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2010年04月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


てんの桜/地の子宮

  葛西佑也

桜は一年中咲いている?/散っている?/んですよ。都内某所、高層マンション三十四階のベランダで上空から、舞い降りてくる花びらをずっと眺めていた。昨夜、繁華街ですれ違った男子学生集団のひとりは、作動しなくなったATMの前に寝そべっていた。こんな日には、冬の空気が澄んでいるのが気味悪く感じられて、桜が散るより一足先にすべてを放棄しても良いのだと自分に言い聞かせた。


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愛する人を悲しませてしまったことや、信じてくれた人たちに嘘をついていたことや、ぼくがあの子宮に与えてしまった影響のことや、サラサラサラ 、サラ、サラサラ、サラ、サラサラ、さらに、思い出すときりがなかった。あの子宮にたどり着いた、たくさんの桜の種たちは湿気に弱い性質を持っていて、そのほとんどが全滅してしまったことは、特に記憶に新しかった。ぼくが幼い頃、絵本を読んでくれている母の隣で、「さいて さいて 咲いて! 咲いて! 裂いて! 裂かないで! 咲かないで!」必死に願っていたのもまだ最近のような気がしてきた。/ATMの前で寝そべっていた男子学生が、夢の中ではあの子宮の中を彷徨っていた。道がないという条件は一見不利に見えて、自由度が高いという点では、この上なく彼にとっては好都合だった。彼は子宮の一番奥深いところで、「わたし ひとり しゃ ねがえり うてないの」と変った甘え方をする女に出会った。(彼は性にしかリアルを感じることができない)それから、彼はこの女と後何回キスするのか考えずにはいられなくなった。サラサラサラ 、サラ、サラサラ、サラ、サラサラ、さらに、


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/春を待てないせっかちなひとびとが、都内某所、高層マンション三十四階のベランダに集まっている。その集合は、一枚のマントのようだと、桜には思えただろう。その汚らしいマントの上に降り積もる、花びらのいちまいいちまいから、またあたらしい命がはじまろうとしてい、る。


どこにもいかないで

  ぎんじょうかもめ



きみのおっぱいにしつこく触った夜
それはたくさんの星がふりつづいた夜
ぼくはきみの乳液がながれているんだと
冗談を話しながら きみのおっぱいに触れることをやめず
きみはその間ずっと黙っていた
きみの右と左の乳首がそろって勃起したとき
ひとこと「さよなら」
きみがさびしくそう言ったことを思い出す
それから足の使えないきみを背負うと
約束の丘の上まで上った
そのときになるともう星はふっておらず
代わりに細かな雨がふっていた
頂上にあるベンチにきみを置き去りにすると
ぼくは涙をながしながら一気に丘を下った
そしてまた一気に丘を駆け上るときみを殴った
それが僕らの
「生きる」 という動詞の意味だった
きみは今きれいに折り畳まれて
僕の部屋のクローゼットへ収まっている
そして夜な夜なつぶやいている
どこにもいかないで
どこにもいかないで
そして話す
わたしこのまま眠ったままでいたいよ
夢から覚めれば
ここはきっと海の底なんだ
海の底なんだから
僕はクローゼットを閉める
コーヒーカップを口に運ぶ
窓の外を見る
サクラが咲いている


桜の精と僕

  右肩

 桜の精はガムを噛むのが好き。緑色の厚いジャンパー。前ファスナーを引き上げて一番上へ。その襟元、灰褐色のボアが首を巻く。「ロシアの密漁船で河口まできた。船、どこもションベン臭くて。まいったよ。」「仕方ない。頼んだんだろ?乗せてくれって。」と聞く。うなずいた。桜の精は鼻を啜る。口から出したガム。親指と人差し指でつまむ。しばらく見ている。その丸い塊を彼女は地球と呼びたいらしい。そうかな?「紳士的。あいつらは極めて紳士的だった。」桜の精は言った。体を売った、その具合が悪くなかったということのようだ。「お前はどうなの?」僕の方をちらと見て、言う。意地が悪い。首を回し、底の厚いゴム長靴をボコンと踏み鳴らす。ひゆっ、川へガムを放り捨てている。

 東風の抜ける町。吹く。屋並みが震える。電線、テレビアンテナ。ほらね。ああ、みな震える。砂塵が立つ。桜、すべてが開く。砂。目をつむる。吹きつのる温かさ。こよなく温かいものせつないもの。せつない。傍らに立つ桜の精、男たちと肌を合わせてきた彼女の体臭。あらゆる女たちの息のにおい。桜の匂いだ。くらくらと視界のけば立つ幻臭。それだ。霾の中に。

 歌っている、桜の精。「徐州徐州と人馬は進む」そりゃ何だ?「わからない。」

 橋を渡る。コンクリートの河岸に散乱する、あれは乾いた魚。魚だね。海藻の破片。そうだね。どろんと暗い、水は暗緑色。吹かれる波、霾曇の海から逆流している。満潮。桜、咲く。咲くだろ?桜、散る。散るね?水面にひとつ、花びら。二つめの花びら。三つめ?四つめだよ。花の屑。屑。屑。花筏?波の起伏。そう、呼吸する。

