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作品 - 20160907_439_9088p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


2010年をころせない

  田中恭平

 
 
夜が明けたら
残ったのは希望と書かれた使用済み切符
それ一枚っきりだったので

あのひとの憧憬が冷たい男性か
あたたかい女性かも

冷たい女性であったか
あたたかい男性であったかも

もう一度見ただけで全く忘れてしまいたくなりそうで

頭の、頁はさらさらと秋の打ちくる水へ滴らせつつ
にも似た、いいえ、もっと暗い方法だって使って
しまいに
泣いてしまったのです


びくつく
びくつく
という言葉が固まりびっこってるので
こころが正確、歩けるように語ったらば
あなたは
まるでわたしが手の上であなたの心臓を転がしたように
ゾッ、としてしまい
ついに即座さっさと歩いて
店を出てしまいました

ナップ・サックから「裸のランチ」を取出すと
確かに
最初の章のおわり
ジェーンは死んだ
と記述されていましたが
それがその行の
少し前
マリファナ信奉者によってか、は、
あの独特な匂い
それを匂わせつつ記述されていないことが
とても良いことのように思えてなりませんでした
確認を終えると
ホットコーヒー二杯分の料金が支払い済みだったことに
ハッ、と驚き
私は走って店の外へ出て
あなたがいないか
一応、捜すよう街路に目を配ったのですが
もちろん
あなたの姿はありませんでした
しかし
なぜ
あなた、も
神さえも見ていないだろうと

そのとき頭の中
神様のことなんて
一切
なかったのに
どうして店を出て
あなたを捜すふり
なんてしてしまったのでしょう


駅で
東京では人身事故に寄る電車の発着遅延が
日常の内であることを確認し
渋谷から代々木へとグングン歩いていると
秋の風が頬を撫で
まるで新しい母のようでとても嬉しかった


アパートに戻ると鍵は壊れたまま
新聞屋が
勧誘のとき置いていったビール缶がころがっています
新聞屋と契約し
缶ビールを六日で飲み終えてしまうと
とるのをやめてしまったことが悔やまれる、このテレヴィがない部屋で
私は小さなアコースティック・ギターを爪弾くと
それが宇宙の全てであるよう思え
まるで世間が小さくなってくので
別段
いいのですけど

冷蔵庫を開けると
誰かが置いていった
コンビニ・エンスストアの
スナックの廃棄品の肉があったので
それをレンジにかけたあと
更にバターで炒めます

いつか佐藤伸治さんが
「窓は開けておくんだよ」
と歌ったので、窓は開けておくのですが
この部屋には電車の軋み走る音、ロクな音しか入ってきませんでした

涙は流れてこないのですけれど
肉を炒めるといって
まるで死んだものを
さらに殺すことのできるような気がして
黙ってするのです


次の日
出勤すると二日酔いのあなたがいて
わたしはバックヤードの電球を取り換えようとして
電球は発光するのですが
凹凸の噛み合いが悪いのか、電球が固定しません
結局ガムテープで
電球の周辺を天井と強引に接着させました
そして
死んだ木の中、あなたとわたしはふたり黙々と仕事をしました


夜のはじまり
あなたは「コーラが飲めるのなら、まだ大丈夫だね」
とあたたかく、冷たく言いました
あなたはいつも水を飲んでいました
「いいじゃない、実家に帰ってフリーターやって
 それで機材を買って」
「はい」
「じゃあ、これで別れだ」

二人で駅へ向かって歩くとあなたは
「何か食べてく」
と言いました
「ラーメンですか」
「ちょっと、中見てきて」
とあなたは言い、私は中華料理屋に入り予約票に名前を書いたところ
なぜ、外から見ても店に他の客がないのに
中を見にいかなければならないのか

それと待っているひともいないのに予約票に名前を書く私を
店員が目の前で止めないのか
さっと考えましたましたがわかりません
中からも
客はわたしたち二人しかいないことはわかり、大人のところに 2
と記入して
店員は何も言わないのでした

予約票に名前を書き
外へ出てあなたに予約票に名前を書いたこと告げ
二人店に入るとさっきのニコニコしたまま静止したような
店員はおらず、わたしたちは一番奥の席に座りました

瓶のビールは、あなたが頼んだのか、わたしが頼んだのか
覚えていません
それは、あなたがわたしのコップにビールを注ぎ、それを口にしたとき
わたしの東京があなたとともに
ついに波にボロボロとくずれさり、なくなり、ひろいあげても
もう一度、うつくしく、くずせ、と言われ
無理なことだからです

 

文学極道

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