなる/Ruuuuuuuuuuuuu、運動神経の悪い全ての生物が逃げ遅れては、存在自体を忘れられてしまう。 TEとTEを重ねて、その先に見るものは、いつかの街の風景ではなく、ただひたすら果てのない道が続くという現実(TADAHITASURAHATENONAIMITCHIGATUDUKUTOIU///)…。

ぼくとあなたとの距離というものは
さよなら(さyo-なRぁ)
という何の変哲もない
単なる別れの言葉
の重みを
全く異質なものへと
変えてしまった

「 ふーあー 
         ふーあー? 
           あしたは、まちあわせ、はちじに、はちこう
ふーあー あー、 ちこくはげんきん  ふーあー?
  てをつないで まちを、あるく ふみしめる こんくりー
と      の   みち        あしたは 
  はれ ですか?                          ふーあー?  
  ふーーーーーーーーー ふふふふふーーーーー
これは わらいごえなんかじゃ
ない                    のっ。   ふーぁーa? 」

イーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーNぁ/(否)
忘れ去られた戦場からやってきた
(みすぼらしい)兵隊が
街で発狂する女子高生を確保する
少女性を失わない生物たちは
近所の公園で遊んでいるが
聞き覚えのある音楽が
生物たちに
さよならと言う言葉を
いとも簡単に
吐かせてしまう

だーかーらー




Daaaaaaaaaaaaa…


(あの人はコンクリートが好きだった。夏は熱く、冬は冷たいコンクリートをどうしようもなく愛でていたので、あの人は、あの人の舌で、コンクリートを舐めまわしていた。あの人にとってコンクリートは「まち」そのものであり、また、「せんじょう」でもあり、コンクリートこそがあの人にとって唯一の「素直/SUNAO」なものであった。/並べられたアルファベットは崩壊した。もはや、AtoZの順番は守られることなく、バラバラのジグソーパズルのごとき(ごーとーきー)秩序の無さで、ぼくときみ、と、の、キョ、リ、ハ、マスマス ト オ ク ナル/ノデス。)


いん ざ びゅーてぃふる わーるど

  葛西佑也

お昼のテレビドラマはその存在が
ストーリー以上に残酷でした
いつか終わってしまいますから」
粘着質な食べ物を好んで食っている
肌つやだけはとびきりよい
年齢不詳の女が言った
ジンジャーエールの入ったグラスを
唇まで引き寄せると
ぼくの手の甲に水滴がニ、三滴
落下したのは言うまでもありません
「ちょっとここは暑くはありませんか?
 

ぼくたちはなぞの疫病でした/です
それは飢えと呼ばれるものに良く似ているのですが
豊かさの反対ではありません
明日になれば世界中の鳥たちが行方不明になり
彼/彼女たちの鳴き声だけが響くでしょう
鳥たちは疫病を運んでくれる
いくつもの河、を、超えて
それは彼/彼女たちにとって
死を意味しました/します
しかし、このこと と 死 を 怖れない こと と は こと なる こと なの
でした/です/が、
ぼくたちはいくつもの勘違いを抱え込んいる生き物なので
これも小さな、小さな勘違いのひとつなのかもしれません

夕暮れ
羽音と鳴き声が出発を教えてくれます
写真の中のお母さんにキスをします/しました
(このことは絶対に秘密ですよ)
涙が頬を伝い世界が紅くそまり
ぼくたちはみんなで歌いました
いっそ盲目であればいいのに
と願ったのはこのときがはじめてではありませんでした

砂嵐
ぼくたちはここで生まれる/生まれました
すべての生命の源がここにはあります
すべての名づけがここにあります
あの人は そっと耳元で ささやきました
(ぼくの名前
そうして、生まれたのがぼくでした
ぼくはぼくの名前によってぼくになりました
あの人がそうだったように
酔っ払った若者は職務質問を受けています
制服を着た男の顔は よく見ると
ただの点の集合でしかありませんでした
結んで線にして形を作ったのは一体だれだったのでしょう/か?

ずっと幼い時から鏡が大好きでした
残酷なところ
嘘つきなところ
おしゃべりなところ……
ましろな二の腕から 血 が
流れ出しています
どうやら蚊にさされた場所を
掻き毟り過ぎたようで
紅く染まった爪をちょっぴり噛むと
なつかしい味がしました。


思考停止

  葛西佑也

夏の気配と湿気とが
充満するこの部屋で、
私は思う
六月は麻痺している、と。
ベッドの上で横になっていると、
爪先や指先や腹筋、
恥骨までもが渇いた息吹に
やられてしまう。
どうしようもなく痺れている。

私にははっきりと
伝えたいことがあるのに、
声を発しようとすると、
横隔膜が邪魔をする。
もたもたしていると、
迫り来る水気が
すべてを流し去ってしまう
一刻の猶予もない
なのになのに、
私の下腹部では
大洪水の前の静けさが。

東から日が昇る頃、
私は西を向いて大きく息を吸い
西へ日が沈む頃、
私は東を向いて大きくため息をつく。
一日とはそういうものだ。
私の伝えたいことは、
水平線のはるか遠くにまで
遠ざかってしまう。

お腹の中では、
それはずっとずっと
奥深くに
押し込められて
圧迫されて
二酸化炭素に変えられてしまう。
私には光合成なんてできないのに。

雨が降れば
私は憂鬱になる
待ち望んでいたものを、
あっさりと手放して
しまいそうだ。
私はすべてを六月のせいにて
私は思う
六月は麻痺している、と。


クリティカル

  葛西佑也

く、うるしい? ふーあー。く、うるしい?

ふーあー。メール見たかい? ちゃんと返事してくれなくっちゃ困る、ふーあー。おじさんがベトナム土産をくれたんだよ。アオザイ姿のお人形、三体。アオザイって、長い着物って意味。歩きにくそう? でも、スリットがあるからそうでもないらしい。ほら、人形にもちゃんと、ふーあー。人形だってこんなに楽そうにしているのに。ぼくらって馬鹿みたい。く、うるしい? ちゃんと返事くれなくっちゃ。」



セックスが一通り終って、減速的なキスをする。遠慮がちに浸入させた舌にきみが応える。「ぼく、きみのすべてが欲しいんだ」

「全部あなたのもの、なっちゃったら、わたしってものがなくなっちゃうじゃないの」

触れたシーツはまだ湿っていて、あんなに激しかったのにと思いながら、最後にもう一度だけきみの水分を奪いはじめる。ふたりとも何もまとっていないということで、ぼくはぼくをまとい、きみはきみをまとっている。(コンドーム一枚で世界を変えることのできる夜もあるかもしれないね?)



