Narrate refero.
私は語られたることを再び語る。
(『 ギリシア・ラテン引用語辭典』)
熊がかわいそうな人間を食うのなら、なおさら人間が熊を食ったっていいではないか。
(ペトロニウス『サテュリコン』66、国原吉之助訳 )
(これを殺しても殺人罪にならない)
(文藝春秋『大世界史14』)
またそれを言う。
(横溝正史『嵐の道化師』)
「いやんなっちゃう!」と、プーはいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)
「そうらね!」と、コブタはいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』5、石井桃子訳)
「あわれなり。」と、イーヨーはいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)
それでしゅ、それでしゅから、お願いに参ったでしゅ。
(泉 鏡花『貝の穴に河童のいる事』)
饂飩(うどん)の祟(たた)りである。
(泉 鏡花『眉かくしの霊』二)
それは迷惑です。
(泉 鏡花『山吹』第一場)
為様(しよう)がないねえ、
(泉 鏡花『高野聖』十九)
やっぱり、ぼくが、あんまりミツがすきだから、いけないの
(A・A・ミルン『クマのプーさん』1、石井桃子訳)
と、プーは、かなしそうにいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』4、石井桃子訳)
じぶんじゃ、どうにもならないんだ。
(A・A・ミルン『プー横丁にたった家』6、石井桃子訳)
あのブンブンて音には、なにかわけがあるぞ。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』1、石井桃子訳)
もちろん、あれだね、
(A・A・ミルン『クマのプーさん』7、石井桃子訳)
何だい?
(フィリップ・K・ディック『時は乱れて』12、山田和子訳)
変な声が聞えるんです。
(泉 鏡花『春昼後刻』三十一)
変かしら?
(リチャード・マシスン『縮みゆく人間』5、吉田誠一訳)
その声が堪(たま)らんでしゅ。
(泉 鏡花『貝の穴に河童のいる事』)
花だと思います。
(泉 鏡花『高野聖』十六)
花がなんだというのかね。
(ホラティウス『歌集』第三巻・八、鈴木一郎訳)
あの花はなんですか。
(泉 鏡花『海神別荘』)
ラザロはすでに四日も墓の中に置かれていた。
(ヨハネによる福音書一一・一七)
なぜ四日かかったか。
(横溝正史『憑(つ)かれた女』)
「四日ですか」
(フィリップ・K・ディック『アルファ系衛星の氏族たち』3、友枝康子訳)
神のみは、すべてのものを愛して、しかも、自分だけを愛している。
(シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』宇宙の意味、田辺 保訳)
誰もそのような愛を欲しがりはしないにしても、
(E・М・フォースター『モーリス』第一部・11、片岡しのぶ訳)
「こりゃまた、なんのこっちゃい。」と、イーヨーがいいました。
(A・A・ミルン『プー横丁にたった家』9、石井桃子訳)
何を言ってるんだか分らないわねえ。
(泉鏡花『春昼後刻』二十七)
と、カンガは、さも思案(しあん)しているような声でいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』7、石井桃子訳)
これらはことばである。
(オクタビオ・パス『白』鼓 直訳)
そこには現在があるだけだった。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)
すべてが現在なのだ。
(アゴタ・クリストフ『昨日』堀 茂樹訳)
記憶より現在を選べ
(ゲーテ『ほかの五つ』小牧健夫訳)
いったいぜんたい、なんのことなんだか、プーは、わけがわからなくなって、頭をかきました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)
「花は?」
(フロベール『感情教育』第一部・五、生島遼一訳)
「花は」
「Flora.」
たしかに「Flower.」とは云はなかつた。
(梶井基次郎『城のある町にて』手品と花火)
汝は花となるであろう。
(バルザック『セラフィタ』五、蛯原〓夫訳)
花となり、香となるだろう。
(サバト『英雄たちと墓』第IV部・7、安藤哲行訳)
それにしても、なぜいつもきまってあのことに立ちかえってしまうのでしょう……。
(モーリヤック『ホテルでのテレーズ』藤井史郎訳)
どこであれ、帰ってくるということはどこにも出かけなかったということだ。
(フエンテス『脱皮』第三部、内田吉彦訳)
あれは白い花だった……(それとも黄色だったか?
(ブライス=エチェニケ『幾たびもペドロ』3、野谷文昭訳)
「青い花ではなかったですか」
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第一章、青山隆夫訳)
見覚えました花ですが、私(わたし)はもう忘れました。
(泉 鏡花『海神別荘』)
真黄色(まつきいろ)な花の
(泉 鏡花『春昼後刻』三十三)
淡い青色の花だったが、
(ノヴァーリス『青い花』第一部・第一章、青山隆夫訳)
「だれか、このなかへ、ミツをいれておいたな。」と、フクロがいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)
ぼくは、ばかだった、だまされてた。ぼくは、とっても頭のわるいクマなんだ。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』3、石井桃子訳)
「いやんなっちゃう!」と、プーはいいました。
(A・A・ミルン『クマのプーさん』6、石井桃子訳)
嫌になつちまふ!
(泉 鏡花『化銀杏』六)
単純な答えなどはない。
(アルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』第二部・14、中田耕治訳)
私はもはや、私自身によってしか悩まされはしないだろう。
(ボードレール『夜半の一時に』三好達治訳)
「それが、問題(もんだい)なんだ。」と、ウサギはいいました。
(A・A・ミルン『プー横丁にたった家』7、石井桃子訳)
人間に恐ろしいのは未知の事柄だけだ。
(サン=テグジュペリ『人間の土地』二・2、堀口大學訳)
私は未知のものより、既知のものをおそれる。
(ヴァレリー『カイエ一九一〇』村松 剛訳)
私が話しているとき 何故あなたは気難しい顔をしているのですか?
(トム・ガン『イエスと母』中川 敏訳)
きらいだからさ。
(夏目漱石『こころ』上・八)
これは私についての話ではない。
(レイモンド・カーヴァー『サン・フランシスコで何をするの?』村上春樹訳)
どこかに石はないだろうか?
(ホラティウス『諷刺詩集』第二巻・七、鈴木一郎訳)
どうして石なんだ?
(フィリップ・K・ディック『銀河の壺直し』11、汀 一弘訳)
石は硬く、動かない。
(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)
すべてのものにこの世の苦痛が混ざりあっている。
(フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』杉山晃・増田義郎訳)
石があった。
(テッド・チャン『バビロンの塔』浅倉久志訳)
石なの?
(フィリップ・K・ディック『宇宙の操り人形』第三章、仁賀克雄訳)
「花は?」
(フロベール『感情教育』第一部・五、生島遼一訳)
「花は」
「Flora.」
たしかに「Flower.」とは云はなかつた。
(梶井基次郎『城のある町にて』手品と花火)
またそれを言う。
(横溝正史『嵐の道化師』)
これで二度目だ。
(泉 鏡花『眉かくしの霊』二)
「きみ、気にいった?」
(A・A・ミルン『プー横丁にたった家』2、石井桃子訳)
最新情報
2010年09月分
月間優良作品 (投稿日時順)
- Pooh on the Hill。 - 田中宏輔
- ふゆのてがみ - リフレイン狂
- 角氷 - 藤崎原子
- 終わり - ただならぬおと
- 臍 - 草野大悟
次点佳作 (投稿日時順)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
Pooh on the Hill。
ふゆのてがみ
床下にはたくさんの首があります
頭はきちんともいであります
首のちょうど喉仏のあたりに白い紐を結んであって
それの端のほうに血のいろで
ひとつひとつ数がふられていました
わたしの小さい頃からずっと、増え続けていて
十ニ歳になった春には、いよいよ千を数えていました
ある日、とつぜん母がいなくなり
父にどうしたのだろうねと
訊ねてみると黙ったまま、指で「床下に」と合図しました
おそるおそる
床板を(かたん、と)はずして覗いてみると
まだなまあたたかく
血抜きされていない首が
夥しい乾ききった首のうえに置いてありました
首筋に三つ、
オリオンのように並ぶほくろがあって
ねえ、わたしは母のこと
すぐに分かったんですよ、
夏には首のひどく腐ったにおいがして
だからわたし
あまり夏をすきではありません
母が首になってから
ごはんは五日に一度になり
父の購ってきたカップラーメンを
すすっています
(生きるのが、とてもかんたんな仕組みでよかった)
水道はとめられてあるので
家の横にある溝の汚水を汲み
それを飲みます
けれど夏には溝が干あがってしまって
だからわたし
あまり夏をすきではありません
「
「おかあさん、このいえ、きもちわるうい
「しっ、聞こえちゃうでしょ
「うぐ、
「いそがないと学校おくれるわよ
「
「友達できてよかったわね
」
ヒトビトはなぜか必死に眼をそらして
家のまえを通って行きます
玄関に座りこむとヒトをたくさん見ることができるから
すきなばしょです
ついさっき通り過ぎたのは「オヤコヅレ」というのでしょう
そういえば、
「ガッコウ」というところには行ったことがなくて
「トモダチ」というものを見たこともないのですが
それはどんなかたちをしているのでしょうか
父や、かつての母みたいに
お話ができますか
首だけなんてこと、ないでしょうか
もしも
お話ができたなら
トモダチというあなたのこと
たくさん訊いてみたいと思うのです
どんぐりがととん、ととん、と