 「徐州居よいか住みよいか」歌う、桜の精。「往けど進めど麦また麦の 」「波の深さよ夜の寒さ」麦秋、まだ先だね。

 桜の精はもうここにいない。ごぼ。ごぼぼ。ごぼ。やがて。白い空の闇。朝のふうな夜。満ち来る。くるくる。膨れあがる眼球。その、孕む諸々。昨日花びら、今日花びら。花を見る眼球。破裂。血を噴かす、花。吹雪く。

 橋脚の下に放置された、古い木造船の舫綱を解き、僕は川を漕ぎ去った。朽ちかけた艪を握り岸辺の樹々を見まわしながら。水の落花は、漕ぎ行く舟の跡見ゆるまで。花さそふ比良の山風、そうかな?離れ去る僕を見送る。薄暮。白暮。どこにも着かないので、まだまだ漕いでゆくようだ。艪の音。左胸辺りの永い静寂。最も白く硬く、乾いた場所。別の場所、そこへも花の屑は吹き寄せられる。



*引用(「麦と兵隊」 作詞 藤田まさと)
*4月25日改訂しました


春練

  坂口香野

真昼どき
田中の道で
なで肩、というかすべらかな円筒形をした男が
さっきからしきりに話しかけてくるのだが
わたしはこのひとをたぶん知らない
風のリボンはつめたく
脳天には発育不全の白髪が数本
その上を直射する日差しが熱い

足の裏から
ぷつぷつと湧き上がっているでしょう
サイダーの泡みたいなものが
ええ、と答える
そんな気がするし、そうでない気もするけれど
まぶたが重くて億劫だから

そのガスをね
止めないで
ずうっと充満させてごらんなさい
体中が細かな金色の泡に満ちてくる
ね 気持ちいいでしょう
ええ、と答える
小さい頃から
この感じはたしかに知っていたけれど
わたしはあなたを知らないのだ

ね そのまま
眉間の力をすっと抜いてごらんなさい
ほら 火がついた
髪の毛の先に
そう このガスは揮発性です
木々の梢に漂う薄茶色の靄
この季節 すべての生き物は
ひとしくこのガスを呼吸して
ひそやかに燃え上がっています
雀もヒヨドリも
あの可憐なメジロでさえ
微細な冠毛の先に萌黄色の火をともしているのです
流れを止めてはいけません
ね 金色の泡はあとからあとから
ちっちゃな虫みたいに這い上がってくる
くすぐったいでしょう
笑いたいですか
笑ってごらんなさい
さあ

ええ と答えてはまずいが
いや と答える無様さを思う
ええ と答えて消えてなくなりたい
その快感ときたら
血の池地獄で食らう極上シフォンのごとし
と最近生還を果たした友達がいった
その凛と張ったるひとみは巴御前のごとし
わたしにはあの真似はできない
わたしには覚悟がない
だいいちわたしは
この男を知らないのだ

ふんっ、と鼻息でガスを押し出してから
あ、と声を出す
まだ声は出る
男はどうしました、といって
やさしくわたしの顔をのぞきこむ
ええと 今頃大変失礼ですけれど
あなたはいったいどなたでしたっけ
ああ失敬
申し遅れましたが
僕は笑ひ山のヤマカガシです
人間を辞めたくなったらいつでもご連絡ください
真昼どきの光の中
彼の輪郭はくたくたと足元の影に向かって折り畳まれ
横道へ曲がってすいと消えた


ひとりごと

  岩尾忍

を、言ってしまうのですね。こんなふうにひとりでいると、ひとりごとを、声に出して。それで隣の部屋の人に聞かれる。いやもちろん聞かれたくはないので、隣の部屋の人がいない時にだけこうして、ひとりごとを言うように心がけてはいますが、しかし往々にしていないと思ったらいたり、いると思ってもこうしてひとりごとを言わずに、いられなかったりします。

これは昔からそうでして、もう死んだ人なのですが、留守中に、戸の隙間から、手紙を入れられたことがあります。××さん、頼むからひとりごとやめてくださいよ。私もこのとおり神経質なほうで、落ちこんでる時も多くて、そんな時いんうつなひとりごとが、あなたのひとりごとが隣から聞こえると、ますます気がめいるんだ。本当に、頼むから。この人は私のまあ友人といえば友人で高校の同級生で、同じ年に同じ大学に入って、私の住み始めたアパートの二階の、ちょうど隣室が空いていたのでそこへ、引越してきていたのでしたが、十二月、

二十一日、だったか、卒業の年、首を吊って死にました。私が見つけたのですがどんなふうに見つけたかといえば、そうですね、風で戸があいていた。鍵をかけないで死んでいたわけです。木造アパートの板一枚の戸で、窓から風が吹き込んだらひらく。私が出かけた時、もうひらいていて、部屋の奥にその人がこちらに背を向けて、立っているらしいのが見えました。ああいるな、ともたぶん思わなかった。見ただけで、そのまま階段を降りて出かけて、半日ほど外にいて、帰ってきて階段を昇って、見たら、部屋の奥にその人がこちらに背を向けて、

