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作品 - 20200928_243_12127p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


横目でチェックインのギルマン・ハウス

  菊西夕座


読みすてるまえにあと三行だけまってくれてという肺炎のねずみ
正面のいきづまった世界にナイフでぬけ穴をこじ開けているときでさえ、
かたわらの楡の街路樹は灰色にふるえ、葉をこぼしつづけてやせほそる
青じろい月あかりは手元までとどかず、ばらまかれた落ち葉とかすれあう
三行だけ書いてまってみれば、足元にぬぎすてられたねずみの着ぐるみ

横目で見やれば、左手の暗がりのおくにはいつだって祭囃子がさんざめき、
右手の隘路のおくには、安ホテルのギルマン・ハウスが建っている
どんな地図からもこぼれおちて、横目でしかたずねられない宿泊所
きばんだ石造りの5階建てが湖上にうかぶ朝靄のようにゆらめき
くろい雨がおちた原爆ドームとおなじ円屋根に、幌の王冠をいただいている

扉のかわりに長身のドアマンがたって口をしっかりむすんでいるが
口蓋のうらとうえの歯のあいだに舌をおしあて、チンパンジー面をしている
なにか言いたげに口蓋をもりあげていてもニンゲンの言葉がでてこない
言えるものなら言ってみろと顎をつきだしてやれば目をひんむくばかり
小さな着ぐるみの皮を放り投げると、あとを追いかけて入口をあけてくれた

受けつけのカウンターには、青あざがのこる皮膚を瓶詰にしてならべている
生ける肉体からきりはなされてなおも、色あせないあざが悲哀を物語る
フロントマンから428号室の瓶詰を手わたされてきしむ階段をあがる
にぶい電灯のひかりに瓶をかざすと、あざからほこりのように気泡がうかぶ
まだなにか言いたそうなドアマンに瓶をかえし、しめった着ぐるみの部屋にはいる

ギルマン・ハウスが泊めている客たちは夜空にはみえない星々だった
部屋のなかでは小さくなって正体のつかめない色で発光している
窓から目をのぞかせると、正面のほうきでたたかれ隅へとおいやられる
ちっぽけなギルマン・マウスというレッテルを貼られて瓶にとじこめられても
横目ですぐに逃げだし、闇にかざ穴をあけて祭囃子の管楽にひげを供す

ギルマン・ハウスでひげをつま弾けば、階下から異形の雲がたちのぼり、
いびつなからだをもった肉の塊となって着ぐるみをもとめ殺到する
星々はあわてふためいてジッパーをおろし、あと七行もちこたえろとドアマンに言う
正面のいきづまった世界にぶちあたり青あざを抱えこんでいるときでさえ、
かたわらの夢の街路樹はうたいつづけ、一歩もうごくことなく悲哀をぬぎすてる

「ここではないどこか」を遠くへもとめずとも、横目でさぐれば穴をとおって隣にいける
シニヤしません、そういってフロントマンから瓶詰を手わたされてきしむ階段をあがる
にぶい電灯のひかりに瓶をかざすと、ぎっしり詰まった肉塊が鬱血している
口をつぐむドアマンに瓶をわたすと、蓋をあけて「そら」、いちめんに彗星をちりばめた
夜空にすぐ目をはしらせても、視界のはしにしか尾をとらえることはできなかった

文学極道

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