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作品 - 20170425_270_9570p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


あの滅亡、この滅亡。

  芦野 夕狩

みんな絶望しているだろうか。地球からはるか何億光年離れた宇宙船の中で、鳩時計が顔を出す。みんな絶望しているだろうか。テリーは顔に空いている全ての穴から血を流しながら、多分、歌っている。滅亡に関する歌だ。野菜を収穫しすぎて逆に貧乏になった農家の歌ではない。我々はいつも旅の始まりに立っていて、過ぎ去ったものは全てウタになる。多段式ロケットがいつだってそれを証明している。そういうふうに優しさを一つ一つ切り離していったのが僕たちだよ。火星あたりでそう微笑んで見せたのを覚えている。パセリ。答えがないってことは僕たちが考える以上に大切なことなんだよ。それがその歌の決まり文句だった。テリーは飽きもせずにその歌を繰り返し歌っていたけれど、実際のところ何が言いたいのかさっぱりわからなかった。告白しよう。テリーのことみんな馬鹿だと思っていた。そんなテリーが出血している。出血なんて言葉じゃ片付けられない。はるかさんがそのだらし無くぶら下がった手を握っている。テリーは滅亡の歌を歌っている。鳩時計が顔を出す。みんな絶望しているだろうか。はるかさんの夢は一人前のパティシエになること。そのためにはどんな努力も犠牲も惜しまなかった。人一倍卵白をかき混ぜていたし、人一倍酵母について考えていた。つまり、人一倍酵母について考えながら卵白をかき混ぜていた。多段式ロケットの4回目の切り離しのときもそうだった。その切り離されたロケットの中に彼女のフィアンセが乗っていたことを最初に知ったのが他ならぬテリーだった。テリーは農家の歌を一時中断して、ジャガイモは地面に埋めると増えるんだよ、という話をして彼女を励ました。人一倍酵母について考えながら卵白をかき混ぜていたはるかさんは、確かに、と思った。だから手を握って死んでいる。多段式ロケットがいつだってそれを証明している。そういうふうに優しさを一つ一つ切り離していったのが僕たちだよ。木星あたりでもそう微笑んで見せたのを覚えている。二人はジャガイモみたいだった。セックスを媒体とせず、ただ土の中で眠るように増えていく。というのが彼らの描く軌道となって土星まで辿り着いた。置いてきたものは全てケーキになるの。そんなふうに微笑んで見せたのを覚えている。誰も彼もがあの滅亡で心が傷んでしまった。だからはるかさんのことを悪く取らないで欲しい。人類はいつだって未来へと向かわなければならない絶望の隣で立ち竦んでいるのだから、と。鳩時計が顔を出す。みんな絶望しているのだろうか。そのような疑問をこの宇宙船で初めて抱いたのがピッコだった。ピッコははるかさんの中身から生まれてきた。土の中で眠るようにセックスを繰り返した二人の子。ピッコはいつも宇宙船の窓から景色を眺めていた。丁度天王星が見えていた頃かもしれない。ピッコはあの滅亡を知らない。だから通り過ぎていく色々なことがウタやケーキだなんてとても思えなかったのかもしれない。数知れぬ星々の間には見えない橋が架かっていて、互いに惹かれあったり、遠ざけあう。幼い彼はそんなことを発見した。そして天体を舐める焔の波も、氷のざらつきも、覆う気体の曖昧さも、その全てに優しさを含んでいて、それゆえに滅亡を繰り返す我々をどう肯定すればいいのかわからなかった。みんな絶望しているだろうか。鳩時計が顔を出す。8回目の切り離しが行われると知ったとき。それが今までとは異なることを意味しているのを知ったとき、幼い彼の瞳はとても大きく見開かれた。それは安易に死を意味していたわけではないし、驚きや悲しみや、そんな甘いケーキみたいなものでもなかった。とにかく幼い彼の瞳はとても大きく見開かれた、という事実だけがあった。

文学極道

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