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作品 - 20190321_337_11129p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ラーメンと日本人

  atsuchan69

マイナス16℃のニューヨークで
外では行列が出来ている
超有名人のやって来る
そんなゴージャスな店の中で
お前は、すでに死んでいた

だらしなく延びきって、
下品な臭いのするスープの中で
トッピングの華やいだ飾りだけが
妙に和のテイストを感じさせるだけの
単なる見世物に成り下がってしまったお前が、
哀れにも茹ですぎて膨らんだ姿を
海苔だの半切りの煮卵だの
でっかいチャーシューだのに埋まって
ただ沈んだまま息絶えていた

それを静かに啜りながら、
はるばる日本からやってきた
身形のよい老紳士は
眉間にしわを寄せて言葉なく愁いていた
お前の死を悼み、
ツンと匂うスープを
メラニン樹脂の蓮華で掬い
悲しい目でしばらく見つめると
思い切ったように口に含んだ
その幾秒かの後に、
すっと、立ち上がりレジへと向かう

何がイケなかったのだろう
言葉とか文化とかだけではないような気がする

結局、
お前は逝っちまった
中国で生まれ、
戦後、日本が育てた
安くて美味しい、
あのキタナイ店のラーメン

がんこな親爺が妙なこだわりを一生涯通し、
秘伝のスープとかに心血を注いで
たかがラーメン一杯を、
「おう、どうだい」って顔で出してくれた

やって来る客という客はヤクザを除いて貧乏人ばかり
それでも親爺は自慢のラーメンを作りつづける

あのキタナイ店の
がんこな親爺の作ったラーメン
ニューヨークに店がなくてもよいし
行列もいらない
有名人が来なくてもよいし
べつに評判もいらない
ただ妙なこだわりだけは失くさないでほしい
ヤクザの親分だって親爺のこだわりには一目置いていた

いつかブームが去ったとき、
お前のDNAを引き継いだアメリカ人の若者が
RAMENと書かれた屋台をミッドタウンに出している
評判はというとそれほどでもないが
さっそく注文すると
極太麺にソーセージとレタス、が載っている
スープはまさかのBBQソース味
この摩訶不思議な一杯を、
「See? I did it!」って顔で出してくれる

うーん。BBQソース味‥‥
あ、でもどちらかといえば、やはり美味い
これ、メチャクチャ美味いよと言うと
 そうだろ
って白い歯を見せてうれしそうな顔で笑う

このラーメンの味、どこで習ったの? 
そう聞くと彼は胸を張り、
 この秘伝のスープはボクが独自で作ったんだと言う
日本に行ったことはあるの? 
 ないよ、
 でもじつをいえばこのスープの中には
 日本人の魂が入っているんだ

君は、誰か特別な日本人を知っているのかな? 
 もちろん、たくさんの日本人を知っているけど
たとえば誰? 
 そう、たとえば今では‥‥
 アメリカのほとんどの若者は日本人だろ

なんだって? とても信じられないけど
 漫画とか読んでいるのはみんな日本人なんだ
 ワンパンマンが大好きな連中も
 心の中はもう、すっかり日本人だと思うよ

もしかして君も日本人? 
 そうだよ、なぜ判らなかったの? 
じゃあ、このラーメンは「本物」だったんだね
 当然さ、
 この街で一度ラーメンは死んだけど
 今では不死鳥のように甦って
 たくさんの屋台があちこちで店を出しているよ
信じられない、ここは本当にニューヨーク? 
 メイビー。

さらに彼はこう言った――

 ここは、ボクたち日本人の街だ
 というか、今では世界中どの街も「日本」なんだぜ

文学極道

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