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ひろかわ文緒 - 2010年分

選出作品 (投稿日時順 / 全4作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


風紋をかぞえて

  ひろかわ文緒


垂直に
しろい花弁のうえを
踏んでゆく足
には、どれだけの空

あったの

  *
血のちった
猫のなきがらを葬る
手はひとしく、やわらかい
猫、きえた
道路にはおもかげが
のこり、けれど
それさえも次第に失われてゆくん、だ、よ
モミジバスズカケから斜めに
こぼれるひかりの、腕

  *
幼いころは、大抵
座敷のすみで
たいらな花器にいけられていた
剣山がざくりと
肌を突きぬけ
肉をおし分けてゆくのを
感覚として理解、して
あらかじめ
痛点もないから
ほとんどうつくしく
なかった、と
記憶のそとの、おもいでを捨てた

  *
昨夜、さんざんに降った雨が
けぶって、町は
おだやかな
波のなか
しずかに
あらわれている

  *
かつてわたしにも
体温があったのだと云う
けれども、うまれてすぐに
みるみるつめたくなったから
気のせい
だったかもしれない、と母は云った
躰のとなりを
まあたらしい子どもたちが
さんざめきながら
学校へゆく

  *
ところどころ
ぬかるんだ躰に
染みこんでくるものを
ようやくみとめて
此処にいる
わずか、折れ曲がった嘴の鳥が
飛びたち
かざきりばねの鳴る、空の
底に、いる
しろい花弁のした
わたしは凹凸として
いのちごと蠢く


ふゆのてがみ

  リフレイン狂


床下にはたくさんの首があります
頭はきちんともいであります

首のちょうど喉仏のあたりに白い紐を結んであって
それの端のほうに血のいろで
ひとつひとつ数がふられていました
わたしの小さい頃からずっと、増え続けていて
十ニ歳になった春には、いよいよ千を数えていました

ある日、とつぜん母がいなくなり
父にどうしたのだろうねと
訊ねてみると黙ったまま、指で「床下に」と合図しました
おそるおそる
床板を(かたん、と)はずして覗いてみると
まだなまあたたかく
血抜きされていない首が
夥しい乾ききった首のうえに置いてありました
首筋に三つ、
オリオンのように並ぶほくろがあって
ねえ、わたしは母のこと
すぐに分かったんですよ、

夏には首のひどく腐ったにおいがして
だからわたし
あまり夏をすきではありません
母が首になってから
ごはんは五日に一度になり
父の購ってきたカップラーメンを
すすっています
(生きるのが、とてもかんたんな仕組みでよかった)
水道はとめられてあるので
家の横にある溝の汚水を汲み
それを飲みます
けれど夏には溝が干あがってしまって
だからわたし
あまり夏をすきではありません


「おかあさん、このいえ、きもちわるうい
「しっ、聞こえちゃうでしょ
「うぐ、
「いそがないと学校おくれるわよ

「友達できてよかったわね
     」

ヒトビトはなぜか必死に眼をそらして
家のまえを通って行きます
玄関に座りこむとヒトをたくさん見ることができるから
すきなばしょです
ついさっき通り過ぎたのは「オヤコヅレ」というのでしょう
そういえば、
「ガッコウ」というところには行ったことがなくて
「トモダチ」というものを見たこともないのですが
それはどんなかたちをしているのでしょうか
父や、かつての母みたいに
お話ができますか
首だけなんてこと、ないでしょうか
もしも
お話ができたなら
トモダチというあなたのこと
たくさん訊いてみたいと思うのです

どんぐりがととん、ととん、と
軒を鳴らす頃
父は紺いろのきちんとした服のヒトに
連れていかれました
わたしは屋根裏のつぼのなかに隠れて
じっと息をころしていました
やがてしずかになったあと、つぼから這い出て
木の壁の虫食いからそっと
父とヒトの後ろ姿をみとめ
今、こうして手紙を書いています
あなたに宛てて
 
庭にはジャノメエリカの
きれいなことと思います
わたしはきっとすごくにおうでしょうから
視界だけでもうつくしかったら
さいわいです
頭はもいで
身体は切り離して
つぼのなかにいれています

あなたはトモダチですか
お話ができますか

わたしの首の祈りです


所在

  リフレイン狂

これが女という場所です 無愛想の観光ガイドが私をひとさし指でさしている 観光客はうつろな眼をしていかにも興味なさげにシャッターをきる あらゆる期待はあらかじめ裏切っておいたから問題はない 国道沿いの自販機の前にて 私 笑顔でたちつくしている

昨日は百個の星を崩したんだという子供の会話を首を絞めることで遮り キャリーケースいっぱいに檸檬を購いにゆきたい そして八百屋のおじさんに「くたばれ」なんてプチトマトを投げつけられたい 「理系だから暗喩ってどういう状態変化なのか分かりません」 祖父に云わせれば四次元ということらしいがその祖父も先月二次元になってしまった

