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作品 - 20180904_642_10718p

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幽霊とあぶく

  田中恭平

 

 言葉は幽霊の所有物。ひとは幽霊に言葉を借りているに過ぎない。と、重たい頭をもたげベッドから這い出し、この文章を書く俺は、ひっきょう幽霊の複合体に過ぎない。きみだってそうだろ?なぜ美しいと感応するのか、自然のさざめき、朝の鳥がすこし五月蝿いと想うこと、ひとを愛すること、とにインスピレーションがこの冷えきった現実にきらきらと発露されるとき、きみはインスピレーションの訳語が霊感であったことを思い出すだろう。

 終電を見送って、始発で帰る元気はなくなっていて、ヘイ、タクシー!俺は酔っぱらっているから気前がいいよ、代々木八幡まで行ってくれ。と行く、行く、行く、を、繰り返した結果、実家のパソコンの前に2018.9.4.居る、不思議、でもなんでもないような、必然の結果でこうなっているからしょうがないと思うんだろうね。今日もよろしく働いて、時給1150円分働いて、終えて、祈りを捧ぐ。それは言葉の形をとってこの世に現れることも多々だ。ダンスの次に多い。ダンス、ダンス、ダンス。

 俺は明滅を繰り返す。雨の湿気にウンザリしながら、ローリング・ストーンズの完璧さに打たれながら、少し顔をあげて、また顔をウィンドウに戻し、要はこの身体というのは乾いていて、それはこころとか精神の問題ではなく、実際に乾いていることで、涙が塩辛いことにひとり、うなだれながらも、感動、なんてしてしまうんだろう。感動、なんて陳腐な言い回しだけれど。

 自分の脚を眺めれば、いじめられっこみたいに青タンでいっぱい、擦り傷でいっぱいだ。すべて仕事を行ってできた痣、傷だけれど、捻くれた頭は、これを自分の勲章とか、誇りのように勘定してしまう。目を閉じれば今まで仕事の最中に吐かれた暴言でいっぱいだ。こんな暴言たちも、俺といっしょに墓に入って浄土に蓮の華の滴として煌めくよ。別段死ぬことを考えているんじゃない。でも明日の朝、ふとこの世から消えてしまってもいいと思うんです。ドロン、と。だって元々幽霊の複合体なんだから。

 蝋、といえばいいのか、身体機械論を信奉しているわけじゃなく、俺は夢想する。全身が少しずつ蝋のようにすり減ってゆくところを。脈打っている血管が、嘘のように感じられる。生きていることが、驚きのように感じられたことはないか?感じる、の次元を飛び越えて、生きていることが、「認識」されたとき、すべての価値あるもの、俺にとって、ギターとか、パソコンとか、お金でもいい、それらが、あぶくを吹いて次第に消えてしまっても、俺は別段驚きはしないだろう。そのとき俺は、五六時間は我慢した煙草をやっと喫えたときのように、法悦の顔をしているだろう。あほうづらだね。ほら、次第に身体の明滅の回転数は減少していき、蝋のような体は、あぶくを吹いて、寝室は蒸気でいっぱいだ。つと目を向ければ、窓から百日紅の花、ピンク色のかわいらしい花が視える。机に寄りかかろうとしたら、やはり体はがくっと崩れ落ちて、置いておいた仕事道具すべてが落ちてしまった。


 

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