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作品 - 20170209_014_9436p

  • [佳]  #02 - 田中恭平  (2017-02)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


#02

  田中恭平

2017年2月9日
17:47

 早朝の四時間の労働のために、わたしの二十時間が費やされていることは
まるでブラック・ホールに放り込まれたような気がしてならなかった。
携帯をパカッと開くときみの簡素な顔文字付きのメールが問うんだ、「何してるの〜(‘ω’)ノ?」。
脚から足かせがスッとはずれたように体軽くなって、それで僕は返信する。「ベッドで横になって、つかれを癒してるよ」。
想起すれば、きみは新鮮な空気を与えてくれる木。僕は歩いていく。日が射している。
明日のことなんて頭からメルト・ダウンして忘我こそして
不眠症の僕は眠りにつくことができるんだ。距離が離れていようと、きみに寄りかかる。
風の滋養を得る。しかしすぐに新鮮な空気は汚されてしまう。
それを成すのは悪人でも善人でもないただの人間たち。僕はアートについて頭の中に酒がまぶされるように悟るけれど
フカフカなベッドの中ですぐに忘れ、生きている木に対しまるで死んだ木のように
春先冷たい風に痛めつけられメソメソ泣いているようにまた文章を書いている。
雪がふるように、魚がふるような演出は昨晩行われ、それは神によってなされた。
しかしそのことについて誰一人だって覚えていないし、僕は嘘をでっちあげて書くだけだ。
嘘を書いているんだ、渇いているんだ。路傍にフワリと浮く神様の握手のようなコンビニエンスストアのビニール袋。
眺めつつ渋茶はまだかと苛々しつつ、仏壇に置いたままの携帯電話をまだ捜している。
まず眼鏡さえ見つからないこの暗闇の中で、幽体なんだ。
幽霊になってもきみを愛したい。僕は悪人だ。だから救われその間世に悪がはこびることになる。
まるで烏のように風葬されるまで、善人は軽んじられるなら、僕は悪人のままでかまわないし、進んで毒だって飲むさ、
とラッキー・ストライクに火を点けた。ピカドン、メタドン、今日の昼食はあまりおいしくないファミリーマートの中華丼だった。
罪の意識によって浮かばれない魂は、この穢土をさまよい病者を増やしていくだけ。
オカルティストを増やしていくだけ。
グシャッ、と蛙の卵たちを掴んで地面に叩きつけた。
でも実際には悪人であるからこそ救われるという説を疑われる。
それはやはり木のおかげで。揺れる葉音のおかげで。あなたのおかげで。
オゾン層は回復に向かっているらしい記事を読み、古い本は捨てた。
古い本は悪い。古いからだ。古いくせに死なないからだ。
死んだ木に新芽が生えて、裏返せば得体の知れない茸だって生えていると
眼鏡を見つけてかけたら希望が見つかった。決して光ではなく、ただの暗さに過ぎなかったが、普通の暗さだったから
比喩すらいらない暗さだったから良かった。
それから仏壇の携帯電話を見つめたときには、何か新しい発見でもしたときのように嬉しかった。
ガリガリと猫が開かない襖を齧っているのを見た時はまるで自分を見ているような気がしたよ。
夜、暗さと暗さが重なり合い、蛍光灯の明るさ、きみとたのしく話をした。
頭の中からポトポトと窓辺を濡らす、酒のような雨がふる。僕は歩き出す。歩くこと、動くことからは逃れられない。
十字架に白い鳩が止まり、ルソーの本は五十円で売れた。
水に濡れたルソーの本は五十円なんだな、と思った。
見回してみると、人間たちが全員同じ顔をしていて同じ方向を向いて歩いていた。
僕とは反対の方向だった。唇が青くなっていく。
行かなくちゃ。あの木のもとまでいかなくちゃ。時間が二十時間経っていた。
そして僕はホット・コーヒーにクリープを雑に落とし、指を舐めたら甘かった。またあなたに電話しようと考えた。
 
 

文学極道

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