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益子

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


赤子

  益子

部屋では男が赤子と遊んでいた。赤子が床を這うのに合わせて男の体も動いた。男と赤子は親子ではなかった。しかし顔はよく似ていたが手足はまったく似ていなかった。男は動かしている手が誰のものだかわからずに遊んでいた。赤子と遊ぶには赤子の名前を知る必要があったが教えてくれる者はいなかった。男は赤子のことは何も知らなかった。赤子の性別も知らなかった。ふいに赤子が服を脱ぎたそうに身動ぎした。男は赤子と遊んでいた。男の肌は浅黒かったが赤子の肌は風船のようだった。男と赤子は風船で遊んでいた。男は赤子と話をした。手が二本で足が二本だった。いつしか赤子は男の真似をしているということに男は気づいた。手足が似ていたからだ。赤子が男の名前を呼ぶ声は赤子の母親に似ていたが男は母親のことは何も知らなかった。母親の性別はとてもよくわかっていた。男は赤子と母親の性別の話をした。そのためには赤子の名前と性別を知る必要があったから遊んでいた。しかし顔はよく似ていた。赤子の自分で服を脱ぐのを男は眺めていた。赤子の腹は風船のようだったが男はそれの真似をした。母親も今その真似をしている。男は今赤子と遊んでいた。遊んでいた赤子は知らない男と遊んでいた。赤子は母親を叱った時の声真似をした。男は赤子のことを何も知らなかったが風船を赤子の腹に結び付けて母親へのプレゼントとした。赤子は男を振りほどきたそうに身動ぎしたら男が笑った。赤子も笑った。母親も今声を上げて笑っているのだと赤子は男の声真似をして言った。風船が割れると母親が出てきたと思ったら赤子で、赤子の手足は短く、男は床を這っていた、裸を見ても性別がわからない、風船のような腹を押し潰したら赤子のような声で浅黒かった、で笑った、赤子は風船とともに空へ昇り、それに合わせて男は母親を追った真似をして性別がとてもよくわかった二本だった、部屋で



※一条氏の『nagaitegami』を参考にさせて頂きました。


pool

  益子

塩素の匂い。水面に、空が映り込んでいる。プールの底も、同時に、透けて見える。プールの底も、空も、同時に、空であって、プールの底であって、同時に、なくて、Clと書くのだよ、塩素は、と教わった。空、と、プールの底、と、塩素。

日射しが強く、プールには誰もいない。水面に映り込んだ空には、白い雲があり、雲がない部分には、プールの底の色をした空がある。空に、映り込んだ水面には、Clが映り込み、雲が、なくて、ぼくの、足が、水面に、空に、沈んで、水面と、空に。

空が溶けて、水面に、降り注いだ。遠くの雲にはClと書かれていて、Clと書かれた雲が、走り去った。ぼくは、足を空に浸して、ちょうど雲が足のところに来た時に、飛び込んだ。空の中は、日射しが乱反射したプールの中のように、輝き、Clの匂いがした。そしてプールの底に、足が着いた。


(無題)

  益子



二面鏡の隅に目がある
穴から出ると夜
森には残された息だけが息づいている
細切れの海岸
前日の帰路
煌々と
息もなく 帰宅

二面鏡の
繰り反しの音
隅から
暁に
離陸する偽り
嵐の六月
奇しき一つの石
 
 
 


(無題)

  益子



美雪の埋没した雪原の手書きの地図 お知らせの電子音が飢餓の昼に降下していく 「言
語や記号がすべてではなくてもね」 「『映像』となる私たちが置き去りにされていたの
は?」 無数の美雪が埋められている、雪原に広がる楽譜のように あなたは手を拡げる、
拡げて仰向けに倒れる そしてオルガンの音を引きずって雪の中から月が産まれる 「私
の楽譜を唾液の海に浸して、」 「音の群像はすべて同じ海に浮かぶ捨て子のようなもの
なのだ」 そうやって形成されゆく形象の陰に うず高く積まれた酸化しきった廃材 真
っ先に心の空に捨てたよ

そう、捨ててください リップクリームを塗った唇に雪解け水が口づける 「レガート、
レガート」 「ずっと、仰向けの、まま、でも目だけは、出口を探してください。コンセ
ントを、雪の中に差し込んで
             明かりを得るんだ」 彼岸も此岸もなく、美雪が埋もれてる
というだけの場所 冷たい躰が探し当てた場所 弦をひき千切って歩いて、歩いて 己の
ことなど どうでも良かった


 
 
 
 

文学極道

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