立っているらしいのが見えた。ずっと、立っていたわけか、半日、あ、

と声をかけたところもちろん、振り向きませんでした。返事はしませんでした。それからまあいろいろ、言うまでもないようなことがありましたが、ええと、延長コード、でしたよ。使っていたのはね。二つの本棚の間に、伸縮物干し竿、白い丸い棒一本渡して、そのままじゃ転がるからガムテープで両端を留めて、つまり本棚の天板にくっつけて、動かないようにして、そこに4メートルくらいの、延長コードを引っかけて巻きつけて、そうやって死んだわけです。左の耳元に、コンセント、と呼んでいいのかな、三個口の、あの四角いのが、ぶらん、と垂れさがっていました。顔は不思議にきれいだったのですが、まあ、やりかたは

美意識のかけらもなかった。着ていたセーターの袖口のほつれの、糸の青、それだけが何だか眼に沁みましたが、そんなの私の感傷にすぎません。遺書もありましたがノートの切っ端に鉛筆で汚い字で、雑な文章で、美意識のかけらもなかった。たぶん知らなかったんだな。私が知りすぎているほどにはきっと、知らなかったんだな。美しいものがどれだけ人間を騙して、

騙して、生きさせるものかを。

おまけにそのあと部屋の片付けをしていたら、なにやら荷造り用ビニール紐を十本くらい束ねて、せっせと編みかけてやめたようなのが出てきて、たぶんこの紐使おうとして、太さとか強さとか足りないと思って、こんなことしてみたんだろうけれど、もう、呆れるしかなかった。お前なあ、縄くらい買えよ。部屋は少しも整理されていなくて、荒れていた、と言ってもいいほどで、それでも机には人から借りた本がそれぞれ、輪ゴムでくくられて名札をつけられて、揃えて置かれていました。私のも二冊ほど。そういうの、律儀でしたね。

このへん現実にあったことなんですが、ところであなた、信じるんですか、こう言われたら。いくらでも言えますよ、これは現実にあったことなのです、なんて。



それはまあいいのですけれど、もう少し、言うまでもないようなことを言うなら、警察の調書ね、あれ、穴埋めなんですね。「二十一日」、「延長コード」、と穴を埋めてゆく。つまらない出来事の穴を埋めてそうして、完全につまらない出来事にしてゆく。埋めながら、警官のおっさんが、頼みもしないのにあれこれ話すのですよ。線が、きれいに出とりましたわ。首吊りの場合はね、こう、上の方へ赤く、線が出るんですわ。それが下から、無理に引っぱったりしたらね、きれいに出よらんのです。きれいに出とりましたから、これはもう、他殺ではないと。はあ、そうですか。うちにもね、似たような年頃の娘がおりまして。もう、なんともいえんですねえ。はあ。

それからこんなのも今、ふと思い出しましたが、その後まもない頃、道で、とある知り合いに会って、まあ、詩なんか書いている病気っぽい奴ですが、立ち話していたら、ほら、また切っちゃった、なんて、頼みもしないのに見せようとするわけだ。私はね、人を殴りたいとかね、めったに思わないんですけれど、あの時は、

あの時はぶんなぐってやろうかと思った。しかしいきなりぶんなぐったってあっちは、私の隣の人のことも知らない、何があったかも知らない、どうして殴られるかわからないだろうし、だいたい人を殴ったりするのはね、日頃からやっていて、やりなれて、練習してなかったらできないわけですよ。だからその時も私は、少しも殴ったりできずに、ふうん、と返事して見せられたものを見て、話の続きをして、そのまま別れたのでしたが。歩きながら考えました。これだから詩なんか、書くような奴はと。死ぬこともようせんのか、詩なんか、書くような馬鹿はと。私は、

詩なんかもう書かないで
生きられるはずだと、
愚かにも思っていた頃のことです。そして

それから一年ほど経って、隣の部屋には別の、知らない人が住み始めたのですが、その前に大家のおばさんが階段を昇ってきて、こんなこと言いました。××さん、隣な、この前うちの息子に言うて、方除けの神さんのお札もろてな、おはらいしてもらいましたさかいに、もう、大丈夫でっせ。はあ。大丈夫なのか、とぼんやり思いながら聞きましたが、視界が、すうっと、チラシ一枚の厚みになって見えた。ああ、こんなものか、この世は。

要するにこうですね。教訓を言うならね。一人だけ早く死んだら、こんなことされますよと。こんなふうにおもしろおかしく、語られてしまったりしますよ。詩にされてしまったりしますよと。何をどう語られようと書かれようとあなたには、もう訂正ができない、反論もできない、それでもいいんですかと、問いかけたらきっと、いい、と言うのだろうなあ、死んでゆく人たちは。けれど

私はそれだけはたえがたかったのです。私が私を語り終えるより先に、あいつらに、私を語らせてなるものかと思った。いつだったか、あれは、たしか十五の頃のことです。ようやく手に入れた、薄汚れた剃刀の刃を、量産の、安物の一人称を、それでもあいつらに手渡してなるものか。私が私を刻み尽くすより先に。