ベトナムって遠いの? 東南アジアだよね?

ホーチミンって街があるでしょう。覚えてるよね、一緒に見にいったじゃん。ミス・サイゴンってミュージカル。そう、あの時、飽きちゃって隣で寝ていたのきみでしょう? 感動的なお話だったのに。あんなに大きな口あけてさ、ふーあー。く、うるしい?/ミュージカルは何言ってるのか、聞き取り難いから、キライ!/なら、先に断ってくれたらよかったのに。ふーあー、ぼくも歌っているみたいな喋り方するから、嫌われちゃったかしらん?」



きみが吸い出したマイルドセブンの副流煙はすべてをさらっていった。ぼくも、まきこまれて、ふくりゅうえ、/きみの中はもうあたたかくはない、あたたかくは。美しいものだけで取り繕われたこの世界は、そこに住まう人々でも感じ取れるくらいに躍動的な伸縮を繰り返しいる。伸縮リズムは不規則で、忘れていたはずの名前を刻んでいる/ん、にまきこまれてぼくは、もう、きみとは永遠の別れなのだと思っている。



「昨日抱いた女の名前だって覚えてないくせに!」 

深夜のラジオが不意につぶやいた。きみと出会う前は、毎晩ひとりラジオを聞いていたのかも知れなかった。

「セーフセックス、セーフセックス、コンドームはしっかり着けよう。コンドームはしっかり着けよう。コンドーム、コンドーム、今度産む?む?」

ラジオは独り言をやめなかった。ぼくをうんざりさせるのがラジオの目的だったから。それは、今思うと、きみが吸っているマイルドセブンの副流煙と同じようなものなのだろう。



ふーあー、アオザイを着てみないかい? きっときみなら似合うと思うんだけど。民族衣装をまとってみたら、きっと世界が変るよ。まだ、く、うるしい? ぼくはぼくを脱ぎ捨てるから、きみもきみを脱ぎ捨ててしまうといいよ。アオザイはスリット入りだから、動きやすいし。ふーあー。アオザイは男性用もあるらしいから、ちょうどよかったよね。もちろん、コンドームはまとったまんま。それは、当然。/ラジオがうるさかったからね。なんも変ったりしない?/にしても、よかった。実は、ぼくも、く、うるしかったんだ、ずっと。これでなんか、すっきりしたよ。ところで、ふーあー。ぼくは現状把握が苦手なんだけど/世界の伸縮なんて無意味さ/、ふーあー、ふーあーゆー?」


てんの桜/地の子宮

  葛西佑也

桜は一年中咲いている?/散っている?/んですよ。都内某所、高層マンション三十四階のベランダで上空から、舞い降りてくる花びらをずっと眺めていた。昨夜、繁華街ですれ違った男子学生集団のひとりは、作動しなくなったATMの前に寝そべっていた。こんな日には、冬の空気が澄んでいるのが気味悪く感じられて、桜が散るより一足先にすべてを放棄しても良いのだと自分に言い聞かせた。


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愛する人を悲しませてしまったことや、信じてくれた人たちに嘘をついていたことや、ぼくがあの子宮に与えてしまった影響のことや、サラサラサラ 、サラ、サラサラ、サラ、サラサラ、さらに、思い出すときりがなかった。あの子宮にたどり着いた、たくさんの桜の種たちは湿気に弱い性質を持っていて、そのほとんどが全滅してしまったことは、特に記憶に新しかった。ぼくが幼い頃、絵本を読んでくれている母の隣で、「さいて さいて 咲いて! 咲いて! 裂いて! 裂かないで! 咲かないで!」必死に願っていたのもまだ最近のような気がしてきた。/ATMの前で寝そべっていた男子学生が、夢の中ではあの子宮の中を彷徨っていた。道がないという条件は一見不利に見えて、自由度が高いという点では、この上なく彼にとっては好都合だった。彼は子宮の一番奥深いところで、「わたし ひとり しゃ ねがえり うてないの」と変った甘え方をする女に出会った。(彼は性にしかリアルを感じることができない)それから、彼はこの女と後何回キスするのか考えずにはいられなくなった。サラサラサラ 、サラ、サラサラ、サラ、サラサラ、さらに、


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/春を待てないせっかちなひとびとが、都内某所、高層マンション三十四階のベランダに集まっている。その集合は、一枚のマントのようだと、桜には思えただろう。その汚らしいマントの上に降り積もる、花びらのいちまいいちまいから、またあたらしい命がはじまろうとしてい、る。


波紋、きみは指先の感触を知らなかった

  葛西佑也

   とおいとおい湖、の、《水》の中に手を入れて、触れてくださ
   い。ぼくに。水面に触れた 瞬間、指先、世界が揺らいだ。あ
   なたはおぼろげにしか、ぼくを見ることが出来ない/いつも、
   抽象的でありたかった。ぼくの家は湖の浅瀬の近くにあるので
   すよ


   。あなたの前では/ 指をぬらした記憶を、夜の街、信号機で
   足を止めた、そのたびに思い出してください。爪先から滴り始
   めた、いつも。湿気を朝まで残して、気だるい寝癖をなおすた
   めに顔を髪の毛に埋める、空は案外近かった/のですね。



   湖で泳ぐ少女たち  自らの薄っぺらい爪を
 噛みつづけている 粉 々 に砕かれた爪を
 息  継 ぎ に紛らわせ  水面に浮かべる
  それから、少女たちは一斉に岸辺へ向って
    掬いあげられた水たちは 危険性を
孕みながら 空に近づいた


   /静寂に包まれた湖では、夕暮れに残された僕の影たちがかす
   かに揺らぎながら、お互いに見つめあい続けている、けれども、
   決して触れ合うことはありません。そうして、影は拡張し続け
   て、空までの距離を縮めるのでしょう、今日も、明日も 水面
   がかすかに指先を求め続けるのです。


みず (MiZu)

  葛西佑也











   やわらかな水
   になることも
   できず私は今
   日もあなたを
   潤すことがで
   きないでいる

         手をにぎって
         欲しかったの
         ただ指先にふ
         れてくれるだ
         けそれだけで
         
     とつぶやくあ
     なたの枯れて
     しまった涙ほ
     どさえにもあ
     なたを満たす
     ことができな
     い私は未だ決
     してやわらか
     な水ではあり
     ませんでした