軒を鳴らす頃
父は紺いろのきちんとした服のヒトに
連れていかれました
わたしは屋根裏のつぼのなかに隠れて
じっと息をころしていました
やがてしずかになったあと、つぼから這い出て
木の壁の虫食いからそっと
父とヒトの後ろ姿をみとめ
今、こうして手紙を書いています
あなたに宛てて
庭にはジャノメエリカの
きれいなことと思います
わたしはきっとすごくにおうでしょうから
視界だけでもうつくしかったら
さいわいです
頭はもいで
身体は切り離して
つぼのなかにいれています
あなたはトモダチですか
お話ができますか
わたしの首の祈りです
角氷
角氷を机にのせる
なかの空気が銀に光って
内に向かって収縮する
冷凍庫のにおいがする
周りに水がひろがって
さっきよりもちいさくなっている
ひび割れていく音
そして
触ってはいけない
冷たいことを知っているから
触ってはいけない
手をかざして
冷えを感じても
いいけど
触ったら
溶けてしまうから
そのまえに
充分にちいさくなった時
その上にもう一つ角氷を乗せる
外で暗い雨が降っている
終わり
〇
私は、私にとって美しいものを、あなたの言葉によって美化されたくありません。それでも初めて、あなたの言葉においても、こればかりは純粋に美しいと確信するものができました。それは空白です。私は絶対に美しい空白を見ました。それはあなたのものですが、私からもあなたに贈っておきたいとおもいます。その光彩において他の光彩に添えられておらねばならぬのが空白のあり方です。そしてあなたの空白というものは、あなたにこそ添えられてあるべきものでしょうが、今の私には残念ながらあなたが無いので、「ありがとう」と書き続けてきたルーズリーフの、恰ど一枚ここにありましたのを、あなたの代わりとして添えてみることにします。あとはあなたが、私を信じてくださればこそ。消失点に成りやまぬ最終というものに宿る、そんな無限のような空白よりも、もう少しだけ限りありそうな空白、それが(終わり)ですから。
鳥たちが一せいに弾け飛ぶ。
地面が私をねじる。
と、私から滴れた、ぽたぽたと行間に馴染むひとしずくひとしずくの背景が、沁みになっていく。中から三滴を選び、手紙として封をした。
上を向いたら
私の顔面があったから、
ごぼっと引き剥がしてしまった。
そこから、どばどばと放水されて
私は大水のさ中、
しきりに問い掛けた。
あなたには、死ぬか、いきるか。
それしかないか、と。
そんな土砂降りの瀑布を
胸が爛酔するほど呑みこんでしまったら、
無為に咀嚼したくなったある復唱が、
嘘という、
腐った言葉の水脹れを絆して、
不妄語と倶にどんどん白んでいった。
そして白は次第に凍結し初め、雪の華になった。
手形の痺れた息遣いで、私は、猶も大量に降り掛かってくる華瓣の一切を左右に吹きあらした。
それから再び、
人間を已めよう、という予感をぶり返した。
今し方、私が封をしてしまっていたのは、もしや「ありがとう」の羅列ではなかったのかもしれない。情景が滞ったあの日に感染するための、創ぐちとして痛覚に衝き上げてきた想起、すなわち、「人間を已めよう」と、そんな嘘がノートに様ざまな字体で書き足され続けていたような気がする。
その内、私が、想起の海に浮かんだら
あなたは砂浜になって
私を迎えに来てくれるのでしょう
波は私と私たちとのあいだに立ちつづける相違だから、目をそらすことはできなかった。海があるなら、海辺もあるはずでも、このままあなたが来ないとして、決して、あなたのせいではない。私はあなたを信じている。私は海辺で、陽の昇るところを観ている。これが夕陽なら、昇れずに、沈んでいってもよかった。水源から波の次々と潰され均された海面に、澄明な暗度を垂直に奔らせて雪崩れようとしているあなたは、砂でできていたのに、砂よりもよわり易くなっていた。
背景が
飛んでいく。
まるで別れのようで、
遠方は泣き崩れ、それに伴って足場も泣きだして、
いや、泣きだしそうなまま崩れてしまっている。
ひそやか乍ら、私は、
別れに上限だけは設けていた。
もう、これ以上、別れきれません、だから、行かないでください、というと、
じゃあその上限を超えた分だけ再会しましょう、では左様なら、と、そういって、背景は、背景の手掌いっぱいに満ちていた血の色を幾条もの襞にして飛び散らかした。
飛んでいく、そう感じたとき、
私と別れる背景が、慥にそこにありました。
陽は赤く、
鳳凰のようでした。
ただし、私の大きさにはとてもかないそうにありません。
それは、
あなたのような鳳凰でした。
が、あなたは背景の中軸で極限まで自らを見えなくしていっても、竟に私を最初から見てくれませんでしたね、やさしいから。今でも無同然のあなたに、添えられ尽くしてしまったこの空白に、反射する光彩があなたにも美しくありつづけるようにと。信じています、信じてください。
一
子どもたちが孤独を望ま失くなった日を穿ち
私と世界が捻ジこまれて適《ゆ》く
天上に
確かに罅が入って適く
孤独は睛眸に棲んでいる天使らと
固唾を呑みながらそれを瞻《みあ》げている
失くなったものに一つ宛《ず》つ封をして
投函していたポストの裏側で身を陰《ひそ》めている
あの孤独を私が祝福してあげたい
私の母親を手向けるから
どうか孤独も
私として
生まれて来てください
換わりに死活なく私を愛して
数え限《き》れない羽衣が
天上まで投げ騰げられ
方々に分かたれ適く子どもの私を零度《つめた》い繭のように包るむ
誕生の一《はじまり》からは絶えず軟らかな潮風が戦いで
母なる両腕を貌彩《かたど》ってひろがって適く
それから
孤独の喫《の》む煙草の尖を掌握する
ジュッと立ち抗《あ》がった烽煙《けむり》が
波打つ標識《ブイ》のように浮沈し願いのように淡《うす》れた
孤独の眼に烙《や》き著《つ》いた消灯は天使の影像をシナプスに投じ
私が祝福され果てた後
愈よ
降りてくる
世界は孤独を衛《まも》るため
それだけに孱《よわ》く創られている
されど孤独にとって世界は催涙や愛しみではない
それは宛もなく孤独に送り返される
ヒマワリの原色 そして
私の胎動を孕む
子どもには生めなかった豫言《はず》の母親
現《いま》に失望《すべて》から再起した歓声《よろこ》びが
昂《たか》らかに早鐘を鳴らして孤独の肩骨に宿り
ミルク状の羽音を加熱《ぬく》めて適く
空《うつ》ろに懸かっていた首吊りの環も眼一杯のヒマワリへ咲きかわり
踏み台に腰を卸した原点《ゼロ》に指先のように根を搦《から》めて
最後にこう奏る
つまり花は音律で
原点の躰は霊水であるがゆえに吸血され
その音雫《しずく》があまねく私を媒《つた》い
孤独の耳に韻《ひび》いて
あなたは孤りではなかった!
あなたはもう独りではなかった と!
二
こわいんです、私に目が二つあること。あなたが私の両目を指でさすとき、私には、片目が無くなった感じがある。こわいんです、私には、私になにが二つあってなにが二つないのかが、いまだにわからなくて。あなたは一つしかない私の部分に、そっとあなたの部分を足すから、私は一向に数えきれないんです。私には魂が二つ、体が二つある、二つあるはずがないことくらい、ちゃんと解っているはずだのに、どうしてか、あなたのそれらを一緒に数えないわけにいかない。あなたは、私のような顔をして、私を嗤う、お面をかぶった誰かです。そう。誰か。私と同じくらいおそろしい、あなただけの名前です、誰か。それでいて、私でもいい誰か。誰か。たすけてください、こわいんです、私にはどうしてよいのかがわからないんです。たとえば、私が絵を描いているとき、私は書かれたがっている文章になります。あるいは、文章が私に書かれているとき、私は、描くべき絵になります。私、絵と文章を同時にかける絵と文章になりたいんです。こうして書かれていく文章のために、あなたのイメージとして完成されてゆく一枚の絵画が、もはや私と呼ばれはじめている。私を。描かないでください。私に文章を描いてください。絵に私を書いてください。やっぱり、なにもかかないでください。かかれている私は絵か文章であって、絵と文章にはなれない。あなたがたすけない私はたすからないでください。私って、誰ですか。誰か。あなたではない誰か、私に、私をおしえてください。私の意味が二つに分離してゆきます。まるで、最初からそこに二つあったかのようです。二つがあるせいで、対という一がそこには成り立っていて、懲りない私は、それをまた私と呼びいつのまにか分離してゆくさまをみつづけています。私はときどき朝になります。朝は夜の対義語です。夜は昼の対義語です。しかし昼は、朝ではなく、私の対義語にして、失くさずに、大事にします。私がわからなくなったとき、あなたは、昼のことから、おもいだしてみてください。いくつにも分離していった跡が、まるで日光のようにあらゆる一周から還ってくるさまを最後までみまもっていてください。その総体が昼です。昼はいつでも私に寄り添っている。私はあなたに寄り添っている。あなたは私を見ていないときにだけ、昼を見ることができる。あなたに私が、私にあなたがもう見えていないころ、まだ、すべてははじまったばかりです。
三
私と関わりきれることのできる人を数えたら、せいぜい三人くらいになるだろう。だから私とその三人は、地球を見捨てて無人の星で新たな生活をはじめることにする。その星はただただ広くて、三人は逃げようと思えばいつだって逃げられるけれど、私が眠っている間も、ずっと傍に寄りそってくれる。私はその優しさが申し訳なくなって、サバイバルゲームをしようなどと言い出し、かくれんぼをやらせることにする。見つかったら死刑見つからなくても死刑私と関わったことでそもそも死刑だとルールを押し付けても、反論されず、戸惑った。
私は包丁を握りしめて早速数を数えはじめる。皆ほうぼうに隠れていく、その音がひどくさびしくて私は、私の方こそ死んでいるような気になって、目を閉じたままこのまま死ぬまで数を数え終えられないようにと願った。
するとドスッと音がして、慌ててふりかえる。遥か頭上から包丁を落とす私と、あとの三人がいる。あの三人は、もしかして、あの三人なのだろうか。私はひどく不安になりながら、隠れたはずのあの三人を、探しはじめる。
もし、頭上の三人が地上の三人と同一だったとしたら、死刑にしなければならないはずだが、同一だという保証がどこにもない。保証がなくとも、現に見つかっていない地上の三人は死刑が確定している。私だけが鬼なら本当には殺さなくて済んだのに、どうして天上にもう一人私が居やがったんだ。ずっと、ずっと隠れてやがったんだ。死ね!
