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作品 - 20200907_755_12097p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


『源氏物語』私語 〜夕顔 〜

  アンダンテ

・・〜若紫 〜

私語をひとつ。思うんだが『源氏物語』のような古典は、原文もしくは現代語訳を読んでみて興味が湧いてこなければ、その作品は駄作だ。解説で読みたくさせるような小手先の啓蒙ごとき行為は無駄な作業だ。そんなこと、作者は望んでいまい。受験勉強ではあるまいし、虎の巻は必要ない。一生かかっても読み通せない。それでいいではないか。人生ってそんなもんさ。読むことがライフワークになる作品。ざらにあるもんではない。


古風なやり口だが、本に名刺を挟んでひとめ惚れした娘のそばに忘れたふりして置いて行く。いつの世もそうらしい。北山へ持たせた祖母尼君への立て文の中に小さな結び文を入れる。

・おも影は身をもはなれす山櫻心やかきりとめてきしかと(源氏)
夜のまの風もうしろめたくなむ
 
 ≪夜のまの風もうしろめたくなむ≫朝まだき起きてぞ見つる梅の花夜の間の風のうしめたさに(拾遺・春上 元良親王)

あなたのシルエットがまぶたに焼きついて、あなたを想う余り浮かぶ身もありません。源氏はわずか十歳にも満たない若紫を見染て、なかば誘拐に近いかたちで身元に置きやがてレイプしてしまう。難波津(古今六帖)もおぼつかなく一字間をおいて書く手習いの字が見たいとせがむ源氏。レイプして男が三日通えば公認の仲になるシステムにあって、十歳にも満たない若紫を熟成していただく愛のかたちを描いた紫式部は何者だ。なぜ晩婚なのか、道長に迫られたイカレタをんななのか。清少納言は紫式部のことをどう思っていたのか。あれほど『紫日記』でこきおろされたのに、清少納言は紫式部のことを一度も言及していない。恐らく、二人は面識がない。
紫式部は清少納言と入れ違いに宮使いしている。『紫日記』」とは言ってもフィクションが入り混じっているのだから微妙なところだ。
 小説を起こすように和歌を物語に織り込む。しかも、その数が尋常ではない。『紫式部集』パートIIが出来るほどだ。
 和歌の訳は俵万智がいい味をだしているものの、十七文字の置き換えの感がいなめない。そもそも、和歌を現代語に訳すのにどれだけ和歌に利益があるのだろう。短歌を和歌になおすのはどうだろう。そんなことする人が現われるとは思えないが。千年のちの同胞を馬鹿にして嗤うことだろう。千年前の人が和歌を未来語になおして伝えるのは不可能なように、短歌を千年後の未来に残すのではなく、未来語になおすことは不可能だ。これは現代人の驕りで和歌・短歌たいする越権行為なのだ。あなたは自分の詩がそんな扱いを受けるのを黙っているのだろうか。


 ・をとこ君はとくおき給て女君はさらにおき給はぬあしたあり(「葵」)

新枕をかわした時のことを、たった一行足らずで表す。若紫十四歳。
ふと思うのだが、紫式部ならどんな俳句を思いついただろうか。
・・障子の穴から覗いて見ても留守である(放哉) どうだろう。


 ・あやなくもへたてけるかなよをかさねさすかになれしよるの衣を(「葵」)
 
気もそぞろしょうこりなくそばにいて抱くのは衣だけ命(こころ)がいたむのだと、辱めを受け前向きになれず伏せていた若紫の枕元に契りを交わした印しの文を置く。したごころ見え見えの流し文だ。


 ・……いとをかしきもてあそふなりむすめなとはたかはかりになれは心やすくうちふるまひへたてなきさまにふしおきなとはえしもすましきをこれはいとさまかはりたるかしつきくさなりとおもほいためり(若紫)

胸いっぱい無邪気な人形だ。すこしの疑いもなく寝食共にするとは、一風変わった私の秘蔵ッ娘よ。若紫は紫の上として以後の巻に語り継がれていく。


********註解
:底本には『校異源氏物語』池田亀鑑編著を用いた。

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