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作品 - 20200413_824_11809p

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まほろば

  kale

エメラルドの濃霧が煙る雨裂には午後の澄水が流れ込み硬金属層の残丘が墓石状に点在する渓谷となって久しい、母なる言語から翻訳された花緑青の谷底では嫌気性のアノマカロリスとハルキゲニアが嶼ほどの体長をうねらせ獲物をさがしていた。黄金の季節。真葉の日の下午。主語の存在しない空からは王水が降り注ぎ、溶解する白金に彼らにとっての甘露は穢されていく。メガネウラの成体内で生成された柔らかな石が汚れた王水と混ざり合い、体液に塗れたまま総排泄肛から外気へ触れて結晶し、花緑青となる。雨溜に副い軸生する胞子曩群が値遇(ちぐう)雨季と乾季のわくらばに地表から芽ぐむ、その代謝が僅かの水と酸素と束の間の安息を楽園へと還元していく、触媒になる。対の季節の循環を一定の周期に遡上する羊背のノマドたちのその真名は、やがて父なる言語に翻訳されたかどにより永遠の喪失に冒される。最後の一滴がいつまでも疎らに降り頻っていた。刺激に促された目覚めに、その歓びを伸展させる幾筋もの胞子曩群は雨裂を模して溯(さ)き、墓守のための詩碑のように島嶼する残丘を管理していた、色の世界に沈座して、つとに胞子を放出させている。エメラルドの濃霧に濡れそぼつ花緑青の谷底では、アノマカロリスとハルキゲニアの幼体が菫外色の日差しの放射に打ち震え、熱を色だと感知するその複眼で獲物を、メガネウラの幼生の神経節を捉咥(そくし)して、交互に引き摺り、息絶えるその時まで、遊ぶように奪い合っていた。

文学極道

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