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作品 - 20201112_616_12219p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


新装改訂〜シャンプーガール

  菊西夕座


利き手が左の美容師に 逆巻く寝癖の頭髪を
七五調へと整えて 切ってもらっているさなか
鏡の奥でぼんやりと シャンプーガールが立っている
広いフロアでただひとり 私がイスにのっていた。

はるのひは みもこころもかるくして とんでいきたい どこまでも

店の主人はサーファーで サスペンダーを肩にかけ
遊びほうけて日焼けした 顔をにこにこさせながら
気どって私に近よると 気安く話題をふりまいて
うまい話はないものか 眉間に指をあてている。

でんせんに いちわのとりがつなわたり ケンケンパッパ ケンパッパ

年は40そこそこで 昔はホストをしていたか
あるいはAV男優か 妙にすれてるこの男
「五月あたまの連休に この商売はふるわない」
そんなことをぼやいては もうけ話をまっている。

あのとりが そらのかなたへまうきなら からのこころを つれてって

「今日はこれからどちらまで?」 美容師くんの声がする
「鍵屋をさがしているんです。家の合鍵ほしくって」
すると主人が「なんだって? 家をさがしているのかね?」
話に首をつっこむと いきいきしながらやってくる。

でもとりが うみをこえていくのなら とちゅうでからを おとしてよ

「わたしは家を知ってるぞ。海の近くの一軒屋」
見当ちがいの鍵穴に 勝手なキーをさしこんで
紹介料をもらおうと 不動産屋にTELしてる
だけどリゾート開発で 家は消えたと言われてる。

るりいろの はねをひたすらかるくして とんでいきなよ ありがとう

波乗りどきを逃したと 主人が私をなぐさめる
鍵がこぼれた会話には だれもその後は入れない
チョキチョキチョキと単調に 音が流れて髪が落ち
左回りの秒針に シャンプーガールがあくびする。

からのみに なみのくちづけみちるけど やがてひきしお にげていく

お調子者が首かしげ またこちらへとやってくる
「このウェーブは高すぎる。もっと逆毛をなでつけろ」
サーファー男が櫛を手に 理想の波を起こそうと
ひとのヘアーに挑めども 美容師くんに止められる。

ただひとつ やどしたこいはしらはまの とおくにかすむ ふるさとよ

「逆毛の鍵は濡らしです。洗ってからの梳かしです」
美容師くんはそっけなく 乾いた返事ではねつける
なにをやってもからまわり 主人はどうにも軽佻で
じりじりしながら来客を きどって待つしか能がない。

いつのひか たどりつけたらもういちど このみをささげ かりのやど

椅子が回って秒針も 右へと回りはじめれば
無用に広いフロアを 私は歩いて横断し
白亜の壁にすえられた 洗面台の前にゆき
新たなイスにもたれると シャンプータイムがはじまった。

しずしずと おおしくからをかつぎあげ なみうちぎわを すすむたび

やっと出番がまわされた 少し太めの女の子
頭をごしごしやりながら 世間話にうってでる
「休みに海へいきますか? タイのリゾートいいですよ。
ビーチでゆっくり飲むビール。アタシにとって最高です」。

はなをつむ りょうてのはさみおおきくて いつもせなかで みとれてた

ビールの泡と手の泡と 意外に明るいその笑顔
泡から生まれたビーナスが 楽しそうにうち明ける
シャワーのやさしい水音と 頭皮をほぐすマッサージ
ソフトな揉み手が啓示する シャンプーガールの気楽さよ。

きがつけば きしにくだけるなみのてに さらわれてゆく からコロと

やがて窓辺のもとのイス そこに私はもどされた
跳ね毛がすっかり静まって 荒波ひとつ立ってない
鏡を見つめチェックして 「いかがでしょうか?」の返答に
私はひとつのアイデアを 鏡に向かって披露した。

はるのひは みもこころもすてさって いだかれていた あのからに

「窓辺のイスと壁ぎわの シャンプー台や白い棚
そこのあいだの空間が こんなに広くあいている
ダンスやショーもできるほど 大きくあいたフロアを
有効活用しなくては どうにも損な気もするが」。

でんせんに いちわのとりがまいもどり ケンケンパッパ ケンパッパ

主人に「もっと」とせがまれて 私はしぶしぶつけ足した
「つまり鏡のこの奥で 髪を切られているさなか
ファッションショーかストリップ あるいは波を乗りこなす
サーフィン芸がのぞけたら 素晴らしいなと思います。

あのとりが ふたたびそらへまうきなら あのくものなか つれてって

鏡をとおし触れてこそ 風味があるといえましょう
ハサミを入れるタイミング それに合わせて身が踊り
まるで合鍵Show my ヘアー 変化がぴったり重なって
鏡の前とその奥で 異なる世界の連動です」。

でもとりが うみをこえていくのなら かいがんせんに おとしてよ

指をつきたて鏡へと 一直線につきさせば
視線の先に立ちすくむ お役ごめんの泡姫が
両手の泡に手錠され あわれに体をこわばらせ
時計の針を戻せよと いまにも泣いてしまいそう。

るりいろの はねをますますかるくして とんでいきなよ さようなら

「踊れるだろう?」と目を剥いて 迫る主人に怖気づき
思わず「無理」と首をふる シャンプーガールの落日よ
「ならば結構、君はクビ」 日焼けた男は息巻いて
「たったいまから大胆に、リニューアルを開始する」!

こうかくの かたいこころをほぐすなみ おもいでつれて みちしおに

いうが早いか鏡板 それにとびつくサーファーは
いまにもまたがる勢いで 鏡の世界に落ちていく
私の助言がきっかけで 彼女は職をうしなった
店から放りだされると あとにはシャボンが舞うばかり。

ただひとつ みをよせたのはかりのやど もぬけのからの もちぬしよ

いまは遠くのリゾートで 泡を飛ばして酔いながら
サーフボードを踏みにじり 憂さを晴らしているだろか
そこでは貧しい住民が 開発事業で締め出され
切られた髪の毛のように 浜をおわれて海に散る。

いつのひか めぐりあえたらつたえたい からにひそめた このおもい

鏡の奥でサーファーが 切られた髪を大量に
巨大な流しそうめんの 仕掛けに流し飛び乗って
行き場をなくすものたちの 失意を駆っているのやら
けれど私は目を瞑り 頭をかくよ シャンプーガール。

のそのそと きみのなきがらかつぎあげ もにふくしては またあるく
はなをつみ はさみをからにかざしては いつもむちゅうで ささげてた
きがつけば きしにくだけるなみのてに さらわれてゆく からコロと
そこで私は目が覚めて 身を抜く椅子にシャンプーの 薫りを宿し 店をでた。

文学極道

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