そしてそれからまた、かなり経ってから一度、一度だけその人の親の家に呼ばれて、行ったことがあります。葬式も法事も私は行きませんでしたが、一度だけ呼ばれて。二階の、仏壇のある部屋の壁に、その人の写真が、のっぺり引きのばされて、貼られてありました。どこかの山頂で、リュックサックしょって、へらへら笑っていた。へらへら、

へらへら笑ったまま、親の家の壁で、
と思ったら見ていられなかった。どこまで馬鹿なんだよお前は。そして

写真を見ながら涙ぐんでいる背中、その人のお母さんの背中、白いカーディガン着た、肩の狭い背中に、すみません、でも、言わずにはいられなかった。すいませんお母さん、酷いことを、でも、酷いことを言わせてください。聞こえないようにこうして、聞こえないように、言いますから、お母さん、

死んだ子は可愛いでしょう? たまらなく可愛いでしょう? そうやって見あげて、飽きもせず見つめて、そうやってとめどなく、やさしく、恍惚と涙ぐむことができるほど、それほど、死んだ子は可愛いでしょう? 可愛いにちがいない。可愛いはずなのだ。死んだ子は、

うらぎりませんから。さからいませんから。死んだ子は、

口応え一つしません。心配をさせません。警察沙汰訴訟沙汰、何一つ起こすことはないです。変な連中と関わりあうこともない、世間にご迷惑おかけすることもない、親の恥さらすこともないです。こんなに良い子はいない、可愛い子はいない、そうでしょう、お母さん、

私は、

あいにく生きていまして、

死んでくれ生むんじゃなかった、と、わめかれたことがあります。ちょうど二十の誕生日の頃です。あれは心地よかった。こんな日のために生きてきたんだと、思えるほど、ほんとうに、ほんとうに心地よかったです。ああやっと、こういう人間になれた。二十年生きてきて、やっと。死んだら、ねえ、

死んだら、こういう人間であることができません。もう誰も、裏切ることができない。傷つけることができない。私たちを生んだ者への、復讐を、もう何も為すことができません。為そうとして為しえずにこうして、泣くことができません。その悲哀、その屈辱をこうして、言葉にしつづけてゆくことができません。こうして語りつぐことが。こうして

ひとりごとを言いつづけることが。



あの時、留守中に手紙を入れられて、私はそれを読みましたが、そしてしばらくはなるべく、ひとりごとを言わないように、心がけてみましたがそれでも、結局のところ私は、ひとりごとを言わずに、いられなかったのです。隣であの人が十本のビニール紐を、せっせと編みかけてやめかけていたのかもしれない、その時にもきっと、私は一枚の壁のこちらで、こうしていんうつなひとりごとを言っていた。もちろんあの人に聞かせたくはなかった、なかったけれどそれでも、言わずにはいられなかった。聞こえたのでますます気がめいって死にたく、なったかもしれないですね。もちろん私のひとりごとのせいで死んだとは、もちろんそうは思いませんけれど、しかし私にはさらさらと降る砂が見える。角のない細かい、吹けば舞うほどに軽い砂がさらさら、さらさらと降りそそぎ降りつもってある時、その底に埋もれた一つの

雲雀の卵が音もなく砕ける。そのように

時として人は死にますから。私がひとりごとを言いつづけたことも、私が生きていてそこにいたことも、そして結局のところ私が、こうして生きていてここにいるほどには、あの死んだ人のようには、死んでいった人たちのようには、あんなには弱くなかった、まさにそのことがさらさらと降る砂の、そのひとすくいでなかったとは言えない。四月、

一羽の雲雀が空にあがり囀る。踏み砕いた千の卵の、血に濡れて輝く声で。あの声が美しく聞こえるならそれは、

それは、砕かれた卵の

血が美しいのだ。



ぶきみですいません。暗くて。でも、

それでも私はひとりごとを言いたい。こうして隣の部屋の人に聞かれて、あなたにも聞かれて、あなたも私より弱い人で神経質なほうで、落ちこんでいる時も多くて、私のいんうつなひとりごとが聞こえるとますます気がめいって十二月二十一日に、延長コードで首を吊るのかもしれない。そうやって私の住む部屋の隣では次々と人が死に、方除けの神さんのお札が次々と貼られてははがされ、やさしい母親が一人また一人と、写真を引きのばしその写真を見あげて、とめどなく涙ぐみつづけるかもしれない。詩なんか書くような馬鹿野郎がこうして、好きなようにおもしろおかしく書いて、あることないこと書いて、自分の作品にしてしまうかもしれない。くだらない言葉の山に、してしまうかもしれない。あなたがもう何も、ひとことも言えなくなった後に。それでも、

