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葛西佑也 - 2010年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


てんの桜/地の子宮

  葛西佑也

桜は一年中咲いている?/散っている?/んですよ。都内某所、高層マンション三十四階のベランダで上空から、舞い降りてくる花びらをずっと眺めていた。昨夜、繁華街ですれ違った男子学生集団のひとりは、作動しなくなったATMの前に寝そべっていた。こんな日には、冬の空気が澄んでいるのが気味悪く感じられて、桜が散るより一足先にすべてを放棄しても良いのだと自分に言い聞かせた。


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愛する人を悲しませてしまったことや、信じてくれた人たちに嘘をついていたことや、ぼくがあの子宮に与えてしまった影響のことや、サラサラサラ 、サラ、サラサラ、サラ、サラサラ、さらに、思い出すときりがなかった。あの子宮にたどり着いた、たくさんの桜の種たちは湿気に弱い性質を持っていて、そのほとんどが全滅してしまったことは、特に記憶に新しかった。ぼくが幼い頃、絵本を読んでくれている母の隣で、「さいて さいて 咲いて! 咲いて! 裂いて! 裂かないで! 咲かないで!」必死に願っていたのもまだ最近のような気がしてきた。/ATMの前で寝そべっていた男子学生が、夢の中ではあの子宮の中を彷徨っていた。道がないという条件は一見不利に見えて、自由度が高いという点では、この上なく彼にとっては好都合だった。彼は子宮の一番奥深いところで、「わたし ひとり しゃ ねがえり うてないの」と変った甘え方をする女に出会った。(彼は性にしかリアルを感じることができない)それから、彼はこの女と後何回キスするのか考えずにはいられなくなった。サラサラサラ 、サラ、サラサラ、サラ、サラサラ、さらに、


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/春を待てないせっかちなひとびとが、都内某所、高層マンション三十四階のベランダに集まっている。その集合は、一枚のマントのようだと、桜には思えただろう。その汚らしいマントの上に降り積もる、花びらのいちまいいちまいから、またあたらしい命がはじまろうとしてい、る。


波紋、きみは指先の感触を知らなかった

  葛西佑也

   とおいとおい湖、の、《水》の中に手を入れて、触れてくださ
   い。ぼくに。水面に触れた 瞬間、指先、世界が揺らいだ。あ
   なたはおぼろげにしか、ぼくを見ることが出来ない/いつも、
   抽象的でありたかった。ぼくの家は湖の浅瀬の近くにあるので
   すよ


   。あなたの前では/ 指をぬらした記憶を、夜の街、信号機で
   足を止めた、そのたびに思い出してください。爪先から滴り始
   めた、いつも。湿気を朝まで残して、気だるい寝癖をなおすた
   めに顔を髪の毛に埋める、空は案外近かった/のですね。



   湖で泳ぐ少女たち  自らの薄っぺらい爪を
 噛みつづけている 粉 々 に砕かれた爪を
 息  継 ぎ に紛らわせ  水面に浮かべる
  それから、少女たちは一斉に岸辺へ向って
    掬いあげられた水たちは 危険性を
孕みながら 空に近づいた


   /静寂に包まれた湖では、夕暮れに残された僕の影たちがかす
   かに揺らぎながら、お互いに見つめあい続けている、けれども、
   決して触れ合うことはありません。そうして、影は拡張し続け
   て、空までの距離を縮めるのでしょう、今日も、明日も 水面
   がかすかに指先を求め続けるのです。


みず (MiZu)

  葛西佑也











   やわらかな水
   になることも
   できず私は今
   日もあなたを
   潤すことがで
   きないでいる

         手をにぎって
         欲しかったの
         ただ指先にふ
         れてくれるだ
         けそれだけで
         
     とつぶやくあ
     なたの枯れて
     しまった涙ほ
     どさえにもあ
     なたを満たす
     ことができな
     い私は未だ決
     してやわらか
     な水ではあり
     ませんでした

   あ、あふれています
 もう、とどめようが無いのです
     私たちは溢れているのです
   手遅れでした
      口づけをするには 遅すぎました
   あなたが どこか遠くへ行ってしまう 前に
    私 は、
 距離感を失いました
   あなたに触れることさえも
           できないのです
     せめて水面の奥底
       かすかに映る あなたの顔を
      壊さないで下さい

    指先で水面に
    触れた瞬間す
    べての湿気は
    私たちが愛し
    合った日々に
    変りあふれだ
    し私はそれで
    も決してやわ
    らかい水では
    ありません。


ちいさく ちいさい ちいさくて

  葛西佑也

昔から方向音痴だった。『なんとか通り』に面している建物です
だなんて言われても、道の名前なんて覚えていないし、自分が何通
りを歩いているのか分からなくて、いつまでも目的地にはたどり着
けなかった/ずっと前から探し続けている思い出も、『なんとか通
り』に落として来てしまったらしいのだけど、見つからなくって新
宿の伊勢丹まで買いに行った。似たようなものを見つけてもメイド
イン外国だったり、妙に高級感があったりでぼくが探しているやつ
とはなんかが違っていた/国産で庶民っぽくて値段もリーズナブル
だったという記憶だけはあるのだけれども、形だとか色だとかは全
く思い出せなかった。
 
 
 満員電車にゆられてクタクタになって家に帰った。渇いてしまっ
た口の中を潤すために、冷蔵庫を開け閉めしたり、食器棚からコッ
プを取り出したり、そんな日常的な動作のひとつひとつがなんだか
妙に可笑しく感じられてひとりで小さく笑った。これがちいさな幸
せなのだとしたら、いつまでも続いて欲しいなと切実に思った/テ
レビの上に飾られた写真をずっと眺めていたら、写真の中の人々が
動き始めたように感じた。それからはじめて、ぼくたち家族四人が
写っているのだと分かった。いつの写真なのかは思い出せなかった
けれど、なんとなくこの写真に写っている場所が『なんとか通り』
な気がした。今日の夜ご飯はクリームシチューだというので、ぼく
も野菜を切る作業を手伝おうと思った。おいしくなあれ、おいしく
なあれと、小躍りしながら、時間は止まらずに流れ続けている。

文学極道

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