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作品 - 20171103_004_9999p

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水溜まりの机

  NORANEKO

 書くことがなくなって久しい。ところどころ亀裂の入ったアスファルトより散った破片の礫を靴底で転がしながら、脳裡に机上を空論する術を見つけては放り投げた。雨がぽつぽつ降り始めたのはきっとこの行為のせいだと、道端に広がる掘り返されて剥き出しの農地に出来た水溜まりのなか、薄曇りの空となかよく逆立ちしたセカイ系の亡霊が、しかしおさな子の柔い産毛に包まれた頬を赤らめて言った。
 泥のなかに斑模様を描くいくつもの反転した世界で、反転したいくつものセカイの白い首に俺のいくつもの腕が伸び、いくつもの指が食い込む。
 俺は紫色の顔をビニール傘で遮りながら、この道に影を作る新幹線の架道橋を霞む視界で見上げる。剥き出しのコンクリート一面に貼り付いたカタツムリたちが垂らす透明な粘液の名前を知らないまま生きてきたことを今知った。俺は背負ったリュックの前ポケットから丸い、喘息用の吸入器を取り出し、それがカタツムリによく似ていることにそこで気付いた。俺は紫色の蓋をスライドさせ、中のつやつやの吸気口を剥き出し、紫色の唇で接吻した。勢いよく息を吸い込んだ。
 拝啓、田村隆一様。俺はまたシジンになり損ねてしまいました。眼鏡を忘れたことに気付いたときにはもう、車道を走り抜ける自動車の一群が疾走する花火にしか見えなかった。俺はセカイ系の亡霊が逃げた足跡の青い花火を見つめ、追いかけようとして、やめた。振り返り、振り返り、前を見て、俯いて、水溜まりのなか、びっしりと、カタツムリに取り付かれている逆さまの俺が灰色の花火になって溶け出す。その光景を、水溜まりごと掴んで放り投げた。
 書くことがなくなって久しい。ところどころ亀裂の入ったアスファルトより散った破片の礫を靴底で転がしながら、俺は剃り残した頬の産毛を撫でた。剃刀の替刃を買おうと決めて、空論のまま、いくつもの机が転がった田園を逆さまに通りすぎていった。

文学極道

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