私はむっと顔を顰めて、包丁を投げ上げる。ふっと天上の私が消える。そして包丁が垂直落下しはじめた後に、そいつは再び出現した。一体、なんなんだ。落ちてきた包丁をよけると、地上の三か所から三つの包丁が同時に打ち上げられた。私は顔面蒼白になって、みーつけた! と絶叫した。天上の三人がふっと消え、包丁が垂直に落ちてくる。落ちてきて、落ちてきて落ちた。私は慌てて三方向にかけよった。
しまった! と思った。ここで私は、私を二人も増やしてしまった。不安になりつつ各自で例の三人を探してみたが、そこにはただ包丁が落ちているばかりだった。私がかえりみると、私と残り二人の私が、同時に、私たちの成す円の中央をみた。
引っこ抜いた包丁を、私たちは中央に向けて投げた。ぐさっといって、包丁が互いを刺しあった。私は天上を見上げた。そこでは幾千万もの私が包丁をふりかざしていた。死刑。その時を覚悟した途端、奇妙な形に刺さりあっていた包丁がビュオンと言って上に向かい、同時に私の周辺の至るところからも、ビュオンと包丁が上がっていった。
一方で、天上から振り降ろされた幾千万もの包丁が、それらとぶつかってまた刺さりあった。刺さりあって静止しているところに、至るところから、あの三人がかけつけていく。そして至る方向に包丁をひっこぬいて一斉に構える。変だ。今度は全部の刃が、私一人に向けられている。
私はしゃがみこんで目を閉じて、できる限りの速度で数を逆から数えた。途中から啓示のように口が勝手に動いてついに一まで辿りついたとき、肩を叩かれた。目を明けると、私の周りに包丁が三人立っている。その包丁が私をふりかざして、私に振りおろしたとき、私は、私になり、あの私ではなくなってしまった。
それからばったり倒れた三つの包丁を鞄に仕舞い、私はあの三人を探しはじめる。星はただただ広くて三人はいつだって私から逃げられたけれど、私が眠っている間も、傍に寄りそってくれていた。三人は眠ったふりをする私のもとに寄り集まって、よく寂しいと言って泣いた。私はこんな寂しい星に三人を連れてきたことが、ただただ申し訳なくて、三人が眠ったころにいつも一人で泣いてしまうのだった。
*
あなたが好きなものを私だけは嫌いたくなかった。ひとつの世界とはそのようにして終わりを遂げます。枯れゆくすべてから、今、あなたが好きな言葉だけが咲き、始まりも終わりもない一篇の詩になってゆきます。
開かれたままの本が勝手にめくられるのを待っています。あなたは今、始まらないものがたりの中で私を待っています。
*
いつか好きでなくなるために人を好きになる人などいない。歴史に、こう刻まれてあった。明日も鮮やかな碧眼になるために、隣で地球がまぶたを下ろしている。もう、眠ってしまっているのだろうか。すみません、この歴史、私のなんです。でも読めば読むほど素的なメモですね。
夜、と謂うらしい。夢に下りたつめたいまぶたに触れる、つめたい指さきから波紋は広がる。その波に揺られ、向こう側ではカラカラと星のかざぐるまが廻る。風は常に遠くなっていく、次の風より、またさらに遠ざかりながら、きらきらした音だけ鼓動として高鳴りつづける。
過去は
夢に課すものを予感と謂い、
そのどれもに終わりを命じている。
(始まり全てに、終わりがくるみたい。それなら、全てが終わる夜に、あなたが時間を止めてください。そして会いにきた人にキスをして、その人を、私の名前で呼んで。名前は、まちがってもいい。それがわざとでも)
*
人は、いつも、
人を好きでなくなる時や
人に好きでなくなられる時を
予感して生きている。
全てが終わる夜、太陽が、地球の好きな化粧を落とす。いよいよその素顔が明らかになる、という寸前で、洗面所は停電した。地球は、この時に備えて周到に用意していた避難用のバッグから、懐中電灯を取り出す。スイッチを入れてみるが、点かない。窓の外、月の灯も消えてしまっている。
名前を呼ばれて、朝だった。化粧したあなたが、いつものようにまぶしい。永かった昨日より一日だけ永い今日を、あなたは、明日と謂う。そして明日もう一度キスをしようと言う。もう一度。
*
いつか好きでなくなるために
人を好きになる人などいない
遠い風は
もう
頁をめくらない
あなたがカーテンをめくり
足もとへ流れてくる日なた
青と青のすきまから
こぼれた白を
享けとめる小さな指さきに
あたたかな日の暈を
嵌めてあげたい
*
癒《なお》らぬ疵《きず》のうずくあなたに、一輪のガーベラを贈ります。そだてた男を思いながら、その唇で花の意味にそっと吻《ふ》れてください。いつの時代も、少女に指《ゆびさ》されるのはただ一輪のガーベラであり、咲かせるのは死ぬる囚人であります。悦びが死にゆく光りなら、哀《かなし》みは生ける闇《くらが》り、あなたの羞《は》じらいはぬかるんだ望みへと沈み、仄かにかがやきを初めております。あなたは花のももいろに肖《に》ている、死刑囚に育てられたこの一輪の花の。だから私はあなたを愛します。いつの時代も生が愛されるのは、ただ一人、この死者によってでありますように。
*
眠る胎児と一しょに、臍帯で右目の無い人形が育つ。それは胎児の前世を模った、いずれ消えゆく生命のプラスチック体である。しかし無知なるこの人形は、親近《ちか》いものが右目を潰したのだと省み、固く鎖した左目のまぶたに疎遠《とお》い無色をのぞんだ。代わりに鼻は血なまぐさい母性愛をむさぼり、耳は羊水のめぐるのを聴き。心臓はなおも紅くふとり続けている。
不安なる人形には右目が遺した有色の記憶ばかりが思いだされて、次なる欠損を惜しみにくめども、うつろなかれにはいまや来世も疎遠《とお》からず。痛みもなく潰れてゆく肉体の要素として、ひらきかけた左目を瞑りなおすけれど、いよいよ出生の時さえ来至《きた》れば、心臓や鼻、耳、そしてこの左目などは全て、右目とひとしく母なる臍帯を融通し、眠る胎児の、玩具箱のような胸部へと片づけられるであろう。かれは定めを悟り初めている。
胎児は人形より解けだすそうした気配を摂りながら、生まれ出ずることの歓びに胸をふくらせる。それから遠近法を現世《いま》に両目に学びきるまで、すでになにものも見えぬ冷たき前世の臨終を感じ眠りつづける。
*
水の膜、触れるには脆そうな。
表面に幽かな蒼が融けこんでいる。
それを隔ててあなたがいる。
きれいなものを識るたび、
消えたいと切望《ねが》う私が、
その膜にゆらゆらと映り
あなたの横顔をにごす。
肺を欠乏におかされて吸いこんだ、
この温度すら、あなたは語《ことば》に染める。
幻視に揺らぐ果樹、
その根にやどる結石が
縦《たと》い私の語意でも、
今の私には依《たよ》れそうもない。
すこしほろ苦い、あなたが水膜《すいまく》を敲く。
私も仕返そうとたち添えた、てのひらから、膜は刹那《せつな》く波紋のように破《わ》れた。
喪失をかたどった沫《あわ》が、
あなたもろとも消え、
永遠の淵から炙りだされた
琥珀の景色の、柔な匂いだけ、そこに残して。
私は。
あなたからきれいにされた呼吸の一片さえ
ばらばらに壊さなければならなくなった私は、
まだ、なにも、こわせない。
積み石のように建ちあがった夕のすきまを蝕んでゆく
灯りの色から、
ゆっくりと、
目をそらして。
*
私が止めると私が止まる。木製のあと味、ずっと噛んでいたアイスの棒が、口唇から剥がれた。その棒にめりこんでいた歯形も剥がれていった。消化されたものはもう嘔《もど》らないということを、ようやっと惟い知る。
私の、方向が、ない。
時計から欠けそうな針が、マイナスの形に開いている。私の瞳は るえているのか。こんなにも眩しく筆跡をなぞ のに、悪いのは蛍光灯だと思いこんでいた。自由、それは回転して る、つぶれそうなほどの自由、なのだ。夜だというの 手の平は案《つくえ》にはりつき、だれにも抱きしめられなかった影が、影に握られた夜だというのに、夜だ、というのに、二個の器官が、いつまでも手の甲をみつめて、しかし、逃がしては れなかっ 。どうにもならない瞳がふるえる。悪 のは鏡像の蛍光灯だと思い込んでいたかった。
まずくなった緑茶を飲み干す。時計の針がずっと止まりつづけている。ここからは、もはや止まるべき方向も奪われていくようだ。あらわされてはならない表示が、統べて否定形に展開していく。例えば、あらわれてはならない消失点が十字に割けていく、そのように、
血は叫ぶ、
愛して、
愛させてください愛を下さい、
愛を下してください。
私は叫ばない、
血を愛している。
愛は叫び、愛を叫ばない、
私は
止まっていたのだった。
鼓動にやぶれた残響が、
一個の心臓の層に挟まれて、
はたはたと、悸《ときめ》いている。
私はアイスの棒を拾った。ついで歯形も拾った。それを再び歯と噛み合わせた。唯一拾えなかった不在が、足下で腐っていく、その還元として、新化しなければならない私に、向けられるべき刃にもやはり方向がない。
もし刃に方向があれば未来を刺して過去に刺されたところから吹き出す鋭角の光で現在《いま》の連続を串刺しにしたかった。
*佇む体
どこかの喉からかあふれた声が
耳からひたひたとはいりこんできて
鎖骨のあたりで
あなたの気もちへとかわり
血液の遁走がとまってまもないきずぐちに涌きだし
えぐるように沁みわたる
はだかでこごえる未経験なあなたたちと
ひとしい振れ幅でながれている
なまぬるくうるおった
愛しさは
ほそくちぎれそうな首すじから
