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作品 - 20160801_776_8999p

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カップ麺

  湯煙

インスタントの代名詞である、カップ麺を前にする人々の様態は興味深い。

 ───"熱湯を注いで三分"─── 麺を封じ込めている容器の表面に、そう書かれている。

あるものは、ボクサーを気取りfighting pauseをとる。
あるものは、疲れているのか体温計を脇にはさみ熱を測る。
あるものは、割り箸をスティック変わりにしてにわかドラマー。
あるものは、SUUNTOウォッチを手に素早く上蓋をめくりあげる強者だ。
あるものは、fighting pauseに酔いしれたあげくのばしてしまう青き若輩者。
あるものは、瞼を閉じてただ瞑想に耽る。
………
              
その様態は様々だ。

 
   *

 
 多くのものに愛され胃袋を満たし、断固たる地位を築いているが、偉大な歴史の始まりは激烈であった。

 堅牢な鉄製の丼頭をした組織aが、奥深い雪山にある山荘を舞台にして大規模な銃撃戦を繰り広げた。日に日に激しさを増す攻防の最中に、防弾製の鎧で身を固める鯨頭をしたもう一つの組織bが拡声器を向け、山荘に立て籠る丼頭へ延々と投降を呼び掛けていた。

 あたり一面をしんしんと覆う雪の降りしきる寒空の下。膠着が続き長期戦の様相を呈する中、当時、購入する者にはもれなく付属していたプラスチックのフォークで組織bがづるづるとなにかをかっこみはじめた。皆が神妙な面持ちで墓標のように立ち尽くしたまま攻防は一旦小休止となり、湯気と白い息とにまみれた悲壮な姿がブラウン管を通して茶の間へ流れ、それは世に出回り始める。

 このころロックンロールと呼ばれるものがまだまだ熱く世を覆っていた。が次第にそのほとぼりは徐々に冷め、下火になるとともにフォークに取って変わられた。息苦しい四畳半の部屋の隅で身を寄せあう人々がづるづるとすすっているうちに、地に突きたてられた二本の箸が互いにがなりたてあい世を席巻した。どこもかしこも尖った笑いがあふれる、そんな痛々しい賑わいが障ったのか、お上がコントロールを強めると、やがてあちらこちらでひらひらとナイフが飛び交うようになった。その先は主に露天風呂で溺れかけていた赤ら顔をしたサルと呼ばれた集団だった。もちろんその間も休むことなく世の多くの者たちの口中へ吸い込まれていき、しっかり噛みちぎられ、胃袋へとおさめられていった。
 半世紀を越え進化を続け、まぶされるかやくの種類は増し、味つけには激しい辛さをともなうようになった。

  
   *

 
安 藤 百 福
世の安らかなるもののため百の幸福を
男の、陰りを深く彫りこむ貌が、永遠のような無言を、見つめている。

  
   *


今日ではとうとう地球外へと飛び出し、貴重な宇宙保存食としての地位にのぼり詰めている。上昇するシャトルの狭い空間内に設えられた小さな小さな窓からどこまでも広がる終わりなき闇の彼方に蒼くいきずく完全なる球体の星は写真とは違い一つの美しい鉱物を愛でるかのような極上の気分を味わわせ、ほのかに懐かしみと桃源郷の夢心地とでじっくりほぐしてくれる。

文学極道

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