それでも私はひとりごとを言いたい。だからひとりごとを、

ひとりごとを言わせてください。生きさせてください。言いたくてひとりごとを言うのではないと、思っていましたけれど今は、こう言わなければいけない、私は、

ひとりごとを言いたいのだと。ひとりごとを言いながらこうして生きたいのだと。私がこれまでのどの冬の十二月にも、どの二十一日にも延長コードで物干し竿でガムテープで、首を吊らなかったのがなぜだろうと考えてみるならばもしかしたらそれは私がこうして、ひとりごとを言いつづけていたからかもしれない。こうしてひとりでいる時にひとりごとを、ひとりで。だから私は言わなければいけない。声に出して今はこうして、言わなければいけません。言わなければいけないのです、こうして。あなたを何度殺そうとも何人殺そうとも私は、ひとりごとを言いたいのだと。ひとりごとを言いながらこうして、私は生きたいのだと。だから言わせてください、ひとりごとを、こうして言いながらひとりごとをこうして、生きさせてください。ひとりごとを言うために、生きさせてください、ひとりごとを、こうして。こうして生きさせて、言わせて、ください、ひとりごとを、言ってこうして、言って、ひとりごとを、ひとりごとを、ひとりごとを、生きて、こうして、


波紋、きみは指先の感触を知らなかった

  葛西佑也

   とおいとおい湖、の、《水》の中に手を入れて、触れてくださ
   い。ぼくに。水面に触れた 瞬間、指先、世界が揺らいだ。あ
   なたはおぼろげにしか、ぼくを見ることが出来ない/いつも、
   抽象的でありたかった。ぼくの家は湖の浅瀬の近くにあるので
   すよ


   。あなたの前では/ 指をぬらした記憶を、夜の街、信号機で
   足を止めた、そのたびに思い出してください。爪先から滴り始
   めた、いつも。湿気を朝まで残して、気だるい寝癖をなおすた
   めに顔を髪の毛に埋める、空は案外近かった/のですね。



   湖で泳ぐ少女たち  自らの薄っぺらい爪を
 噛みつづけている 粉 々 に砕かれた爪を
 息  継 ぎ に紛らわせ  水面に浮かべる
  それから、少女たちは一斉に岸辺へ向って
    掬いあげられた水たちは 危険性を
孕みながら 空に近づいた


   /静寂に包まれた湖では、夕暮れに残された僕の影たちがかす
   かに揺らぎながら、お互いに見つめあい続けている、けれども、
   決して触れ合うことはありません。そうして、影は拡張し続け
   て、空までの距離を縮めるのでしょう、今日も、明日も 水面
   がかすかに指先を求め続けるのです。


関東平野

  鈴屋

関東平野ではなく、人の皮膚について書いた。それは丘陵の斜面をたどる散兵隊をルーペで観察す
ることだった。
静脈と漂泊について書いた。男は故郷を捨てたあるいは市制都市の円筒型給水塔を設計施工したと
書いた。

雷鳴まじりの天気雨は梅雨明けのしるし
奥武蔵の山裾、自動車解体業の男が行方不明
廃業した事務所で内縁の妻は日がな笑って暮らし
私は関越沿いの南国風モーテルに彼女を連れ出し、抱く
ソバージュに指を差しこみ
真っ白に磨かれた乱杭歯に舌を這わせて

私の仕事は自動車中古部品販売の営業です
白いハイエースを駆り、緑に濡れ光る関東平野をカミソリのように縦横に切り裂く、狂える営業です

街道沿いにはタチアオイが並び咲き、薄紅、濃い紅
花はジグザグに連なって夏空に昇る
かつて、この私が子供だったという不思議
夏休みの校庭の隅で
たったひとりで見とれていた
同じ紅、灼熱の光り、花びらの翳り

関東平野ではなく、女の背中について書いた。それは筆跡としてのアスファルトの路面がざあざあ流
れていくことだった。
乳房と川について書いた。母は少年を捨てたあるいは鉄橋を渡るステンレスボディーの電車は4両編
成であったと書いた。

もちろん私は知っている
自動車解体業の男が溜池に沈んでいるのを
八月中旬、予定通りゴルフ場造成業者のブルドーザーが溜池を埋め尽くしたのを
廃業した事務所で私と女はウイスキーで乾杯
夜更けまで、鼻と唇を酒で濡らして
羽虫と一緒にくるくる回って
舌をしゃぶりあって
はしゃいで笑って乾杯
笑って済む話は笑うしかない
私と女と死んだ男のありふれた履歴
関東平野の北北西の隅のちょっとした凸凹、笑うしかない

パンタグラフが架線をシャカシャカ擦って、新幹線が北関東の山岳に穴をあける
平野を撫でれば、縦横に張り巡らされた高圧線が指に引っ掛かる
晩夏、傾く日は錆びつき、平野の緑は灼け、数本の川が河口からぬるい水を海へ押し出す
夜が来る、澱んだ闇が微細な生き物達に原始の夢をうながす
空が白めば夢はうたかた、ふつふつ割れては消え、やがて
朝日が昇る
関東平野がゴム引きのようにぬらっと光る

小さな町で女とスナックなどやってみようか
東北道沿いの営業の途中、小奇麗な居抜きの店舗を見つけたのだ
筑波の山が近くに座っていた
ハイエースのフロントガラスの向こうの
少し先の、心和む、そこそこの、私の人生

