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作品 - 20171106_100_10008p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


火、ノ 懐胎

  游凪

月星のない静寂から夜が満ちる
溢れた金属音と女の嗚咽
あらゆる穴から垂れる体液に塗れた
肢体はまだ幼さを残す
覚醒した野性は眼を瞑ったまま
裸体の女は翅を閉じていく
てふ、てふ、てふ、てく、てふ、
固く閉じた蕾の名前を知らないように
逸失で異質で遺失であった
深い藍色に揺蕩う流木の破片は
放浪者の道標となり
設定しない目的地へと足を運ぶ
転がった眼球が事の顛末を記録している
以下、それを記す

漆黒の森で白い女は堕胎する
幾つもの爆ぜた火の粉を天へと散らし
掻爬されて舞う炎
切り離されて落とされる
細切れの燃え盛る胎児(のようなもの)
ただ此処にある風に受け止められ
回収される幻影、或いは不確かな実存が
小さく積み上げられる
保たれた均衡に
臓腑は緊張と緩和を繰り返す
込み上げる汚濁の愛おしさ
胎内は丸い空洞になり
生温く対流する(これは風ではない)
喪われたのは本当に胎児(のようなもの)であったか
それとも流星であったか
触れられることに抵抗する発光と熱に
ひきつれた風のケロイドは美しく
闇夜の皺となる
ドレープ状のオムライスに似た
規則正しいそれは、
太陽の聖骸布
瞑ることのない瞼に
燃え続ける履き違えた愛の残骸
上がりすぎた熱に冷たい汗が滲む
微かに雨の匂いをさせて
女は蒸発していく
その最中、滑らかな軽薄さで
風と抱擁して新たに孕んだ生命の種

白白と明ける空に
不在のまま焼失した月と星の灰が降る
さながら陽だまりの埃のように
全ては自然であるように焼き尽くされて
風はその重力のまま沈黙した
鴉に攫われたガラス玉のような眼球
煌めく宝箱の中に閉じられる
封印された、時の記録
途切れていた虫の音が辺りを浸す
熱い呼気を吐くものはいない
何も語ることもない深淵の森は
ただ一つの痕跡を残す
隕石に似た炎の痕
それは、蒼い星そのものであった

文学極道

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