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作品 - 20170517_972_9621p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


オホーツクの岬

  祝儀敷

朝方のよい風がそよぎ
若い草原の広がった岬の
その先端には立方体が浮いている
海と空が限りなく触れ合う水平線を背にして
一辺80センチほどの金属光沢を持つ物体
しかしその材質は鉄や鉛などではなく
まだ人類の誰もが見たことないであろう
時が静止したようなこの岬にだけ自然発生した
全く異質なるものだとなぜだがわかる
草の間でハマナスの赤い小さな実がゆれて
雲はほどよい大きさにちぎれながら流れている
音を出すものは何もないこの岬で
地上1メートル上を浮く立方体
垂直からは少し傾き
対角線を軸にしてゆっくりと回転している
たった一本まっすぐに伸びる水平線と
立方体の各一辺一辺が絶え間なく交差し続けながら
縞模様の灯台
先を垂れる草
天を突きそうな山脈
それらそれぞれをどれもすべてまとめて
立方体の暗い一面一面にて反射している

立方体の前に立ち 水平線の前に立ち
眼下には切り立つ崖を望みながら
私は立方体へそっと触れる
触れた右腕が弾け飛ぶ
後方の草原に落下して隠れる
肩の断面からは鮮血が溢れ噴き出して
ハナマスよりも紅く地を彩る
痛覚が肉の中でもがきのたうちまわる
立方体は凛と浮遊したまま変わらない
私は左手でも触れる
左腕も激しく弾け飛ぶ
両腕を失い棒きれのようになった私の
足元には大きな血だまりが生まれている
なおも私は地を蹴り飛びついて
宙に浮く立方体に
脚や腰や胸や首で
怯むことなく触れ続けて
そのたびに体は爆ぜて爆ぜて爆ぜて
ハマナスの実は一面の豊穣となって
虫は跳ねて動物は駆けて草葉は茂って水は湧いて
岬の風景は輝く光景となり
身のすべてが飛散しつくした私は
跡形もなく消え去った

文学極道

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