関東平野ではなく、初秋に出会った見ず知らずの眸について書いた。それは山稜に佇む銀色の美し
い一基の送電塔について語ることだった。


世界語(aie aie)

  破片

朝焼けがこの手に入れば、雲を掴むことができたなら、走り去っていく星々が停滞するときを見逃さず、瞬きと、瞬きとの間に眠る赤子を取り落とさない、そのままでいてほしい、待っているあなたへ、光は指の間隙に入り込んで爆発するから、どうかそのままで、握り込まれた手は、こんなにも小さいのだから。


少しずつ新芽が綻びる、そんなふうにして目を開くべきだ。あなたの眼球はきっと世界になる。飲み込んで、そして好きにしたらいい、光の爆発を見たのはあなただけじゃない、その瞼の奥にしまい込むことなんてできない、太陽はわたしたちの足の下へ潜り込んでいく、異国の言葉で、誰にでも祝福されるために、だからこそ、目を開いて待っていてください、喜びが連なってたなびいていく姿を、


赤子は次に言葉を話した、母音しかない発声で、世界の様態を作り替えていく、そこには、ああほら、見えている、上昇と下降を繰り返す七色が、そこらじゅうで笑みをたたえている、こんなにも太陽が近い、しぼむことのない光彩があたたかく霞んで、その向こう、向こうまで果てのない、プリズムみたいな眩さで、世界はおおわれている、目を焼く鋭角的な色の景色には、生物がいない、いないまま、なにもかもが微笑んでいる、抱き上げる優しさを忘れないように、そっとつまさきから踏み入ろう、短くて小さな手が、胸の前で編まれている、水を浴びせてあげたい、双肩にとりついている見たこともない時間を、洗い流してあげるために、


まわりを囲んでいる新たな稜線が浮き上がっていく、その中心で、ふたり、鈍く発光する雲を掴んで、踝をくすぐる草々に墜落させた、「わたしたち、雨を降らせているの」という言葉に、赤子は無邪気に笑い、そして母音だけの世界を紡ぐ、若草色の、もっとも広い絨毯に話しかけて、どんどんと、どんどんと無尽に広げていく、水をやれば花が開き、空気が潤って色がつく、赤、橙、黄になり、そして緑、青、藍、紫、そんな色、そのあとで突然色が抜けた、草は草の色になり、千切っては落とす雲はやはり白かった、空気は空気の色になって、母親らしき人影の、そして、雲を掴む細い指の向こうに―――

雨が降れば、次には空気が燃え始める、空気を燃やす火の玉が、赤子に「はじめまして」と挨拶した、山も下草も、空さえも無限の光で照らされて、「アイエ、アイエ」という母音だけの言葉で、母が笑い赤子が目を開けて、せかいが、

うまれる。


死者の道(化石)

  はかいし

石炭を詰め込んだ袋を背負い、夕焼けの帰路を歩く。丘をなぞるように続く細い道には足跡が続く。その中に昨日の雨水が溜まり、夕日がぽつりと溶け出す。二つ目の峠を下りた頃、炭鉱から帰る途中らしき女性を見つける。彼女の脚は長い丈の衣に隠され、何かの爬虫類、ニワトリ、と一歩一歩違った足跡が続く。それを指差して、これはあなたの足跡ですか、と聞く。いいえ、これはあなたの足跡でしょう、と苦笑される。丘のてっぺんまで来たとき、彼女は纏っていた衣を脱ぎ捨て、足元を指差す。踝から下が透けており、あなたは幽霊なのですか、そう聞くと、彼女は何かを答えようとして口を開く。その中では白骨が燃やされており、驚いて誰の声も聞こえないまま、喉の奥の暗がりへと飲み込まれていく。

(女の腹の中で、黒光りする液体を泳ぎ切り、家に帰り着く)

ぽつり、ぽつりと星が照り出したのを見計らって、私は家を飛び出し、街灯を避けて走り出す。時々私の口に羽虫が飛び込み、そのまま飲み込んでしまう。羽虫は喉の奥で何かをまさぐって、その度にぞっとしながら、闇へ。羽虫が唇を掠めることもなくなった頃、墓地に辿り着く。星だけが点在する、ピンで留めたように。まだ、喉に何かが引っ掛かっていて、ガビリと引っ掻いて全身に響く。ガビリ、ガビリ、辺りの墓石からも聞こえ出し、重たい石の戸を開けて骨だけになった影が立ち上がり、私の周りで踊り狂う、ガビリ、ガビリ、骨を鳴らしながら騒ぎ立て、耐え切れなくなり、もうたくさんだ!そう叫んだ後、喉につかえていたものを吐き出した、

(吐瀉物の中からツチボタルが這い出し、頭蓋骨に入り込む、)

