アパートの呼び鈴が鳴って、ドアのレンズから覗くと
知らない顔の中年の男と女の二人組が立っていた
おれは息を殺す
児相に違いない
児相が来るのはおれが小学3年生の息子を虐待しているからだ
1時間後、おれは息子を連れて部屋を出て車に乗った
今年10歳になる息子は黙っておれについてきた
息子がおれの言うことを聞くのは痩せ細った上腕にタバコの火を押し付けたからだ
逃げ続けていつまでも息子といっしょに暮らす
都市高速に昇ろうとしたとき、眼前の大型トレーラーのコンテナのドアが開き、スロープが路面に伸びて火花を散らす、散らした火花が消える間もなくトレーラーが減速し、おれの運転する軽自動車の前輪が金属製のスロープに乗り上げる、おれはブレーキを踏むが、後ろの四輪駆動の大型車が追突してきておれの軽自動車は抗えなかった、後ろの車の運転席でハンドルを握っているのは昼間の女だった、地味な灰色のスーツを着てにこりともせずに仕事中の顔だった、そのままトレーラーのコンテナに押し上げられる。入りきれない四輪駆動車はスロープを滑り降りるように後退し、すぐにスロープが上がってドアが閉じると暗闇になった。同時にコンテナ内に潜んでいた何者かにフロントガラスが割られて、破片がおれの顔に降り注いでおれは悲鳴を上げる、悲鳴を上げるおれの顔にガスが噴射されて、おれは意識を失うまで悲鳴を上げ続けたが、息子の悲鳴は聞こえてこなかった
ジソーの男は椅子にしばりつけられたおれの顔を思い切り殴った
椅子は床にボルトで留められており、おれの上体は大きく揺れて、首から上をがっくりと垂らした
水をかけられ、髪をわしづかみにされて顔をむりやり正面に向けさせられた
息子が立っていた
おれが気絶している間に入浴と食事を与えられ、服も新品のシャツと半ズボンに替わり、まっしろな靴下と磨いた革靴を履いていた
きみ、お父さんは好きかい? ジソーの問いに息子は何も答えず、ただじっとおれを見ていた、
いつから見ていたのだろうか?
ジソーはスーツのポケットから煙草を取り出し、口に咥え、カチンと硬い音を立ててライターの蓋を開けると、煙草に火をつけた。
深々と煙を吸って、吐いた
きみは未成年だから煙草は吸っちゃいけない
ジソーは煙草の灰を床に落としてから、息子に手渡す
お父さんに押し付けなさい、いいんだよ、それがお父さんの望みだ
これは道徳なんだ、自分がされていやなことは他人にしてはいけない、これが道徳だ、
この道徳が真なら、道徳の対偶も真だ、他人にすることは自分がされたいことなんだよ、
きみ、きみがいくらお父さんの言う通りにしても殴られるのはなぜか、分かるかい?
きみがお父さんの本当の望みを叶えないからだよ、さあ、
息子はジソーから渡された煙草を口に咥え、深々と煙を吸って、吐いた
そして煙草を床に落とし、真新しい通学用の革靴で踏みにじって火を消した
もう行ってもいいですか? こういうのうんざりだ、ぼくは新しい勉強を早く始めたい
息子は踵を返して窓のない部屋から出ていった
ジソーはもう一本、煙草に火をつける
お父さん、立派なご子息だ
おれは泣いていた、どうしようもなく涙が溢れた、おれは息子に愛されたかった、
ジソーは煙を吐こうとしてせき込んだ、ゲホ、愛は、ゴホ、パズルのなくしたひとつの、ゴホ、ゲホゲホ、かけらだ、エフッ、エヒョッ、埋め合わせることが可能なら、ゲヒョ、ゲヒョ、ゲヒョヒョヒョヒョ、グッフ、ウッフ、それはエーッフエフッ、ヘウ、ウ〜、愛ではない、フゥー、ハァー、ウエ〜イィ
道徳は論理だが、愛は生理である
頬を伝うおれの涙で煙草の先端に灯った赤光がじゆっ、
と消された
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作品 - 20190117_301_11011p
- [優] 窓に夕日の反射するアパートに帰宅する - ゼッケン (2019-01)
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窓に夕日の反射するアパートに帰宅する
ゼッケン