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作品 - 20201003_338_12140p

  • [佳]  Anthology - 深尾貞一郎  (2020-10)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


Anthology

  深尾貞一郎

「書道教室」8歳

日曜日は自転車に乗って書道教室に行きます。
書道の道具の入ったカバンは、墨汁で汚れています。
自転車の前カゴの中で、カバンが揺れています。

ペダルをこぐ半ズボンから、膝小僧が伸び縮みしてるよ。

国道沿いを抜けて、海沿いの農道を抜けて。

雨の日はバスで行きます。
しと、しと、降る、雨。

ガードレールに腰掛けて。 
黒い傘のメッキした棒に雨水がしたたります。
カバンを抱えていたら、僕の前に自動車が止まりました。

「乗っていかない?」
車の中で、僕がかわいそうに見えたと、その大人は言いました。
2km離れた所で降ろしてもらいました。

いつも教室が終わったら、
自転車に乗って、
駄菓子屋で、肉まんを買って帰ります。
冷えていてもね、お母さんが喜ぶから。


「冬の農道」16歳

幼なじみと二人、駅から歩いた日。

舗装された、古い、細い農道を歩く。
両側に田園が広がり、すこしとおくに防波堤。
かがやいた海が見える。
作物のない、平たい田んぼを、
真白に覆う、薄い雪を、
飴色の低い太陽が、ただ照らす。

彼の詰め襟の学生服は、
丈を短く仕立て直されて、
ただ、ぼくを威圧した。
路線バスは1時間に2本しかなかった。
あまり話すこともなかった。

ぼくは、言葉のない人間だった。
おびえて生きる、つまらない奴だった。
凍結した雪を踏んで黙って歩く。

彼は、違う道に向かっていた。
そうしなければ、意味がないかのように。
ぼくも、やがてそうした。

記憶の中の子供らは、
もう、そこにはいないのだが、

沢で蟹を捕っていた。
水草のあおい匂い。ざらついた石の手触り。
ちいさなゴム長靴がゆらす水面は、
まだ、冷たさを与えて。


「汽水域」30歳

憧れは都会に咲くことでしょうか。
乾いた銀の鐘のように凍った夜がありました。
瀬に漂い着いたのは、
火星の残像を映すブラウン管です。

強がりな、
コンクリートに寂しい肩を広げる河。
煙る工場の電飾に顔をさらし、
カラカラと改札を通り過ぎます。

極北からクジラのいびき声がとどく頃、
黄色いタクシーの室内灯、
孤独で優しい帰路もありました。

乾いた銀の鐘のようなコンペイトウにも似た、
カラカラと咲く、
固く凍った都会にて。


「幸せに生きることができますように」42歳

点は区切られた線上にある。
無限の点を通過するのに、
無限の時間はいらない。
それは一瞬であっていい。

竹の飾りに、
短冊を結わえる。
この願いを込めた、
四角い紙きれは、
風にそよぐ。

小枝にさがるのは、
お金持ちになりたいという、
誰かが書いた、
いくつかの、
本音めいた願い。

彼女がほしいと、
真っ白な短冊は、
泣いているのだろうか。
照れ笑いしているのだろうか。

かわいらしい、
アイドルの写真がさげてあった。
ふわふわと揺れ、
竹飾りを華やかにする。

明日はまた、
竹の飾りのように、

儚くとも希望を持ち、
風に乗ればいつかは、
枯れてしまってもいい。
胸のなかの夜空は輝く、
そこにはわたしの、
宝ものが映っている。

文学極道

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