隣接するお向かいさんのさびた二階の窓枠のなかで
剥製にされた月下美人が唯の夢を見下ろしています
唯は夜ごとに悪夢をみます
10キロ逃げても悪夢から覚めることができません
それは春の守衛の子守歌
クリームシチューをとろとろ、とろとろ、溶かすように
唯のまぶたをくすぐります
唯は守衛に阻まれて
冬から一歩もでられません
しかたがないので温泉街に出向いても
湯船に氷が浮いている始末です
足のむくみはとれません
昔は春の同級生だったのに
いまでは彼女が唯を閉め出します
くやしくて、氷のつぶてをぶつけてみても
まぶたの下にしみこんだ白い夢を
さますことはできません
思い切って温泉宿の二階の窓から飛び降りてみると
剥製にされた月下美人が唯の足にからみつき
いっしょに食べられてくださいと泣きつきます
ですから唯は鉢植えにつるされたまま
肉薄するお向かいさんのさびた二階の窓枠のなかで
自らの夢にうなされる姿を見守ります
クリームシチューをとろとろ、と、溶かすように
ひびわれた唇から、せめてものやさしい子守歌を送りながら
ひとり卒業できない夢を見守ります
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菊西夕座 - 2008年分
唯の夢
菊西夕座
唯の夢 その四
菊西夕座
学窓という母体にとらわれていたころ
唯の生きかたはまるい卵のように
友好的でおとなしく
上品な自制のかたまりだった
まわりの男女は見境もなく
とがったペンをもちよって
くろや黄ばんだ先端で
唯のまるみをつっついた
教師はざらつく手のひらに
唯をすっぽり掌握し
むやみに手中でころがして
油性の指紋をおしつけた
初恋相手の先輩が
ウィンクしていた右目には
トイレにしかけた盗撮の
画像がレンズにかくれてた
演奏クラブのライバルは
高価な銀のフルートで
調和をたもつ唯の音を
ななめ上から威嚇した
扉をあければ階段が
廊下の隅からなだれこみ
一段いちだんランダムに
宙をさまよいせめてくる
眠りにおちるそのたびに
唯のこころの殻が割れ
おさえつづけた感情が
でゅろでゅろでゅろでゅろ歌いだす
もだえる芯から棘がはえ
ウニそっくりに変形し
怒りにくずれた卵巣が
でゅろでゅろでゅろでゅろ歌いだす
幻想という世界にとらわれているとき
唯の外界はかたい卵のように
友好的でおそろしく
嘘つきな自衛のかたまりだった