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作品 - 20161011_423_9180p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


妻の夫

  祝儀敷

妻は歩道を歩いている
妻はお茶を飲んでいる
妻はポスターを見ている
妻は児童公園で休んでいる

巨大な虫がいる
全長3メーターもあるようなカマドウマだ
ふすま挟んで居間にいる
触角をときたま動かしている

妻はスーパーでピーマンを買っている
妻は駅前でインタビューを受けている
妻は公民館でママさんバレーをしている
妻は小学校で懇談会に出席している

カマドウマはなにも食べない
畳のイグサでも食めばいいのに
そのでかい図体じゃ居間は窮屈だろう
天井スレスレで、跳ねもできない

妻は鼻歌を奏でながら自転車に乗って病院の中を通り抜けている
妻は新聞屋で温泉招待券をもらい店内のガラス戸に貼りついている
妻は軽自動車のシフトレバーをいじっている間にビルの上へ昇っている
妻はお隣の奥さんと井戸端会議をしながら桃の缶詰に指で穴を開けている

居間のカマドウマは虫だ
目ん玉は真っ黒くて部屋を反射している
意思というものはそこにはない
かさこそと少しだけ動く
あまりかわいいものではない
物音こそたてるが
カマドウマが鳴くことはない
私はふすま挟んで寝室にいる
ふとんが二枚敷かれたままだ
一つは妻の、もう一つは自分の
私は敷ぶとんの上にあぐらをかいている
掛けぶとんはちゃんと足元のほうに折り
上に座って羽毛をつぶさないようにしている
妻のほうは掛けぶとんが広げられている
中に誰も寝ていないので平らだ
掛けぶとんのカバーは緑の市松模様
なんとも古臭いデザイン
サザエさんにでもでてきそうだ
私はふとんの上に黒電話を乗せ
妻の連絡を待っている
シーツの上の黒電話は
カマドウマの目のよう部屋を反射している
私がひしゃげて写っている
ひとりじゃ食パンも焼けない
カマドウマが足をこすり合わせた
下品な音が寝室にも伝わってきた

妻は牛乳配達に挨拶しようとして天地が正反対になってしまっている
妻は横断歩道の白線にぶら下がって懸垂をして運動不足を解消している
妻はクリーニング屋の店内で洗われたスーツ達に巻かれ団子になっている
妻は銀行の受付で整理券を発行したまま週刊誌に頭をすげ変えられている
カマドウマといっしょに妻を待っている
黒電話はケーブルが部屋の外に伸びたまま一回も鳴らない
長時間のあぐらで足もしびれてきた
カマドウマの触角が先祖の写真にさわる
写真がすこし傾く
だけど先祖の顔はまったく変わらない
私は妻を待っている
電話は鳴らない
ひとりじゃお茶も湧かせない
ふとんの上で待ち続けるしかない
カマドウマがまた足をこすり合わせている
妻はまだ帰らない

文学極道

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