   あ、あふれています
 もう、とどめようが無いのです
     私たちは溢れているのです
   手遅れでした
      口づけをするには 遅すぎました
   あなたが どこか遠くへ行ってしまう 前に
    私 は、
 距離感を失いました
   あなたに触れることさえも
           できないのです
     せめて水面の奥底
       かすかに映る あなたの顔を
      壊さないで下さい

    指先で水面に
    触れた瞬間す
    べての湿気は
    私たちが愛し
    合った日々に
    変りあふれだ
    し私はそれで
    も決してやわ
    らかい水では
    ありません。


ちいさく ちいさい ちいさくて

  葛西佑也

昔から方向音痴だった。『なんとか通り』に面している建物です
だなんて言われても、道の名前なんて覚えていないし、自分が何通
りを歩いているのか分からなくて、いつまでも目的地にはたどり着
けなかった/ずっと前から探し続けている思い出も、『なんとか通
り』に落として来てしまったらしいのだけど、見つからなくって新
宿の伊勢丹まで買いに行った。似たようなものを見つけてもメイド
イン外国だったり、妙に高級感があったりでぼくが探しているやつ
とはなんかが違っていた/国産で庶民っぽくて値段もリーズナブル
だったという記憶だけはあるのだけれども、形だとか色だとかは全
く思い出せなかった。
 
 
 満員電車にゆられてクタクタになって家に帰った。渇いてしまっ
た口の中を潤すために、冷蔵庫を開け閉めしたり、食器棚からコッ
プを取り出したり、そんな日常的な動作のひとつひとつがなんだか
妙に可笑しく感じられてひとりで小さく笑った。これがちいさな幸
せなのだとしたら、いつまでも続いて欲しいなと切実に思った/テ
レビの上に飾られた写真をずっと眺めていたら、写真の中の人々が
動き始めたように感じた。それからはじめて、ぼくたち家族四人が
写っているのだと分かった。いつの写真なのかは思い出せなかった
けれど、なんとなくこの写真に写っている場所が『なんとか通り』
な気がした。今日の夜ご飯はクリームシチューだというので、ぼく
も野菜を切る作業を手伝おうと思った。おいしくなあれ、おいしく
なあれと、小躍りしながら、時間は止まらずに流れ続けている。


いちじつ

  葛西佑也

もう雨には濡れたくはないのです
弱り切った身体を死に至らしめるには
十分すぎるほどに冷たかったその日の雨
ぼくはごくありきたりの苦悩を抱えて
(生きている意味がぼくにはあるのですか)
梅雨の長雨に打たれて、
知らない街の知らない道を
ただひたすらに歩いていました。

「やまない雨はない」
「雨に宿りがつくと、あま になる」
「……」

「久しぶりだね」を生温かい夜の風に乗せて突き付けてきたあなたに、「久しぶりだね」とそのまま反復して返しました。絡められた指がほどけて、役に立たなくなった電子機械は地面に落下する、その、瞬間。
(音はない)

昨日会ったばかりなのに
「久しぶりだね」なんて
おかしいんじゃないの?
そう思ったのはほんの一瞬で
ぼくたちは
その短いフレーズで
全て了解しあった/のです。

……不在着信二件、先ほどまでそのように表示されていた携帯電話のディスプレイは、今ではすっかり寂しくなった。
たくさんのものを失いすぎたぼくたちは、もう「無」と呼ぶには溢れすぎていて、あふ、れ過ぎて、い、て、なにも始めることのできぬまま、夜が明けるのを何度も何度も待ち続けるだけなのです/でした。(誰かが言ってたんだ、「ぼくたちは待つことをわすれてしまった」って。でもね、断言するよ。忘れてなんかいない。忘れてなんか。ぼくたちはいつだって待っているんだ。ひたすら。ただ、ひたすらに。ほら、たとえば雨がやむのとか、夜が明けるのとか……)

街を歩けば国籍不明の男たちが大声で歌っている、彼らはもうすでに少年ではありません/でした。(いつかの少年は女装をしていた。正確にはもう少年という年齢ではなく、女装をすることによって女装をした少年のように見える青年になっていたんだ)
歌声は音声であり、音色からは色が失われ、切り取られたたくさんの風景があちらこちらにちりばめられてい、る。

もう、いやだよ、

と誰かがつぶやいて、ねぇ/聞こえますか?お電話の向こうのあなた/ねぇ、聞こえますか?どんなに悩んでいたって、眠気には勝てないよ。

男たちは大合唱をやめて、ぼくの前を無言で通り過ぎていくのです/でした。(かれらはぼくを軽蔑するような目線で……ああ……)
ぼくには彼らのことばがわからないけれども、少なくとも彼らの考えていることはわかる。これは通じ合っているということではない/ありません、雲の間から差してくる夕日の、日差しのその光度如何で、ぼくたちの明日が決められてたまるか!

落下したら電子機器からは音声ではなく、声が歌うような声が、ぼくを染める声が、ひびいてい、る。
「負けんな」
「負けんな」
「負けんな」
「負けんな」

役に立たなくなったと思い込んでいたそいつを拾い上げて、電池パックのある面をズボンの太もものあたりに擦りつける、それからぼくは
「久しぶりだね」とひとことだけ言ってみた/る。


朝にのぼせる

  葛西佑也

うまれてきてしまってから今までの間に
どれだけの嘘をついてきたのだろう
ひとつ ふたつ みっつ よつ……
「正」の字を書いて数える
広がる無数の「正」の字が私の前に広がり
思わず正義とは何だろうかという議論を
頭の中で繰り広げる
そういうタイプのやつが
一番嫌いだったはずなのに

(世間では簡単に
うざいと片付けられる
無数の言葉の残骸に埋もれてしまったものを
掘り起こす考古学者の
血の滲むような
努力
を讃えて。)

四画目を書こうとして急にペンを止める
周囲を見渡せば ほこり臭いヒーターが
こちらを見て不審音を響かせているだけで
他には何もなかった
(正確には、古びたヒーターと
鳴らない電話機と
見知らぬ女の足だけが
無機質に置いてあったのだが)
もちろんこの世界には「正義」などというものは
存在しておらず
いや、むしろ、生み出されておらず、
私の首筋を汗が流れていく
ゆっくり、と、ゆっくり、
と 指先で 水滴をなぞってから
口に含む
塩分が安心を生み出す

