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作品 - 20170810_482_9841p

  • [佳]  感謝 - ゼッケン  (2017-08)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


感謝

  ゼッケン

おれは自分がときどき意識を失うことをじつはずいぶん前から知っていた
意識だけだ、その間に自分が何をしていたのか、それは後から思い出すことができた
それは決まって自分がひとりでいるときに起こっていた
ふだんとたいして変わらないことをおれはしていた、しかし、
そのときのおれは左利きだった、おれは右利きだ
なぜ、ひとりでいるときにおれは入れ替わるのか
その理由は分かっている、左利きのおれはしゃべれない
入れ替わっている間はけっして電話に出ないのだった
おれが頼んだピザの配達を受け取るときも、無言で
若いバイトにごくろうさまとは声をかけることがない、おれなら愛想よく言う
統合失調症かいわゆる多重人格の軽いものだろうと思っていた
自分が何をしていたかの記憶はある
ジキルでもハイドでもない、おれももうひとりのおれも犯罪は犯さない
食卓の上にスケッチブックが広げられ、おれの似顔絵が描かれていた
思い出せば真夜中におれは左手で自分の似顔絵を書いている
それが一週間続き、おれは決心して医者に行った
もうひとりのおれがおれにメッセージを送っている
医者はおれの話を聞いて3日後に来いと言った、おれは
3日後に同じ医者の診療室に入った、似顔絵は三枚増えた
医者はおごそかに告げた、おれは双子だった、と
あなたのカルテを探しました。あなたはシャム双生児で幼いころに分離手術を受けています
心臓がひとつしかなく、その心臓はふたりぶんの脳に血液をおくるには小さかったのです
どちらを、どちらかだけ、どちらも選べない、親なら当然でしょう、当然です
だが、選べないのが当然だからと言って、半分ずつ選ぶということが許されるだろうか
人間を半分ずつ
あなたのご両親は双子の脳を左と右の半分ずつをひとつにしたのです
おれの脳は右半分を取り去られ、もうひとりのおれの右脳がおれの頭に移植されたのだと言う
そんなことができるんですか? 脳の移植なんて聞いたことがない
幼児の脳はすばらしい可能性を持っています、血管さえ縫合して栄養を与えれば、
たとえ最初は別れていても、あとは勝手に成長できるのです
ばからしいと思ったが、左手が勝手に動いておれの鼻をつまむ
ほら、いるんです、右脳には言語野がないので言葉はしゃべりませんが、
あなたはあなたたちなのです

知は力だった。知ることによって何もかもを変えることができる
プトレマイオスの時代には太陽が地球のまわりを回っていた
いまでは地球が太陽のまわりを回っている

ハローハロー、ぼくを見つけて

鼻が陥没して顔が内側に折れ始め、おれたちは目が合った、左目と右目で見つめあう
半分ずつの唇でおれたちは口づけを交わし、再会を祝す
おれはおれたちだった、ぼくはぼくたちだった、
医者はにこやかだった、低い鼻がよけいに低くなってしまった
いいさ、鼻なんか
頬を伝う涙が温かい、と感じていた
おれたちは涙の温度をふたりぶん、感じていた

文学極道

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