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作品 - 20200601_595_11923p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


『在りし日の歌』 ― 各論 /『山羊の歌』― 反唄

  アンダンテ

・・・・・・・・・永訣の秋
・・・・・・・・・・・(二)一つのメルヘン

・・・秋の夜は、はるかの彼方に、
・・・小石ばかりの、河原があつて、
・・・それに陽は、さらさらと
・・・さらさらと射してゐるのでありました。

・時を跨ぐのではなく、遮断されずにはるか彼方の二次元の地表を保ったまま、垂直に割った時間たちがそれぞれ違った風景を醸し出す。遠景は時差ボケではなく、詩的事実として表流する。

・・・「詩的真実」に従って溝に水が流れ出し、根元から濡れ始めた棒杭の先に翡翠がとまった。
・・開いた翅が閉じる。水が流れるとせせらぎの音が立ち始め、その静かさが遠い囀りや葉擦れの
・・音を際立たせた。
・・・・・・・・・・(「詩」と「詩論」― Migikata [11906-文学極道])

・・・だから翡翠が杭の先から見ているものは詩であって詩ではない。主体の外側にあり、内実を
・・持たない詩の外形なのだ。世の中の表象の表面を流れる「詩的真実」が真実とは名ばかりの、
・・時間軸上の座標点の転変に過ぎない事実を、言葉自体の持つ性質が最初から内包している。詩
・・の言語は時間の経過に晒され、洗われているばかりではない。相対的に真実の具現をコントロ
・・ールしているわけだ。言葉がなければ、時間は経過しないということ。言葉は時間経過の中で
・・自ら表出を全うする仕組みを持つということ。
・・・・・・・・・・(「詩」と「詩論」― Migikata [11906-文学極道])

・時間がなければ言葉は作用できない。真実が詩的である有り様は、時間がなければ進行しない。<言葉は時間経過の中で自ら表出を全うする仕組みを持つ>は「時間がなければ言葉は作用できない」と同義だ。しかし、何ゆえにMigikata氏は<言葉がなければ、時間は経過しないということ>と言うのだろうか。いくら開けゴマ!と叫んでも開かないのは何故だろう。時間は経過しているはずなのに。時間は主観的に流れていたのだろうか。言葉の持つ隙間はさておいて、モノの持つ隙間(持つとは妙な言い方だが)、なにもない隙間をデフォルメすることは出来ない。

・・・さらさらと

・射している陽から流れる水へと、さらさらと琵音を奏でることに拠って詩的事実が伝わってゆく。

・・・やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
・・・今迄流れてもゐなかつた川床に、水は
・・・さらさらと、さらさらと流れてゐるのでありました……

・<ゐるのでありました…‥>詩的真実が現実味を帯びる。

********************
*註解・
・Migikata氏は返信の中で次の様に言っている。
・……
・・作品は言葉でできています。言葉で作品世界がコントロールされているということです。じゃあ、作者が言
・葉を完全にコントロールできているかというとそうではない。言葉自体の持つ文脈、大きなバックグラウンド
・や内包された隠れた意味が、世界に別の顔を持たせる部分もあります。この作品の前半では、「「詩的真実」に
・従って溝に水が流れ出し」のように、わざと主観と言葉により表現された客観世界の境を曖昧にしてあります。
・それは言葉とモノとの持つ隙間をデフォルメしたということです。だから時間は主観的に流れる、その主観は
・言葉によって作られている、言葉が時間を作っている、言葉がなければ時間は経過しない、という無茶な論法
・が展開されるのです。……


・・・・・・・『山羊の歌』― 反唄
・・・・・・初期詩篇
・・・(一)春の日の夕暮れ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・反唄
トタンがセンベイ食べて・・・・・・・・・・鴉が鳴くから帰ります
春の日の夕暮は穏かです・・・・・・・・・・つきたての餅を腰に提げ
アンダースローされた灰が蒼ざめて・・・・・五十三歩が逸れました
春の日の夕暮は穏かです・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・邪魔になったら
吁! 案山子はないか――あるまい・・・・・呼んでください
馬嘶くか――嘶きもしまい・・・・・・・・・
ただただ月の光のヌメランとするまゝに・・・春の夕暮れは
從順なのは 春の日の夕暮か・・・・・・・・だれ一人拒まない
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夢の孤独に寄り添います
ポトポトと野の中に伽藍は紅く・・・・・・・
荷馬車の車輪 油を失ひ・・・・・・・・・・サブマリンの棲む
私が歷史的現在に物を云へば・・・・・炎天の底の水たまりに
嘲る嘲る 空と山とが・・・・・・・・・・・接続できずにいるのです
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
瓦が一枚 はぐれました・・・・・・・・・・邪魔になったら
これから春の日の夕暮は・・・・・・・・・・呼んでください 
無言ながら 前進します・・・・・・・・・・
自らの 靜脈管の中へです・・・・・・・・・両手に私をのせて伺いますから

・・・エピローグ
・中也は、本来ダダイスト達の無造作で気ままな反抗とは無縁だった。海に打ち込む錨を地上に垂らし、測量技師のような目つきで垂直を保つ。

**註解********************
・*詩集『山羊の歌』は、昭和二十二年八月二十五日創元社発行『中原中也詩集』に拠る。
・*吁:ああ *嘲る:あざけ *自ら:みづか
・*高橋新吉の『茶色い戦争』によると、中也は「ダダイスト新吉」の詩の中にある次の詩を覚えて
・いて好きだと言った。
・・・少女の顔は潮寒むかつた
・・・うたつてる唄はさらはれ声だつた
・・・山は火事だつた
・*草稿では<私が歷史的現在に物を云へば>の次行に<現在と未來との間に我が風の夢はさ迷ひ>とあるのを
・抹消。