背中に文字を書き合って遊んだ
「ねぇ、なんて書いたかあててみて」
「え、わかんないよ、え、もう一回」
「だから、こう……」
「もっと、ゆっくり」
「じゃあ、これで、最後……はい」
正しさとは指先にあった
背中と指先との接点のあたたかさに
うれし泣きと言う時に
泣くと言うことからかなしみが
のぞかれてしまうように
皮膚と皮膚が触れあうとき
ぼくのからだからは
嘘という嘘が……

バスタブ一杯にためたお湯の中に
地中海土産のバスソルトをおとし入れる
気泡が浮き上がり
一瞬、白濁する
からだをしずめた、
ぼくのからだに接触する
お湯の中で自分の腕に、
「正」の字を書いてみる
泡がはじけて、水にかえった
ぼくたちにとっての安心とは
こういうことだったのか、と
安心する


祈り

  葛西佑也

信頼するということを知らずに
疑うと言うことを知らずに
私は大人になってしまった
スプーンで砂糖を山もりに掬って
さらさら、さらさらと
ティーカップの中に落とし込んでいく
広がる香りの豊かさは
人格の貧弱さを補うものではなく、
私とあなたの距離感を忘れさせてくれる
世間一般の癒しのようであって、
覚めてはいない夢の続きのようなものであった

お父さん、お母さん、ごめんなさい
私のような不孝な息子は
いっそ死んだ方がよいのです
今度満月を目撃したなら
私は私の命を絶ちかねないのです
ごめんなさい
お父さん、お母さん、
私は心の中で、地面に額をついて
謝罪しているのです
このトレンチコートは、
おじい様とおばあ様のお仏壇に捧げたいと
本心から考えております
今度、銀座でお線香を買ってまいります
すべては今さらですが
雨の日に濡れて歩いてから
傘をさし始めるのが私と言う人間なのです
人は私を馬鹿だと言うこともあります
雪道を革靴で歩いて
中まで染みる、靴はダメになる
凍え死にそうになると
自業自得の災難に遭遇することなど日常茶飯事なのでした

異国のパリと言う街に暮らす友人に
今度パリに行くから案内を頼むと伝えたら
君にはパリは危険だから
やめておいたほうがよいでしょう
代わりにドライフラワーを差し上げますと
水分を思い切り奪われた
死んだ花を贈られた
誠実に贈られた、その死物は
私の部屋に飾られて
一緒に寝ていたあの人が
きれいなお花だね
とつぶやいてくれたことが原因で
もう二度とその人と会うことはなかったのでした

一緒に暮らそうよ
玄関にはいつも新鮮な花を飾るんだ
気持ちがよいからね
それと、お気に入りのアロマをたこうよ
家具も選びに行かないと
IKEAがいいよねきっと
一瞬、それらすべての台詞が
古びたラジオから聞こえてくるような気がして
私はラジオの音量調節のためのつまみを
親指を人差指とで挟み込み
少しずつ少しずつひねっていくのでした
それと同時にこの数カ月の出来事を思い出していくのです
私の罪深い人生のうちの数カ月はラジオの音と同じように
小さくなっていくのです
結局、無責任な人間なのでした
知らない人からの手紙をシュレッダーにかけました
それは何かへの別れだったのです
あるいは、別れたつもりだったのです
しかし、このことは私だけの秘密です
決して口外してはなりません

トレンチコートの裏地は宇宙の柄でした。
それは紛れもなく、星々でありました
手を伸ばせば届くものでした
気がつかないほどに薄いシミが
美しい裏地を汚しています。


Y.S.L

  葛西佑也

ねぇ、宇宙ってどんなところ?
まあるいの?
ねぇ、宇宙ってどんなところ?
まあるいの?

否。

手におさまってしまうんだよ。
けれども、ものすごく大きくて、
とてもとても手にはおさまらない。
それでも、手におさまってしまうんだよ。

神楽坂で甘味を食べた
あんずあんみつだった
甘味と酸味。
―ねぇ、キスしない?
―それで、そのあとは?
―いいから、ねぇ、ねぇ。

浮き出ている青筋を指でなぞる
小さな山脈の起伏を確認して
あのひとを受け入れる準備を終えた
口の中の渇きが
一瞬で緩和された。
(不釣り合いな宇宙だ!









*ジョン・ガリアーノ(John Galliano)

パリのビッグメゾンのトップデザイナーが
反ユダヤ的発言で警察に連行され
解雇されてしまった
彼を愛してやまない世界中のファンたちが
嘆き悲しみ
世界からまたひとつファンタジーが
奪われてしまったことを
恨んでいるに違いない
むき出しの肉体に花をそえ
ひたすらに賛美する
夢の国からやってきた幾人もの
騎士たちが
たずさえた剣で
観衆を切り刻む
ぼくたちは彼らを美しき海賊と呼ぶことにしよう
そして、
朝にシャワーを浴びて
イニシャルが刻まれた下着を身に付ける
脱衣所にはシダーの香りが充満し
お髭の手入れに余念はない
このファンタジーが
いつまでもさめてくれなければ
さめてくれなければ
誰か骨をひろってやってくれ
お願いですから



*エディ・スリマン(HEDI SLIMANE)

カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)は
彼の作るものを愛してやまず
その愛の証明のために
自らの肉を削った
ぼくたちはエディ、きみに熱狂した
街には枝みたいにほそっこい足して歩く
黒ずくめの若々しい美少年たちが溢れ
彼らは路地裏でキスをしあったのかもしれない
あるいは
お互いに酔い合って人ごみで
溺れて居たのかも知れない
エディ、街はきみのキャンバスだったはずだ
だから写真を撮るのかい?
ちょっとぐらいウェストがきつくたって
我慢できたんだから
帰ってきておくれよ
反骨精神を
美学を与えるだけ与えて
放置だなんて
普通の人がするプレイじゃないよ
恵比寿のバーできみの噂を毎晩のようにした
シャンディガフがおいしかったと思う
それでもぼくは
きみの後継者をきみ以上に
愛しているよ
だから、あるいみ感謝しているんだ
ああ、
たそがれている
知らない海で



*クリス・ヴァン・アッシュ(KRIS VAN ASSCHE)