脹れあがった足のつまさきへとながれ それから 粘着質な床へと伝い
あなたのなかにめぐっていたゼロやたゆまぬ問いをみちびき光とまじわり遠くそらへ
空へ
穹へ旻へ
あああなたは生まれる
あなたはこの世に生まれるまえにしていたうつくしいフォトシンテシスをおもいだし
うしないゆくものたちのかわりにおそらくはあなたの足のうらであろう歪な平面にひろがる
つめたい哀しみを吸収し からだに放たれた母乳のにおいのなかにはじめての生育を感じはじめている
あなたとかのじょの声がであって
ふたりの心臓に孤独として
きいろい花がひらいていたのであれば
おもいではまだ
あなたにかえったばかりの
触れられない
うすむらさきの弔い
思想の種をたずさえて
あなたの柔らかいしろい声が
さらさらとかのじょへ運ばれるとき
くりかえす季節のながい営みにより
朝におとずれるひとつの春は
そっと
さびしさにたゆたう
太陽の憬れ
あなたはゆっくりと手脚の形状をわすれ
地球に根をはりながらうごかない存在になろうと
はなれそうな意識を
すべて
眼球にあつめて
みどりいろのきずぐちをみている
だんだんとあなたは
唇の位置をつかめなくなり
ついにことばは
ゆっくりととじた瞼からにじむ浮力だけ
かのじょの胸との連絡をもとめて風かみに伸ばされたあなたの十本の茎は時間をおって四方にわかれてゆく。あなたのために生まれる人をかぞえたぶんの葉がそこに生えるとして、宇宙の胎動にあやかるこの追憶を死とよぶのならあなたたちのいのちはなんのためにあった。あなたを生み殺した一途の愛へかえそうとするまことのしあわせの歌がまだあなたの原型を保ってくれているうちに、保存されたあなたの人間性をおもいだしてしまわなければあなたは死んだあとにする正しいブレスをわからないまま、うごけないふるさとを聴くだけの不死身なみどりいろになる 動物でも植物でもないうつくしいだけのみどりいろに。あなたたちは生まれることがすなわち死ぬことだとだれかに学ぶけれどほんとうにそれを気づいた人はほとんどない。瞼をあけると血液が痛みをともない燃えるように熱くあかくあなたのきずぐちからあなたの管を逆流するのがみえる。だらだらとしたたりだした水分は首すじを伝い粘着質な床からはがれることに成功した足のつまさきへとながれつき、それから 遠くそらへ空へ穹へ旻へあなたのかぎりない誕生を祝うかのように蒸発しあなたは男の生体をとりもどす。
いのちを売るように
文字を売る
私の生活という腐葉土に
たおれている
はだかの女
しろい肌にきらめく
やさしさ
それを
さびしくなるまで
じっと見ている
チューリップの球根を
女にたべさせ
そのおこないを
会話とよぶ
水をのませても
花は咲きそうにないから
私はせめて
かおを近づける
けれど
彼女の視線は
私の角膜の奥をさぐり
出るはずのないなみだを
まだ
まっていて
私は
くちびるに触れられないまま
そっとやわらかい女の手先をにぎる
ちからのない指から
いつかのキスを想像して
それから
さびしくなるまで
となりにねむる
音をたしかめ
私を洗浄するゆめのなかから
したたってくる望みと
千本のチューリップにしずむ
よこたわったふたつの肉体
ああ
女を揺さぶるほどのいぶきが
ふたたびここで詩になるとき
そのしらべを
きっと
平和とよぶのだろう
女のやさしさのもとに
育ちやまぬ善美があるなら
私はそのきらめきが根こそぎ枯れ
さびしくなるまで
そばにありたい
*十字架
私に辿りつけない系図が、皮膚にびっしり張りめぐっていて、ところどころ筋が腫れあがりながら、蒼く静止している。その支線には血が筋肉質に流れつづけ、そして、私が私に血を流すのも、おなじだけしずかなことだった。あらゆる行き先から私の血は異論を立てられて、そのたびに引き返そうとして、もう、どこまでも、行き先しかなくて。ぐッと、停滞する血。停滞したつもりが、無慚にも、巨大な全体へ円くひろがって行き、ただ私の視点ばかりを害する鮮やかな汚点《しみ》となって。今は色褪せている。褪せてしまった血の発色を、私の美感はゆるせない。抱きしめようとしたのは、死体ではなく独《さび》しさだった。私たちは最初から判っていたのだ。この血は私の子孫でもなければ、祖先でもないということ。
流暢な
あなたの炎で
もっと
多くを
かたらせて
ください
did u kill u?
4 in STANCE
精液の音と
あなたの愛した勃起
i listen to the vagina
気泡のなかには
病のように
あなたが
まだ棲んでいて
睨んでも
水に
がんぼうは移らない
i loved me
i am my u
did i kill u?
この黒々とした縁取りに
あなたの内臓や性を
はめさせて
ください
*廻向
凍り付いても血が凝結することは亡いこの脈絡のどこで私に発熱など出来ただろう。どうしても、母親からは人間で生まれてしまって。それでも心臓がふたつ有れば、あなたは私の肺では亡かったとしても体温ぐらいにはなってくれた、緊張したシステムが新たなはらわたを作りはじめて居るこの身体の。
私が頭脳のよいものばかり摂れるSetting The Esophageal Weepだったら、あなたと被膜すら張り合って居られるのに、どうして心臓では亡いものばかりが出来て行くのだろう。
と
言い淀んで
人間は延びてしまえるくらいだから
私を唱えながらあなたもやがて居亡くなれるね。
と
言い淀んで
臍
人生の
のこり二十年くらいのところに
臍がある
むかし
へその緒と
つながっていた
臍
かって
命を
食べていた
臍
いま
生を
食べている
臍
私には
三つの
臍がある
昔の臍は私のお気に入りの形をしている。かつての臍は口を完全に閉ざして動かない。今の臍は頼みもしないチューブで胃につながっている。
どれが
ほんとうの
臍なのか
私は
ときどき
分からなくなる
順列 並べ替え詩 3×2×1
映画館の小鳥の絶壁。
小鳥の映画館の絶壁。
絶壁の映画館の小鳥。
映画館の絶壁の小鳥。
小鳥の絶壁の映画館。
絶壁の小鳥の映画館。
球体の感情の呼吸。
感情の呼吸の球体。
呼吸の球体の感情。
球体の呼吸の感情。
感情の球体の呼吸。
呼吸の感情の球体。
現在の未来の過去。
未来の過去の現在。
過去の現在の未来。
現在の過去の未来。
未来の現在の過去。
過去の未来の現在。
実質の実体の事実。
実体の事実の実質。
事実の実質の実体。
実質の事実の実体。
実体の実質の事実。
事実の実体の実質。
彼の彼女のハンバーグ。
彼女のハンバーグの彼。
ハンバーグの彼の彼女。
彼のハンバーグの彼女。
彼女の彼のハンバーグ。
ハンバーグの彼女の彼。
孤島の恍惚の視線。
恍惚の視線の孤島。
視線の孤島の恍惚。
孤島の視線の恍惚。
恍惚の孤島の視線。
視線の恍惚の孤島。
直線の点の球体。
点の球体の直線。
球体の直線の点。
直線の球体の点。
点の直線の球体。
球体の点の直線。
どこの馬の骨。
馬の骨のどこ。
骨のどこの馬。
どこの骨の馬。
馬のどこの骨。
骨の馬のどこ。
きゅうりのさよならの数。
さよならの数のきゅうり。
数のきゅうりのさよなら。
きゅうりの数のさよなら。
さよならのきゅうりの数。
数のさよならのきゅうり。
一篇の干し葡萄の過失。
干し葡萄の過失の一篇。
過失の一篇の干し葡萄。
一篇の過失の干し葡萄。
干し葡萄の一篇の過失。
過失の干し葡萄の一篇。
ぼくが夢のなかで胡蝶を見る。
夢が胡蝶のなかでぼくを見る。
胡蝶がぼくのなかで夢を見る。
ぼくが胡蝶のなかで夢を見る。
夢がぼくのなかで胡蝶を見る。
胡蝶が夢のなかでぼくを見る。
右の耳の全裸。
耳の全裸の右。
全裸の右の耳。
右の全裸の耳。
耳の右の全裸。
全裸の耳の右。
あなたの影の横揺れ。
影の横揺れのあなた。
横揺れのあなたの影。
あなたの横揺れの影。
影のあなたの横揺れ。
横揺れの影のあなた。
白紙の信号機の増殖。
信号機の増殖の白紙。
増殖の白紙の信号機。
白紙の増殖の信号機。
信号機の白紙の増殖。
増殖の信号機の白紙。
信号機の小鳥の増殖。
小鳥の増殖の信号機。
増殖の信号機の小鳥。
信号機の増殖の小鳥。
小鳥の信号機の増殖。
増殖の小鳥の信号機。
夢の糸の錯誤。
糸の錯誤の夢。
錯誤の夢の糸。
夢の錯誤の糸。
糸の夢の錯誤。
錯誤の糸の夢。
詩の一度きりの増殖。
一度きりの増殖の詩。
増殖の詩の一度きり。
詩の増殖の一度きり。
一度きりの詩の増殖。
増殖の一度きりの詩。
田中の広瀬の山田。
広瀬の山田の田中。
山田の田中の広瀬。
田中の山田の広瀬。
広瀬の田中の山田。
山田の広瀬の田中。
TVの弁当箱の抑圧。
弁当箱の抑圧のTV。
抑圧のTVの弁当箱。
TVの抑圧の弁当箱。
弁当箱のTVの抑圧。
抑圧の弁当箱のTV。
画面の重湯の暗喩。
重湯の暗喩の画面。
暗喩の画面の重湯。
画面の暗喩の重湯。
重湯の画面の暗喩。
暗喩の重湯の画面。
孤島のシャツの世界。
シャツの世界の孤島。
世界の孤島のシャツ。
孤島の世界のシャツ。
シャツの孤島の世界。
世界のシャツの孤島。
両頬のマクベスの渦巻き。
マクベスの渦巻きの両頬。
渦巻きの両頬のマクベス。
両頬の渦巻きのマクベス。
マクベスの両頬の渦巻き。
渦巻きのマクベスの両頬。
桜の文字の公園。
文字の公園の桜。
公園の桜の文字。
桜の公園の文字。
文字の桜の公園。
公園の文字の桜。
瀕死の感情の帆立貝。
感情の帆立貝の瀕死。