「爬虫類は凍らせてシャーベットみたいにすると美味しいです」 とテレビの美しいばかりの女優が云っていたけれど あれって本当なんだろうか と微妙に気になるんだけど いや 微妙どころじゃなくむしろとても(生活に支障をきたす程度に)気になっているんだけど 爬虫類って購うと高いじゃないですか とケーシー博士に相談されたんだけどどうしたらいいと思う? と親友に相談を受けているけど 私は専ら誰に相談しようかを考えている ラジオに耳を傾けるとフィリピンでは豪雨で町がひとつ沈んだそうだ 人間が魚にもどる日も近いということだろう (けれど)

元夫が生活費を渡してこなくなったので脳内でころした そんなのは自己防衛でしかないと現夫は脳内で非難したが お前のことは昨日に事実としてころしたよ 明日には生活費を渡してくれるよう元夫に手紙を送る予定だ 「あなたに脳内をころされて四年が経ちますね」

季節に嘘をつかれてからというもの半袖を信じられなくなった 八月だというのに雪 南半球になったとでもいうのだろうか ところで地球に西極と東極がないのはどうしてだろう それは軸がないからだよ しかし軸も抜け落ちてしまって地球の回転はでたらめになっただろう でたらめなら方角ごといらないということであり へらへら 学問が次から次へとはじまってゆく

発熱した
花びら、ちぎって
海を、踏む、
越えない、
砂、の
いってらっしゃい、や
おかえりなさい、を
繋げる、
繋がらない、
うらないは
最初から、
選ばれて、いて
最後まで、
私達の、
性癖など、を
知らない、
知って
いる、手段の
ひとつで
生きて、ゆくだけ、

切り、
離した、
発熱した、の、煙を
消して、手元は
くらく、
くらく、

「そ 空だけをね 瞳に映していると 空が空じゃないみたく 蠢くんです ぐおぐお 雲とかじゃなく 青が え あなた孕んでいるんですか 孕むんですか すくいようがないですね」 目の当たりにした空想をカウントしてゆく 仕事はそれ程きらいではなく しかし嘔吐する習慣は治らなかった 階段や坂などは骨に響くけど 食むことは 罰としか思えなかった

テレビがないと生きていけない それはあなたにクレヨンが必要なように 異性が必要なように 煙草が必要なように ミルク色のキャンディが必要なように 写真が必要なように 同性が必要なように 車椅子が必要なように 絵本が必要なように 家が必要なように 薬が必要なように ポケットが必要なように 過去が必要なように そんなたくさんの 愛情のような もの達と ひとしい重さで テレビが必要 だった の でも 多様性とは少し違っていて だから 認める必要は ないままで あなたも 私も

「分解が終えたら教えてください 答えあわせをはじめますから」

差し出された花なら即刻 捨てる
地面は否応なく受け取る
ねえ あなたは何体 埋葬したの

地中には風も吹かない/吹かなかった


ふゆのうた

  ひろかわ文緒


瞼をひらいて
おれんじの灯りを
つけたまま眠ってしまった
ことに
きづいた朝
さみしかったあたしの
ぬけがらが
風のないベッドのうえ
揺れていました
まどのそと
煤けたそらが
ふてくされたように
横たわっています

ひだまりの階段をおりると
ぴあのの鍵盤が
床いちめんに散らかっていて
それはきっと
かみさまのしわざに
ちがいありませんでした
きのうの夜
ゆめのなかでかみさまが
こどものかたちで
わらいながら
ドビュッシーの音みたいに
星をはじいていたのを
みましたから

洗面台に水をはり
顔をあらおうとしたら
ちいさなたびびとが
水のほとりに
おぼつかないあしどりで
やってきました
ちいさな水筒に
わずかな水を汲み
きょろきょろと周りを
みわたしたあと
すぐに消えてしまいました
波紋はきしべを
うったのを確かめてから
しずかになります
(なりました)

まちかどで
かーでぃがんを羽織って
ぬくもっていると
毛糸のすきまから
「またいつか」や
「どこまでもずっと」が
アルファベットみたいに柔らかく
しみこんできて
こわいくらい
からだになじんで
だから
あたしのあしたやきょうは
あてのない約束で
できているのだと
おもいます
くりかえして
くりかえして
生活のふりをして

プラットフォームにて
だれかの落としたてぶくろが
まだだれかの
てのかたちを
おぼえて待っています
おぼえていると
わからなくても
記憶を
あらわすことは
できます
いきていなくても
いきているより
はるかに
じょうずに

家の鍵をあけるときの
無防備なせなかを
たくさんのおばけたちが
のっくもせずに
とおりぬけていきます
かちゃんと
ドアノブをまわしたら
部屋にはやみがあって
あたしはきちんと
ひとりでした

文学極道

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