クラシカルでエレガント
狂おしいほどに美しく、クール
灰色の町から一人おとこが
田舎道を歩いてやって来る
雨は今にも降りそうで決して降ることはなく
そしてぼくとの距離が縮まり
やがて抱擁する
それは日が暮れるまで続き
聞いたこともない異国の言葉を
お互いに耳元でささやき合う
それからお別れの記しに
きみは着ていたフォーマルジャケットを脱いで
ぼくの肩にかけてくれる
背中を押してくれる
もと来た道を引き返す
雨が降り始める、灰色の雨
しかし、世界はこれまでになく明るく
希望に満ちている
ぼくたちはしなやかにしたたかに
生きていける



*ジル・サンダー(JIL SANDER)

女史、あなたが去ってから
ぼくは悲しみ暮れております
女史、あなたがある日本人と握手をかわすと聞き
ぼくは半分嬉しく、半分悲しくなりました
あなたのミニマリズムも受け継いで
ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)は素晴らしい仕事をしておりますが
やはり、あの時代が懐かしい
シャツの光沢は
栄光と謙遜の象徴であり
美しくも永遠に未亡人である
かの有名な美女の
憂鬱と自らに対する自信の表れでしょうか
何の変哲もないスーツには
哲学があり
それを纏うことの重圧に
押しつぶされる人がおりました
魂は解放され自由になるのでしょうか?
自分自身を見てほしいのか
この美しき纏いものをみてほしいのか
すべてを錯覚するほどに
絶対的な美しさの前に
ひたすらため息ばかりついたあの日に
戻れますでしょうか
女史



*イヴ・サン・ローラン(Yves saint Laurent)

ああ、あなたは間違いなくひとつの歴史を作った
あなたの遺伝子を受け継いで
さまざまな小宇宙が作られた
愛するトム・フォード(TOM FORD)のリブゴーシュに
トムフォードのあのイタリアのビッグメゾンも
あなたがいなければお目にかかれなかったでしょう
やはりあなたは紛れなくモードの帝王なのです
ぼくがインターネットで最も夢中になったのが
あなたのパリコレクションであり
ぼくに息吹を吹き込み目を輝かせたのも
あなたのパリコレクションでありました
さびれた町のとある一軒家の一室で
この世を去って行ったものの骨をひろう
人生で最も大切な出会いは、自分自身との出会い。
と語り、
映画になって、人生になっても
あなたは風化することがない
永遠に、狂気の中で一緒に踊ってはくださいませんか
ワイングラスにうっすらと
唇の跡が残り
口の中に広がる酸味は
何かを分解した
気がつけばなみだがほほをつたって
ぼくの顔の細胞らしきものが
破壊された
もういちど生まれたい
裸のままで生まれたい
くるおしい。






ジョンガリアーノ
http://www.johngalliano.com/

エディ・スリマン
http://www.hedislimane.com/

カール・ラガーフェルド
http://www.karllagerfeld.com/

クリス・ヴァン・アッシュ
http://www.krisvanassche.com/

ジル・サンダー
http://www.jilsander.com/

ラフ・シモンズ
http://www.rafsimons.com/

イヴ・サン・ローラン
http://www.ysl.com/

トム・フォード
http://www.tomford.com/


デフォルマシオン

  葛西佑也

きみたちは死んだ、
これがぼくの最後のことばだとしらなかったから
ちいさいころに公園で転んで、血を流した
あの赤と同じような日差しがカーテンの隙間からぼくにさし
水分を奪っていく、干からびたのは言動だけではなく
単純にこのおからだのうるおいでもあったのだろう

面白いことも言えないし
きみたちをよろこばせることもできないから
ぼくはもう口を開くことをやめて
目を動かそうと思うんだ
兼愛の精神でもってね
祖母の遺影の前には
常に新しい花が供えてあって
それの御蔭で父さんの背中は風化しない
砂場で作った楼閣のようなものは
いじめっ子によって崩れさる
響くのはたてものの崩壊音ではなくて
あの憎たらしいガキ大将が発する
謎の効果音だけだった
空にしたはずのペットボトルの中には
わずかな水気が残っており
光が乱反射する
それは万華鏡だと言ったら大げさだろうが
今のぼくにとっては十分にうつくしいものだと言えるはずだ
暗闇の中で無数の虫のようにうごめいて
あちこちかきむしっていたあの日に比べたら
ぼくときみたちはなんて幸せなんだろう
その証拠に最後のことばなんてものを送ろうと言うんだから

一緒に墓参りへ行こう
別に論語に毒されたってわけじゃないけれど
御先祖様を大切にしてみようって思ったんだ
いつかの思い出で咲き乱れていたあのまぶしいお花畑は
きっと墓場の隣の空き地で
ぼくが恋をする相手はそこの住職さんかもしれない
あるいは住職さんがぼくを弄るのかもしれないし
そのどちらでもよいのだけれども
きっとおばあちゃんは泣くだろうし
おかあさんは絶望するに違いないんだ
でも、きみたちはしあわせだろう
ぼくが詩をやめたなら

夏場にもこもこのセーターをきて
それがいくら鮮やかな七色だって
きっと清少納言にすさまじきものだって一蹴されるに決まってるんだ
お前がいくらおしゃれだと思っていても
それは、バケツの中で泳いでいたあのおたまじゃくしくらいに
哀れなんだ
そう、近所の女の子が
無数のおたまじゃくしを取ってきて
バケツの中に放り込み
真夏のくそ暑い日に家の外に放置して
挙句の果てにボール遊びをしていたら
バケツをひっくり返した
すべてが干からびて
どうなったのかわからないけれども
ぼくの膝からは甘酸っぱい血が流れてた

どうして甘酸っぱいってわかるのか?
それはあの子が舐めて教えてくれたんだ
ぼくたちはいつも放課後にお互いの味を確かめ合った
すくなくとも、当時おもいつく身体のあらゆる味を確かめ合った
そうしてぼくたちはちゃんと味のある人間なんだね
そうだよ、味の無い人間なんて最悪なんだと
笑いながら話していたんだ

そうだ、大橋君の話をしよう
ぼくと大橋君はいつも返り道に神様ごっこをした
お互いにいろいろな神様を作りだし
戦い合うんだった
ぼくは君の作りだす独創的な神々に恋をした
そして嫉妬した
とにかく君を辱めてやりたいそう思っていたのかもしれないし
あるいはなんらかの恋愛感情だったのかもしれない
結局、ある日大橋君が立ちションをして
ぼくは夢の中で溺死してしまったのだった
神様はたすけてくれはしないし
ノアの方舟なんてそのときはしらなかったんだから