帆立貝の瀕死の感情。
瀕死の帆立貝の感情。
感情の瀕死の帆立貝。
帆立貝の感情の瀕死。
物語の日付の距離。
日付の距離の物語。
距離の物語の日付。
物語の距離の日付。
日付の物語の距離。
距離の日付の物語。
曲解の表面の拡散。
表面の拡散の曲解。
拡散の曲解の表面。
曲解の拡散の表面。
表面の曲解の拡散。
拡散の表面の曲解。
表面の小鳥の品詞。
小鳥の品詞の表面。
品詞の表面の小鳥。
表面の品詞の小鳥。
小鳥の表面の品詞。
品詞の小鳥の表面。
睡眠の小鳥の物語。
小鳥の物語の睡眠。
物語の睡眠の小鳥。
睡眠の物語の小鳥。
小鳥の睡眠の物語。
物語の小鳥の睡眠。
現実のデズデモウナの紙挟み。
デズデモウナの紙挟みの現実。
紙挟みの現実のデズデモウナ。
現実の紙挟みのデズデモウナ。
デズデモウナの現実の紙挟み。
紙挟みのデズデモウナの現実。
わろた。おやすみなさい。ごめんなさい。
おやすみなさい。ごめんなさい。わろた。
ごめんなさい。わろた。おやすみなさい。
わろた。ごめんなさい。おやすみなさい。
おやすみなさい。わろた。ごめんなさい。
ごめんなさい。おやすみなさい。わろた。
振動する小鳥の受粉。
小鳥の受粉する振動。
受粉する小鳥の振動。
振動する受粉の小鳥。
小鳥の受粉する振動。
受粉に振動する小鳥。
樹上のコンビニの窒息。
コンビニの窒息の樹上。
窒息の樹上のコンビニ。
樹上の窒息のコンビニ。
コンビニの樹上の窒息。
窒息のコンビニの樹上。
ブラウスの刺身のマヨネーズ炒め。
刺身のマヨネーズ炒めのブラウス。
マヨネーズ炒めのブラウスの刺身。
ブラウスのマヨネーズ炒めの刺身。
刺身のブラウスのマヨネーズ炒め。
マヨネーズ炒めの刺身のブラウス。
フラスコの紙飛行機の蒸発。
紙飛行機の蒸発のフラスコ。
蒸発のフラスコの紙飛行機。
フラスコの蒸発の紙飛行機。
紙飛行機のフラスコの蒸発。
蒸発の紙飛行機のフラスコ。
海鼠の水槽の回し飲み。
水槽の回し飲みの海鼠。
回し飲みの海鼠の水槽。
海鼠の回し飲みの水槽。
水槽の海鼠の回し飲み。
回し飲みの水槽の海鼠。
樹上のフラスコのブラウス。
フラスコのブラウスの樹上。
ブラウスの樹上のフラスコ。
樹上のブラウスのフラスコ。
フラスコの樹上のブラウス。
ブラウスのフラスコの樹上。
階段の沸騰するプツプツ。
沸騰するプツプツの階段。
プツプツの階段の沸騰。
階段のプツプツの沸騰。
沸騰する階段のプツプツ。
プツプツの沸騰の階段。
樹上のブラウスの刺身。
ブラウスの刺身の樹上。
刺身の樹上のブラウス。
樹上の刺身のブラウス。
ブラウスの樹上の刺身。
刺身のブラウスの樹上。
待合室の松本さんの燻製。
松本さんの燻製の待合室。
燻製の待合室の松本さん。
待合室の燻製の松本さん。
松本さんの待合室の燻製。
燻製の松本さんの待合室。
踏み段の聖職者の振動。
聖職者の振動の踏み段。
振動の踏み段の聖職者。
踏み段の振動の聖職者。
聖職者の踏み段の振動。
踏み段の聖職者の振動。
無韻のコップの治療。
コップの治療の無韻。
治療の無韻のコップ。
無韻の治療のコップ。
コップの無韻の治療。
治療のコップの無韻。
蒸発するコンビニの聖職者。
コンビニの聖職者の蒸発する。
聖職者の蒸発するコンビニ。
蒸発する聖職者のコンビニ。
コンビニの蒸発する聖職者。
聖職者のコンビニの蒸発する。
振動する窒息する花粉。
窒息する花粉の振動する。
花粉の振動する窒息する。
振動する花粉の窒息する。
窒息する振動する花粉。
花粉の窒息する振動する。
コンビニの男性化粧品棚の受粉。
男性化粧品棚の受粉のコンビニ。
受粉のコンビニの男性化粧品棚。
コンビニの受粉の男性化粧品棚。
男性化粧品棚のコンビニの受粉。
受粉の男性化粧品棚のコンビニ。
フラスコの鯨の回し飲み。
鯨の回し飲みのフラスコ。
回し飲みのフラスコの鯨。
フラスコの回し飲みの鯨。
回し飲みのフラスコの鯨。
回し飲みの鯨のフラスコ。
指先の樹液の聖職者。
樹液の聖職者の指先。
聖職者の指先の樹液。
指先の聖職者の樹液。
樹液の指先の聖職者。
聖職者の樹液の指先。
樹上の水槽のブラウス。
水槽のブラウスの樹上。
ブラウスの樹上の水槽。
樹上のブラウスの水槽。
水槽の樹上のブラウス。
ブラウスの水槽の樹上。
松本さんの本棚のマヨネーズ炒め。
本棚のマヨネーズ炒めの松本さん。
マヨネーズ炒めの松本さんの本棚。
松本さんのマヨネーズ炒めの本棚。
本棚の松本さんのマヨネーズ炒め。
マヨネーズ炒めの本棚の松元さん。
鳴り響く帽子の群れ。
帽子の群れの鳴り響く。
群れの鳴り響く帽子。
鳴り響く群れの帽子。
帽子の鳴り響く群れ。
群れの帽子の鳴り響く。
正十二角形の鯨の花びら。
鯨の花びらの正十二角形。
花びらの正十二角形の鯨。
正十二角形の花びらの鯨。
鯨の正十二角形の花びら。
花びらの鯨の正十二角形。
テーブルの象の花。
象の花のテーブル。
花のテーブルの象。
テーブルの花の象。
象のテーブルの花。
花の象のテーブル。
指先の鯨の蒸留水。
鯨の蒸留水の指先。
蒸留水の指先の鯨。
指先の蒸留水の鯨。
鯨の指先の蒸留水。
蒸留水の鯨の指先。
朝凪の一茎の鯨。
一茎の鯨の朝凪。
鯨の朝凪の一茎。
朝凪の鯨の一茎。
一茎の朝凪の鯨。
鯨の一茎の朝凪。
踏み段の顆粒の波。
顆粒の波の踏み段。
波の踏み段の顆粒。
踏み段の波の顆粒。
顆粒の踏み段の波。
波の顆粒の踏み段。
顆粒の小鳥の暗闇。
小鳥の暗闇の顆粒。
暗闇の顆粒の小鳥。
顆粒の暗闇の小鳥。
小鳥の顆粒の暗闇。
暗闇の小鳥の顆粒。
帳面のサボテンの巡回。
サボテンの巡回の帳面。
巡回の帳面のサボテン。
帳面の巡回のサボテン。
サボテンの帳面の巡回。
巡回のサボテンの帳面。
ネクタイの雲の名前。
雲の名前のネクタイ。
名前のネクタイの雲。
ネクタイの名前の雲。
雲のネクタイの名前。
名前の雲のネクタイ。
朝凪の百葉箱の十六方位。
百葉箱の十六方位の朝凪。
十六方位の朝凪の百葉箱。
朝凪の十六方位の百葉箱。
百葉箱の朝凪の十六方位。
十六方位の百葉箱の朝凪。
孤独の小鳥の集団。
小鳥の集団の孤独。
集団の孤独の小鳥。
孤独の集団の小鳥。
小鳥の孤独の集団。
集団の小鳥の孤独。
一茎の聖職者の夕凪。
聖職者の夕凪の一茎。
夕凪の一茎の聖職者。
一茎の夕凪の聖職者。
聖職者の一茎の夕凪。
夕凪の聖職者の一茎。
ぼくは金魚に生まれ変わった扇風機になる。
金魚は扇風機に生まれ変わったぼくになる。
扇風機はぼくに生まれ変わった金魚になる。
ぼくは扇風機に生まれ変わった金魚になる。
金魚はぼくに生まれ変わった扇風機になる。
扇風機は金魚に生まれ変わったぼくになる。
祈りの青首大根の旋回。
青首大根の旋回の祈り。
旋回の祈りの青首大根。
祈りの旋回の青首大根。
青首大根の祈りの旋回。
旋回の青首大根の祈り。
二千行のルビの蠅。
ルビの蠅の二千行。
蠅の二千行のルビ。
二千行の蠅のルビ。
ルビの二千行の蠅。
蠅のルビの二千行。
スーパーマーケットのリア王の増殖。
リア王の増殖のスーパーマーケット。
増殖のスーパーマーケットのリア王。
スーパーマーケットの増殖のリア王。
リア王のスーパーマーケットの増殖。
増殖のリア王のスーパーマーケット。
倫理の二千行の腰掛け。
二千行の腰掛けの倫理。
腰掛けの倫理の二千行。
倫理の腰掛けの二千行。
二千行の倫理の腰掛け。
腰掛けの二千行の倫理。
海面の鳥肌の手術。
鳥肌の手術の海面。
手術の海面の鳥肌。
海面の手術の鳥肌。
鳥肌の海面の手術。
手術の鳥肌の海面。
朝食の吃音の註解。
吃音の註解の朝食。
註解の朝食の吃音。
朝食の註解の吃音。
吃音の朝食の註解。
註解の吃音の朝食。
断面のビルの蠅。
ビルの蠅の断面。
蠅の断面のビル。
断面の蠅のビル。
ビルの断面の蠅。
蠅のビルの断面。
言葉はぼくを孤独にする。
ぼくは孤独を言葉にする。
孤独は言葉をぼくにする。
言葉は孤独をぼくにする。
ぼくは言葉を孤独にする。
孤独はぼくを言葉にする。
ぼくがひとりを孤独にする。
ひとりが孤独をぼくにする。
孤独がぼくをひとりにする。
ぼくが孤独をひとりにする。
ひとりが孤独をぼくにする。
孤独がひとりをぼくにする。
わたしはこころに余裕がない。
余裕はこころにわたしがない。
わたしは余裕にこころがない。
こころは余裕にわたしがない。
余裕はわたしにこころがない。
こころはわたしに余裕がない。
苺の幽霊の椅子。
幽霊の椅子の苺。
椅子の苺の幽霊。
苺の椅子の幽霊。
幽霊の苺の椅子。
椅子の幽霊の苺。
側頭部の聖職者の糊付け。
聖職者の糊付けの側頭部。
糊付けの側頭部の聖職者。
側頭部の糊付けの聖職者。
聖職者の側頭部の糊付け。
糊付けの聖職者の側頭部。
樹上のコーヒーカップの一語。
コーヒーカップの一語の樹上。
一語の樹上のコーヒーカップ。
樹上の一語のコーヒーカップ。
コーヒーカップの樹上の一語。
一語のコーヒーカップの樹上。
苺の注射器の秩序。
注射器の秩序の苺。
秩序の苺の注射器。
苺の秩序の注射器。
注射器の苺の秩序。
秩序の注射器の苺。
波打ち際の苺のトルソー。
苺のトルソーの波打ち際。
トルソーの波打ち際の苺。
波打ち際のトルソーの苺。
苺の波打ち際のトルソー。
トルソーの苺の波打ち際。
側頭部の海のコーヒーカップ。
海のコーヒーカップの側頭部。
コーヒーカップの側頭部の海。
