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作品 - 20200820_294_12065p

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鬼に金棒、雨男には雨傘を

  ゼッケン

その人がいると雨が降る、その人が男であれば雨男と呼ばれることになる
そういう他愛もないがよく知られたことがある。おれは雨男だ
雨男のおれがあるときに気づいたのはおれが傘を持って出ると雨は
降らない
傘を持っていないと雨が降り、おれは濡れながら歩いた
知恵のついたおれはいつも傘を持って歩くようになった
スマートな折り畳み傘では駄目なのだった
諸君、おれが無用の傘をいつも持って歩いているのは
心配性だからではないんだ
きみらが無用で邪魔なものとして、電車に乗っているととくに
そういう目で見られるが、おれが腕にぶら下げているこの傘は
つまり、たしかに無用だ、だが、無用であることが幸いなのだ

勘違いしないでほしいのだが、おれは悪徳の話をしているのではない

おれは無用のおれの詩の話をしようと思う。たしかにおれは
無用なものを書く 書いた 書いている
無用であることは幸いである
おれの詩の必要とされる世界にきみたちは棲みたいか?
おれが詩人として威張りくさる
そういう世の中に
なればいいのに
そうは思わない、おれはけっして
嘘ではない
おれのついた嘘は別の種類のものだ

雨男はおれだけではなく、雨女だって大勢いる
おれだけが無用の雨傘を持っている
かのようにふるまうのは卑しい人間だった
と思う、雨に降られている雨男におれはおれの雨傘をそっと差し出す
おれはそういう人間だ
なぜなら、相手がそれを断ることを知っているからだ
見知らぬ中年男が差し出す傘を受け取る人間はいない

ぼくは今のきみが立っているその場所で雨宿りがしたい
この傘を受け取ったら、さっさとどこかへ行ってくれ

傘を受け取らせる手練手管を含めてもしも、ありがとう、と
受け取れる男がいたとしたら、そいつは晴れ男だ
雨男はおれの傘を受け取らず、晴れ男にはおれから傘を受け取る機会が訪れない
だからいつか、おれはおれの雨傘をどこかに置き忘れることにする
死後、天気雨の降り続いた明るい路地裏を風が乾かせば、
雨男たちの置き忘れになった傘が切れた雲のすき間に吸い上げられてさっぱりと消えてしまうといい
難しくはないはずだ、そう祈るばかりだ

文学極道

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