ああ、やになってしまうな
どうしてこうも書くことがないんだろうな
叫びたいこともないんだろうな
まともに生きさせてくれよ、なあ、きみたち
宇宙ってひろいんだろう?
って、よくわかってないくせに頷いてるのはよくないぞ

つれづれならぬままに、
ひぐらしPCに向かひてこころに移りゆくよしなしごとを、
そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ。

闇夜に光る無気味な画面
健全なものが映し出され
それはあらゆるリアルを流し去る
夢ならば覚めないでほしい
けれども、
夢にも現にも君には逢えないし
ぼくのとある部分できみに触れたところで
なにも応えてはくれないんだもの

部屋の観葉植物が枯れている
右も左もわからなくなった
この狭く住み慣れた空間で
ぼくは迷子になってしまった
少なくとも傷口を舐め合うことはできなくなったし
裸体を傷つけることもできなくなった
干からびて死ぬこともないけれど、
あのときのような潤いもないだろう
そして絶望を重ねたくないから
あらゆるものを遮断したくなった
というふりをする
そうして期待通りの出会いをしていく
いつになったら最後のことばを吐けるのか
ぼくたちときみたちはおそらく幸せだ
だってこれがぼくの最後のことばだ

とりあえず、もう書くことはやめにしないか
そうしないか


約束

  葛西佑也

ぼくたちは夕暮れに会うことにしている
空気がちょうど冷え始めて
息遣いの変わる頃
あの角度で日が射してきて
お互いの表情を背景に滲ませる
反転する。

君の顔はもうなかった
溶け出している
飲みかけのペットボトルのお茶の中
赤茶けた光が乱反射して
五本しかない指を飲み込んでいく
もう片方の五本しかない指で
体の半分の方に手を伸ばそうとする
それはからだのはんぶんであって
具体的などこなのかは
ぼくたちには分かるすべも無く
五本しかない指をお互いのからだを
まさぐるためだけに用いている
いつだったか
それを無駄なことだと言った人は
今は老人ホームで暮らしているそうだ
きっとヒゲを生やして
錆びたような肌色に違いない
いや 違いなかったのだ
それでいて 彼には爪を噛む癖があったのだ
唇から溢れ出しているのは
色の出来すぎた紅茶みたいな
水飴状のやつだった

ぼくたちはよくからだを分解しあって遊んでいた
白檀の香りのする匂い袋がいつも胸ポケットにあって
「好きな香りなんだ、嗅ぐ?」といつも君は聞いてきた
それから気がつくとぼくたちは分解をしあった
そこからはあくまで機械的に 規則的に
そして 反射的に
分解しあった
それから一瞬目の前が赤く染まる
それから一瞬目の前が白濁する
天を仰ぎ見ているだけのぼくに対して
君は その鋭い目でこちらを睨みつけていた
(それは昔飼っていた愛犬の
 亡くなる前日に一瞬見せた
 あの目であった
 黒目を限りなく小さくして
 その周囲を限りなく白濁させた
 模型のような)

君は弟を一緒に分解しようと言って
ぼくらはそれ以来 夕暮れに会うことをやめた
今では 五本だけの指をすっかりうしなって
にんげんに触れることができなくなってしまった
失った指の先は土色になっていた
それは今 あの人がくわえている指だ
それは今 あの人がしゃぶっている指だ
それは今 紛れも無くぼくの指だ


