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作品 - 20170221_411_9452p

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(無題)

  匿名

そういえば、彼の者は阿呆であった。
いや、それは。

明け方の真冬というモノは未だに鬱蒼とした暗さに支配されているものだ。
吐き出す息の白さといったら、そこにのみ雪が積もっているのではないかと錯覚する程だ。
挙句、震える拳をどうにか鎮める事すらかなわないときたら、この苦痛をどうすれば良いのかとうとうわからずじまいである。
駐車場には今にも消えそうな柔い光を出す街灯が設置されている。
夏ならば蛾でも群れているのだろうが、今やそこには空しかない。
着込んだジャンパーの中には申し訳程度の温みを持ったカイロが入っていて、だがしかしそれすらも酷く頼もしく感じる程の冷たさを外界は発していた。

そうして、暫く歩いていると、ふと奇妙な物が目に写った。
蜜柑の木である。
何が奇妙かというと、そこに青い実がなっているのだ。
普通、この寒さでそのような光景に巡り会う事などありえないだろう。
なんだかとても不吉な事に思えて仕方ない。
極寒に実る蜜柑の果実。
アンバランスさに反吐が出そうだった。

有給を消化する為に私は昼間から布団の中で眠っていた。
昨夜、調子に乗って呑み過ぎたせいで帰ったのは早朝だ。
酒のせいであやふやな記憶の中でも、あの蜜柑の木の事はハッキリと覚えていた。
のっそりと布団から起き上がる。
ポストに溜まった郵便を取りに行くついでに、あの蜜柑の木を見に行こう。
何となくそう思った。
私はジャンパーを着込み、袋から出したばかりのカイロをポッケに入れた。

文学極道

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