側頭部のコーヒーカップの海。
海の側頭部のコーヒーカップ。
コーヒーカップの海の側頭部。
稲妻の樹上の鯨。
樹上の鯨の稲妻。
鯨の稲妻の樹上。
稲妻の鯨の樹上。
樹上の稲妻の鯨。
鯨の樹上の稲妻。
夜明けのバネ仕掛けのサンドイッチ。
バネ仕掛けのサンドイッチの夜明け。
サンドイッチの夜明けのバネ仕掛け。
夜明けのサンドイッチのバネ仕掛け。
バネ仕掛けの夜明けのサンドイッチ。
サンドイッチのバネ仕掛けの夜明け。
樹上の暴走のカルボナーラ。
暴走のカルボナーラの樹上。
カルボナーラの樹上の暴走。
樹上のカルボナーラの暴走。
暴走の樹上のカルボナーラ。
カルボナーラの樹上の暴走。
急須
あわよくば、
あわよくばひっつめた髪を、愛でて欲しい
色気の無い私の中にも
煌々と火はともっている
秋分
秋分に吹き消されてしまうようなきがして
反復する
月日が去る頃には
しとりしとりと視界を滲ませてしまう
幾ら歳月をつんだところで
変わりっこない
月を跨ぐことが出来るのは
いつまでも時だけ
その時には、大人しく
わかっているの
ビジンナワタシ二
相応しい貴方など・・・
わたしはひっつめた髪を
食べてしまう
朝
スーツの襟を立てる
朝
ボタンを、ひとつ ふたつ あける
夜ヲ
日を跨ぐことが出来るのは
いつまでも時だけ
消さないで
季節を跨ぐとき
夏の火種が
細いけむになってしまわないで
月日が去るときも
もう、拭ってしまう
お茶を注いだ急須の口から零れるように
ただ頬を伝い落ちる
この火を消沈させてしまう
だから、それは、
月を跨ぐその度
心中未遂
隣に居るだけだとしても
あと少しだけ僕を手放しきれない
あなたのくすり指が
愛しい
がらがらになった電車で
鞄を太ももに載せて坐る
あなたの
靴は八の字になっている
三角州を思い出した床が
爪先の間を末広がりに流れてくる
あなたにとっての僕の全部が
つちふまずの陰りに
淀んでいる
交換できたらいい、
死んだ方がいい僕と、
あなたの中で
生きてほしい僕
車窓に浴びせられるドス黒い豪雨が
滂沱としたツバに思える
うつむいた僕は
意識を脳天からかすかに飛ばす
それでももう届かないのかもしれない向こう側の向こうまで
ふたりでならまだ飛んでゆけそうな気がした
ゆるされるまで
電車を降りてからアーケード街を歩いている
目に入る看板を片端から声に出して読んでいると
あなたは一々読まれた看板をさがし
見つけたときには
もう次のを読まれている
握っていた僕の手が
ひらきかけてきても
あなたは段々にぎり直さなくなって
とうとうしゃがみこんだから
手をさしのべると
つかんでくれたのに
その拍子に欠けてしまった
あなたのくすり指
くすり指ほどにしかなれなかった
あなたにとっての僕
僕って、
非力な小声で笑いかけようとすると
あなたの顔は僕の顔に近づきすぎていて
むしろ、すぎて
いった
僕は
あなたを愛しています
あなたより、僕より、愛しています
道端に落ちている靴下の意味がわからない
目線をあげると、弧状のパースペクティブが直線化され
あなたにとっての僕の外部も含めて
草莽から空へ氾がっていく
終着点まで来ては
その都度、行き先を変更し、
降りやまぬ黒い線に
ビッと引っかかれまくって
やがて来た夜は、朝に行きたい夜は、朝に、溶けて
暗い爪先から全身を光につらぬかれても、朝になら
かつて抱きしめた、その、斜陽の胎になら
生き埋めにされていいと願う夜は
夜は、
償いですか、愛ですか、
そのどちらが
僕ですか
あなたに
聞いているんです
あなたに聞いているんです
あなたは僕に死んでと頼んだ後にメールであやまってくれました
でも気に入られるようにあやまれるほど足すべき語彙を知らないあなたの
携帯電話の画面がなげうたれていてまぶしかったベッドで
受信音はふるえていました
それが僕からなのでした
だからあなたも一文の返信をくれました
それより他のことはもう覚えていません
ナルシス・ナルシス・
さて、どうやら人々はひどく急いでいるようである。こんな瓶の中でいったい何を急ぐ必要があるのだろうか。誰も立ち止まる気配を見せない。ともかく、誰もがせかせかと動き回っているので、なんとなく活気のある風景ではある。――それにしても、瓶の中に人が住んでいるなんて!
Nは、そのことに驚くというより、どことなく不安だった。しかし、途方に暮れる思いに陥りながらも、彼はその不可思議な瓶の観察を続けている。
なるほど、いくら瓶の中とはいえ、これだけのスペースがあれば何らかの動きは取れそうである。誰かがこうするというとき、どこかにこうしないという人が現れる。このとき一方の人の動きに隠れてしまう人ができるが、こうして生まれた陰影がこの瓶独特の世界観を作り出すようだった。瓶の内部では、様々な人物が交錯して現われ、一時一時に見え方が変わっていく。それはまるで万華鏡のような具合である。
しかし、どうも変な気持ちだった。Nはいつのまにか、瓶の住民の存在が妙に鼻についてきていたのである。異世界とでもいえるような場所で生活する彼らに対して、こちらから一方的な嫌悪感を抱くというのは、なんともおかしな話ではないか。そんな理不尽なNは、きっとどうしようもなく愚かな奴なのだろう。だが、そうやって自分の内面の醜さを確信しつつも、彼はやはりその瓶の観察を続けるのであった。
ガラスの表面に映り込む、Nの間延びした顔の向こうで、住民はせっせと動き回っている。まるで、泳いでいないと死んでしまうカツオのようである。瓶を軽く振ってやると、底に溜まっていた埃のような粉が舞い上がった。瓶の中では人々が無関心にそれを見上げている。住民たちの活動の一切が止まり、それに沈黙が続いた。
立ち止まる人々の中に、見覚えのある女がいた。若々しく、蟻のような光沢のある黒髪が、背筋の半分くらいまで伸びていた。それがどことなくエロチックである。肌が白いのだが、それは美しいというよりも、むしろ頼りなさげで、色素のない白という感じだった。Nは、その女の顔がよく見えるようにと、引き出しから虫眼鏡を取り出して瓶に顔を近づけた――が、やや手間取ったせいか、すでに人々は元のようにせかせかと動き始めていた。あの女はどこにも見当たらなかった。瓶のふたを開ければ、匂いだけでも微かに残っているのではないかと思ったが、別の女のものかもしれないことを考え、それはやめた。
Nは気を沈ませた。自分の愚鈍さに眩暈がする。どうも今日は悲観的になりすぎるようだった。たかが瓶の中の人物ごときに、なぜこうも――Nは久しぶりに外の空気が吸いたかった。そして、まるで水中を浮上する泡のように無自覚な足取りではあったが、しばらくしてようやく彼はその部屋を抜け出したのである。
昨晩降った雪で、外の景色は青白くなっていた。雪はまだぱらぱらと降っており、道行く人はみんな傘を広げている。道路ではチェーンを巻いた車が、何かを潰す音を残して走っていた。途中、今日は自動車があまりに無関心に走っているではないか、などという変な感傷に襲われた。雪景色で町がひと際静まり返っていたせいだろうか、あの車のうちのどれかには、よもや一台くらい無人で走っているものもあるのではないか、とまで訝る始末である。Nは、どこにも行く予定などないのに、ひどく焦った歩調で通りから通りを抜けている。次第に見覚えのなくなっていく町並みに快感を覚え、Nの足取りは溺れるように速まっていく。町はのっぺらぼうのように表情を失い、Nはただ夢中になってその中を歩いている。道を。道を? 町が見えない。
いつのまにかNは帰宅している。なにやらテーブルに置かれた瓶を掴んで、それをまっすぐ上に放り投げた。もう何も考えることがなかった。後のことは何も知らない。何かの割れる音がする。それが女の叫び声に聞こえる。なぜか、おお、それはNの声にも似ている。
そのことに気が付く私とは、なかなか冷静な奴である。
部屋は再び沈黙している。
ラブポエム
愛している、とつぶやく以外に愛しかたをしらない僕たちは、結ばれるための両腕を身を守ることばかりに使っている。(獣であったなら射精だけで終われたのに)ポエムを書くうちは、獣の愛しかたをしらない
「両腕」
排水溝から溢れだした熱情が崩壊のはじまりを告げる。ひび割れたアスファルトが濁流に沈み、(むらのなかにくにがうまれるようにみずのなかにうみがうまれ、はもんのようにひろまっていく)ほとりには夜光虫の炎がぼんやりとゆれ(点滅をくりかえす黄信号とともに)色彩が燃えていく視界。波と雲の境界が決壊し、鮮やかな藍が燕になって飛散する。その軌跡から徐々に色彩が剥ぎ取られ、縦横無尽に無色の傷跡が残る。「なぜだろう、僕の鼓動はひどくおだやかなのだ。」隣では、あなたが両腕を無色の天にかかげて、なにかを抱きしめる仕草をする。(あなたの背中に、おもむろに崩壊の牙を突き立てる。)僕は、あなたほどやさしくはなれない(この両腕は傷つけることしかしらない)、あなたの背中から紅の翼がうまれ、ほとばしる熱。羊皮紙にこぼれおちる文字。あなたの器に裏切られたことにして、その恨みで詩を書くから、傷つけることしかしらないこの両腕、(非生産的なポエム)あなたは、きっと許してはくれない
「愛しかた」