頭蓋骨を棒に掛けて洞窟を進む。眼窩からは糸状の燐光が次々と放たれ、触れた岩肌から放射状に広がって暗闇を照らしていく。ツチボタルの松明。私が呼吸する度に光が通い、壁に張り巡らされた網が震え。進んでも進んでも辿ってきた道が輝くばかりで、少しも前を照らさない灯。やがて私は空腹を感じ、それに同調するかのように、頭蓋骨はいっそう青白い血液を滾らせ、四方八方に送り出す。急に強くなった光が背中を押していく。
ここで洞窟は二つの道に分かれている。一方はしんと静まり返り、もう一方からは石油が臭い、そちらに行くと、オレンジの燭台が見え、徐々にその半透明の影が広がっていく。見つけた!ひとりの男が叫び、すぐに何人かが集まってきて、化石だ、と口々に言い合って、渦巻いた塊が男の手の中で黒光りする。引き返して、もう一方の道に向かっていくと、ツチボタルの松明が弱まり出す。進めば進むほどに弱くなり、遂に消えてしまう。手探りで進み、ようやく洞窟を抜け、墓地に着く。死者たちがたき火をぐるりと囲んでおり、ひとりから、これを食べないとお前は消えてしまうよ、と言われ、握り飯をもらう。戻ろうとして振り返ると洞窟は跡形もなく消えている。手足が徐々に透け始め、消える前に握り飯を飲み込む。そして、家に帰ることもできないまま、仕方なくその人たちとずっと一緒に暮らすことにした。


ものもらい記

  debaser



海のわき腹から溢れる内臓のもろもろは破裂して
彼女のものもらいが玄関先で
主人の帰りを待っている
スプリングコートに身を包むアフリカの土人たちは
河原の砂れきにすっぽりと埋もれ
夢についての最新レポートを黙読していた


このまま放置しておくと視力が低下するという危惧から
私は近くの薬局を訪ねた
店の前では
長いホースに巻き込まれた花屋の主人が
駐車禁止のラッパを鳴らし
その隣では下半身を露出した子供たちが毒入り!毒入り!と連呼している


私はぱ・い・な・つ・ぷ・るで階段を駆け上がった
紡錘型の火山弾への落書き
あれの本物は外国の殻付きアーモンドなんです
それを瓶に密封すると
工場のチェーンコンベアは異常な動作を始める


見世物小屋では豚が腹を切る
普通の豚は観客席から
熾烈な野次を飛ばした
たくさんの豚に囲まれ
通路をひとたび外れると
新しい空襲がまた人々の頭を貫こうとする


美人の両目には
良いものもらいが出来て
そのよこっちょに悪いものもらいが出来る
母からの仕送りは
今月で最後になります、と母からの便り
私は二回目の脅迫をした
それはきっとブスからの電話にちがいない
よって、私のこの手合図は
なにがしか世界への宣戦布告を意味する


仏壇

  リリィ

祖母が仏壇に向かうとき、和室に入ってはいけない疎外感を味わう。
三十秒ほど念入りに手を合わせると、丸い腰でいそいそと掃除を始めるのだが、私の知らない宗教を、祖母は日常としていた。

この部屋で、ボールを投げて遊んだことがあった。
もの静かな祖母は、祖父に対しても無口であり、野球中継の間も独りで皿を洗っていた。
青いゴムのボールはよく跳ねた。
弟に向かって投げたボールが仏壇にぶつかると、祖母の怒号が響く。
仏壇の黒は、触れてはならなかった。

仏壇に死んだものが居ることは知っていた。しかしそこに誰が居るのか知らなかった。
私が存在するより昔、母の祖父母が暮らしていたという。
それは黒い板切れでしかなく、名前すら難しい。
祖母は何に向かっているのか。正座した足の罅が赤い。まぶたの向こう、底知れない黒が染み渡る。

先輩が流産を経験している、と入社半年の昼に聞いた。
それを伝えると母は「おばあちゃんも私の前にひとり」といつものように話した。
祖母の子宮は墓だった。淡い臍の緒は、二人の娘の前に一度断ち切られていた。

母が私を流産しかけたことを知っている。
臨月に白目で倒れた母を診た医者が、腹の子は無理かもしれないと父に告げたという。
「それがこんなに大きくなっちゃって」と笑い話のついでに語られた私は、母の腹が墓でありえたことを考える。
脂肪が付いた母の腹は、外から触れてもあたたかく、ころころと音が鳴る。

仏壇の前に座る。ポテトチップスの箱が置かれ、向こうに仏が佇んでいる。
子宮を思う。そこはいつも子を生す恐怖を携えている。
まぶたを閉じると、丸い光りがうねっている。
外をこどもが通る。はしゃいだ声を見送ると、祖母のように手を合わせる。触れることのない、なんとも黒い、母たりえるこの墓に。


署名

  古月

驟雨
壁の絵を外すと窓がある
まだ名前のない誰かの清潔な床に
点々と零れた眠りを辿る
廊下に並んだ額縁の端
署名が目に入る
布をかける

遡行する
中庭の石畳はまばらに濡れ
痩せた子供が根元から折れている
それは昨日の朝に芽吹いたばかりの
けして触れる筈のなかった痛み
ざらついた舌を蟻のように舐める
傾いた光ばかりが壁に凭れ

