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作品 - 20180623_811_10537p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


通りすぎたものは

  ゼッケン

Y染色体は少しずつ短くなって、やがてIになるらしい
一ヶ月ほど前に原因不明の高熱を発した
あなた、ずいぶん痩せたわ 
心配する妻におれは中年太りが解消されて気分がいい、と言ったが、
内心、癌を疑っていた 
精密検査を受けたかったが、休みが取れないので先延ばしになっている
出社すると郵便係がおれに封筒を渡した
宛先はおれの名前になっているが、差出人の名前はない
広げた便箋にはあと3週間ほどでおれの人生が終わる、

準備しろ

と書かれていた。おれは封筒と便箋をシュレッダーにかけた
それから一週間しないうちに体毛が薄くなり、頭髪は逆に増えた
背筋が伸び、動きも機敏になった。おれは若返り始めたのだった
病院を探してみたけど、どこも若返りは謳っても、若返りを止めるところはないのよ
妻は笑顔で言っていたが、目の下のくまは濃かった
まだ小さな子供たちは日曜日にパパが一日中遊んでくれるのを喜んだ
月曜日、とにかく大学病院におれは行った
血液検査とMRIを受けて結果は木曜日だと医者は言った
会計を待っているおれに隣の女が封筒を手渡してきた
便箋を取り出して読んだ。細かい字でこれからおれがやらなければならないことが書かれていた
もう、止められないんですか? おれは聞いた
女は、わたしもそうだった、と言った

父さん

女はおれの父だった。おれが若い頃に失踪していたのだった
I染色体なんだよ、男と女をこれから繰り返して生きていく
性が転換すると、記憶が薄れる。おれは次の人生に備えて
忘れてはならないことをすべて日記に書く必要がある
子供たちの中で誰が I を受け継いでいるかは分からない
見守る義務がある
女はそう言って立ち上がり、おれに背中を向けた
父はこれでおれへの義務を果たしたのだろう
記憶にない息子への事務的な手続きは済んだ
女はおれより若く見えた

木曜日、日記だけを持って、おれは協会が差し向けた車に乗る
家族とは離れられない、何度もそう思い、いまも思う
おれは12歳の女の子になる
すぐに忘れます、車のハンドルを握った中年の男が言った
わたしもそうでした
何度も繰り返せば、
別れは特別なことじゃないことが分かります
特別なのはときどき思い出す、

その一瞬だけ

一瞬だけの痛みです

文学極道

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