積み重ねた小石を、不意に蹴り飛ばす。(これが愛です/といわんばかりの)唇と唇が触れあうと、きまって頭痛がする。こめかみにあてがわれたふるえが、滅びてしまった街角に流れこむ。沈没する落葉樹が上方に葉を巻きあげ、葉脈に刻まれたまじないが(閉ざされた空に向かう胡蝶の群れ、マントルに横たわる婚約指輪)、逃れることはできないと知っているから、だから、身体が触れあうだけでは、、、歌は終わらない。内臓を撫でる手に体温を感じたとき、はじめて僕はうたを終わらせることができる。ひとがひとであることをやめないように、うたはうたわれることをやめない
「隠喩」
星が降る。大地が落ちる。空が割れる。海が走る。ひかりが、ひとつふたつ、地平をかけぬけて、轟音とともに軋む僕のせかい、の、隣で、あなたはうたをうたう。(わたしがわたしであるとは/誰が定めることだろう/あなたがあなたであるとは/誰が認めることだろう/自身が自身でありたいのか/そう思わされているのか/世界の中のわたしがあり/世界の中のあなたがある/世界が世界でありたいのか/わたしが世界でありたいのか/わたしたちはわたしたちであり/わたしたちはわたしの集合である/わたしはわたしたちでありたいと望み/わたしであることをわたしたちは求める)足元にはシロツメクサが咲いていた。あなたは腰をかがめてそれを摘み取り、風にのせて飛ばす。(世界の終わり)可憐、な、声、に、飼育、された、僕たち、隠喩が、降り、積もり、燃えあがる、億千の、残光、、抽出、された、激情が、息をとめ、刹那、隠されたままの、爪が、水面を、引き裂く、僕、僕は、傷つけることしか、しらない! 傷つけることしか! ああ、波紋、加速する、雨、色彩が、欠如した、僕の、ひとみに、燃えあがる、炎が、空を、舐め、海を、濡らし、あなたの世界と交わろうとする、、僕と、あなたの世界、あなたの世界が崩れおちる前に、僕、僕に、せめて慰めの、ポエムを、
ーー射精。
。
「ラブポエム」
獣(五感が呼吸をやめてしまって、あなたのうただけがこの世界のすべてだった。ほろべ。わたしのなかに宿るあなたの器はすこしずつ朽ちていくのに、声帯だけはなぜかみずみずしくなっていく。ほろべ。わたしとかつてのあなたの狭間に、うたが手向けられている。ほろべ。ひとつの世界が砕けて、その断片が幾多もの世界に降りそそぐ。世界の底にはまだたくさんの世界が連なっていて、終わることができないようなしくみになっている。)獣よ、夜明けに祈らずにはいられるだろうか。(点滅をくりかえす黄信号がもとの場所にもどっていく)「なぜだろう、僕の鼓動はひどくおだやかなのだ。」ほろべ、「せめて、あなたの器がこの一日の最果てならば、束の間だけ僕は眠ることができる、
「どうか、
三分間だけ
滅んでください
世界。」
銀の雨
やかましいほどの叫びを上げて小鳥たちが飛び立つのを暑さの中で聴いた。ひとつ、ひとつと逆光の中の影が深い青さの中に飲み込まれていく。一匹の猿が毛深い木の上へ駆け登りそれを見送った。ぼくはその猿を追い掛けて木に上る。揺さ振られた枝から肥大した芋虫が落ちてくる。太い胴体には紫の環が張り巡らされ模様をつくっている。猿は近くの葉にしがみついていた芋虫を拾ってモシャモシャ食べてしまう。それに倣って芋虫を口に含む。甘さが噛むうちに酸味に変わっていく。向こうの山焼けの火から煙が立ち上っては、風に当たって何度も消えていく。突然猿はぼくの顔を見て笑い出す。ぼくはしばらく不思議に思っていたが、その猿の舌が青く光っているのを見て思わず笑う。
山焼けに驚いた鳥たちの群れが煙を避けて次々飛んでいく。猿がその群れのひとつを指差して興奮の声を上げる。青い瞳をした灰色の翼が整列してこちらに真っ直ぐ飛んでくる。ぼくはそれが何という鳥だったか思い出せない。この辺りに住むようになってから始まった物忘れは今でも続いている。頭より先に手が動く思考に、記憶は反復される機会を失った。これは、物の名前を覚えたり、誰かと会話することもなくなったせいだ。こうして木の上で暮らしていればいいのだから。そして群れはぼくらの上を通り掛かり糞の雨を降らして去っていく。ぼくも猿も体中銀色にまみれ、笑いながらお互いの体を嘗め合う。仄かに甘く水分が豊富に含まれている。そうだ、この雨林に住まう前、ぼくはあの群れを『銀の雨』と呼んでいたのだった。ぼくらはもうかなり後ろに行ってしまった『銀の雨』に向かって大きく手を振った。『銀の雨』は甲高くゲラゲラ笑いながら小さくなりやがて霧の中へと姿を消した。
猿はすっかり満腹になり太い幹にもたれ掛かり眠っている。ぼくは周りに敵がいないかどうか見張る。例えば、まだらの黒点を纏うあの獣や、大空から襲ってくる猛禽類。この辺りの森も開発の影響を受け多くの木々が伐採されているため数はそう多くはない。住家を奪われた獣たちの行き場はなく大抵はその場で死ぬ。木に跡を付けて数えていたその個体数も今ではただの引っ掻き傷にしか見えない。変化を、記憶できないのだ。動物たちの数が、減っているのか、増えているのか分からない。思い返せば、この森に入ったときに持っていた道具があった。歳月がその道具の使い方を失わせ所在は色褪せていく。名前などなかったかもしれない。その穴の空いた先端部分を向けられた相手はあっという間に血を吹いて死んでしまう。覚えているのはそれだけだ。だからぼくらはそれを持っている人間、あるいは持っている気配のする人間には決して近付かない。
不意に風圧が強くなり頭上に影が過ぎる。ぼくは猿を揺すり起こし戦闘の体勢に入る。翼の内側だけが深紅に染まった巨大な黒鳥。上空を旋回しながら隙を見て襲いかかる気だ。ぼくらは長めの枝を折りしきりに振ってこちらの警戒を示す。いつもより殺気立っており逃げようとはしない。急降下し、ぼくらの側に突っ込んでくる。木の枝と拳を振るう。素早く交わし怪鳥は鈎爪をぼくの腕に噛ませようする。猿が枝を繰り出す。怪鳥はそれでも諦めない。大声で威嚇して猿を襲う。すかさずその頭部を殴る。怪鳥は獲物を諦め飛び去っていく。ひどい空腹だったのだろうと思う。そして、今度はぼくが眠る番になる。
夢の中に飛び込む。今日浴びた銀の雨の中に沈んでいく。重たい水を掻き分けて顔を出す。水銀の海が広がり照り付ける陽射しを反射する。雲の切れ間にあの芋虫たちがへばり付く。少しずつ皮を脱いで蛹化し、食べようとするぼくの手は届かない。水位が次第に増し液が体の中に染みて身動きができなくなり溺れかけたところで目が覚める。
夜の雨林は憂鬱の景色。星たちが青白く輝きながら無数の雲の裏側を抜けていく。ぼくはかつてその名前と位置をすべて覚えていた。今はその数を数えるだけ。途中でどこまで数えたのかが分からなくなる。いつか、分からないということさえも、分からなくなるかもしれない。あるいは気付かないだけで、既にそうなっているのかもしれない。
ここでは、ただ、危険なものを避けていればいいのだ。危険なものが何なのか分からなくなるということは、それが危険である限り一生ないだろう。危険は目に見えるものであり、耳に聴こえるものだ。そうして毎晩少しずつ忘れていく。
私たちの食卓
朝、日差しが差し込んで、私は目覚めました。いつもと同じように、なかば夢見心地でトイレへ向かうと、ドアの隙間から明かりが漏れています。私は一人暮らしでしたので、これはおかしいと思いました。ためしにノックをしてみると、カンカン!と、金属をたたくような音が返ってきます。仕方がないので少し待っていると、やがてトイレを流す音が聞こえて、中から誰かが出てきました。
驚くことに、それは私でした。といっても私はここにいるので、正確に言えば、私そっくりの誰かです。胸があわ立つような気分がしました。何か言うべきだったのですが、そいつは影のようにするりとリビングのほうへ過ぎ去ってしまいました。仕方がないので、私もまずトイレで用を済ませることにしました。
一度トイレに入ると、じわじわと不安な気分が沸いてくるようでした。あいつはいったい誰なんだろう、あまり自分にそっくりなので、私は私であることの自信をなくしてしまいました。強烈な吐き気が咽喉にのぼって、私は慌てて便座に屈み込みます。溜まった水に映る顔を見て、私は思わず息を飲みました。
私は、私ではありませんでした。見知らぬ女の顔が、ぼおっと水面に揺れています。はっとして、(私は男なのですが)股間に手を当ててみると、本来あるはずのものが確認できません。そういえば、胸が異様に膨らんでいます。肌はきめ細かくなって、まるでプラスチックのようです。何かとんでもないことが起きている、そんな予感がしました。ですが、それもあまりに突然のことだったので、私は動揺さえすっかり通り越して、妙な確信へたどり着いてしまいました。つまり、私はもともとこの女だったのだと、そんな風に感じたのです。
トイレを出ると、真っ先にあの男のいる方へ向かいました。男はダイニングテーブルに座って、手の関節に何かを塗っています。差込む朝日がその男に反射してよく見えません。肌が妙にギラギラと光っています。もちろん、人間の皮膚はあんなに光を反射しないはずです。近寄って見ると、どうやら男の肌は金属のように光沢をもった特殊なものでした。
「おい、K子。」男が言いました。
「何?」私は思わず答えました。(もちろん私の名はK子ではないのです。)
「そろそろ子供も生まれるんだし、安静にしてるんだぞ。」
たったいま気付いたのですが、私は妊娠しているようなのです。お腹が急にずっしりと重たく感じました。まるで鉛を詰められたような気分です。お腹の子も、もしかしたら金属製なのかもしれません。
