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作品 - 20171221_152_10111p

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明晰夢

  kale

書架が並んでいた。左手の指には栞が引っ掛かっていて誰に貰ったものなのかをうまく思い出せない。前後左右に延びる通路は狭く、奥には閉架へ続く階段が見える。行き交うには不適当な場所。支え合うようにして並ぶ背表紙には清潔さが滲んでいて、それは彼らの醸し出す犇とした安定感にあるのだとしばらくしてから気付く。同じ背丈になるよう左から順に揃えられた規則正しさが書架の構造を支えていた。空白の存在を憎みながら、書架の連は隙間なく積み上げられ、敷き詰められた図書は悼みを守る。寡黙な彼らの背表紙には文字はなく、色もない。夢だとわかる夢がある。夢の住人。ここは母校の敷地にあった図書館だ。閉ざされた空間の外には校舎はなく、小高い丘から仰ぎみた空もない。書架と壁の向こう側には自宅の部屋があり、壁の半分以上を占める窓が光に透過され、まだ起きるには少し早い、眩暈に似た光の散乱を過剰なほどに演出している頃だろう。そんな現実と対比されるのは窓一つない陰気な空間。忠実に再現され続ける薄暗さは図書の保管に欠かせない要素でもある。左右に視線を遣れば見知ったものばかり。人の気配のない通路。古い紙の匂い。わずかに混じる黴の、鼻の奥に届くかすかな刺激。感覚を忘れさせる静寂が清潔さとして満たされていて、衣擦れの音さえ存在できない。背表紙の襟元に指を掛け、手前に倒せば、音もなく手のひらに収まる。重さのない質感を儀式のような指の動きで擦っても、感覚は返らない。夢だとわかる夢があるように、知らない本の内容を知っている、癖を嫌ってやさしく繰れば、挿し込まれた幾つもの栞に導かれ、ウィーディングされたページもみつかるはずさ、とわかる夢があるように、規則正しい排列に寄り添うのは、と語る彼らは沈黙している、夢だとわかる夢があるように、色のない、文字だとわかる文字もあっていい、と彼らは云う、夢だとわかる、花に、夢があるように、いつも沈黙は寄り添っているさ、と彼らはそう云う。

文学極道

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