・・・(二)月
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・反唄
今宵月はいよよ愁しく、・・・・・・・・・・鎖骨に遺る天使の歯形だ
養父の疑惑に瞳を瞠る。・・・・・・・・・・面影を残した星の生家に
秒刻は銀波を砂漠に流し・・・・・・・・・・みたび 咲く存在と夢
老男の耳朶は螢光をともす。・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きみのひとみがぬれている
あゝ忘られた運河の岸堤・・・・・・・・・・うちにひめたおもいを絶ち
胸に殘つた戰車の地音・・・・・・・・・・・きみのたましいを砕いて
銹つく鑵の煙草とりいで・・・・・・・・・・からっぽのカプセルの中に
月は懶く喫つてゐる。・・・・・・・・・・・うまれたての螢をつめこむ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それのめぐりを七人の天女は・・・・・・・・さて 存在という存在はそれが存在するだけで
趾頭舞踏しつづけてゐるが、・・・・・・・・うっとうしい しかし
汚辱に浸る月の心に・・・・・・・・・・・・思考が未踏の存在をつくるとしたら
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんの慰安もあたへはしない。・・・・・・・ああ 生殖器は美しい
遠にちらばる星と星よ!・・・・・・・・・・心臓はあわれだ 
おまへの抉手を月は待つてる・・・・・・・・脳は威張り散らす
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・エピローグ
・内意を持ち込まない名辞以前の状態にある時、最も簡素な姿として自同律は完結している。私たちは、蛙聲と同質の関係を結ぶ。

**註解*******************
・*愁しく:かなしく
・*瞠る:みはる(原文は環境依存文字[目扁と爭]のため表示出来ず代用。)
・*秒刻:とき *懶く:ものうく
・*抉手:そうしゅ(原文は特殊文字[曾と部首:りっとう]のため表示出来ず代用。「會と部首:りっとう+
・手:かいし」の場合は「首切り人」の意)
・*生殖器は……:ウイリアム・ブレイクによる


・・・(三)サーカス
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・反唄
幾時代かがありまして・・・・・・・・・・・There was a naughty boy
・・茶色い戰爭ありました・・・・・・・・・===イケナイ子がいました
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・And a naughty boy was he
幾時代かがありまして・・・・・・・・・・・===ほんとに、イケナイ子でした
・・冬は疾風吹きました・・・・・・・・・・For nothing would he do
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・===だってなんにもしないで
幾時代かがありまして・・・・・・・・・・・But scribble poetry
・・今夜此處での一と殷盛り・・・・・・・・===詩ばっかり、書いていたんだもん
・・・・今夜此處での一と殷盛り・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・so much depends
サーカス小屋は梁・・・・・・・・・・・・・upon
・・そこに一つのブランコだ・・・・・・・・===実に多くのものが
見えるともないブランコだ・・・・・・・・・===そこには
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
頭倒さに手を垂れて・・・・・・・・・・・・a red wheel
・・汚れ木綿の屋蓋のもと・・・・・・・・・barrow
ゆあ―ん・ゆよーん・ゆやゆよん・・・・・・===白い鶏の
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・===そばで
それの近くの白い灯が・・・・・・・・・・・
・・安値いリボンと息を吐き・・・・・・・・glazed with rain
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・water
觀客様はみな鰯・・・・・・・・・・・・・・===雨水で
・・咽喉が鳴ります牡蠣殼と・・・・・・・・===てかった
ゆあ―ん・ゆよーん・ゆやゆよん・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・beside the white
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・chickens.
・・・・・屋外は眞ツ闇 闇の闇・・・・・・===赤いネコ
・・・・・夜は刧々と更けまする・・・・・・===車。
・・・・・落下傘奴のノスタルヂアと・・・・
・・・・・ゆあ―ん・ゆよーん・ゆやゆよん・・・・O Romeo,Romeo!wherefore art thou Romeo?

・・・エピローグ
・ゆあ―ん・ゆよーん・ゆやゆよん・・中也のやるかたない音表の漂失感は、埴谷雄高の花粉症の気怠いうたかたの零れ Pfui!(ぷふい!)と同様、それぞれ体鳴する音の響きとなって、言葉では癒せない怠惰、その天秤を正確に狂わせている。
・ここまでに取り扱った三つの詩は、風化した淘の上の記憶を揺り起こし、そのことに因って抒情は恢復している。中也の心がどんなに涸れようとも、変わらぬ資性として抒情はあった。・

**註解**********************
・*一と殷盛り:ひとさかり *倒さ:さかさ *屋蓋:やね *安値い:やすい 
・*咽喉:のんど*刧々:こふこふ *淘:ゆら
・*There was a naughty boy……:John Keats(ジョン・キーツ 1795-1821)
・*so much depends……:William Caelos Williams(ウィりアム・カーロス・ウィりアムス1883-1963)
・*O Romeo,:William Shakespeare(ウィりアム・シェイクスピア1564-1616 )「Romeo and Juliet II,ii」

文学極道

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