ひとりごと、星屑、断片。

  葛西佑也

道徳と損得勘定は別だと誰かが言った。
人の痛みや人の屈辱によって快楽を得るということほど、自らの弱さを物語るものはないだろう。暴力性や猟奇性を一面的に見て、それを異常であるとして片付けるのであれば、愚かであるとしか言いようがない。そこにある我々の弱さを見つめることの価値を考えなければならない。痛みの意味もそこにある。ぼくらの日常言語を軽く見てはならない ぼくらの日常は立派に詩になりうる あの時のキスも あの時一緒に過ごした夜も どんな文学より どんな詩より どんな演劇よりも 詩的であった だから、わたしは君との時間を文学と名付けた 読書にも勝る喜びを知った そうして宇宙が形成された 昔話細長い指でピアノを弾いていた 時期に指は切断された 夕暮れの影によって 冬の寒い日であった 次の日は演奏会だというので遅くまで練習をしていた あたたかな毛布にくるまれながら 目には涙を浮かべていた 影とわたしが同化していくのをかすかに感じた 飲み物が喉を通らない そういう瞬間がやまない雨も あけない夜も ないという けれども こころのなかであれば 実はやまない雨も あけない夜も 存在してしまうという不幸を君はしらない ほんとうに雨がやまないのだ 夜もあけることがないのだ わたしはどうしたらよいのだ わたしにやまない雨もあけない夜もないといえるのか伝わらないと悩んでいるのか それはおかしいではないか そもそも伝わらないのだ だからこそ言葉があるのだ 言葉は伝えるための道具であったかもしれないが 伝わることを保証するものではないなんて簡単なことも君にはわからないのか 大切なのは記号なんかじゃないんだ もっと大切なものを知ろう手をつなぐことの本当の意味さえも分からずに 接吻をする罪深きものたちには 愛のないセックスなど理解できるはずがない 夢の中でぼくたちは麻薬吸っているようなものなのだ それは夢想ではない しかし、現実でもない 水に手を入れて引き上げたとき 指と指の間をすり抜けていく水気  湿り気空白を埋めるために頑張っているという勘違いをもうやめよう 空白を埋めるために空白を作り続けるその愚かな君の頭を ぶちぬいてやろう 口をあけてあの人の性器でもくわえていればいい 悟りは実はそういう時に訪れるものなんだ 君はなにもわかっちゃいなかった 神秘のことも含めて 失うのは君だ毛布に埋もれた あの人を感じるのだ そこにこそある種の神秘があった 聖地とは実は君たちのこころにあるんだ 人の数ほど聖地があるとかそんな嘘をつくつもりで言ってるんじゃない 湿ったこの毛布が聖地になる可能性を だれもが認識しておくべきだと言ってるんだ 雨の日のすこし湿ったあの香りが/宇宙とは宇宙観のことだ 実際にその構造がどうなっているかなど私には興味がない 宇宙観を用意せよ そしてそれに自信/自身を合わせていくのだ それが可能か否かで 私たちが救われるか否かが決まるのだ 宇宙観を想定できないところには 救いは無いのだ 救われたいと願うだけではいけないのだ 男はクラミジアだといった そんなことはどうでもよかったのだ それよりもその足の指がさみしそうだったことに その声がしゃがれそうだったことに ああ、君にはそんなこともわからなかったのか 絶望とはその先にある真実のもう一歩手前の 物語の序章のようなものだというのに 君は恋をしなさい「ここは盛り場だ」「君の舌を切り落とそう」「今日は何をして遊ぼうか」群衆の声が切り落とされてバラ売りにされているようだ 銃刀法違反で同級生は捕まった 世界の終わる日にだ それは予言で言われるようなものではなく ほんとうにぼくにはそう感じられたのでそう言った コンドームを買おうよ、うああああ、男も女も死んでいく。形のあるものはいつか滅びるなどと言う。形のないものだって滅びゆくのだ。滅びないのは本当の意味で存在しないものだけだ。けれども、そんなものが存在するのかどうなのか、あるとしてもどんな意味があるのか。つまり、滅びないものに意味などないのだ。差し伸べた手をつかむ勇気が必要であった。救いとは時に残酷だ。差し伸べられた手をつかむ勇気、それをする体力さえもないときにそれは絶望よりもさらに残酷な絶望になる。本当に追い詰められた、本当の意味で追い詰められた人にしかわからない。私はきっと差し伸べられた手の指を順番に噛み/髪ちぎるだろう。女は死んだ。私の笑顔をだれも理解できないのよといいながら笑顔で死んだ。芸術家の卵であった。それからその死体はそのまま路上で放置されて芸術作品になった。彼女の乳首を切り取ってもって帰ってきた。左側だけ。それは不思議と腐ってはいない。けれども彼女は魂までも腐ってしまった。さあ、お迎え、男だって女だって星の数ほどいるだろう。股間だって星の数ほどあるだろう。それは実は嘘だ。だって星の数のほうがはるかに多いのだから。それはいいとして、たしかに比喩的ではあっても星の数ほど男女がいるとして、それでも恵まれた出会いがないなんて、なんの慰めにもならないではないか。むしろ絶望なのかしらんらんらん。損得勘定なんてやめてしまえと君は言ったが、その君の損得勘定をやめようという判断は損得勘定ではないのか。君が悪いことだと信じていることの大半は人間の根本的な側面ではないか。そういう君こそが損得勘定をする人間の模範ではないか。君のように模範的な人間こそがぼくにとっては羨ましいのだ。空間という言葉は便利だ そこには距離があるのだろう 暗闇、視覚が殺される事をまだ知らないやつらの戯れ言さ。空間という言葉によって君たちは本質を隠そうとする なんとか空間という言い回しを万能だと勘違いしている そう言うと、君たちはぼくの言う本質とは何かと反論するのだろう しかし、それ自体が愚問である そのような反論には本質などないのだ 中身のなさを隠したいだけだだから今日という日があるんだ 家という残酷な場所で今日という日を迎えるのだ ぼくたちが開放されることはない 世界は広いようで狭く 複雑なようで単純で あらゆるものをこんがらせるのが得意なぼくたちの独壇場なのだ そうやって一人よがりな舞台をいつまで続ける気なのか 絶望に似ているよ!!泣き叫べATMの前で 膝を折っている女は負傷している 不意に名前をよんだが誰も気がつきはしない きっと数年前に忘れてしまったのだ 燃えているのはいつかの家であった 思い出の中で焼失している 失われるのはいつだって思い出の中だ 現実には何も失われないし変わりもしない 発見とはそれだけで神秘だとあなたが言った 半分は嘘であったが 半分は真実であった 神秘とはそれ自体がまやかしのようなもので 私を騙す無数のペテン師たちが みたこともない動物の話で場を盛り上げる 切り取られてしまった君の歯茎は どこかの美術館に展示されているという そんな噂を聞くたった一人生まれでた 生まれでなかった無数の者たちの分ま/でも、宇宙の法則には従わず、宵の約束は破られて 闇に葬られたのは事実ではなく 語られることのない仮定であり過程であった 指先で確認できることの少なさと言葉で表現することの限界に打ちひしがれてただ見つけることしかできない


ラジオネーム

  葛西佑也

髪結いの亭主が呟いていた。正確には、その男の代弁者が呟いていた。ああでもない、こうでもないと社会の不条理とやらを語っていたのだ。決して雄弁ではなく、洗練されているわけでもなく、部屋に芳香スプレーでも吹き付けているときみたいなあんな音の声で、あるいは……欲望を満たした先の満たされなさのその空虚を彼は知っている

目玉が飛び出そうなこの目の前の男は弁護士である。誰の情報も知らないくせに、個人再生だの任意整理だのといつものたまって、人の前に姿をあらわすのは決まってたったの50秒なのである。それ以外の時間については、彼の使い魔なのかなんなのか海のものとも山のものとも知れない薄汚れた生き物たちが、あの人、この人を右から左へ流れ作業で処理をしていく。そうやってダメ人間がよりダメ人間となって、世の中に送り出されるのだから、ここはダメ人間製造工場だ。でも、どうして、ど、う、して、だれも言わないのか/たすけてくれと必死の悲鳴を上げて、つめを立てて、肉をえぐるくらいに、舌を噛み切るくらいに、この世の終わりの形相ではだれも言わないか。


じっじっじぃいいいいいいいいいいいいい じ じっじいじっじいじじじじっじじじじ
   じじじじじじいじっじ*   *じじじじぃぃぃぃぃっぃ
  *じっじじいっじじじじじいじっじいz*
    zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzぃじ


じっじっじぃいいいいいいいいいいいいい じ じっじいじっじいじじじじっじじじじ
   じじじじじじいじっじ*   *じじじじぃぃぃぃぃっぃ
  *じっじじいっじじじじじいじっじいz*
    zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzぃじ


ここで宇宙空間の話をしてあげよう。君たちは見たことがあるかね/あったかね?黄色い花の正体を。われわれから全てを奪い去ってしまうという。その花を、自らの生き血で赤く染めたことがあるかね? 目覚めるたびに、宇宙空間で漂う自分を想像したことがあるかね。いっそ木っ端微塵になればいいとか、そういうことを言ってるんじゃあない。つまらない駄洒落さ、この前食べたコッパが抜群にうまかったからね。なんたらかんたらってシャンパンに抜群にあってた、ビールはエビスだ、ふざけんじゃねぇ、YEBISUだってば。白いほうね。こんな世の中糞食らえだ、で、黄色い花って何なのだ?

