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作品 - 20180613_594_10520p

  • [佳]  いと -  (2018-06)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


いと

  

ある日、
どこかで誰かが溜め息をつき
磨りガラスを貼った梅雨空から
一本の光る糸が垂れてきた
天女が羽衣を織るのに使うような
虹色に輝く美しい糸が

人々がぼんやりと見上げる中
糸は一本、また一本と垂らされて
その先端が地面に届いた
雲間から射し込む日の光にも似た
神々しくもどこか不吉な無数の糸

ほとんどの人々は相変わらず魚の目で
空を飾る美しい糸たちを眺めていたが
突然、
生きることに疲れた背広姿の中年男が
鞄を放り出して糸にしがみつき
するすると登りはじめた

それを合図にしたかのように
いじめに悩む女子中学生が
自らの人生が外れだと悟った老人が
親から要らないと思われている幼児が
手近な糸に取りついては
まるで訓練された兵士のように
楽々と糸をよじ登っていく

周囲の人間たちはそれが自分の家族でも
止めようともせずに無言で見送っている
磨りガラスを貼った梅雨空のあちこちに
空を目指す人々がぶら下がっている

どれだけの時が過ぎただろうか
やがて最後の一人が雲の上に消えると
無数の糸は雪のように溶けて消えて
同時に空も地上も赤黒く変色し始めた
辺り一面には硫黄の臭いが立ち込めて
地上はついに中立であることを放棄した

ほら、
あちらこちらで悲鳴があがり始める
肉が裂け骨が砕ける音が聞こえる
しかしそれは今までと大差ないので
人々はいつも通り歩き続けている
そのうち自分の番になるまでは
誰一人として気付くことはないのだろう
ここが本質に相応しい場所になり
すべてが無限に続くのだということを

文学極道

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