私はいつものように台所へ戻り、ゆっくりと朝食の支度に取り掛かりました。お腹の中では赤ん坊が、空腹を訴えて泣きはじめたようです。このいささか不自然な世界に、私はめまいがしてきました。どよりとバランスを崩して反り返ると、男が私を素早く抱きとめました。男の磨かれた顔が私を覗いています。その顔に私の顔が映りこんでいました。私は紛れもなく、K子でした。
とすればどうやら、泣いている赤ん坊が、もしかすると本当の私かもしれない。そうだとしても、それにだれが気がつくでしょうか? 私はまだ生まれてもいないのです。
けれどそれがかえって、私を安心させたのかもしれません。私は穏やかに泣き止んで、眠りが一瞬のうちに、あたりを包みこんでいます。
どこからともなく、家族の団欒が聞こえてきて、私はゆっくりと夢を見はじめていました。
所在
これが女という場所です 無愛想の観光ガイドが私をひとさし指でさしている 観光客はうつろな眼をしていかにも興味なさげにシャッターをきる あらゆる期待はあらかじめ裏切っておいたから問題はない 国道沿いの自販機の前にて 私 笑顔でたちつくしている
昨日は百個の星を崩したんだという子供の会話を首を絞めることで遮り キャリーケースいっぱいに檸檬を購いにゆきたい そして八百屋のおじさんに「くたばれ」なんてプチトマトを投げつけられたい 「理系だから暗喩ってどういう状態変化なのか分かりません」 祖父に云わせれば四次元ということらしいがその祖父も先月二次元になってしまった
「爬虫類は凍らせてシャーベットみたいにすると美味しいです」 とテレビの美しいばかりの女優が云っていたけれど あれって本当なんだろうか と微妙に気になるんだけど いや 微妙どころじゃなくむしろとても(生活に支障をきたす程度に)気になっているんだけど 爬虫類って購うと高いじゃないですか とケーシー博士に相談されたんだけどどうしたらいいと思う? と親友に相談を受けているけど 私は専ら誰に相談しようかを考えている ラジオに耳を傾けるとフィリピンでは豪雨で町がひとつ沈んだそうだ 人間が魚にもどる日も近いということだろう (けれど)
元夫が生活費を渡してこなくなったので脳内でころした そんなのは自己防衛でしかないと現夫は脳内で非難したが お前のことは昨日に事実としてころしたよ 明日には生活費を渡してくれるよう元夫に手紙を送る予定だ 「あなたに脳内をころされて四年が経ちますね」
季節に嘘をつかれてからというもの半袖を信じられなくなった 八月だというのに雪 南半球になったとでもいうのだろうか ところで地球に西極と東極がないのはどうしてだろう それは軸がないからだよ しかし軸も抜け落ちてしまって地球の回転はでたらめになっただろう でたらめなら方角ごといらないということであり へらへら 学問が次から次へとはじまってゆく
発熱した
花びら、ちぎって
海を、踏む、
越えない、
砂、の
いってらっしゃい、や
おかえりなさい、を
繋げる、
繋がらない、
うらないは
最初から、
選ばれて、いて
最後まで、
私達の、
性癖など、を
知らない、
知って
いる、手段の
ひとつで
生きて、ゆくだけ、
と
切り、
離した、
発熱した、の、煙を
消して、手元は
くらく、
くらく、
「そ 空だけをね 瞳に映していると 空が空じゃないみたく 蠢くんです ぐおぐお 雲とかじゃなく 青が え あなた孕んでいるんですか 孕むんですか すくいようがないですね」 目の当たりにした空想をカウントしてゆく 仕事はそれ程きらいではなく しかし嘔吐する習慣は治らなかった 階段や坂などは骨に響くけど 食むことは 罰としか思えなかった
テレビがないと生きていけない それはあなたにクレヨンが必要なように 異性が必要なように 煙草が必要なように ミルク色のキャンディが必要なように 写真が必要なように 同性が必要なように 車椅子が必要なように 絵本が必要なように 家が必要なように 薬が必要なように ポケットが必要なように 過去が必要なように そんなたくさんの 愛情のような もの達と ひとしい重さで テレビが必要 だった の でも 多様性とは少し違っていて だから 認める必要は ないままで あなたも 私も
「分解が終えたら教えてください 答えあわせをはじめますから」
差し出された花なら即刻 捨てる
地面は否応なく受け取る
ねえ あなたは何体 埋葬したの
地中には風も吹かない/吹かなかった
葉書
コンビニエンスストアの前には郵便ポストがある
住む地域が田舎だからだろうか
ぼくが子供の頃は郵便ポストはタバコ屋の前にあった
ひざ小僧にかさぶたをつくったぼくが
タバコ屋の前の路地をかけていく
そこには郵便ポストが立っていたはずだ
専売公社と郵便局の信頼関係は
子供だったぼくの社会性善説をはぐくんだ
とう!
郵便ポスト vs おれ
弱い方が!
強い方の周りを!
回るんだよッッ!
爪先立ちで膝を曲げ腰を落とし
左右の手刀を胸の前で構え
おれは郵便ポストの周囲をちょこちょこした足取りで行ったり来たりしつつ
ときどき休んだ
ポストの投函口は速達と普通に分かれているが
全体としてはひとつの直方体だった
それを一本の円柱が支えている
ポストとの間合いの取り合いではやくも体力の消耗を感じたおれは
ひとつ息を吸い、吐く途中で渾身のローキックを放った
コーン!
足の甲に走った亀裂が見えるような痛みがおれを
みるみるうちに目減りしていく闘志に
むしろ死に物狂いでしがみつかせた
骨だけで済むと思うなよ
心も
折ってやるから
真っ赤に点滅しながらゲージが空になっていく
KO、その寸前に
捨て身の片足タックルをおれは敢行する
格闘技はウェブの記事で読んでいた
つまり、おれは格闘技の記事が好きだ
しかし、格闘技をやっている人間は
どちらかといえば筋肉から遠いおれをバカにするにちがいないと思う
昔はバキを立ち読みしていたこともある
すなわちおれは片足タックル! と叫びながら
郵便ポストの支柱にヘッドスライディングを敢行した
雨が降ってきた、たぶん
郵便ポストの根元でうつぶせに倒れている人間は
悲しい
雨が降ってきた
あれだけ大勢いるカラスは
いったいどこで死ぬんだろう
カラスの死体が落ちてくるのを見たことがない
ねぐらに辿りつく前に力果てたカラスは
それでも
空から降ってくるんだ、黒い矢印のように
そして郵便ポストの下で伸びているおれの尻に突き刺さるにちがいない
ぷすっ、と
言いたいことはない
届けたかっただけだ
おれは最後に両手両足を伸ばしてビクンビクンと2回全身をえびぞらせる
夜
真夜中に電話が二度、三度鳴って
受話器を投げたわたしの
背中ごしに
夜が羽化されてゆく
ひとり部屋の片隅の
白いとかげは音もなく消えて
そこには彼の
からっぽのからだだけが残った
なんだかとても虚しいのだと
つぶやいてあのひとは
ゆう暮れに影を折っては
風の隙間を飛ばしていった
そのたびに
そらはいたずらに赤さを増して
わたしはただ押し黙ったまま
几帳面な指先を見つめていた
心臓が離陸する
そのときまで
日捲りのカレンダーを
気まぐれにめくり数をかぞえ
夢のなかをとかげが横切っていった
まどろみの境目で
彼のしっぽをちぎって
透明な壜に詰めた
変われないのは変わりたくないからだと
言ってあなたは
清潔な衣服に
きちんとアイロンをかける
わたしは台所で
割れたガラスを齧りながら
エプロンの紐を解いて
毀れだしたことばたちが
壜の中でからからに乾く
すこしずつからだが
かたむいて平衡化している
朝焼けに
電話線の隙間を
さかなたちが泳いでいくので
流れていく血脈に
利き腕から死んでいく
そして夜の底が
音もなく流れていく
夢を見る
系統学
月のない夜に
忍び込んで
心臓を手繰りよせる
手紙に宛先はなく
靴はきちんと揃えて脱いだ
扉には
呼び鈴がついていて
ひたひたと影が付き纏う
開け放たれた窓と
俯いて針を刺す母親
父親ははじめからいない
食卓で
夕飯が湯気をたてる
だれか蚊取り線香をつけて
明日は雨
間違えないで
私には君がわかる
だからお食べなさい
霧が立つのは
まだ少し先のこと
封を切る鋏
がしゃがしゃと
乱暴な音
目の上に傷
溜まる影
「ただいま留守にしております」
いいですか
ここにあるのは
比喩ではありません
対話でもありません
順番に
床板が傾いで
夜鷹の目が洗われる
書きつけられた文字が
読めずにいる
明け方
隣の家で
両親の首が落ちる
割れた爪先で
だれかが心臓を毟り取る
でもそれも
まだ少し先のこと
まじないが
飲み下される間
まったく新しい蟻
秋、すじ雲を吹く風から生まれ、眩しさの中を降りてきた蟻。
天上、地上。撓んだ茅萱の葉の先端で、蟻は僕に知性を教えた。
知性。空に風があり、この扇状地には扇の骨の伏流水がある。
血管と繋がる意識の中を、ふる里の地理が推移する。
蟻の眼は暗い複眼であった。
大ぶりの触角が二本、くらくらと動いていた。
「我々の営為は、知るものと知らないものを照応することだ。天文の霊的記録者たることだ。」
蟻よ、そうに違いない。たとい君が走り、増殖し、下草の葉影に拡散し、姿を消すだけの存在であっても。
知るものがあり、知らないものがあって、君や僕がそれらを少しずつ受け入れていく。
地面に横たわり耳を当てても、流れるものの音は聞こえない。
だからといって、希望がないこともないのだ。
僕の体の裂け目の奥に、言葉が大きな空洞を作って待っている。
宇宙の総体が傾ぎ、まったく新しい意味が注がれる。