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イモコ

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


(無題)

  イモコ

考えるのを放棄した各々の髪の毛の考えるにおいのする白紙のページが
耳たぶの一番つめたいところをかすめてとんでいった、のよ

ふでばこの口を三本の指の腹で優しくあけると
むずがるようにきゅとなったあと
すごく気持ちいいみたいにへにゃとなる
あきらめたみたいにもみえる
何を言っているのか分からない

数学の時間 語りかけてくる黒板なんて
丸無視で、夢中になってふでばこの口を
何度も何度も指の腹でなぞっては
三本の指でおしあけるの
ものすごく押し倒すのに似てる、やわらか
確かにあれは夢の中
夢中だった

何度もおしあけてるのに
中に触れないのはあんまりだ、
うずもれた鉛筆が指の先に触れる
エバーミングされた幼い少女みたいな頬
手にとり、力なく
握った

鉛筆からわきでる葉
芽吹いたりめぶかなかったり
数学のノートいっぱいに茎をひろげ葉をひろげ
だけれど決して根ははらない
つなぎとめる根がないから ないから
茎も葉も少しずつ
ヘリウムを入れられるみたく
ふぁふぁとうきあがって
ノートに曲線のかげをおとす

柔らかな
今にも拡散しそうなたよりない、かげ

空気みたいにしゅるっとすする
細い糸の群れが舌の上をかけてゆくのびてゆく


とうめいの夏

  イモコ

いかないで、なんて
あなたに言うための価値を私は持っていないのでした

思い出すだけで腹のなかが鉛筆のぐるぐるでいっぱいになる
あの、なつの、おまつり、あなたと、いった、なつの、おまつり、あのこも、いた、なつの、おまつり

さみしかったのです
あたまがふわふわして
あなたとうまくはなせなかった
ずっととなりで話し続ければよかった
あなたを離さなければよかった
どうしてだか、
あなたのとなりに、わたしがいなくなって、とても、さみしかったのです
つたないと、わかってはいます
いつもとなりにいたのに
手もつなげない
そのことにもどかしさを感じていた
それはわたしだけですか

まっくらい夜道のなか、ひとり、浴衣で
紺の浴衣と白い鎖骨が夜に染み込んでいきそうなのを
堪えていました
呼吸をとめて、あなたが振り返るのをじっと待っていました
時折みえる横顔は、優しく、あまり見ないもので、私は鉛筆のぐるぐるに巻き込まれて千々に、ちりぢりに
夜のなか、透明はどこまでも透明で、だれにも気付かれることなく、白い鎖骨をこぼれ、胸の間をゆるやかに渡って全身をまっさらに冷やしてゆきました

透明は体にうつります
私を透明にします
私は澄んだ夜に溶け
鉛筆のぐるぐるが
水にひたしたそうめんのように
ちりぢりにほどけて
いつのまにか
なにもない
透明だけ
夜と同じ、透明だけ

自販機の白い光で
私だけが残る
白いうなじと淡く光るうぶげ

いつのまに、

みんな蛾のように
自販機の前で止まっていました
うようよと前後し、前に行ってボタンを押しては右や左にずれ、まただれかが前に行って
だれがだれだか分かりません
鉛筆の、ぐるぐる
あなたは自分のためではないボタンを押して
ガコンと、空からタライが降ってきた音に打たれ
頭を地面にこすりつけて
無作法にも自販機の口に手をつっこんだ


手を引き抜いたとき手首から先がありませんようにと何度か願いました


またしばらく歩くと
夜がくっついてきて
私はうん、うん、とうなずきながら
透明に、
水に浸したそうめん
まっさらでさみしい
下駄はまだカンコンと音をたてて
規則正しく
しばらく聞き入っていると
あなたのとなりにいて
なんだかよけい、さみしかったのです
透明が夜になって私のまわりをかこっていく
あなたはそっと話しかけてくる
透明が色を持って私になっていく
鉛筆の、ぐるぐる、が
消しカスのようにぼろぼろとちぢれている

いかないで、そんなことも言えずに、鉛筆のぐるぐる
そばにいて、そんなことも言えずに、夜に呼吸する

小さな公園に着いて
手持ち花火を広げる
私は一人木馬に座る
おおきくゆれるたび
夜にまかせて透明が
溶けて夜になりたい
一人でいるといつも
あなたがそばにきて
他愛もない話をする
私はそれを待ってた
あなたが一番に来る
溶けきらないように

あなたがそっと寄ってきて花火、やれよ、やだ、せっかくだろ、いやだ、もってきたるから、いらない、ふつうのでいいよな、…、ほら、…
あなたから火をもらう
辺りがいっぺんに明るくなって私の頬に色がうつる
少しでも、美しくみえないでしょうか
いまさら、遅いのですが
あなたがくれた花火はしけっていたのか
すぐに、終わってしまいました
すぐに、終わってしまいました
すぐに、
透明が唇を濡らした

あなたとあのこが、花火の片付けに公園に残り
私は一番に横断歩道を渡りました
全部、嘘になるように祈りながら
みんなを待つふりをして
あなたを待ちました
あのこが溶けてなくなっているように祈りながら