君はいつもそうだった。自分は関係ないふりして、誰かの死とか生をは関係ないふりしていきておる/って本当にそう?/いや、違う、ねぇ違うの? つめの中に残された細胞からDNA鑑定しちゃおーか・・・どうやら糖尿病注意らしいよ。




生きるほどの気力もなく死ぬほどの勇気も無くそうやってただ漂って、ただ歩んで、一体何を思うのだろう。少なくともハンドルネーム髪結いの亭主はそんなことを言っていたのだと思う。じっじっじぃいいいいいいいいいいいいい じ じっじいじっじいじじじじっじじじじ
   じじじじじじいじっじ*   *じじじじぃぃぃぃぃっぃ
  *じっじじいっじじじじじいじっじいz*
    zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzぃじ今日も、奴の声が箱の中から響いてくる。それを耳障りだとはもう思わなくなった私のつめの中の細胞を明日はDNA検査にでもだそうかと呟いたところで、何かの電源が切れて、


水のない街

  葛西佑也

私達には何も残されていないのだと彼女は言った
水のない街で湿気ってしまったビスケットを頬張りながら
手持無沙汰をやり過ごす君にはすべての理解は容易ではなかったはずだ
消費しつくされてしまった時間を取り戻すのは難しく
忘却されてしまった道徳のかけらも手のひらにはなく
何も持たぬまま それでも たたかっていかねばならなかった
二割がまっとうな仕事で
八割は法には触れないまでも 
とても誇れるようなもんではないと
君がため息交じりにつぶやいたのは 
たしか去年の秋ではなかったか

残されたキャンディーの袋のねじれをほどけば
そこからまた新たな人間関係が始まった
直感的に知っているのだ
その中身の個体が持つ甘さを
餓えとは甘さへの餓えであった
見えない敵に怯えながら自分自身という甘さに怯えながら
避けることのできない不条理とたたかっていかなければならない
それを人生とか生きるということだと一言で済ませるのならば
済ませることができるのならば
私には言葉はいらない 言葉などすでに必要はなかった


彼女はよく喋る人であったし
私はそんなところに惹かれてもいた
くだらないことで悪事を働くのはハイリスクハイリターンで
やるならば本当にやばいことをしろと
君は言った
その日はなかなか夕日が沈まず
足の指先という指先のすべてから
謎の液体がしたたっていた
それを一本ずつ丁寧に君が拭き取ってくれて
それで君の汗が私のその液体と化学反応をおこした
雄弁で饒舌であっても飯は食えぬ

三歩進んで二歩下がるならばまだましで
私たちは何も進歩してはいなかった
体中の水分という水分は失われてしまった すべて
私たちには何も残されていない
すべてが詩的になったり塵のようになったりもするし
明日になれば何があるのかなんて誰にもわからなかった
答えとかそういうものは用意されていないのだ
あるいはすべて消費し尽されてしまったのかもしれない

途方に暮れながらも
また歩き出す
あてもなく


きっとこの先に水のない街がある


昆虫採集

  葛西佑也

ある夜のことそれは邂逅と言ってよいかもしれない
きっと君はそんな難しい日本語はワカンナイと言うだろうけれど

ぼくは君にはじめての快楽というものを与えた
ぼく自身の手でもって
ぼく自身の口でもって
ぼく自身のこころでもって
それから縫い針でもって君の瞳を突き刺してやることを
欲し 想像し 望み
けれども決してこれを実行に移すことなどなかった
このことをもってして
人はぼくを変態とよぶだろうか
夢に夢中であった 幻想に夢中であった
行動にならないし 言葉にもならない それらを指して
なんと呼ぶことができようか
それらに名前を付けることなど不可能だ
説明はできないけれども
それらは存在している ただ 存在だけがある


カラオケのフリータイムで朝まで歌うことにした
もっとも君はただぼくの横で朝まで寝ていただけだ
君の纏う布の向こう側の毛穴の奥にまで声を届けても
ぐっすりと眠ったままで たまに拍手にならないほどの拍手をする
手と手とゆっくりと合わせるその仕草に対して
ぼくは唾液を何度も飲み込む
無性に喉が渇いてウーロン茶を何杯も飲んでいた
それから隣の部屋からはユーミンだとか尾崎豊だとか
AKBだとかいろいろな歌が聞こえてくるが
今のぼくにとってあらゆる歌詞は単なる記号以下の価値しか持たず
喉を潤し平静を保つことに精いっぱいであった
となりでは「はるよ、こい」という声が響いていた

さて、とある日のこと
ぼくはメモ帳の端きれに連絡先を書きしるして
あの人に渡したのだけれども
いっこうに連絡は来なくて
あれからどのくらいの月日が流れたのかさえも分からない
たまに思い出したふりをしてスマートフォンをいじってみせたりする
画面の上を指がうまく滑ることなど
今までに一度もなかった

閑話休題。

スマートフォンという言葉を使ってしまうことで
このぼくの言葉たちがたとえば数十年後には
古臭いものになってしまうかもしれない
それはそれで構わないと思うのだと
思い出にせよなんにせよ古臭くなって
色褪せていくものだから
そうやって色褪せたり古臭くなってしまうことを
気にかけている時点で
とてもおこがましいのだけれども。


(慇懃無礼って知ってる?
そんな難しい四字熟語、始めて拝見いたしましたですます。
なんとお読みいたしますのでしょうか?)




君には親指の爪を噛む癖があった
だからいつも深爪のような状態である
親指の敏感な部分がいつも湿っている
そこにぼく自身の唇を触れさせるのが
ぼく自身にとっての喜びであった時期もあった
それからどれくらいの月日が流れたのかは忘れてしまったけれども
一緒に見に行くことになっていた映画は
とっくに公開を終えてしまっていることは確かだ
ぼくの手元にはそれとは別の映画のパンフレットが置いてある
「グレート・ビューティー」とある
そういえば君の好きな映画は「甘い生活」ではなかったか


ねぇ、好きな映画は?
「甘い生活」
なぜ?
モノクロだから



説明はできないけれども分かっているということはある
と誰かが言った
君は
説明できなくても分かるってことがあるんだとすれば
分かるってことの意味なんてないも同然だ
と言った
それから分かることと分からない
説明できることと説明できないこと
それらは全部違うんだ
とも君は言った


机が微妙に揺れた
厳密にはスマートフォンのバイブとやらが
机に伝わったようだった
ぼくは硬直した
どうしても画面の上に指を
上手く滑らせることができなくなった
こうしてまた色褪せていく古臭くなっていく
何も覚めない

文学極道

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