真新しい日
どこまでも続いていく葬列の先に
赤子は高く掲げられながら
老人を遠くへと連れ去って行く
乾いた赤い土の上に横たわる
たくさんの名も知らぬ人々の群れ
踏みしめられて砕ける骨の音を
墓碑に刻みながら歩く
絵筆を置く


L’ecume de Gabriel

  はなび


シャンパンの泡のような花のトンネルをぬけると
階段があって
階段はコンクリートでできていて
ところどころが欠け落ちていた

すり硝子の幾何学模様を指で辿るように
錆びた手すりの感触を確かめる
赤茶色の金属の匂いが
マチ針を刺す

馬の蹄鉄を穿ってやる
鑼のように鍋を鳴らす
恋人達は深夜零時
思い出を食べあい
消えてゆく為の
祝宴をくりかえす

あなたの足の親指の骨の出っぱったところが素敵だとか
きみのひんやりとした脇腹の脂肪がたまらないだとか
ほっぺをつねりあう 鼻をこすりあう 髪をひっぱりあう

思い出に飽きる頃nemuriがやってくる



sex pistolsのようなオレンジ色のあたま
小さなナイフと一緒にバスルームで待っている
rocksteadyのリズムに乗って
バスタブにシャンパンを流し込む
恋人同士を他人同士に戻してやるのが仕事

稼いだコインは泉に投げ込む
「もう少し背が伸びますように」

ちいさなnemuriの小さな願い



シャンパンの泡のような花のトンネルをぬけると
階段があって
階段の先にドアがあって大きな音の
マネキンのような人体

ところどころ剥げ落ちた先から
指に伝わる体温の蒸気

待合室のソファーのスプリングに
尻を乗せて数センチ浮遊する
カーペットの色について

toilet paperがホルダーを鳴らしながら
ほそく しろく たなびく 青空の下

ネズミがカリカリ齧り続けるデザインの
明日の朝の目覚まし時計という名前の
新しいTシャツを着た
ガブリエル

おはよう


アーサー

  ゼッケン

ハイジャック! 
JAL323羽田発福岡
機長からの報告、犯人はひとり
乗客のひとりを人質
座席番号から人質の身元判明
氏名イソノナミヘイ、男、会社員
一本立ってるやつか?
そうです、一本立ってます、犯人は
抜く、と
言ってます
バカナ! 毛根が抜けたら終わりだ!
日本社会最後の安心が人質にとられている
犯人は利口で危険なやつだ
機中の犯人が携帯ムービーをニコニコ動画へ投稿
みんながわらってるー
おひさまもわらってるー
るーるる、るるッるー
今日もだれもぼくを見ていなかった
ぼくのメガネしか見ていなかった
ぼくの髪がどんなふうだったか
ぼくがどんな服を着ていたか

ナカジマ!

ほーら、ひっぱるよ〜
空の上では誰も安心じゃない
重力は公平だ
質量に応じて力がかかる、しかし、
地面には同時に激突する
ぼくは要求すルンだ!
政府はアサハラショウコウことマツモトチヅオを釈放せヨ

公安は動きをつかんでいなかったのか、それとも黙っていたのか
官房長からお電話です
きみぃ、要求は呑めんよ、それより抜かせたまえよ
ぼくンとこの試算じゃ日曜夕方の流動性が高まって一兆円の内需が拡大するんだから
抜ーけ! 抜ーけ! 抜ーけ! 抜ーけ! 抜ーけ! 抜ーけ! 抜ーけ! 抜ーけ!
コメントが犯人を煽ってます
しくんだな!
知らんねえ、CIAじゃないんだから

ナカジマくん、きみはカツオの友達だったね? きみにこの毛が抜けるかな?
イソノのお父さん、ぼくはナカジマです、しかし、この名前はぼくのものだ
イソノの友達がみんなナカジマだとでも? ぼくを挑発したことを日本国民に謝ったほうがいい
あ、あれ?、あれれ?? 抜けないよぅ、こんなにつよく引っ張ってるのに抜けないんだよぅ
そのとおり、きみにこの毛は抜けないなぜなら
この毛を抜けるのはこの国の王となる宿命を持つ者だからだ
きみの宿命はメガネだ、三度生まれ変わって三度メガネであり
きみはその二度目のメガネだ、きみの自由とは永遠にメガネを受け容れることだ
わしの宿命が毛であり、わしの自由が毛であるように
では宿命に選ばれし者とはカツオですか? やっぱりやっぱりあいつなんだ!
それはわしにも分からんことだ、あやつにはまだこの毛に触れさせてはおらんのだ
わしでさえこの毛に素手で触れるのは初めて  あれ? 抜けた
イソノのお父さん、あなた自身が王だったんですよ!
宿命を語る者は宿命から遠ざかるものだな、ナカジマくん、きみはおれに忠誠を誓うか?
誓います!
誓うか!
誓います!
ならば新党結成だ
次週予告
波平、クーデター
カツオの裏切り
サザエ、おまえもか!
の三本です
ウフフー

文学極道

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