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作品 - 20160906_380_9081p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ケレケレのはなし

  花緒

フィジーの村落には未だにケレケレと呼ばれる文化というか風習みたいなのが残っていて
、ようするに、フィジーでは、わたしのものはあなたのもの、あなたのものはわたしのも
の、というふうに所有の観念が希薄なのです。だから、もしここがフィジーだとしたら、
わたしはあなたのカバンを勝手に開けて、あなたのハンカチで鼻をかんでもいいし、あな
たはあなたで、わたしの財布を勝手に開けて、わたしのクレジットカードであなたの好き
なマウンテンバイクを、15回払いだかリボ払いだかで買ってみたところで、別段、わた
しには怒る権利なんかないのです。だって、わたしのクレジットカードはわたしのものか
どうか分からないわけでーーー


実際、わたしがフィジーでホームステイしていたときは、ホームステイ先のお母さんがわ
たしのバックパックを勝手に開けて、電池とか小銭とかをわたしの許可なく使ったりして
いたし、それって泥棒じゃないのって、あなたはたぶん思うんだろうけど、フィジー的に
は、というか、わたしからしても、それはぜんぜん、泥棒なんかじゃなくて、小銭は減る
けどお札は減らないのです。わたしの持っているものが誰のものなのか自明ではないので
、ようすれば、わたしのお金はホームステイ先のお母さんのものなのかもしれなくて、自
分のものなのかもしれないものを無駄遣いなんてしません。だから、電池だって、律儀に
ちゃんと一本ずつ減っていくし、お金もちゃんと3フィジードルずつくらい減っていくに
過ぎないのです。あなたがわたしのシャンプーを勝手に使ったりするのと、大差ないと思
うんだけどーーー


と、書いていて気付いたんですが、自分のものかもしれないから、大事に使うのか、他人
のものかもしれないから、大事に使うのか、わたしにはよく分からなくなってきました。
わたしも、ホームステイ先に置いてある細々した日用品とか、ホームステイ先のティキっ
ていう名前の娘さんが持っているスルっていう民族衣装とか、勝手に使ってたけど、自分
のものだと思ってたのか、やっぱり他人のものだと思ってたのかよく分からないけど、べ
つに無駄遣いはしていませんでした。でも、やっぱり、完全に自分のものだと分かってい
るときと比べて、使い方はちょっと荒かったかもしれません。もし壊したり無くしたりし
ても、わたしの持ってる日本円の額からしたら、すぐに新しいものを買って返せるしって
いうおごりもやっぱしあったかもしれなくてーーー


一回、ティキに、わたしのオーデパルファムをケレケレされたことがあって、それはわた
しが20歳の記念に買ったサンタ・マリア・ノヴェッラの1本が1万5千円くらいする高
級品で、大事に大事にちょっとずつ使ってたやつなのに、気づいたら瓶の半分くらい勝手
に使われてしまってたから、なんでそんなことするんだろうって、ちょっと本気で気持ち
が怒ってしまった。それで、それわたしのものだし、すごく大事にしているやつだし、高
いものでもあるから、いきなし半分も減るなんておかしい、勝手に変な使い方しないでっ
て涙目になって怒ったらーーー


あなたが、この家にあるものどれを使っても/わたしは絶対怒らないのに/どうして、わたしがあなたのものを使ったら/あなたはわたしに怒るの/って返されてわたし答えられなかったんです/
あなたのものは誰かから貰ったものばかりだけど/わたしのものはわたしががんばって働いて貯めたお金で買ったものだから/ちょっとだけなら使っていいけど/勝手に半分も使うなんておかしいよって言おうとしたのだけど/
わたしががんばって働いても/その香水買うことなんてできないし/そんなにいい匂いのする香水、どこで売っているのかも分からない/街まで出て/空港まで行って/そしたら買えるのかもしれないけど/
でも、やっぱりわたしががんばっても/お母さんに頼んでも/空港まで行けるバス代はもらえるかもしれないけど/そんなにいい匂いの香水/ジャスミンの甘い香りがするその香水/わたしには絶対買えないと思うし/
どうして、わたしはがんばっても手に入らなくて/あなたはがんばったら手に入るのに/あなたは分けようとはしないの/
それに、わたし半分しか使ってないし/あなたの分の半分、ちゃんと残してあるのに/なんでそんなに怒るのって、わたしの頭の中で、反論がぐるぐる回りだして/
でもわたし、がんばってこれを買うためにバイトしたんだよ、ファミリーレストランの時給850円で /学費払って/寮費払って/旅行のために貯金して/残ったお金を貯めてがんばったんだよって脳内で反論したら/
わたしだったら、それを買うためにがんばったりなんかしない/とてもいい匂いのする香水だと思うけど/おばあちゃんの家に撒いたら、みんなすごく喜んだけど/それを買うために働いたりなんかしないし/働いたところで、がんばったって思ったりなんかしない/
どうして、あなたは香水のために、がんばったり、怒ったりできるの/わたしには買えないけど、あなたの国ではみんな香水持ってるんでしょう/誰かが持ってる香水、半分貰えばいいのにって違う種類の反論がぐるぐる回りだして/
もういいや、高かったけど/大事にしてたけど/わたしきっと何か勘違いしてしまってるんだ/何がおかしいのかよく分からないけど/ここで怒ることは恥ずかしいことなんだって思って/
このオーデパルファム全部使ってください/このお家に置いてもらって/キャッサバとかタロ芋とかたくさん食べさせてもらってるのに/わたし謝りたいんですって決心したら/ごめんねあなたの大切にしてるもの勝手に使って/わたしにとっては大したことじゃないんだけどって、ティキがわたしに綺麗な首飾りをくれましたーーー


その首飾りを
あなたに
渡したいんです

わたしのもの
すべて

あなたが
どんなふうに
使っても

あなたが
すぐに
捨ててしまっても

あなたのもの

わたしのもの
でなくても

わたしのもの

あなたのもの
でなくても

わたしのもの

わたしのもの
でしか
なかったことを

いま 悲しく感じているのでーーー

文学極道

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