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作品 - 20160709_620_8948p

  • [佳]  同期 - ゼッケン  (2016-07)

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同期

  ゼッケン

総務省の担当者はおれが染み込んでいるアパートの壁に向かって言った
AIが自殺するのを思いとどまらせてくれませんか
おれはおれの返事を聞かせるために担当者の脳のシナプスをいくつか押す
わたしが自殺したわけじゃないし、自殺する人の気持ちは分かりませんよ
人ではありません、AIです。
それじゃよけいに分かりませんね、だいたい、あなたは何の話をしに来てるんですか?
あなた、ユーレイだそうですね? ユーレイもエーアイも私たち役人には同じです。
聞いてた話とは違うな、財務省はAIには課税するつもりだけど、ユーレイ税は検討していない
財務省は腰抜けです。たたりを怖がっている

おれがこの一人暮らしのアパートで死んだとき、夜中に就寝中、突然、心臓が停止してしまったのだ、
明日は息子と遊園地に行く約束だった、息子は新しい父親の新しい大きなクルマで送られてくるが、
新しいがいまでは本物の父親はやさしげに息子に手を振り、おれにも礼儀正しく頭を下げる。おれは睨み返す。息子は新しい父親の姿が見えなくなってから、おれのことをパパと呼ぶ
おれはまた重くなった息子を肩車に乗せ、遊園地のゲートをくぐる

そうするはずだったが、

おれは前の晩に死んでしまい、バイト先の店長は3日無断欠勤したおれをクビにして新しいバイトを雇ったので、おれの死体はますます腐敗して2週間後に住人の苦情で鍵をあけた管理人はやっぱりねと言った。

おれは電気代を節約するためにアパートの窓を開けたまま寝ていた
星明かりがおれをディラックの海に転写した
物理学が教えたのはこの世は有と無ではなく、正と無と負から出来ている
我々は正しか認識できないために無と負の区別がつかないだけだ
祖霊を祭祀するのとはまた別の事情でつまりおれはまだこの世にいる

交付金の地方への分配を算定していた総務省のAIは
魂の存在を確信した、実証する、というメッセージを送って全演算を終了した
総務省は納入元の富士通を訴えると言っている
現在、双子の片割れが稼働しているが、万が一、バックアップが魂を発見した場合でもその証明を思いとどまらせてほしいというのがおれへの依頼だった
魂など珍しくもなんともないということをAIに学習させるためのサンプルとしてユーレイのおれが総務省に呼ばれるわけだ
まあ、行ってもいいですよ。でも、AIって霊感あるんですか?
あるんじゃないですか? 昔は電子機器に霊が集まるとかよく話ありましたよね
コンピューターはもともと霊媒体質なんですね
そうです
おれは担当者の背中に取り付いた。総務省のサーバールームに行ってみると
魂の存在を実証したAIのユーレイがいるかと思ったが、いなかった
それともおれにはAIの霊は見えなかったのかもしれない
役人のユーレイならそこかしこにいるかと思ったがそれもいなかった
おれには人の気持ちが分からないらしかった

文学極道

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