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作品 - 20180224_060_10267p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


祖母、の

  玄こう


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海岸灘両翼を固めた
鳶が浮く
人間の両をみすぼらしく
眺めながら
空を鳶が飛んでいる
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彼方を眺めて海と陸の臨界を廻る
自ずの姿をみすぼらしく眺めながら
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煙突に隠れた拳が
モクモクと腕を突きだし
砂を蒔く処女が
遠い潮騒に聞き惚れている
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産みの親に愛奴(アイヌ)
と呼ばれた、祖母は、
両岸の過去に彼女は
今・立ち、生命崩壊及至死
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生暖かな砂浜と水泡が浚う
青く透明なにび色の
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鳶のふたつの目がサイクロイドの軌跡を描いている
砂を蒔く処女は口を咬み
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破水を撒き散らし
愛奴の体を冷ますために
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思いもかけない夕べの浜を陽はかたむく
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海と陸の六つと七つ
太陽が、ひとつと、ふたつ
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茶色い風呂釜が苔蒸して
どんなおケケが ヴァルナ ギーナ リグヴェータ
クモハ モハ  石のオリシス
あの浴場に入れた嬲りの階級は 
華やぐ文明の時事を語り尽くした詩人たちだけだった
バラモンの神々をつぐことのできる人たちだけだ
あの浴場に入れた嬲りの者らは
クモハ モハ 石のオリシス 
そんな詩を歌える人たちだけが沐浴できる
クモハ モハ 石のオリシス

当時僕はその排水口で髪を洗ってた
下ネタ ハラッパ クモハ モハ
鼻うたい
そのとき手足もなくて頭もあったか
とにかく母の羊水なんかぶち破っていなかった
海遊しながら幾億数千万兆個のたった一個の卵
ニシンの一粒が孵化した不可触賎民
たしかあの頃ニシンだった僕は
確率は孵化して幾億数千万兆のたったひとつ
ようやく一粒の奇跡
確かあのとき数の子一粒から生まれたニシンだ 
ほらぁ あのお魚を焼いておやり
干した尖ったあの魚を磨いて焼いておやり
油ののりきった磨きニシンを 
テカテカひかるニシンを網で掬い
味噌つけて食べてみた
あれは美味いぞ 
確かに美味いぞ 
みがきニシンは



僕の祖母が北海道生まれの頭の切れる札幌女学出の女史。
満州わたり結ばれた夫と一緒に九州熊本荒尾の元に嫁ぐ。
父を産み 夫はすぐに肺炎で他界、父五歳。
保守的家族に見放され、汽車に乗り身ぐるみひとつ、
子を連れて北地へ帰る
海端にほったて小屋の文房具店を開き
日に一人か二人子供が買いに来た店を賄い
水はよそからもらい、ガスはなく
夏も冬も一個のストーブで煮焚きして暮らしておりました
十日分のお鍋の底にはすべての生き物が沈殿しておりました
(美味かった ほんとぅに美味かった っすよ)
子供の夏休みの思い出でも
高校時が一番の思い出は、真冬の北海日本海 遊びに行って
毎夜 毎夜 ストーブで煮焚き 
一日一回 ご飯何杯も 〜さんま汁は一緒にどんぶり七匹食べました
家の中まで海風が入り込むから 毎夜毎夜吹雪はとても寒かったです
ガタガタ手足を振るわせ五枚もの毛布で
寝くるまって寝ました
人とお話しをするのが大嫌いでしたね、ばあちゃん
でも孫とあってはとても機嫌よくやさしくしてくれましたね
年がら年中 夏も冬も 何枚も服を着込み 三枚以上の毛布にくるまり
ひとりお祈りをして、一匹のネコと一緒に寝て仲良く暮らし
どんな物語があったんだろねぇばあちゃんねぇ
天に聴いてるよ この文を打ちながら 天に聴いてるよ
いろんな事を もっと、もっと 教えてほしかった
クリスチャンだった 短歌も書いてた 
短歌集 いつも読んでるよ、そこから学ぶんだ
誰にも読ませずこっそりと書いたあなたの短歌を 
もっといろんなお話し聴きたかったから
そこから学ぶよ こっそりね
ねぇ ばあちゃん 聴いてるよね 天に聴いてるよね
ずっと こっそり 見ててよね 


  人が 吹き晒しに飛んでるよ
  カモメに問うたよ
  ニシン 来たか?とね
  留萌(るもい)とどめよ
  漁港の北の艀(はしけ)
  羽幌サッポロ☆苫前(とままえ) 
  遠い遠い旅の望郷
  留萌の街は まあるい港 
  閑古鳥の鳴く霧笛が
  今も昔も聴こえるよ



> 人の世の業を成し終えて帰り見む 生まれし海辺に波を訪(ト)ひたし 


彼岸の折り長野に帰郷したとき、父から一冊の短歌集をもらった。 父の母が、明治、大正、昭和 生涯かけてたびたび書いていた短歌だった。私たち家族宛てに手紙に添えていた歌を父が冊子に編んだものだった。父は鉄筆で刻みインクをローラですり ガリ版刷りで市販の紙に 一項一項丁寧にふたつに折りたたみホチキスで留め 赤と青の表紙には父特有のデザインがほどこされていた。二人の共同作業でつくったタイトルは『虹夢』と書かれていた。

文学極道

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