下駄の緒が真ん中から外れていました
誰にも気付かれず駅まで裸足で歩きました
アスファルトも夜に染み込んでいて
私をそっと透明にひやしてくれました

本当に夜になれたらいいのにね、と、紺色の浴衣が私に向かってないていました


ぷちん、

ぷちん


(無題)

  イモコ

生ぬるい草に
ちらばった弁当箱から
ゆっくりと
母の持たせてくれた
小瓶をとりだし

ひとつまみ
かたつむりに
もうひとつまみ
かたつむりに

浸透圧が、拡散が、と
今日の授業でならったものですから
つい

のけぞり
背をまるめ
ころがり
そうして縮んでゆく姿が
なんとも愛らしく
かたつむりに
口付けを
いえ、ばっちいのでしませんが

口付けを
しなければいかれない
心持になったのです

のけぞり
ころがる
その姿を見ていたら
とてもかわいそうな気持ちになって

だれがこんなことを!

と、急いで水筒を手繰り寄せ
からまる指でくるくるとフタを開け
烏龍茶を狙いのさだまらない手で
どぼどぼと、とにかくどぼどぼと
注ぎました

やせ細ったカタツムリは
しだいに太りだし
助かった、

と思うと水に映った真っ青の空が
横目に映えました

太りだしたと思ったカタツムリは
表面にたくさんのゼリーの皮をかぶって
内側で硬く固まっていました
ウィンナーを刺していた串でつついても
ゼリーがほどけていくだけで

 蝸牛の角のしまっているときは
 空が晴れるのですって、君

 蝸牛の角をだしていたから
 雨と思って迎えにきたんだと
 君が言っていたからですよ、君
 うすべにの傘を持って 

カタツムリは難くとじている
即ち、晴れ

水溜りの青が
そうだ
とかぶせてくる
わかっていますとも、ええ

肌を烏龍茶がぬらす
足も、腕も、
うす桃色のワンピースなのに
烏龍茶色になってしまっては困るのです、君
今すぐ、私の、うすべにの傘を持って
迎えにきてください、君

歩けないのです、どうか
あぁかたつむり つのをだせ




私は、なんてことを!


紙飛行機(ステルスエアメール)

  イモコ

今日が、何の日だか知っていますか。今日はエアメールの日です。2月18日エアメールの日。何故か,あまりにもたくさんのエアメールが飛び交う2月18日火曜日。これだけたくさんのエアメールが飛び交う日ですから,事故もおこります。こうしてここへ来たエアメールたちは,だれかのもとへ届くことなく,ここでその生涯を終えます。

1911年,明治44年2月18日,日本に初めてのエアメールが届きました。6000通ものエアメールが,日本へ一直線に飛んできました。冥王星からです。「わたしです。ここにいます。」とその6000通のエアメールには書き記されていました。何故あの文字がそう読めたのかはわかりません。「ここ」がどこなのか,いつ送られたものなのか,わたしたちには皆目見当もつきません。冥王星から日本へ飛んできたエアメール。何かに見つからないように,そのエアメールは空を真似ていました。ステルスエアメールです。しかし残念なことに冥王星を発見したのは,彼らがエアメールを送った相手ではなく,アメリカ・ローウェル天文台のクライド・ボーンでした。1930年,昭和5年のことです。何の因果か,これも2月18日,あのエアメールが初めて届いたその日でした。エアメールが届いてから29年。15等星というその小ささから,こんなにも発見に時間がかかってしまいました。1月23と1月29日に撮影した写真の比較研究から発見されるに至った太陽系第9惑星。1911年の2月18日から,アメリカに発見される1930年の2月18日までの29年間,数を減らしながらも,毎年かかさず,そのエアメールは日本へ届けられていました。

「もういません。」

1930年2月18日に届いた213通のステルスエアメールにはそう記されていました。冥王星から日本に届いたエアメールはこれが最後です。
 ここには,毎年2月18日に,多くの傷ついたエアメールたちが迷い込んできます。飛行途中に撃ち落とされたエアメールたちです。最初の年はここにくるエアメールは0でした。こんなに丁寧に折られたエアメールが自ら道を失い,迷うことなどめったにないのです。

「わたしです。ここにいます。」

1930年以降毎年変わらずここにくるエアメールたちにもたった一つだけ変化がありました。2001年,国際天文学連合によって冥王星がDwarf Planet(矮惑星)とされる5年程前から,彼らの尾翼に小さな模様が描かれるようになりました。一つ一つ違う模様ですが,そこからは規則性がうかがえます。2001年から描かれるようになったこの模様は,おそらく通し番号のようなものであることが分かってきました。
今日も,撃ち落とされた19通の精巧なエアメールたちがここに迷い込んできました。しかし,この模様によれば,今年は20通のエアメールがあちらから飛ばされているはずであることが分かります。残りの1通は無事に着陸することができたということです。
 あなたは,そのエアメールを探すことができます。読むことができます。私にはできません。無事についたものを,私は読むことができません。無事についた喜びを私はかみしめることができません。無事たどり着けなかった無念と悔しさを憐みで見つめることしかできません。
 どうか無事についたその20通目のエアメールが優しい誰かに読まれることを祈っています。

文学極道

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