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オダカズヒコ

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


クリスマス考現学

  オダカズヒコ




俺たちの血の中には
繁殖へと促す
優れて工学的な力がある
そいつがジョルジュ・ルフェーブルによると
「春の向性」というわけだ

黒死病では
膨大な喪失を埋め合わせる必要性の歴史と
不可能が境界をぶち破っていく文明とが
同時に現れる
魚の本能は
それこそ何万年もの間
変わらずそこに生存し続け
人間の脊髄として残っているのだ

街角で
俺は古い習慣を眺めていた
キリストの生誕を祝うイリュミネーションや
人々が認め合っている
参加の印
サンタクロースの帽子や
トナカイの赤い鼻
クラッカーや赤い靴や
そのどれもが
説明は不要だと言っていた
あの形態が機能を従わせる
催事の力が示されているのだ

コンピュータには100億のトランジスタがある
それぞれのトランジスタは
10億の信号を送ることができる
2014年5月25日(日)晴れ
俺は自室にいて
人間の視力が今のような世界を見るに至った動機と目的について考えていた
人間は表面的には生きているが
裏側に回れば必ず構造がある
涙はいったいどこからくるんだろう?
きっとそれは弱虫が踏んだペダルのせいで
海から川を巡って運ばれてきた水だろう

種に寿命があるとすれば
聖書学的にapocalypsisと呼ばれるものにも頷ける
世界をリセットする物語の向こう側にいまや俺たちは居るのだ
ノアの箱舟の話はユダヤ教やイスラム教にもある
一番古いのはシュメール神話のジウスドラの話だ
そいつは楔形文字で粘土板に刻まれていたものだ
俺は大阪駅構内の自販機でコーヒーを買った
微糖とアルミ缶に印字されている
自然の資源価値は時代とともに変わるが
俺たちの精神に内在する微糖とは
かつて楔形文字で粘土板に刻まれていたものと同じだ

脳という脳を想像力に浸す
大阪環状線の列車は陸に上がった魚だ
前足がなく
鰓呼吸をし
そのフォルムは一億年前のままであり
鱗がヤスリのかかった鋼鉄に変わった他は陳腐化している
水面に浮きあがる必要ななく
レールの上にただ体を横たえるのみ
Merry Xmas

目が光を見た時のことを覚えている
世界は人間の内側に闇のように広がっていて
瘡蓋によって閉じられた容器のようなものだった朝
俺はバスタブの中で飼っているクジラに餌を与えている
クジラはバスタブの中に潜水し
ふっと息をあげた
深い海の中へ戻りたいのかい?
そう尋ねると彼はストレンジャーらしく尾っぽ振った
まるで地球がまるごと工場になってしまったようだ
休日にバルコニーで
俺は煙草をふかしながら町を眺めた
町ゆく人々の頭上には傘があった
雨が降っていたからだ
車と列車が交差する
田んぼの中にポツンと建つコンビニ
人々は狂ってしまわないように制服を着るのだと思った
制服の中に体を閉じ込めることを
安全というのだと


農夫

  オダカズヒコ




春になって
おれは新しいゴム長靴を買った
大原の奥の苑で
鍬とスコップとトラクターとを操り
内部に犬の見える
ガラス製の畑に
鍬をくい込ませ

おれはその上にまたがり
力いっぱい
お前を抱きしめるのだ

女よ
おれは貧しさを求めている
海のように孤独で懐かしいものをだ
女よ
おれはお前を抱いているが違う

病んでいる犬に
新しい胴体を与え
鳴かせているのだ
ヴーとかハーとか
獣の痛恨を語らせているのだ
わかるか
女よ

春には種をまく
土は執着のものだ
踏みにじれ激しく
故郷の言葉で
研げる復讐の言葉で空虚感から叫べ
自我という鈍器で
鳴らせない音はないのだ

ロボットが喪失してしまったものはモラルではない
さめざめと泣く女
お前だ
お前の顔の
レリーフのような窪みだ
わかるか女よ

おれは意識によって構成された
悲しい物体を
いま肉体と呼ぶ
道頓堀の橋の上から
細胞が永久の無となる一瞬を死と呼んだりはしない
男の黒いコートの下に隠れている虚ろを信じてみたいのだ

春を
秒針で時間を狂わせる化け物のように見て
コンクリートを
今できたばかりの文明の発明品のように愛で
茶店で紅茶に砂糖を溶かせていくおれの指先は
さっきまで
激しくお前を抱いていたおれの
虚無はどこにもない

ただあるのは

無頼で監獄を破り
有刺鉄線の
非常線の向こう側へ渡った
冒涜を知ったばかりの
お前だ


空き家

  オダカズヒコ



古い空き家で
鉄錆びた
ぜんまいの音のする
陸亀を模した柱時計を見ていた

ぼくはそこで
海辺にせり出したデッキに
籐椅子に座って
編み物をする
老婆の姿を想像してみる

白く突き刺さった
漆喰の陰に
記憶の分裂した時間が写し出す
空にも溢れ出していくように
彼女もそこに居た

こうして地上の滅んだあとに
ぼくの愛した恋人は
いったい何者だったのかと問う
ぼくを騙そうとしていた
彼女の眼と
もう少し眺めていたい世界の
景色とが重なる

人間はもう
化け物になっちまったよと
彼女に言う

変なことを言う人ねと
少し眉をひそめ
悲しそうにつぶやく彼女の感情が
ぼくを支える
唯一のものとなる

彼女の悲しみを通して
ぼくはいま世界と繋がっている
きっとそれは無限よりもまだ遥かに大きい
果てなき大きさだろう

ぼくもきっと群衆の中の孤独の一つだ
死にゆく命に憤ったりはしない
裏町にある恋に
花と咲き
実と狂う
そんな野草の習性に
ただ身を寄せている


国益と革命

  オダカズヒコ




地下鉄の車内はある種のプレイルームだとぼくは思う
見知らぬ男女が息のかかる距離で密着し
電車が揺れるたびに女の乳房がぼくの腕に押し付けられるのだ
女はそのたびに「あっ、すいません・・(*_*)」などという
気をつけろよボケっ!( *`ω´)
という目つきで女を睨む

こちらにとっては
寧ろ幸運な出来事なのだが・・
エロい目でなごんでしまい(*゚▽゚*)
あるいは冬山よろしく
テントなどを
よもや
おっ立ててしまうと
逆に痴漢に仕立て上げられてしまうのだ

「この人チカンです!」
と言われないための防御策として
電車が揺れるたびに乳房を押し付けられ
こちとら迷惑しているのラァ(´・_・`)
という立場を堅持し続けなければならないのだ
断固として!



ぼくは地下鉄の中の
このような群衆の愛欲と孤独とを
どちらかと言えば愛している
地下鉄の電車が揺れるたび
その揺れが激しければ激しいいほど
群衆の心理は明らかに屈折していく
あるいはこの倒錯と変態性とを
秩序と制度性によって
定刻通り
駅から駅へと
つまり出発点から目的地まで運んでいくものを
我々は
地下鉄の通勤電車と呼んでいるのである

今日も隙間なく詰め込まれる中央線
駅員がサラリーマンを自動扉の中に押し込んでいる谷町4丁目
通勤電車の中に押し込まれてゆく国益と革命

文学極道

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